芸能興行

 

私の若衆に奥山隆(たかし)と云う

人物がいたのですが

こいつは、私と同じ東北生まれだったのです。

そして、隆は……

私にある相談を持ち掛けてきたのです。

 

 
ある時、たかしは、私にこんな相談をしてきました。
その話の内容とはこんな事だったのです。
たかしは、「どうしても生まれ故郷に錦を飾りたい」と私に言ってきたです。
今、考えて見ると‥?きっとそれは口実だったのかもしれません。
ただ故郷の皆に、自分の誇らしげな
そして、ただ自慢したかっただけなのかもしれませんが
しかし、その話には一本、筋が通っていたのです。
また、隆の生まれた所は東北でも
人口もあまり多いとは言えない町だったのです。

その隆の話では、田舎ともなると芸能人が
コンサートを開く回数も少なく、年に一度あるかないか
下手したら、二年か三年に一度くらいで
例え仮に、大きな町でコンサートをやっていたとしても
その町から大きな町まで行くのにも、バスは一時間に一本だけ
そして、バスを乗り継いで2時間もかかってしまう…と言うのですから
それこそ年寄りは、バスに乗るだけで疲れてしまい
芸能人のコンサートなど見た事がないと言う話しの内容だったのです。
その為にその町で、年寄りでも楽しめるような芸能興行を開きたいので、
私に「お願いします」と言う事でした。
そんな、話しを聞かされた私は…………
(それじゃ隆の為になんとかしてやろうか)と考え
隆の生まれ故郷の町のコンサート会場の確保と
年寄り向きの芸能人を手配してくれるように
別の組織の芸能興行関係をシノギとする知り合いにに頼み込んだのです。

それから、5ヶ月後…………
隆の生まれ故郷の町でコンサートがおこなわれました。
芸能人には、美〇憲一と淡〇のり子の二人で
その宣伝文句には、淡〇のり子、東北最後の公演!!
美〇憲一、東北初公演!!のポスター見出しで………
コンサート料金は、当時でも格安の一人2500円でしたから
かなり安かったと言えます。
もちろん、儲けはありません!!(笑)
しかし、そのコンサートには、隆はもちろんの事、この私も行きましたが
それはそれは、素晴らしいコンサートだったのです。
なにせ、会場の中は立ち見が出るくらいの溢れんばかりの客だったのですから
この興行は無事、成功に終わったと言っていいでしょう。

それに何と言っても今は亡き……あの淡〇のり子先生が
ピアノに片手をもたれかけて歌う姿は………
今でも脳裏に焼き付いて私の頭の中から離れません………
多分あの頃から淡〇のり子先生の体調は思わしくなかったのでしょう。
また、美〇憲一の客に対するサービス精神は
持って生まれた一つの才能と言っても過言ではないでしょう。

そして、あの頃から淡〇のり子先生と美〇憲一は仲が良かったので
淡〇先生亡き後に淡〇先生から美〇憲一は〇〇ブルースの歌を
譲り受けたのかもしれません。
一度は萎んだ花の美〇憲一でしたが……
今大活躍する美〇憲一の出演するテレビを拝見すると
美〇憲一と言う男は…………?????
やはりタダ者ではななかったんだと確信してしまう今日このごろです。
そして、隆も生まれ故郷に錦を飾る事が出来たと言う訳です。