オリバー・カーンは全てを語ろうとした。

■「何かがおかしくなっていたんだ」…オリバーは語りだした、この嵐のシーズンのことを。人間として、スポーツ選手として、心の奥にある全てを今伝えようとして(Teil4まで。書き手:Oliver Kahn。訳:RAU)。

■Middleage-Crisisなんかじゃない。

新聞で大見出しを飾るずっと前から、自分では分かってたんだ:お前は何かがおかしいぞ…何かが欠けてしまったみたいだぞ…、それはCLがちょうど始まった頃だった。

自分の中の攻撃性は十分とはいえなかった。スポーツ選手として自分に起こりうる最悪のことだった…。俺の中におこっていたことを、精神の自己分裂だって名付けてみた人もいたっけ。俺を尽きることなく消耗させていった問い、それは、どうやったら「世界最高のGK」と自分を一致させられるだろう?ということだった。俺がどこかから現れると、皆俺を見た:あいつが本当にあの"Mr.Best"なのか?そしてまたあの問いが襲い掛かってくる:どうやったらうまくいくんだ?モチベーションはどこから見出せるんだ?どうやったら俺は次回もまた最高GKでいられるんだ?

それが俺を急き立てていったものだった。並のクラスなんて退屈でしかない。そうしたら俺は生きられない。俺のファンもそうだろう…。ファンはWMでのようなパフォーマンスを俺に期待している。秋口にはそういう事を感じていた、そして俺のなかには日に日に不満が鬱積していった。自分から攻撃性がなくなったら、もう良いプレーは出来ないと知っていたから。

だけど俺自身、それがなぜかも良く分かっていたんだ:俺みたいに国のために力を使い果たしたものが、それでも英気を養うために十分な休養を取れないと、自分がまるで燃料のための薪の一つでしかないように感じるものだと。

もう少し減らしてくれ!と言う替わりに、俺はまるで気違いのようにトレーニングをした。そして気付いたら俺等はCLでさっさとお払い箱にされてたのさ。

俺の中の不満は益々大きく成長していった。たまには素晴らしい試合になったりもした。しかしこのシーズンは俺に極限までの困難を強いた。たとえ傲慢に聞こえようともこれだけは言わなければと思っている:今までの数年のように全力では当たれなかったんだ。

■カメラマンが物影に隠れている。俺を挑発するために。

まずスポーツだけに限定して話したいと思う。マンチェスターやマドリードとの対戦はブンデスリーガでさえ替わりにはならないだろう。

カーンは古いインタビュー記事を読んでいた。
半年前エッフェンベルクはこういった「カーンは海外移籍する」、
彼は「ありうる話だろう、彼はそれをよく匂わせている」といった。
それを読んだカーンは大声で笑った。いずれね。


カメラマンのなかには俺をわざと挑発するやつがいる。よろこんであいつの鼻を明かしてやりたいと待ち伏せている。だけど申し訳ないけど言わせてもらっていいかい?君たちは俺を奮起させているだけだって。

今日だってカフェに行った、ビアガルテンにいった、そこではもう誰かがこう叫んでしまった「あのカーンがいるよ!」隠れている奴等はもう慣れっこだ、だがカフェ・ローマの前でさりげなく車を降りるだろ、目の前には6、70人もの人が待ち受けている、気持ちいいっていえるかい?簡単に写真が出来てしまう。いくつかのものには慰謝料を考えているよ、不運だったと思うことだね。

3月には決して起ってほしくはなかったことが始まった。ゴシップ紙の主役を拝任してしまった。
出口が見えなくなっていった…。
結婚危機からのありとあらゆる話題を提供し、プライベートに付いてぐだぐだ喋らなければいけなかった。それでも励ましてくれた人は大勢いた:言ってやれよ、本当のことを!と。だけど、司会者の前に座らされて自分のプライベートを思い嘆き、挙げ句の果てに番組からセラピストをあてがわれる…そんなことは痛々しいだけの気がした。

そんな事を被ったのは、もちろん自分自身に責任がある。間違いなく俺は間違いを犯した。
至る所で多かれ少なかれ話題にされた。

ベレーナとのSushi屋での写真、大学の近くのカフェ、バーの写真
カフェでの妻との写真、子ども達と妻とのガルテンでの写真…


多くの人がこう思っているようだ、今やあいつは有名人、モナコの皇女やチャールズ皇太子より興味を持たれる存在だって。

だけど俺にとってそれは成功じゃない。そんなものは全く望んでいなかった。


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©2003 R∀∪ & ドイツサッカーを本気で応援する会



2003年6月



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