伊号第19潜水艦


【伊19】

アリューシャン作戦・ガダルカナル作戦に参加。
ソロモン補給輸送に2回従事する。
昭和17年8月31日、ヌデニ島グラシオサ湾の飛行艇基地を砲撃する。(大した損害を与えず)
昭和17年9月15日午前11時45分、ニューヘブライズのエスピリッツサントス沖(ガ島南東側・サンクリストバル島南東洋上)で米空母ワスプに肉迫し、魚雷6発を発射し、うち3発を命中させ撃沈する。残り3発のうちの1発は「ワスプ」後方の戦艦ノースカロライナを大破させ戦場から離脱させ、もう1本は駆逐艦オブライエンの艦首に命中し撃沈した。(艦長:木梨鷹一中佐)
昭和18年5月1日、フィジー島のスバからシドニーへ向かう途中のリバティー船ウイリアム・ウイリアムズを雷撃し撃破。(航行不能)
5月17日、シドニーからパナマ運河経由でアメリカ東岸のニューポートニュースへ向かっていたリバティー船ウイリアム・K・バンダービルトを撃沈。
ギルバート作戦に参加しタラワ島南東で作戦中、ギルバート諸島にて消息を絶つ。
米側記録では昭和18年11月25日、ギルバート諸島において米駆逐艦ラドフォードの攻撃を受け沈没とされている。(日本側喪失認定日は昭和19年2月2日)(艦長:小林茂馬少佐)

【巡潜乙型】

昭和12年の第三次補充計画によって、潜水艦兵力も飛躍的に増強されることになった。
隻数や単艦の大きさの制限がなくなったので、艦隊兵力の劣勢を補うという方針のもとに、「巡潜型」の大航続力と、「海大型」の水上高速を突き混ぜた大型の艦隊随伴兼巡洋潜水艦が要求された。
この大型艦は以下の3種に区別された。
甲型 旗艦設備と偵察機1機を持つ
乙型 旗艦設備はなく、偵察機だけのもの
丙型 両方とも無し。ただし魚雷兵装を強化した。
航続距離は、甲型が16ノットで25,600キロ、乙型と丙型は22,400キロを要求された。
乙型は甲型に比べ、旗艦設備が不要なため、形はいくらか小さく、基準排水量は約2,200トン、水上速力は23.6ノットである。
伊15から伊25に至る6隻の奇数番号艦が同型艦で、その後更に伊26から伊45までの20隻が建造され、合計26隻の同型艦がある。

(参考:『日本兵器総集』 月刊雑誌「丸」別冊 昭和52年発行)


大日本帝国海軍 軍艦超精密模型展
宮城県護国神社(平成21年11月9日訪問)
一等潜水艦
乙型
イー19  1/100
1942年 9月の状態
ネームシップ(乙型伊15型) 同型艦26隻

水上2,198t 水中3,654t
全長108.7m 最大巾9.3m 吃水5.14m
出力(水上)12,400ps
   (水中)2,000ps
速力(水上)23.6km
   (水中)8.0km
兵装 14cm1×1 25m/mU×1
    53cm×6(17)
水偵×1 潜航深度100m

竣工年月日1941年4月28日三菱神戸
1943年10月17日タラワ方面で作戦中
消息不明となる

巡潜乙型潜水艦

日本海軍において潜水艦は、主力艦同士の艦隊決戦を有利に運ぶための補助兵力として期待されていた。
隠密裏に展開させた潜水艦を用い、来襲する敵艦隊を可能な限り決戦の前に撃破するのである。
そのため、尖兵となる潜水艦には偵察機を搭載し、敵艦隊の確実な捕捉に努めた。
このような潜水艦艦載機の活用は日本独自の発想であり、のちに第二次世界大戦最大の潜水艦『潜水空母』伊四〇〇などに発展してゆく。
巡潜(巡洋潜水艦)乙型は巡潜甲型から旗艦設備を除き設計された大型潜水艦であり、本級には米空母ワスプを撃沈した伊一九、艦載機にて史上唯一アメリカ本土を爆撃した伊二五などが属している。
また大東亜戦争末期には人間魚雷「回天」の母艦として運用されたことでも知られている。
まさに日本海軍を体現するような潜水艦であった。

ガダルカナル島争奪戦

1942年(昭和17年)9月25日イー19は突如米空母を発見。
6本の魚雷を発射ワスプに3本が命中して沈没、はずれた3本はなお馳走続けて東方10kmを航行中の戦艦ノースカロライナに1本が命中中破、1本はその前方を行く駆逐艦オブライエンに命中して轟沈一挙に空母・戦艦・駆逐艦をほうむった戦果は海戦史上、空前(絶後?)のものであった。

(説明プレートより)




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