
阿東町・謎の嘉年地区を探れ!(阿東町「嘉年地区」)

「第10回嘉年かかし祭り」の優勝作
「ジェンキンスさん一家の案山子」
阿東町・嘉年(かね)地区・・・・おそらく地元民しか知らないであろうマイナーなこの農村地区では 毎年「かかし祭り」なるお祭りが行われているんだが その会場にTARO・BARAの両名はいた。年々レベルが上がっていると言う噂の「かかし」を見学するためだが その会場でもある公民館でこの「嘉年地区」の観光・歴史を記した「嘉年故郷案内図」なるマップを発見したのが そもそもの始まりだった・・・
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う〜ん、もともとマイナーな阿東町の、さらにマイナーな集落である「嘉年地区」の文化財・歴史文化財なんて さすがに知らなかったし興味も無かったんだが こうやって地図を眺めるとなかなか趣のある怪しげなスポットが点在しているものだな・・・
宙に浮いているらしい「吊り岩」だの 巨大なイモリの住んでいた「ビンズリ淵」だの 殿様が休んだとされる「一休」とか「千人塚」とか「鳴る道」だの・・・・
中でも わしが興味を持ったのは上の案内図にコソッと描かれた 十種が峰の麓にあるという「方丈の滝」と山田地区の「鍾乳洞」なんだが この2つに関しては今まで存在そのものを聞いたことがないぞ。これは調査するしかあるまい!
・・・・結論から言うと これらの怪しげスポットについては あまりのマイナーさ加減に地元の人に聞いても全貌は良くわかんなかったんで 今回は全然レポートにならなかったんだが 何日もかけてTAROと二人で走り回ってきたんで その中途半端な結果だけでもここに紹介しよう。
もしこれらのスポットについて何か情報を持っている人があれば 掲示板なりメールで教えて欲しいぞっ!
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「・・・・。」
TAROが平日 仕事をサボって公民館の職員に聞き込み調査をした結果、今回の散策のキッカケとなった「嘉年故郷案内図」は 地元の歴史に詳しい「龍昌寺」の住職が製作した地図を元に製作された、ということらしい。さすがTARO先生、 こういう調査に関してはマメというかなんというか・・・ で、闇雲にうろついても仕方がないんで まずは詳しいことを取材しようと「龍昌寺」にやってきたんだが この日はあいにく誰もおらず何の成果もなかったな。(意味なし) そういえば地元のローカル番組で 阿東町の「尻振り茶」なる郷土料理について紹介していた時にもココの住職が出演していたっけ・・・ ちなみに知らなかったんだが この龍昌寺は全国の「波多野さん」の祖にあたるとかあたらないとか。HCFMメンバーにもそれらしい人物がいるが 彼がこの寺となにか縁があるのかどうかは不明じゃ。 |
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わしは全然知らなかったんだが この「嘉年地区」というのは 昔は武将が城を構えていて それなりに発達した町だったみたいだな。 で、公会堂の後ろにある小さい山に「勝山城」なるお城があったらしいが 最近になって登山道が整備されたらしい。 この町の歴史を語る上で避けては通れないと思われる城山なんで ちょっと登ってみることにしたぞ。 |
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さて、何にも無い田んぼの中を車を走らせてやってきた次なる調査スポットは 仏様の代わりに世にも珍しい「木造の閻魔像」が祀ってあると言う「極楽寺」だ。
どうでもいいけど TAROはこーゆーものを調査する時は心底嬉しそうな顔をするなあ・・・
ここ「極楽寺」は 枝垂桜や樹齢350年のウスギモクセイなんかも有名なんだそうだが もともとは阿東町の名峰・十種ヶ峰(とくさがみね)の麓に湧き出した名水・水出の泉の水神様を祀るために建てられたお寺なんだそうな。
ちょっと別のHPの記事を抜粋すると・・・
「今から1100年前に阿武郡を御領とした皇室は十種ヶ峰の麓、嘉年地区の岩の間から豊富に湧き出る泉を阿武川の水源地と定め、水神様を祀り、五穀豊穣を願い五穀寺を創建した。この寺は室町時代に大内氏の所領となり極楽寺と改名、350年前現在の堂免地区に移した。その後火災に遭い、資料なども失われているが、皇室や尼子氏、大内氏ゆかりの人たちがここで出家したといわれており、一時は末寺が100軒を数えたという」
・・・なんだそうな。お寺の住職に話を聞くと 萩にある毛利氏の菩提寺、「大照院」なんかとも系列が同じというか繋がりがあるらしい。
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で、これが「閻魔様」の木像だ。 外からは見えないんだが住職にお願いしたら快く拝ませてもらったし写真も撮り放題だったな。 いやいや、こんな怪しげなHPのネタにすると住職は知ってか知らずかわかんないが ありがたいこっちゃ・・・ |
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で、こちらが「水出の泉」。山口県の北部最大の川、阿武川の水源に当たるそうだが 地元の人々はこの神田地区の神様として水神様の社を再興し、年1回御幣を奉納しているんだとか。 昭和57年には山口県名水審査で2位となって、遠くからも水を求めて訪れる人が多いらしいぞ。 で、最近になってこのような公園になったらしいが まあ正直言って わざわざ来たからと言って何があるわけではないな・・・。(今回はそんなんばっかりだな・・・) |
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その昔 巨大なイモリ「ビンズリ」が住んでいたらしい「ビンズリ淵」は 地図によるとこの辺りらしいんだが 今は一面が田んぼで そのようないかがわしい伝説を残すような面影はないな・・・
見てみたかったんだがな、ビンズリ・・・・
次は「故郷案内図」では島根県との県境にあるらしい「嘉年の鍾乳洞」とやらを探してみたんだが 農作業をしている地元のおばあちゃんに聞いても 「ハァ?」という返事しか返ってこなかったぞ・・・
でも このあたりでは その昔 石炭だか石灰岩だかを採掘していたらしく おそらくその廃坑のことではないか、という可能性が浮上してきたぞ。
ちなみに「案内図」のイラストを見る限りは 秋吉台みたいに鍾乳石もちゃんとあるような立派な鍾乳洞なんだがな・・・誇大広告か?
で、おそらくこれが昔の地下資源を発掘していた会社の跡地ではないかと思われるのだが 詳しいことはわからなかったぞ。それらしい看板も案内図も何も手がかりはなかったし もしかしたら全然間違っているのかもしれないがな。
まあ 地元の年寄りすら知らないことだからな・・・やむを得ないか・・・
次はいよいよ十種ヶ峰の麓にあるというまぼろしの滝「方丈の滝」の散策にトライだ。
十種ヶ峰は標高989M、「山口県のマッターホルン」とも称される形の良い山なんで わしも里山探検の折に是非とも登山に挑戦しよう、とは思っていたが よもやこんな形で訪れることになろうとは 思ってもいなかったな・・・・
案内図では登山道の脇を流れる沢沿いにドドンとあるように書かれているが 実はそれはウソで それらしい滝など何処にもないぞ。
で、中腹にあるキャンプ場の管理人さんに聞いたところ 「このへんに滝があるという話は今まで聞いたことも無い」らしいが スキー場の近くには確かに「方丈原」という原っぱが存在していることが判明。
ふもとで農家を営んでいるオッサンに聞き込み調査をしたところ 確かに方丈原の下には山葵を作っている沢があって そこには高さ10Mくらいの滝があるらしいんだが・・・
なんでも 林道の終点まで車で行って そこから渓流沿いに歩いたところに「わざわざ行ってまでして見るほどのものではない滝が そういえば山の中にあるにはあったような気がするけど」・・・と、いうことだ。(あやふや)
まあ不安要素は多いが どの程度の滝かはともかく、存在するのが確かならば やはりこの目で確かめたいんだが・・・

ハッキリと「どの林道を進めばいいのか?」という確信が持てなかったが とりあえず一番のメインらしき林道を適当に車を進めることに・・・・
たぶん この道で間違いないはずなんだが やっぱロードスター号にはこーゆー舗装されてない林道は不得手だな。 ちょっと隅に駐車しようと思ったら側溝にタイヤを落としてしまい にっちもさっちも行かなくなってしまったぞ・・・。
で、ヒーコラ言いながら なんとか脱出を果たし、日を改めてTAROのインプレッサ号で再びトライしたんだが さすが4輪駆動のインプレッサ号だけあって あっさり林道の終点までは行けたものの そこからは杉の植林地帯で沢は確かにあるんだが 滝の存在を確認するまでには至らなかったぞ。
ここから先は「絶対にこの道で間違いない」という精神的な拠り所と ヤブ漕ぎをこなせる程度のそれなりの装備がないと前進するのは不可能だよな・・・どうみても他人の所有地みたいだし 万が一クマさんにでも出あったらシャレにならないし・・・
てなわけで冒頭にも書いたが この十種ヶ峰にあるという「方丈の滝」と「嘉年鍾乳洞」について知っている方がいれば 情報をお願いしたいぞっ!
ふぅ・・・我ながら中途半端なレポートだな、今回は・・・・
| [DATE FILE] 阿東町HP・・・http://www.ato.townnet.pref.yamaguchi.jp/ 阿東町観光総合情報サイト「@HOMEあとう」・・・http://www.ato-town.com/ |