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平成17年11月13日
1861〜1896
東京都千代田区日比谷公園でお会いしました。
ホセ・リサールはバイ湖(Laguna de Ray)に近いカランバ(Calamba)で生れ、哲学と医学を学び眼科医だった。
スペイン統治の植民政治の弊害により、住民の抵抗や反乱が各地に起こったため、彼は国を憂い、文筆によってスペインの統治・弾圧に対し同胞に反発するように訴えた。
このため彼はミンダナオ島に流刑になったが、これが裏目に出て、益々反スペイン運動が激しくなり武力闘争に発展した。
スペイン政庁は戒厳令を敷き、弾圧を更に強化して、リサールを反逆の罪で銃殺刑に処した。
彼は大変な親日家だったようで、「おせい」さんという日本婦人を2号としていたそうである。
(参考:新井昭英著『ルソンに南瓜実らず』)
(平成18年1月31日追記)
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ホセ・リサール像 (日比谷公園) (平成17年11月13日) |
フィリピンの国民的英雄ホセ・リサール博士1888年この地東京ホテルに滞在す。
1961年6月19日 建之
(碑文より)
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平成17年5月8日
フィリピン共和国マニラ市サンチャゴ要塞内・リサール記念館前でお会いしました。
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ホセ・リサール像 (リサール記念館前) (旅日記を参照) (平成17年5月8日) |
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リサール記念館 (サンチャゴ要塞) (平成17年5月8日) |
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リサールが投獄されていた監獄跡 (サンチャゴ要塞) 1896年に処刑されるまでの2ヶ月間をここに投獄されていました。 監獄跡にはリサールの人形が展示されています。 (平成17年5月8日) |
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平成17年5月8日
フィリピン共和国マニラ市サンチャゴ要塞内でお会いしました。
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平成17年11月23日
リサール記念像
マニラ市のリサール公園にあります。
この碑のある場所で処刑されたそうです。
この記念像は儀仗兵が24時間警備に当たっているのだとか。
この碑の下にリサールの遺骨が眠っています。
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