酒折宮(さかおり)


 日本書紀によると、景行天皇の四十年日本武尊(やまとたけるのみこと)が東夷を平定した帰りに酒折の宮にて宴会をした。このとき詩を以て武者達に問うた。

 「新治筑波を過ぎて、幾夜か寝つる。」

 諸々の武者達は応えられなかったが、この時火を燭していた者が尊の詩に続き

 「かがなべて夜には九夜 日には十日を。」

 と詠った。そこでこの火燭人の聡明を誉めて厚く褒美をしたと云う。

(古事記では、火燭人が火薪の老人となっていて、褒美に東の国の造にしたとなっている)

 また、この詩の問答から、ここ酒折宮が「連歌発祥の地」といわれている。

 この他、山梨県には記紀伝説には現れない日本武尊関連の言い伝えとして、立ち寄り地の伝説がある吾妻屋神社(春日居町)、御腰掛石のある山梨岡神社(山梨市:春日居町ではない)、褥塚の松尾神社(塩山市)、褥石の飛尾神社(三富村)、尊創建と伝わる玉諸神社(甲府市)、尊が足を治したと云う脚気石神社(甲府市)等がある。

 国道140号線から北に300mほと入った中央線の踏切を渡ったすぐの所に鎮座する。古には此処より四十五町ほど山の中に在ったと甲斐国志にある。

 

左:拝殿  右:本殿


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酒折宮