海上機動第1旅団第3大隊(元:満洲第805部隊)





元満洲第805部隊 慰霊碑
(愛知県幡豆郡幡豆町三ヶ根山)





(平成17年4月3日)

碑誌

満洲第805部隊は、昭和8年12月編成以来、旧満洲国の防衛を主任務とし治安粛清国境警備の遂行に精励する傍ら、支那事変勃発に際しては堤支隊として出動、張家口作戦に於ける迅速果敢なる作戦行動により感状を授與され、ノモンハン事変に於ても渡河侵入せるソ連軍を包囲殲滅する大戦果を収めるなど、武勲赫々たる伝統を有する部隊である。
大東亜戦争熾烈なるに及び、昭和18年11月軍令により白城子に於て海上機動第1旅団第3大隊に改編、日本陸軍最強兵団の先陣として中部太平洋方面に派遣され、翌19年1月部隊は一部をマーシャル諸島クェゼリン環礁に、主力はブラウン環礁エンチャビ島に進出。
悪條件を排して最前線陣地を構築中、敵は同月末より空海陸からの猛烈な砲爆撃の支援下に逐次、大軍を以て各島に上陸、苛烈なる戦闘に突入するも、孤立無援、彼我戦力の懸隔著しく、一部は2月6日に、主力は同19日祖国の不滅を念じつつ部隊長矢野大佐を先頭に最後の斬込みを敢行、全員玉砕したるものである。

昭和56年10月18日


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