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カメルーン東部・バカ・ピグミーのバナナ栽培文化






1. はじめに -バカ・ピグミーとは

 アフリカ熱帯雨林には一般にピグミー
(Pygmy)として知られる人たちが住んでいます。彼らは、この地域の先住民族であると考えられていて、近年まで狩猟採集、つまり、野生の動植物を主に利用して生活していました。森でゾウを狩るハンターとしても有名でした。ピグミーというのはもともと体が小さいという身体的な特徴を表していたものです。実際彼らの平均身長は成人男性で150cmから155cmくらいです。クリクリとした目を持つ愛らしい顔をした人たちです。
 アフリカ熱帯雨林にはこのピグミーの人たちがいくつかのグループに分かれて住んでいます。このページで紹介するバカはそのなかの1グループです。バカというのは彼らの自称で、民族名として用いられています。バカはカメルーン南東部とコンゴ共和国北西部におよそ3〜4万人程度住んでいると推定されています
(Joiris, 1993)。また、バカが居住している地域には、いくつかの農耕民の民族が隣接して暮らしています。

 1950年代以前、バカは、近くの農耕民と関わりを持ちながらも、森の野生動植物に依存し、数週間もしくは数カ月ごとにキャンプを移動するような移動生活をおくっていました。しかし、1950年代から植民地政府および独立後の政府による定住化政策が進められていきます
(Althabe, 1965)。バカは次第に自分自身の畑を持つようになり、定住集落を作っていきます。現在では、自分たちの畑で穫れる農作物が最も重要な食料源になりました。そのなかでもプランテンが最も重要です。ただし、彼らの生活は変化しつつも、一年のうち一部は森の中で過ごし、狩猟採集に基づいた生活をおこなっています(林 2000、北西 2002)

 彼らが自分の畑で農耕を始めてから40年程度が経過しましたが、現在の彼らの社会は、完全に農耕に合わせた社会にはなっておらず、狩猟採集に適したやり方がいくつかの面で依然として強く残っているように思えます。そのような「狩猟採集民的な農耕」というものの特徴を、このページで紹介しようと思います。

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2. バカ・ピグミーのバナナ栽培

 バカ語には料理用バナナと生食用バナナを指す言葉はありますが、バナナ全体を指す言葉はありません。料理用バナナはndoといい、生食用バナナはnombaもしくはatonaと呼ばれます。

 バカはバナナを焼畑農耕によって栽培しています。まず、バカ自身が理想とする焼畑農耕のやり方を紹介しましょう。実際には必ずしもこのとおりにいくわけではありません。
 まず、大乾季に森を伐採し、を開きます。そして、大乾季の終わりに乾燥した木や草に火をつけて燃やします。伐採と火入れは男性の仕事です。火入れ前後に最初の植え付けがおこなわれます。植え付けは女性の仕事です。植え付けられる作物は、プランテン(料理用バナナ)、生食用バナナ、ココヤム、キャッサバ、トウモロコシ、タバコなどです。ただし、植え付けはその時季だけではなく、断続的に数ヶ月もしくは2、3年間続いていきます。植え付け後は男女ともで除草をします。肥料は与えません。収穫は女性の仕事です。トウモロコシは植え付けから3ヶ月程度、ココヤムが9ヶ月程度、キャッサバが1年程度やバナナが最も遅く、1年数ヶ月程度で収穫されます。収穫後には、再び草刈りをしてバナナをもう一度植えます。3、4年たつと畑は手入れされなくなって、5年程度、雑草や幼木が生い茂った状態になります。15年から20年程度の間をおいて、森に戻った後、再び伐採して畑にします。

 実際のバカの農耕は必ずしもこのように進むわけではなく、時に非常に「いいかげん」にやっているように見えることがあります。実はこの「いいかげんさ」が「狩猟採集民の農耕」の特徴です。
 まず、彼らは毎年畑を開くとは限りません。調べたところでは、5人のうち1人は開いていませんでした。開いた人でもその面積はばらばらです。畑を開いた後の植え付けでも、いいかげんにやる人が多いです。畑を開いてから半年が経っているのに、まったく植付けをしていない人やごく一部しか植付けをしていない人がいます。これでは、何のために畑を切り開いたのかがわかりません。
 畑の草刈りもあまり熱心ではありません。雑草の中に作物が埋もれてしまっている場合もよくあります。私が見た畑の中には、草刈りが不十分なため立ち枯れたトウモロコシや実をつけても種が入っていない実しかつけないトウモロコシが放置されているものがたくさんありました。トウモロコシは成長期間が短く、またその期間に日光を必要とするので、その時期にきちんとした世話をする必要があります。けれども彼らはいつもそれができるわけではありません。

 バカの農作業が「いいかげん」になる直接の原因は、バカが森のキャンプに入ったり、バペレやハウサの人たちの農作業をおこなっていることでしょう。バカは森における野生動植物の状態にあわせて森に入ります。当然森に滞在している時期に農作業はできません。トウモロコシが枯れたのも、ちょうどその時期に森で大量のナッツが実をつけ、長期間森に滞在したためです。また、バカが農耕民の農作業をおこなうと、現金、酒、食事などがもらえます。特に彼らはお酒が大好きで、それに惹かれて農作業が疎かになってしまいます。あるバカの男性は、「バカの女性は酒や服のために自分の畑ではなくバペレやハウサの畑仕事ばかりしている」と言って嘆いていました。

 もともと、狩猟採集は1日が生産と消費の単位ですから、バカはその日のうちに労働の見返りが得られるという形で仕事をしていました。しかし、農作業では例えば、植付けや草刈りなどをしたとしても、その日のうちにその労働の見返りを手に入れることはできません。けれども農耕民の農作業を手伝うなら、その日のうちに見返りを期待できます。これが、バカが農耕民の農作業に惹かれる理由なのでしょう。

 ただし、彼らはバナナを栽培することによって、農耕に適応しています。バナナは雑草に強く、トウモロコシほどは日光を必要としません。また、バナナは収穫までの期間が長いです。バナナは雑草に埋もれてしまったとしても、それで枯れてしまうのではなく、生き続けます。そして、バカがいつか時間を見つけたときに草刈りをすれば、それで何とか生長して収穫することができます。常に世話をしないといけないわけではなく、手間のかからないという点が「いいかげん」なバカの農耕に適しています。バナナがなければバカが農耕を受け入れることもなかったのかもしれません。

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3. バカ・ピグミーが栽培するバナナの種類

(1)バナナの地方品種と頻度

 調査で観察されたバナナの地方品種数は合計20(AAA=4品種、AAB=16品種)です。AABのうち15品種は料理用であるプランテンです。その中で最も多く栽培されているのはtetendoという品種です。他にはmedumalibelendumuなどもあります。AABの残りの1品種は生食用です。

 AAAの4品種はすべて生食用です。その中ではtota ngengeleが最も多いです。ただし、プランテンに比べると生食用のバナナはわずかしか栽培されていません。ngubuesubaはともに植物体の背が低いキャベンディッシュ・タイプの生食用バナナで、ごく最近導入されたものです。まだ、調査した村の周辺で4、5株しかなく、バカはとても珍しがっていて、家の周りに試しに植えたりしています。このキャベンディッシュ・タイプのバナナが私たちが食べているバナナで、中南米で多国籍企業によって開発されたものですが、これがアフリカの森の中まで到達したということです。ただし、彼らはプランテンを主に栽培していますから、このバナナが普及することはあまり考えられません。

(2)バナナ品種の伝播

 バカが栽培しているバナナの品種は、どこかのバカが近くの農耕民から新しい品種を導入し、それをバカ同士で交換されて広まっていきます。例えば、esubaという品種は、もともとは隣国のコンゴ共和国の前大統領リスバが導入したものだといいます。それで、esubaという名前がついています。それが、コンゴ共和国の農耕民からコンゴ共和国のバカにわたり、さらにカメルーンのバカに広まったということでした。つまり、同じエスニック・グループ間での流通が盛んにおこなわれているということなのでしょう。
 同じ村に住んでいる農耕民と共通の品種名を持っているものは19品種のうち7品種です。バカが日常的にバペレの農作業を手伝っていることを考えると、意外に少ないでしょう。特に、バカ、バペレ両者にとって最も重要なプランテンで名前が違っています
(バカではtetendo、バペレではmebale。これは別々の経路でこの品種がバカとバペレに入ってきたことを示唆しています。また私の調査した村から70kmくらい離れた農耕民の品種名と比べてみると、共通するものが少ないです。東南アジアでは考えられません。これはバナナがこの地域ではあまり商品として流通していないためなのでしょう。

(3)品種名の語源

 語源は、20品種中5品種でしかわかりませんでした。そのうちの3品種についてはバナナの形態を動物でたとえたものです。mbokotota kundaは、それぞれの果指の形状がバッファロー(mboko)の角の形、陸ガメ(kunda)の頭部に似ているために付けられました。ngubuは植物体が太いにも関わらず背が低いことがカバ(ngubu)に似ているところから付けられました。また、バナナの全房や果掌も、頭や手などの動物の身体の部分を用いて表現しています。バカは森の動物に強い関心を持っていて、彼らのイメージの源泉となっているために、バナナの品種名や部位名称に動物が比喩的に使われているのでしょう。

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4. バカ・ピグミーによるバナナの利用


(1)食用

 バナナはバカのカロリー源として最も重要な食べ物です。主食といっていいでしょう。生で食べる場合と料理して食べる場合があります。

 生食されるのは5品種です。料理をして食べるプランテンに比べると、食べる頻度は少ないです。プランテンがないときには、これらのバナナでも、熟する前に収穫し、蒸し煮にして食べることもあります。

 バナナの調理方法には蒸し煮、焼くの2種類があります。この中で最も頻繁におこなわれているのが蒸し煮です。まず、ナイフや山刀で皮をむき、さらに実のまわりに付着した繊維をナイフや山刀でこそげとります。そして、そのバナナを鍋に入れ、水を底から数cmになる程度加え、鍋を火にかけます。下のごく一部のバナナは煮た状態になりますが、大部分は蒸した状態になります。水がほぼなくなったら火から下ろし、皿や皿代わりの葉にのせて食べます。大量のバナナを料理するときはこの方法を使います。
 この蒸したバナナをさらに加工する場合が稀にあります。蒸したバナナをkingiliと呼ばれる臼に入れ、それをle kingiliと呼ばれる棒で搗きます。すると、バナナは餅状になります。これをkimoと言います。女性が自分で食べるために作ることもありますが、主に、訪問者が来たときにごちそうとして出されます。
 蒸し煮をしたバナナやkimoは肉やイモムシ、Gnetum spp.の葉などのシチューといっしょに食べます。
 バナナを焼く場合は、まず皮をむき、それを焚き火のすぐ側に置き、時々向きを変えてまんべんなく熱を加えます。この料理法では、一度にせいぜい1〜3本程度のバナナを調理するだけで、ちょっとお腹が減ったときに、簡単に小腹を満たすためにおこなわれるものです。

 バカはバナナを油で揚げたりはしません。油が貴重品だからでしょうか。東南アジアやインドで見られる雄花序の料理はありません。
 彼らの食文化において、バナナは最もたくさん食べるものなのですが、バナナ料理の多様性という点からするとアジアはもちろん他のアフリカの地域、民族に比べても貧弱でしょう。もともと、狩猟採集民は手の込んだ料理を作ることはほとんどありませんでした。彼らが多彩なバナナ料理を発展させるには、まだしばらく時間がかかりそうです。

(2)物質文化

 バナナの葉はいろいろな形で利用されます。まず、葉はそのまま地面に敷いて、その上で調理や動物の解体などがおこなわれます。調理が終わると、そこで出た屑を葉で包んで葉といっしょに捨てます。彼らのドーム型の伝統的な小屋の外壁としてバナナの葉が用いられることもあります。ただし、東南アジアなどでよく見られる包み焼きには、バナナの葉を用いません。彼らは狩猟採集を主としていた時代からずっとクズウコン科の草本の葉を使っていて、農耕が彼らの間で普及しバナナの葉が村で簡単に手に入るようになった今でも、この点については変化しませんでした。
 現在、バカはカカオの栽培もしています。収穫したカカオの種はバナナの葉が敷かれた箱に入れられて発酵されます。こうしないとカカオ豆はおいしいチョコレートやココアの原料にはなりません。

 熱帯雨林は多様な植物の宝庫で、バカは森の野生植物の特徴を理解し、その特徴に適した豊かな物質文化を維持してきました。バナナはそういう点からするとバカの物質文化にとっては新参者です。物質文化としてのバナナの利用はまだ発展途上といったところでしょうか。

 
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5. おわりに

 40〜50年前までは狩猟採集に頼っていたバカの生活も、現在では焼畑農耕、その中でもバナナという作物に大きく依存しています。
 彼らの農作業の特徴として、「いいかげんさ」というのをあげておきました。これは不真面目、怠け者といったような悪いイメージで捉えてしまう人が多いかもしれません。しかし、私はそうは思いません。この「いいかげんさ」が狩猟採集と農耕を両立させる鍵になっているからです。

 彼らは1日1日が生活の単位であるような生活を狩猟採集時代から続けてきました。自らの畑を持つということによって、一部は変化しましたが、その彼らのやり方の指向性は変化していません。彼らは目の前の利益に飛びつきます。これは一見良くないことに思えるかもしれませんが、逆から見れば、未来を決定せず、常に複数の選択肢を残しておくということです。そうやって、彼らはさまざまな変動に柔軟に対応してきました。トウモロコシを枯らしてしまった例をあげましたが、それは森にもっと良いものがあったからで、その選択自身は間違ってはいません。

 彼らの「いいかげん」な農耕は当然失敗することもありますが、決して食べ物がなくなって困ることはありません。自分の畑の作物はあくまでも食べ物の選択肢の中のひとつに過ぎません。森にも、農耕民の畑にも、他のバカの畑にも食べ物はあります。それを手に入れる手段ももっています。
 このような彼らの農耕において重要な役割を果たしているのがバナナです。バナナは「いいかげん」なバカの農耕においても確実に収穫が見込める作物です。雑草に強いということが一つの重要な点ですが、それに加えてバナナは保存しないでもいいという点です。お米のような穀物なら、収穫するとそのお米を保存して次の収穫期まで食べつなぐとともに、種籾としてもお米を保存しておく必要があります。しかし、バカはその1日が単位で生活をしていますから、収穫物を保存することが苦手で、すぐに全部食べてしまいます。けれども、バナナはもともと長期間の保存ができないので、一年中収穫できるように植付けの時期をずらしたり、多様な品種を植えたりしています。また、種ではなくバナナの脇から生えてくる吸芽を植えるので、収穫物を全部食べても植付けには困りません。この点でもバナナはバカに適した食べ物なのです。

 このようにバカのバナナ栽培を中心とした農耕には狩猟採集活動の影響が多く見られます。彼らの生活の変化を追っていくことによって、もしかしたら、私たちの祖先が狩猟採集生活から農耕生活へと変化していった過程を考える上での何かヒントのようなものがあるかもしれません。



-参考文献-
Althabe, G. 1965 "Changements sociaux chez les Pygm仔s Baka de l'est Cameroun," Cahiers d'Etudes Africaines 5 (20).
林耕次、2000 「カメルーン南東部バカ(Baka)の狩猟採集活動 -その実態と今日的意義」『人間と文化』14。
Joiris, D. V. 1993. "Baka Pygmy hunting rituals in southern Cameroon: How to walk side by side with elephant," Civilisations 31 (1-2).
北西功一、2002 「中央アフリカ熱帯雨林の狩猟採集民バカにおけるバナナ栽培の受容」『山口大学教育学部研究論叢52(1):51-69。

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