

【 洞 爺 丸 台 風 ( 後 編 ) 】ver.1,03
前編はこちら
*** このフラッシュは画像をお借りして制作しております ***
*** また、地図画像を「白地図MapMap」にて作成、編集しました ***
*後編では楽曲「パリは燃えていた」、
*nix studioさんより 効果音を使わせていただきました。
*重ねて御礼申し上げます。
<追記>05/02/14(PT) 改訂版に差し替え
04/24 タイミング等修正
04/30 サイズの関係で削っていた画像数点追加
わずか50日前に、昭和天皇の御召船を勤めた船。
洞爺丸はそれほどの花形船でした。 装備、点検共に万全だったでしょう。
沈没の知らせを聞いた時、最初誰もが信じなかったと言います。
そして今のフェリーからは想像しにくいですが、当時青函連絡船は船内に軌条があり
貨車を丸ごと運んでいました。 まさに海の上に敷かれた、見えないレールだったのです。
また、旧タイプの連絡船はそうした構造上車両甲板がそれほど高い位置になく、
しかも容易に閉じられる構造ではありませんでした。
そのため波長の長い高波を受けた場合、排水される前に次の波をかぶる
「滞水」現象が起きてしまいます。
想定外の波の高さ、しかもこの高さと波長以外では起こらない「滞水」。
これが重なっていたことがあまりにも不幸な偶然でした。
洞爺丸台風の犠牲が、調査坑掘削から営業開始まで実に24年にも及ぶ
青函トンネル工事の求心力となったのは多くの人の知る通りです。