金光郁子舞踊学園 / 学園長(金光郁子)

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金光 郁子 (かねみつ いくこ)

3歳の時より母、金光はつ子の元でダンスを始める。
その後、伊藤道郎(ミチオ・イトウ)氏に師事。師の勧めでアーニーパイル舞踊団に参加し、アーニーパイル劇場、日劇、帝劇、国際劇場に出演。この間、モダン、クラシック、ジャズ、タップ、印度舞踊をそれぞれ本場の教師に学ぶ。

1953年、文部省・東京新聞社主催、舞踊コンクールにて受賞。
1956年、1964年には全国人気バレリーナ・ベストテンに選ばれている。
1971年、78年にダンス研修のため渡米、74年には欧州7ヶ国舞踊視察参加。
1984年、主宰する金光郁子&バレエキャラバンで文化庁芸術祭優秀賞を受賞。
2004年、平成15年度第14回財団法人松山バレエ団芸術賞受賞。

主宰する金光郁子舞踊学園は、今年創立61年。金光はつ子の創立からは82年になる。金光郁子の娘、三代目:松本絵利砂杉本亜利砂、孫の河野麻耶・松本亜耶(4代目)ともに4世代に亘って舞踊の道に進み、各新聞、テレビ、雑誌等に取り上げられるほど、珍しい一つの道に進む舞踊一家である。

現在、都内にスタジオを持ち、責任指導のカルチャースクールは12ヶ所に及ぶ。

金光郁子がモダンダンスだけではなく、クラシックバレエを学び、更にジャズダンスを取り入れて、それらを総合して始めたのが“バレエキャラバン”である。
ダンス界をリードする第一人者として常に先駆的な活動を続けてきた金光郁子は、ジャズダンスが現在のブームとなる以前に、早くからその可能性に着目して、自身もニューヨークで研修を重ねる一方、ジャズダンスを本格的な踊りとするための努力をしてきた。さらには、「今のジャズダンスを踊るために」独力でニューヨークから1980年にはジョジョ・スミス(ストライサンドやトラボルタの振付師)また、1981、82、83、及び85年とベッツィ・ハーグ(ライザ・ミネリなどの振付師)、1984年にはマイケル・オーウェンズ(「CATS」のダンサー達が通うDavid Howard Schoolの教師)を、1986、87、88、89年と連続4年間人気最高のリック・アトウェルを、また95年にはチャールズ・ライトを招き、特別ジャズダンス・クラスを開きグループの実力を高めている。

金光郁子舞踊学園は、日本ジャズダンス芸術協会主催のコンクールにて、グランプリ、指導者賞をはじめ56個の賞を受賞している。底辺にクラッシックを、それにモダン、ジャズのダンステクニックを融合して芸術性と娯楽性のクロスオーバーに依る新たなステージングを目指して数多くの「ダンスドラマ」を発表、上演して来ている。

  • 金光郁子舞踊学園学園長
  • 金光郁子&バレエキャラバン主宰
  • 一般社団法人現代舞踊協会会員
  • 一般社団法人日本ジャズダンス芸術協会名誉会長
  • 目黒区洋舞家連盟会長











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