古代エジプト人はラピスラズリの持つ超自然的な力が病気にも効くと考えたようです。
眼病や鬱病、頭痛などの際に粉末にして塗布したり服用したりしたということがパピルスに書かれています。
この薬としての効用が後に伝えられたようで古代ギリシャ人やローマ人は強壮剤として、または下剤として使用していました。
メソポタミアでは、紀元前2500年頃、チグリス・ユーフラテス河のデルタ地帯に存在したシュメール人の古代都市国家ウル(現在はイラク)の
遺跡のプアビ女王墓からラピスラズリのネックレスが出土しました。淳子さんにその模造品を身に着けてもらいました。なかなか見ごたえがありますね。
でも、なんだか重そうですよね。(笑) ラピスラズリとカーネリアン(紅玉髄)のビーズが付いた黄金の頭飾りなども同じ墓から多数発見されました。
聖書の中にもラピスラズリのことが書かれています。
旧約聖書の出エジプト記には、祭司の装飾品のひとつである胸当てにはめ込む石として青い石(Sappir)ラピスラズリの記述を見ることができます。
また新約聖書のヨハネ黙示録には、世界が終末を迎えた後現れるとされる新エルサレムの都の神殿、東西南北12の礎にはそれぞれ12種類の石で飾られ、
そのうちの2番目がラピスラズリであると書かれています。
この12種の石が現在の誕生石の元となったそうです。
この3人のクレタ女性はお祭りでなにやら愉快に話しをしています。
当時上流社会で流行していた胸を見せる短い胴着(bolero)を身に着けています。
当時も細いウエストが好まれたそうです。
というわけで、“Erotica Odyssey”は、この“パリジャンヌ”の一人がヒロインとして登場します。彼女の名がアメニアです。
随分長い前置きになりましたが、このようなわけで、もう一度歴史エロチカ大ロマンを日本語で味わってみようと思い立って書き始めました。
そのきっかけを与えてくれたのがAmisaさんだったというわけです。
ついでですから、ここでもう一つのユニークさを披露しましょう。それは、Amisaさんが住んでいるBrisbaneのことです。
この町のことは実はジューンさんから聞いていました。彼女は小学生の頃、3年ほどこの町に住んでいたことがあるそうです。それで、
僕にはこの町の名前の響きがなんとなく馴染みがあったわけです。
ブリスベンと言うのはクイーズランド(Queensland)の港町です。この名前はSouth Wales州のガバナーだった人の名前に
ちなんで付けられたようです。
僕の書いた小説の題名(Erotica Odyssey)からも分かるように、この話はOdysseusにまつわる話です。
Odysseusといえば、トロイ戦争とは切っても切れない関係がありますよね。そういうわけで、僕には古代オリエントの響きとして聞こえてくるのです。
僕がこの町の名前から夢想するのは、あの古代オリエントのトロイ戦争です。

「では、まずミロのヴィーナスから話し始めないといけません」
「ミロのヴィーナスですか?」
「その通り。。。」
「関係あるのですか?」
「大有りですよ!」
「どのように?」
「ミロのヴィーナスと言うのは大抵の人が知っていますよね。ルーブル美術館にあるこの像はあまりにも有名になりました。ちょうどそのようにコリンスのヴィーナスは古代ギリシャ世界にはあまねく知れ渡っていたんですよ。ちょうどミロのヴィーナスのようにね」
「でも、ヴィーナスと言うのは古代ローマの愛の女神でしょう?」
「そうです。でも、もともとは古代ギリシャのアフロディテ(Aphrodite)を借りてきたものですよ。ローマ人は、ギリシア人のような独創的な文化を創り出すことができなかった。
ギリシア文化・ヘレニズム文化の模倣におわってしまった。ただし古代ギリシャ文化を集大成し、後世に伝えたという点では功績を残しました」
「でも、ローマの水道だとか、コロシアムだとか、古代ローマ時代に作った道路網などはすごいじゃないですか」
「確かにそうです。僕も、古代ローマ人がギリシャ人の物真似に始終していたというつもりはありませんよ。法律や土木建築などの実用面には長所を発揮しました。
でもね文学、哲学、歴史学や神に関わる分野ではギリシア・ヘレニズム文化の影響を強く受けました。そういうわけで、古代ローマのヴィーナスもね、アフロディテの影響を強く受けているわけです」
「でも、日本では圧倒的にアフロディテよりもヴィーナスのほうが有名ですね?」
「そうです。だから僕も、初めにヴィーナスを持ち出したんですよ。そのほうが分かりやすいですからね。初めにアフロディテなんて言っても、全く分からない人も居ると思いましたからね。でも、ヴィーナスと言えば、日本人のほとんどすべての人が知っていますよ。そう言う意味でも、古代ローマ人が古代ギリシャ文化を集大成し、後世に伝えたという点では功績を残したと思いますね。つまり、アフロディテをヴィーナスとしてね」
「そして、このような“性愛”の女神が神殿の中に祭られていたかもしれません」
「うわー、なんだかすごいですね。本当にこのようなアフロディテ像が立っていたのですか?」
「これは僕が考えた想像図ですよ。実際にはどのような像だったか分かりません。とにかく、アフロディテ神殿が一等地に陣取っていたのは事実なんです。これだけを取ってみても、“性愛”が古代コリント市民にとって、いかに重要であったかが分かるというものです。
そしてこの“性愛”を象徴しているのがティツィアーノが描いた絵の中の女ですよ。
オルガン弾きがしみじみと覗いていますが、それこそ、古代ギリシャの性愛を見ているわけです。僕はそこにティツィアーノの寓話を見るのです」
「なんだかロブソンさんはこじつけているようですが、でも、言おうとされていることは分かってきましたよ」
「そうですか。これだけ話をしてきた甲斐がありますよ」
「ところで、ロブソンさんのエロチカ・オディッセイはクレタ島で始まりますよね。どうしてですか?これだけコリンスの事を語ったわけですから、ギリシャ本土で始まるのが自然だと思うのですけれど。。。」
「そうですよ。コリンスで始まっても別に問題はないんです。でもね、アフロディテはギリシャ本土で生まれたんじゃないんですよ」
「コリンスで生まれたのではないのですか?」
「違うんですよ。」
「サイプロスのどこで生まれたのですか?」
「上の地図のPaphos(パフォス)ですよ」
「ギリシャから、かなり離れてますね」
「でもね、このサイプロスには紀元前14世紀から13世紀にかけて、ギリシャのペロポネソス半島のアルゴス地方から古代ギリシャ人の一部族アカイア人がやってきて植民地にしたんですよ」
「随分昔の話ですね」
「確かにかなり昔のことだけれど、僕が書いた小説は紀元前16世紀の頃から始まるんですよ」
「そんな大昔の事を書いたのですか?」
「そうですよ。ジューンさん、なんだか呆れた顔して僕を見てますね」
「だって、そんな昔のことが分かりますか?」
「分かりますよ。古代エジプトや初期のクレタ文明から考えれば、まだ最近ですよ。何しろ紀元前26世紀の頃から栄えたんですからね」
「それで、アフロディテはどうしてパフォスで生まれたのですか?」
「アカイア人が最初に住み着いたのがこのパフォスなんですよ。今でも郊外にアフロディテ神殿の遺跡があります。伝説ではすぐ下の写真のトラトゥミュウの海岸で生まれたことになっています。
大きな岩が海に浮かんでいるでしょう。あのあたりでアフロディテが誕生したことになっているんですよ」
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| Cretan Snake Goddess |
「この写真の女性が大巫女さんですか?」
「いや、この女性は“蛇使いの女神(Snake Goddess)”です。でも大巫女さんもちょうどこのような格好をして儀式に臨みますよ」
「実際、こんな風に蛇を使うのですか?」
「いや、実際には蛇を扱いません。蛇はシンボルですよ」
「何の?」
「蛇は女神のパートナーだったんです。つまり、クレタでは女性と蛇が神聖であり、男性は神聖とされなかったんですよ」
「蛇と女神が人間を創り出したということですか?」
「そういうことです。古代の言語は蛇にイヴと同じ名を与えたんです。この名は“生命”を意味しました。しかも、最も古い神話では最初のカップルは女神と男神ではなく、女神と蛇だったんですよ」
「男は全く神聖とは見なされていなかったということですか?」
「その通りです」
「どうして男性は神聖とはみなされなかったのですか?」
「それを説明するには経血について話さないとならないんですよ」
「経血って何ですか?」
「Menstrual bloodのことですよ」
“The palace of Knossos (クノッソス宮殿想像図)”
「上の想像図は“クノッソス宮殿”と呼ばれているのだけれど、学者によるとこれは宮殿ではなく神殿だったと言う人も居るんですよ」
「つまり、アフロディテ神殿ですか?」
「いや、アフロディテと言う名前で呼ばれていたとは思わないけれど、クレタ島の女神であったことに間違いはないでしょう。むしろこのクレタ島の女神が
西に伝わってキュテラ(Cythera)島の女神になったと僕は考えていますよ。つまり、キュテレイア(Cytheria)と呼ばれるようになったんです。これがアフロディテの別名ですよ」
「でも、キュテレイアはフェニキア人がもたらした女神だとロブソンサンは言ったじゃありませんか」
「そのとおり。フェニキア人の女神とクレタ島の女神が仲良く手を結んだと僕は見ていますよ」
「つまり、2つの女神が一緒になってキュテレイアと呼ばれるようになり、それがギリシャ本土でアフロディテと呼ばれるようになったと言うわけですか?」
「まさに、その通りですよ」
「そのように歴史書に書いてあるのですか?」
「いや、僕が言い出したことです」
ウルビーノ公爵 フェデリコ・ダ・モンテフェルトロ
Federico da Montefeltro (1422-1482)
ルネッサンス期イタリアの傭兵隊長。
傭兵隊長を職業としながら専制君主として独自の宮廷を持っていました。
この時代は、貴族階級はもちろん地方豪族であっても子弟には男女を問わずラテン語ギリシャ語の素養を身につけさせるのが通例であったから、
フェデリコは単なる職業軍人ではなく、人文主義思潮に造詣が深く、その道の学者や芸術家とも親しく交流していたのです。
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では、Tyrian purpleとはどのような色をしているのかと調べたら、右の絵に書かれている人物が身にまとっている帽子と上着の色が
その色なのです。古代紫とも江戸紫とも違い、かなり赤みを帯びています。
古代紫には人によってかなりの受け止め方に違いがあるようです。
むしろ「貝紫」と言ったほうが的確かもしれません。
貝紫とは磯に住むイボニシやレイシ、アカニシ、センジュガイといったアクキガイ(悪鬼貝)科の
巻貝(murex)から取れる染料のことです。
この貝が持つ鰓下腺(通称パープル腺)から分泌される乳白色~淡黄色の液は、
太陽の光にあたると酸化されて紫色に変化する性質があります。
この分泌液は6.6ジブロムインディゴと呼ばれる色素の1種が還元された状態で貯蔵されているもので、
神経を麻痺させる作用があるため、他の魚貝類を攻撃する武器になると共に産卵期には
卵殻の中に注入して、卵が他の生物に食われないようにする役目も果たしています。
アクキガイ科の貝の中には食用になるものもあり、大昔から海辺の人々によって採捕されて来ましたが、
殻を割って料理する際、内臓が手や衣服に付着して紫色に変化するのを見て、
染色に利用することを思いついたのでしょう。
ネットというところは本当に面白いところだと思います。おそらくロマンをはぐくむという意味で、これまでのどのメディアよりも
不思議な“縁”を生み出していると思いますね。
上の地図を見てもらえば分かるように、僕はバンクーバーに居ます。Amisaさんはブリスベンでデザインの勉強をしています。
バンクーバーはこれから夏に向かいます。ブリスベンは秋から冬に向かってゆきます。バンクーバーは時間的にも距離的にも日本とはかなり隔たっています。
もちろん、ブリスベンも日本とは距離的に隔たっているし、北半球の日本とは対照的に南半球に位置しています。
僕とAmisaさんが、たまたま日本にあるCOMMIT4Uというソーシャルコミュニティのメンバーになっていたことで、
ネット上で日本とは遠く隔たったところで、こうして出会ったんですね。テレビ、ラジオ、新聞、雑誌のようなメディアでは、
こんなに気軽に簡単に出会うことはなかったでしょう。
この上の写真は僕が撮ったのではありませんが、ちょうどこの位置でセスナから写真を撮ったとするなら、
この真下がちょうどバウンダリーベイ(Boundary Bay)エアポートにあたります。
主に小型のプロペラ機専用の小さな飛行場です。ジェット機が飛び立つのを見たことがありません。
僕がセスナの免許を取りに通った教習所がそのエアポートの中にあります。
この高度は大体3000フィートぐらいでしょうか。地上約千メートルです。セスナから見るとこのような感じですね。
でも、このまま先に進むことは出来ません。バンクーバーの国際空港があります。写真でちょうど真ん中に水平線を引くとしますね、すると、
その線上をジェット機が離着陸するんですよ。だから、このまま山の方向に進んでゆくと、衝突事故を起こします。
また、バンクーバーの街の上を飛ぶことは出来ないんですね。万が一セスナのエンジンが故障すると、町に墜落することになりますからね。
そのような事故を避けるために一旦海へ出て、それから山の方向に向かうことになっています。
街の中を流れている河を見るのは、なんとなく心が和みますよね。癒しというほどではないにしても、
喧騒の中に安らぎ見つけたような気分になります。ブリスベンもバンクーバーと同じように町の中に結構緑が多く見受けられるようですよね。
ブリスベン河に沿ってかなり緑が見られます。サウスバンク・パークランドやボタニック・ガーデンズ(植物園)がその良い例です。
また、地図で見ると分かるようにバンクーバーならスタンレーパークに当たると思うのですが、広大なビクトリアパークがありますね。