J.S.バッハによるクラヴィコード演奏法・教授法について

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[御感想、御質問はゲストブック(掲示板)へどうぞ。《ムジカノーヴァ》誌2006年1月号へ寄稿した関連エッセー、ならびにその補筆記事も御参照下さい]



<昨年末(2003年)スイスで行われた、ミクローシュ・シュパーニ氏の講習会に参加し、そこで筆者(大井)が『たまたま知るところとなったもの』(>J.S.Bachの言葉)を、御紹介したいと思う。以下の4つの部分からなる。主部は、(iii)のグリーペンケルルによる手記の部分であり、それ以外は補足に過ぎない。

(i) 前口上(大井)・・・・グリーペンケルルの手記[(iii)]本文の概説や、巷間のクラヴィコード奏法、近代的ピアノ奏法との比較などを行う。(ii)のシュパーニによる序文・脚注は、読者対象をクラヴィコード奏者に設定しているので、それに対する補足となっている。

(ii) 序文(シュパーニ)・・・・オランダ『国際クラヴィコード』誌へ(iii)が掲載された時(2000年11月)に、シュパーニが寄せた序文。グリーペンケルルの手記が書かれた経緯、内容説明など。(2004年6月17日更新)

(iii) 本文(グリーペンケルル)・・・・1819年に発表された、グリーペンケルルの手記の拙訳。これはもともと、「半音階的幻想曲とフーガ」の校訂版への序文として出版されたもので、まず「バッハ・タッチ」についての詳細な説明があり、そののちフォルケルによる「半音階的幻想曲」の演奏解釈について述べられている。(2004年6月21日更新)

(iv) 解説(大井)・・・・シュパーニの講習会に参加し、彼がどのようなタッチを行っていたかの目撃レポート。(iii)の本文はかなり明瞭に記述してあるが、理解の一助になれば。(2004年6月22日更新)



前口上(大井浩明)(2004年5月30日更新)

1.この手記までの流れ

大バッハの長男W.F.バッハ(1710-84)、ならびに次男C.P.E.バッハ(1714-88)から直接情報を得た、伝記作者J.N.フォルケル(1749-1818/テュルクより一歳年長)に拠れば、大バッハは初学者にまず「彼独自の打鍵法を教える」ことに集中したと云う。すなわち、「全ての指がクリアで美しいタッチを習得するまで」、「ある種の練習課題をあてがい」、数ヶ月間続けさせた。そののち、この練習課題の音型を使った作品〜《6つの小プレリュード集》や《2声のインヴェンション》等〜へと教えを進めていった。フォルケルの弟子であったF.C.グリーペンケルル(1782−1849/パガニーニと同い年)が、1819年に出版した《半音階的幻想曲とフーガ》の校訂版への序文で、その実例について具体的に触れている。

シュパーニによる脚注にもあるように、この覚書は欧米のオルガン雑誌で、近年少なくとも3度(1983年に2度、1988年に1度)発表されている。しかしながら、オルガニストのみならず、クラヴィコーディストにもほとんど認知されていないらしい。

なお、このグリーペンケルルの弟子であるピアノ教師、E.エッゲリンク(1813-1885/ワーグナーと同い年)による、《初学者と上級者のためのヨハン・ゼバスティアン・バッハの流儀に基づく基礎的で迅速なクラヴィア演奏教育の手引きと研究》(1850)でも、このメソッドについての言及があると云う。

2.シュパーニ氏経歴

1962年ハンガリー生れのクラヴィコード奏者。もともとチェンバロ出身で、ブダペストで学んだのちインマゼールに(チェンバロを)師事。パリとナントの国際チェンバロコンクールで優勝。目下BISレーベルに、C.Ph.Eバッハの独奏作品ならびに協奏曲の全曲レコーディングを、クラヴィコードとタンジェント・ピアノで行っている。つい先日(2004年春)にもパリ国立高等音楽院でチェンバロとフォルテピアノを中心としたマスタークラスを行い、「バッハ・タッチ」についても触れたとのこと。

彼のクラヴィコード演奏は、タンジェントが決してビビらず音自体に安定性があり、豊かな響きと音量を持ち、またそれらから導かれる芯のある美しい音色と音楽作りが印象的であった。80人程度の聴衆のためのリサイタルを聞いたが、音量には全く問題が無かった(一説には、PA無しで300人でも鑑賞可能だと云う)。驚くべきことに、彼はクラヴィコード・チェンバロ・フォルテピアノ・スタインウェイを、同時に、しかも美しく演奏していた。

3.クラヴィコード講習会

講習会はC.Ph.E.バッハのクラヴィア作品がテーマだった。会場にはチェンバロ、フォルテピアノ、スタインウェイ・グランドピアノの他に、スイス・クラヴィコード協会の提供による新旧・大小6種類のクラヴィコードが陳列され、受講者は自由に楽器を選択することが出来た。また、クラヴィコードが描かれた当時の絵画多数も同時に展示されていた。シュパーニのリサイタルやレッスンで主に使用された楽器は、クリスティアン・ゴットロープ・フーベルト(18世紀後半)の専有弦型モデル(5オクターヴ)を、トマス・シュタイナー(バーゼル)がコピーしたものだった。なお、取り上げられたエマヌエル作品は、ソナタ集よりト長調Wq.50-2、ロンド・イ短調Wq.56-4、ト長調Wq58-1、ハ短調Wq.59-2、ニ短調Wq.61-2等々であった。

私(大井)の場合、最初に「自分はチェンバロ奏者であり、出来ればクラヴィコードのための『タッチ』が知りたい」と言ったため、一応作品は演奏したものの、3日間で数時間受けたレッスンは、事実上「タッチ原則」についてのトレーニング――グリーペンケルルの[譜例1]の如く、ひたすら人差指と中指で2音を弾くような――のみに費やされた。
以前はクラヴィコードを弾く時、高音域での小指や、和音の中声部を弾く中指などが、どうしてもビリつきがちであったが、これはトレーニング後に著しく改善された。また、このトレーニングを「ラクダのように」指先へ覚え込ませることは、チェンバロ演奏におけるタッチ制御、ならびに複数の鍵盤楽器間でのタッチの互換性について、後述のような示唆を与えることとなった。
講習会中に、「このようなタッチは、貴方のオリジナルなのか」と問うたところ、「これはグリーペンケルルの覚書に言及されているものだ」とシュパーニ氏は答え、後日その原文を送って下さった。

4.「バッハ・タッチ」の特徴

【1】「手を丸めて」、「指を鍵盤に垂直に立てて(小指は関節を伸ばして外側には傾けず、親指は軽く曲げて)」、「鍵盤の手前端を弾いて」、

【2】なおかつ、「指を高く上げずに小さな動きで」、「指の付け根と手首と肘は同じ高さで(手首が凹まないで)」、「肘や手首が硬くならずに」、等という指示は、ラモーやサンランベールやクープランの教本にも見られる、典型的な打鍵法である。4-3によるトリルや、2-3の繰り返しによる上昇音階などの「歴史的指使い」は、【1】のような「丸めた手」を前提にしている。

【3】また、J.S.バッハのクラヴィア演奏についてクヴァンツやフォルケルが描写したような、「打鍵ののち、指を鋭く曲げて、指先をキーの前部へ滑らせ、急激に引く」モーションは、エマヌエル・バッハ言うところの「シュネレン」に似ている。キー上に置いたおはじきを、指先で手前へ飛ばすような動き・作用であり、打鍵後に指を真上へ「持ち上げる」のでは無い。遅いパッセージにおいても、キーの手前方向へ「滑りあげる」こと。『バッハ・タッチ』においては、特殊効果としての「シュネレン」というよりは、次項(【4】)で述べる「指先がキーを手前へ引っ張っていた」結果の、事後的な慣性運動と捉えるべきだろう。

【4】以上に加えて、グリーペンケルルの手記は、「ゆるめた手・肘・腕から指先へ伝わる重みを、指先がキーを引っ張る力で支える(=すなわち指の根元が支点になっている)」、「指先へ伝わる重みは、ゆるめた肘によって、加減あるいは一定保持される」という、画期的な指摘を行っている。曰く、「腕からの重みと、指の弾力性の結合こそが、バッハ・タッチの要諦なのである」。クラヴィコードの発音原理上、「キーの底までしっかり弾く」タッチは最低条件であろう。こういった内的な「重みの移動」は、外からは見えないが、音質には如実に現れる。外見上は指先のみの、モショモショした動きである。

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上記の【2】と【4】を組み合わせて、手は丸めずに指を前方へゆったりと伸ばした弾き方が、1905年にブラウトハウプトが発表した近代的「重力奏法」と呼ばれるものである。[――しかし今でも、「指先がキーを引っ張る力で重みを支える」点については、言及されないことが殆どである。――]

クラヴィコード演奏に関してのこの『バッハ・タッチ』の利点は、なによりもまずタンジェントが安定するため、音程・音量・音色に関する諸問題が一挙に解決することである。これは、発音直後に、すみやかにキーを不動保持する状態へ持ち込めることに因る。【3】と【4】を両立させることが、『バッハ・タッチ』修得の第一歩となる。加えて、肩からの重みを利用しつつ指先を微細にコントロールするため、鍵盤の重みにタッチが左右されにくくなり、楽器間をある程度自由に往来することが可能となる。オルガノ・プレーノの重たいタッチなどとの互換性も念頭に置きながら、考案されたのかもしれない。

このようなタッチの発明が、逆にクラヴィコード製造そのものへも相互的に影響を及ぼした、というシュパーニの指摘は興味深い。クラヴィコードのみならず、時代を遥かに下ったモダン・ピアノにさえ、このタッチが適用出来る所以であろう。

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クラヴィコードでは、指で触れたとき出る音が小さく、タッチも軽いので、チェンバロ同様「鍵盤の戻りを感じながら」奏していると、どうしてもフニャフニャした「さぐり弾き」になりがちである。ここに、アフォーダンスの罠がある。もちろん「さぐり弾き」でも「それなりの音」は出るが、果たしてその音は「伸びがあり歌うような音」だろうか?

楽器そのものがその奏法や様式を教えてくれる、などということは、クラヴィコードにとってのJ.S.バッハ、あるいは電子楽器オンド・マルトノにとってのジャンヌ・ロリオがごとき、例外的偉才にのみ可能なのではないだろうか。シュパーニ氏のクラヴィコード演奏は、安定して表情・音量豊かな音を持ち、ダイナミック・レンジもモダンピアノと同程度に幅広いものであった。この楽器が、平均律クラヴィア曲集のような「複雑な」作品にも、十分対応出来ることが察せられた。

#もちろんこの指訓練課題は、なによりも「最初の2ヶ月」の初学者を対象としたものであり、指の形を保つ筋肉の「質」がしっかりすれば、基本形からどんどん離れて、指を伸ばし手の甲を下げ「撫でるように」弾いたり、あるいは、「引っ掻く」モーション無しに十分離鍵がコントロール出来たり、ということも考えられるだろう。指を立てようが伸ばそうが、脱力した手・腕の重みを活用する原則は変わらない。バッハがフリーデマンに与えた装飾音一覧表が、あくまで初学者のための教育目的の凡例集であるのと同様、音楽的要求に従って臨機応変に対処すべきであろう。

5.この文書の信憑性について

私はシュパーニ氏の弾いたクラヴィコード、チェンバロ、フォルテピアノ、スタインウェイの素晴らしい音色を実際に聴いたので、彼の提唱・賛同するこのグリーペンケルル・メソッドを信用する次第である。短期間のトレーニングで、タンジェントの安定性に成果が見られたのも事実である。覚書に残された、一見凡庸に見える幾つかの記述から、打鍵法という不定形なものを「復元」したシュパーニ氏の直観と努力には、頭が下がる。これこそ音楽考古学と呼ぶにふさわしい。

なお、この『バッハ・タッチ』はグリーペンケルル以降「絶滅」していたわけではなく、西洋音楽演奏の伝統の中で、細々とではあるが命脈はつないで来たはずである。例えば、私の師事したB.カニーノ(ピアノ)やDベルナー(チェンバロ)の演奏で、この「バッハ・タッチ」と似たような指の動きを見た記憶がある。

しかしそれは、彼らの本能的嗜好がたまたま導き出したものなのだろう。全ての指がクリアで美しいタッチを持つための、「『歴史的タッチ』の修得法」をはっきり言語化・メソッド化したものは、筆者の知る限り、このグリーペンケルルの覚書のみである。

それにしても、この基礎トレーニングの直後に、すぐさまインヴェンションやシンフォニアを弾かされた息子達や弟子達も、いい迷惑である。エマヌエルが《クラヴィーア奏法試論》で、くどいほど指使いパターンを挙げ、とっつき易いプローベシュテュックを多数付け加えたのも、頷ける。

6.本文の翻訳について

(III)の本文では、『バッハ・タッチ』訓練法の該当部分のみの抄訳も考えたが、「半音階的幻想曲」の奏法解説を含め、1819年という時点で書かれた興味深いドキュメントとして、全訳してみた。章付けは訳者によるものである。不備の御指摘など頂ければ、ウェブ発表の利点を生かして、どんどん改訂・加筆していきたいと思う。なお、多大な御教唆を下さった清水穣氏(同志社大学助教授)に、この場をお借りして御礼申し上げる。


(II) 《グリーペンケルルの手記による、ヨハン・セバスチャン・バッハのクラヴィコード演奏法》/
ミクローシュ・シュパーニ (訳:大井浩明)
 2004年6月17日更新

〜オランダ『国際クラヴィコード』連盟誌 第4輯下巻(2000年11月)より〜

バッハ・イヤーである2000年に、貴誌に何を寄稿すべきか色々迷った末、結論として、何より以下の文献をクラヴィコード奏者の皆さんに御紹介したいと思う。

フリードリヒ・コンラッド・グリーペンケルルは1782年に生まれた。彼は哲学と教育学を修め、生涯を通じて哲学・数学、ならびにゲルマン学の教鞭を執った。彼はオルガン等の鍵盤楽器も演奏したが、彼の名を不朽にしたのは、1844年9月にペータース社からバッハのオルガン作品集第1巻を出版したことだった。この世評高く入念な校訂版は、世界中のオルガニストに幾世代にも渡って使用された。一方、それを遡る1819年に、グリーペンケルルがバッハの半音階的幻想曲とフーガの単行譜を出版したことは、余り知られていない。その序文で、グリーペンケルルは、バッハ一門――すなわちバッハの息子や弟子、そして孫弟子によって注意深く保持されてきた鍵盤技術について詳述している。この序文は、バッハ自身が用い教えた鍵盤技術(特にクラヴィコードのための)の真正で根拠ある記述として注目される。実のところ、グリーペンケルルはフリーデマン・バッハとフォルケル〔注1〕を通して、バッハの孫弟子にあたるからである。フォルケルはフリーデマンと交友があり、レッスンを受けたことが確実視されている。グリーペンケルルによれば、フォルケルは「バッハ・タッチ」をフリーデマンに師事した。そして、グリーペンケルルはフォルケルからレッスンを受け、それを継承したのである。したがって、グリーペンケルルが半音階的幻想曲の校訂譜を公刊した狙いは、彼が耳にしたこの作品のフォルケルの演奏法を紹介するためであった。

もしグリーペンケルルの序文が真正で独自な情報を含むと認められるならば(それは後述するように、多くの傍証がある)、これこそバッハのクラヴィコード演奏法ならびに教授法についての、現存する最も重要な情報源であるのみならず、クラヴィコード奏法に関する史上最も重要な文献であると推定しても、やり過ぎでは無いだろう。次に受け入れるべきことは、グリーペンケルルがバッハのクラヴィコード技術について語っている内容である。

この文章を注意深く読めば、グリーペンケルルによって記述されているテクニックは、あらゆる鍵盤楽器にあてはまるが、しかし明らかに最も適当のはクラヴィコードだと分かる。グリーペンケルルの入念で詳細な記述を読めば、誰でもかなり容易に彼の語るテクニックに習熟でき、そして試してみればその効能がクラヴィコードに最も顕著であるとを認めるだろう。もし効果が現れたなら(効果があると私は言わせてもらうが!)、クラヴィコードがバッハお気に入りの楽器だった〔注2〕、というフォルケルの言葉の信憑性を受け入れるもう一つの理由(この理由は重要だ)を持つに至る!かくしてグリーペンケルルの文章は、一般に推察されるよりもずっと、フォルケルの記述全てが信用に価するものだと証明してゆく。その上、グリーペンケルルの文章は、フォルケルのバッハ伝記に見られるバッハの演奏技術の描写と全く一致しているのだ。

その計り知れない重要性と、近年に少なくとも3度にわたる公刊を経ている〔注3〕にも関わらず、鍵盤楽器奏者の間でグリーペンケルルの文章はあまり知れ渡っていない。バッハのオルガン作品集第1巻でグリーペンケルルは、半音階的幻想曲への序文やフォルケルの伝記を参照しながら、バッハのテクニックについて簡潔な描写を繰り返している。にも関わらず、オルガニストにもバッハ・タッチはほとんど知られていない。本稿を通じて、あらゆる鍵盤楽器奏者がこの決定的な典拠を知る機会を提供したいと思う。

グリーペンケルルはバッハのタッチを描写するだけではなく、それを実際に習得するためのメソッドを開陳している。「インヴェンション」発祥についてのフォルケルの言葉を、我々は幾度読んだことだろう。 《最初バッハは弟子たちに指の訓練課題を与えた。それは数ヶ月ほどの練習を要するものであるが、同時に、勉強をもっと面白くするために、訓練課題を元にした小品をバッハは作曲した》。グリーペンケルルの文章は、バッハの訓練が実際にどのようなものであったかを示す唯一の文献である。この手引きには、あきらかに鍵盤楽器教育に関する深い洞察力が見てとれる。また、実に迅速な進歩を保証するものだから、バッハ一門の信ずべき伝統との関連の、追加証明になると私は思う。バッハの音楽に必要なテクニックを得るために、ここまで明確で徹底的な手段を、バッハ本人以外の誰が示せるだろうか?

この本文を実行に移すことで、我々は本当にバッハ・タッチを習得出来るのだろうか?グリーペンケルルのメソッドは、少なくともその目標に数段階近づく可能性を与えてくれる。グリーペンケルルの訓練課題を試みるクラヴィコード奏者は、あるテクニックを達成することが出来るが、それは確実で信頼できるタッチを保証し、また美しくしっかりした音に結実するものである。私見では、このテクニックには個人個人によって微妙な変種が考えられるが、それは手の形がそれぞれ違うからであり、それはバッハの時代も同様であった。このバッハ・タッチを会得出来たバッハ一門の演奏家の数は知られていない。 しかし18世紀ドイツの鍵盤演奏技術へのバッハの巨大な影響は否定出来ない。18世紀後半に製作されたドイツのクラヴィコードの最も優れた雛型は全て、多かれ少なかれバッハ一門、あるいは少なくともザクセン=テューリンゲン地方の音楽的環境と遺産に関連付けられることは、驚くべき事実である。疑いなく、J.S.バッハが発展させ教えた打鍵法のおかげで、クラヴィコードという楽器が会得されその繊細さが十全に発揮出来るようになったため、クラヴィコードを称揚する多数の奏者が輩出した。

バッハこそは、中央ドイツにおけるクラヴィコード奏法(そして恐らくクラヴィコード製作についても)の父であった〔注4〕

バッハの打鍵法は、その時代の演奏実践とは明らかに全く違っていたため、バッハが現代鍵盤楽器奏法の父であるという口頭伝承は、少なくとも部分的には本当だと言えそうである。 ここでは必要と考えられる幾つかの注釈を付けて、グリーペンケルルの文章をそのまま上梓する。注意深く研究しないと、本当に大事な点がハッキリしない書き方がしてある。折に触れ再読するたびに、さらなる情報が審(つまび)らかとなるだろう。文章の推移を用心深く分析されるよう、御忠告する。そして、良いクラヴィコードで試してみることが不可欠である。

添付した半音階的幻想曲のグリーペンケルル校訂版は、バッハの伝統による演奏実践について、多くのことを明らかにしている。この作品について、そしてその演奏についてのグリーペンケルルの見解は、非常に興味深い。にも関わらず、グリーペンケルル校訂版によってこの作品を弾く前に、最新の信頼すべき版を調べることをお勧めする。特に幻想曲において、グリーペンケルルの目的は原典資料に基づいた正確な譜面を提供すると云うよりも、フォルケルが演奏したそのままの似せ絵を再現することであった。それゆえ、このグリーペンケルル校訂版は、原典版ではなく、当時の演奏実践のドキュメントとしてのみ使用すべきである。今回割愛したフーガ部分については、事実上演奏に関する提言は含まれていない。また原典資料や、今日我々が「音楽学的に正しい」と呼ぶ版からは、細部において逸脱している。

【脚注/シュパーニ】

[注1] ヨハン・ニコラウス・フォルケルは1749年に生まれ、音楽史家・理論家・作曲家・鍵盤奏者、そしてクラヴィコードの熱烈な守護者であった。彼のもっとも著名な出版物は、最初のバッハ伝記である、《ヨハン・ゼバスティアン・バッハの生涯、芸術、作品について》であり、1802年にライプツィヒで出版された。

[注2] バッハのお気に入りの楽器がクラヴィコードであったというフォルケルの報告の信頼性は、何度も疑問視されてきた。しかし、W.Fr.とC.P.E.バッハ兄弟(フォルケルは彼らから情報を収集した)が自分達の父親について偽の肖像を描いたと仮定する理由はほとんどない(そのような事態はしばしば発生したが)。 J.S.バッハの偉大な息子の双方は、彼らの父親ならびに父親の成し遂げたものを崇敬していた。バッハの息子達が父親の音楽的遺産を拒否し、新しい技術と様式を頑固に採用したという伝説は、ロマン派時代の所産であり、息子たちにさえ異議をとなえられた、誤解されし天才としてJ.S.バッハを捏造している。 このことは後世のチェンバロ奏者たちに、フォルケルの報告を否定させ、クラヴィコードで弾くことを企てもしないうちに、バッハの音楽におけるクラヴィコードの重要性を否定させるに至った。(すまない、チェンバロ仲間たちよ。)

[注3] 
エヴァルト・コーイマン「バッハの鍵盤技術」 《オルガンHet Orgel》誌 第79巻、1983年第1号
エヴァルト・コーイマン「バッハの鍵盤技術に関する一つの史料」 《オルガン芸術 Ars Organi》誌 第31年次第1巻、1983年3月
クウェンティン・フォールクナー「J.S.バッハの鍵盤楽器に関するグリーペンケルル〜翻訳と注釈」 《アメリカのオルガニスト American Organist》誌 第22巻第1号、1988年1月、第63−65頁

[注4] 17世紀から18紀初頭までの小さな共有弦式のクラヴィコードでは、どっしり弦を張った大型の専有弦式の型で弾いた時に比べると、バッハ・タッチは余り明白ではない。バッハによる演奏技術の革新は、明らかに1720〜30年代のクラヴィコード製作の変遷への適切な反応であったし、おそらく相乗的にその変化へ新たな推進力を与えたのである。


《半音階的幻想曲の演奏に関する幾つかの所見》 F.C.グリーペンケルル 2004年6月21日更新

1.【はじめに】----------

バッハ一門は、たとえそれが極めて難しいバッハ作品であっても、一門特有の打鍵法によってのみ到達出るようなレベルにおける、演奏の清潔さ、軽やかさ、そして自由さを追い求めている。この演奏法はフォルケルの小冊子「J.S.バッハの生涯、芸術、作品」に描写されているが、これはまことに本物の、かつ明快な手ほどきである。それゆえ、このやり方に真剣に取り組み、ガチガチの先入観で誤った方向へ遁走せぬような分別ある者ならば、演奏手本や口頭レッスンなしでも、完璧に修得が可能であった。この訓練の要旨は以下のとおりである。

2.【バッハ・タッチの原理】----------

手の仕組みは、つかむ、という動作に向いている。つかむとき、親指を含むすべての指は手の内側へ曲がり、手に潜在する強さと安定性は、この動きで最も発揮される。他のあらゆる種類の指の動きは不自然であるか、あるいは、指を曲げないまま打鍵する動作のように、付随する筋肉の大部分が使われないままである。それゆえつかむという動作に沿って手を動かすあらゆる運動は、手の自然なありように適っているため、容易に、自由に、確実に遂行できるはずである。

いま述べた手の仕組みは、鍵盤楽器の打鍵において最も顕著に活かされる。上鍵と下鍵[注:現在のピアノにおける黒鍵と白鍵]の2列が上下にずらされて並び、それぞれのキーは同じ幅と長さを持っている。しかし、指の長さは同じではない。まずはこの事実により、同一平面上に指先が揃い、各指が互いに等距離となってだいたい一直線上にくる箇所にまで指を曲げることが、必要となる。指先を完全に一直線上に揃えることは大抵の手にとっては無理がかかることであるから、指先の並びを少し円弧状にすることは有益でさえある。なぜなら、親指を例外として、弱い指というのは短い指でもあり、たいていの鍵盤楽器の仕組みでは、[指を曲げて]キーの手前側の端を弾けば、[てこの原理から]最も楽にキーが作用するのであり、[打鍵する場所が]キーの奥になればなるほどより多くの力が要るからである。それに対して、手をどの位置でも内側に曲げていき、各々の指が[キーの底を]を垂直に打鍵するようにし、そして指の根元の関節が決してへこまず常に手首・下腕・肘とともに直線をなすようにすると、この意図された動きには非常に有益であろう。

しかしながら、指によって強さと柔軟さが違うので、指を曲げるだけではない人為的補助が必要である。その補助無しには、たとえ最大限の努力で絶え間なく精勤したとしても、何人も薬指と小指が弱い、という自然の障害に打ち勝てない。J.S.バッハは補助として、手と腕の重みを利用することを考え出した。誰でも[指先に伝わる]腕の重みというものは、同じ強さを保持したり、あるいは全く意のままに難なく増減することが出来る。この重みを支えられないほど、指は弱いものではない。薬指と小指は、各指が本来持つ弾力性を活かしさえすれば、人差し指や中指と同じ強さで重みを支えることも、また同様に重みを鍵盤へ伝えることも出来る。 打鍵時における、手の重みと[指の]弾力性の最も深遠なる結び付きこそが、バッハ芸術における鍵盤演奏法で最も本質的なことである。[この文章が全文で最も強調されて印字されている]。これは以下のやり方で達成出来る。

3.【バッハ・タッチの第一歩】----------

まず指を一本、キーの上に置き、[軽すぎず重すぎない]適切な腕の重みを「支え」として利用しよう。 硬直したり堅くなったりしないように、つねに指を引っ込められるつもりでいること。そのとき、引っ込めようという意図に対して、比較的強められた手と腕の重みがそれを妨げず、また逆に、指を引っ込めるために用いられる力が、腕の重みに対して弱すぎないようにして、指が遅滞なく手の中へ戻ることが出来るようにせよ。手首が指の付け根と同じ高さ、そして指の第2関節よりはかなり高い位置にあって不動状態を保ってないと、このポジションは不可能である。正しいポジションのためには、小指は関節を伸ばしてほとんどキーに直立し、親指は[内側に軽く]曲げられキー上に置かれる。と同時に、他のあらゆる部分の関節はゆるめられている[注5]。肘の関節は自由に解き放たれ、打鍵中でない他の[4本の]指は、最寄りのキーから約6ミリ(4分の1インチ)ほど上空に静かに待機している。 もしキーから指までの距離がもっと大きければ、望むべき静けさは失われ、有害で不必要な緊張が出てしまう。1番目の指の次に、2番目の指(どれでもよい)で打鍵しようとする時、2番目の指が1番目同様に、つかみながら[腕の重みを]支えられるような形になるように意識せよ。よって、2番目の指は打鍵する前に、すでに打鍵予定のキーの上空に一定の緊張をもって待機していること。それから、1番目の指に(記述したごとく)先だって働いていた支えの力を、最大速度とともに2番目の指に移すのである。そのためには、1番目の指を素早く弾力性をもって引っ込め[=シュネレン]、2番目の指を同じ重さでもってキーの上へ跳ね乗せるしかない[注6]。いま述べられた動作が、速度と正確さと繊細さをもって実践される限り、このやり方で発音された音は、地上的・肉体的な不自由さを持たず、あたかも大気のなかから自由に、聖霊がごとくに立ち現れたかのように鳴り響くであろうことは間違いない。しかし、この立ち現れ方こそが真の目的であり、演奏者の名技性に少なからず寄与するのだ。学習者がいま述べたやり方を、隣り合ったり離れたりしている左右両手の様々な指すべてで成し遂げられれば、そしてあらゆる考えられる変化形――強弱を変えたり、速くあるいは遅く、デタシェで弾いたりスラーにしたり[注7]でき、そしてそれが繊細さと確実性をもち、なんら不必要な肉体的努力をせずに済むようになるならば、彼はJ.S.バッハのタッチを手に入れているのだ。フォルケルが得たように、そして多くの人が彼から修得したように。

4.【種々の訓練課題】----------

初心者、あるいは熟達した者も、最も効率よくこの動作の練習を開始するには、以下のようにすること。

意図的な加圧や減圧無しに下腕の重みが機能するためには、最初は、肘の関節が全くゆるんでくつろいでなければならない。 このやり方で、各々の手で、様々な隣接する2音の練習を行う。

[譜例1]

[譜例2]

[譜例3]


まず人差指と中指の2本で始める。ゆっくりとそして素早く移動出来るまで必要なだけじっくりと続ける。そののち、親指と人差指、中指と薬指、薬指と小指の組み合わせで、同じ練習に取り組むが、その時、手のポジションを変えたり、長さの短い上鍵[黒鍵]で親指と小指を避けたりしないこと。ここで、人差指と中指に薬指を加え、以下のような上昇下降パッセージを。

[譜例4]

最初はゆっくり始め、それが努力無しに出来るようになれば、徐々に速くしてゆく。このようにして、親指・人差指・中指の組み合わせの他に、中指・薬指・小指も練習すること。指ごとのタッチの違いがもはや区別できなくなり、全てが完全に均等で独立しているように響くまで続ける。今度は薬指が必要な次の課題をさらうこと。

[譜例5]

親指・人差指・中指・薬指の組み合わせから始めて、それから人差指・中指・薬指・小指の組み合わせを。 そのあとに全5指のための次のような音型を。

[譜例6]

ほぼ全ての鍵盤流派に見られるように、移調も行うこと。長さの短い上鍵[黒鍵]の打鍵は、特別な練習が必要で、そのためには次のような音型を利用すること。

[譜例7]

最終的に全ての音階と分散和音で行う。 左手も[右手に]対応した指使いで同じ練習をすること。まず最初は左手だけで、それから右手と一緒に[注8]。


親指を使わず、残りの4本の指で練習しているとき、絶対に親指はキーの下にだらんと垂らしてはならず、キーの上空で打鍵を待機しているべきである。加えて、親指・人差指・中指の3指で練習中に、薬指と小指が空中へ突き上がっていたり、手の内側へ折り畳められたりすべきではない。 このような状況では、薬指と小指は同様にキーの上空に適当な距離をもって静かに待機しているべきである。

ここで述べられた練習を、下腕(肘から手首まで)の自然な重みと、まったく緩んだ肘の関節をもって行ったのちに、肘関節を使って加圧・減圧しながら、この重みを強くしたり弱くしたりすること。 最初は完全に同じ強さで、それから連続する音を徐々にcresc./decresc.する。大きくなり消えてゆく強度(フォルテとピアノ)のコントロールが、余計な努力無しに出来るようになるまで、そして特に指を打ちつけることなくフォルテが出せるようになるまで、これらの練習を続けること。

5.【訓練課題の次のステップ】----------

この準備課程を一通りをすませるには、初学者でも専心・熱心さ・才能に恵まれれば、2ヶ月を超える時間は要しないだろう。。引き続いて、J.S.バッハ自身による練習用小品が選ばれなければならない。なぜなら彼以外には僅かの作曲家しか左手に旋律線を割り当てていないからだ。もっとも適切なのは、インヴェンションの第1番と第6番である。その次に第12番、第11番、第5番が来る[注9]。また、半音階的幻想曲の32分音符の走句や、同種のものが援用されるべきである。学習者は自分が練習したいと思う各々の小品を、注意深く最初から最後まで見てみるべきであり、また最良の指使い、つまり最も快適な指使いについて熟考すべきであり、何物も偶然に任せてはならない。そしてその上で、最初から作品全体を難なく通して弾けるのが確信できるほどに、ゆっくりしたテンポで始めること。練習を続ければ、テンポは自然に速めてゆくことが出来よう。また、最初の作品の困難さがすっかり習熟されるまでは、次の曲へ急ぐべきではない。 この指示に従えない者は誰でも、疑いなく壁にぶつかっていたものだし、学習時間を倍増させ、自由さ・確実さ・自信をもって演奏する術を学ぶことはなかった。 加えるに、手の訓練を始めるにあたっては、フォルテピアノよりもクラヴィア[注10]が遥かに良い。なぜなら打鍵法の誤り全てがずっと容易に聞き取れるし、楽器よりも奏者に[結果が]左右されるからである。 [クラヴィコードから]フォルテピアノへ移行するのは全く難しく無い。というのは、フォルテピアノの打鍵法は[クラヴィコードと]同様でほとんど変更しなくてよい上に、不注意に弾いてもそれほど目立たないからである。これに異を唱える人は、おそらくクラヴィアを使い切れていないのだ、ただのフォルテピアノ演奏家が皆そうであるように。

学習者が、自らに課す音楽的訓練に真摯であり、J.S.バッハの全鍵盤作品について完全なる見識を得ることが不可欠だと思うならば、上級者向けの作品にいきなり取り組む前に、彼はまず初学者向けの傑作の全てを一通り学ぶことを決意すべきである。この初学者向けの作品群に分類されるものとして、なかんづく6つの小前奏曲集があり、その後に15の2声インヴェンション、そして15の3声シンフォニアが挙げられる。これら36曲すべてを同時に修得したものは誰でも、良い鍵盤奏者としての自信がつくだろうし、古今の鍵盤音楽でも歯が立たない曲はわずかだろう。J.S.バッハの4声と5声のフーガについては特別な準備作業を要するが、これにはバッハの4声コラールを入念で精巧にさらうことで切り抜けられる。

6.【メカニックから音楽へ】----------

この段階まででは、これで十分である。さて、我々はバッハ自身の打鍵法について語らねばならぬ。なぜなら精緻な演奏の追い求めるにはそれは欠くことが出来ないものであり、特に半音階的幻想曲とフーガにおいては、それ無しでは十分正確に演奏出来ないからだ。

打鍵法というものは、[言葉を]発音することにこそ比較出来る。美しい音楽的雄弁術のためには、演奏法のメカニズム全体を完全に制御した明晰さ・正確さ・確実性・容易さ以上のものが必要である。バッハの音楽作品の大部分は、あらゆる時代を通じて純粋な芸術的労作であるから、客観的に取り扱われねばならない。その演奏にあたっては、いかなる感傷性や気取り、流行、主観的・個人的なものは、一切行ってはならない。自らの心を芸術作品それ自体によって純粋に導かせる感受性も素養ももたずに、自分の感受性ないしその時代の[流行の]感性や表現法に、これらの作品は引き込む者は、誰でも間違いなく作品をゆがめ損傷するであろう。純粋に客観的な芸術表現は、しかし、なにより極めて難事であり、少数の者のみによって達成されないし理解されない。客観性の欠落は往々にして、美しい芸術作品への没頭から生じる、慎み深い理解と純粋な楽しみのかわりに、あやまった虚飾を発生させる[注11]。これら全ては、特に半音階的幻想曲について当てはまる。 この作品においては、現代のクラヴィア奏者が皆、自分の感覚に疑念を覚えるのも無理は無い。真の演奏の轍(わだち)にしっかり乗り入れるためには、表題ページに示されたとおりの伝統による幾つかの忠言を我慢して聞かねばならない。

7.【半音階的幻想曲のアルペジオ部】----------

ここで私は、我が至らなさが及ぶ限り、そして言葉と符号で可能な限りにおいて、その伝統を忠実に伝えようと思う。多言を割愛するため、ここに書かれていることを、理性をもって実践しようという全ての人に忠告しておくが、この校訂版を以前の版と一音符ずつ比べれば見出される異稿形は、思い上がった改竄としてではなく、連綿と伝えられてきた誠実な演奏を示唆するものとして、見なして頂きたい。


幻想曲の最初の2ページ、そして第3ページのアルペッジョ部まで[第1〜第26小節]は、音符が弾き潰れたりしない明瞭さと、揺ぎ無い和声感覚にもとづいて増減する濃淡をもって、一定の急速なテンポで、出来るだけ華麗にそして軽く演奏されなければならない。3連符に分割されたニ短調の和音を経た最初のアルペッジョへ移行する箇所だけはゆっくり開始し、アルペッジョを弾くための速さになるまで徐々に速くしてゆく。 他のアルペジオ部の間の経過句でも、同様である。

白い音符で書かれた和音によって示唆されているアルペッジョは、C.Ph.E.バッハの《正しいクラヴィーア奏法試論》によると、指を打鍵後もそのままにしておいて[=フィンガー・ペダル]、どの和音も2回上へ下へと分散させる、とある。しかしここでは例外的に、1回だけ上下させ、それぞれのアルペッジョの締めくくりの和音は一回上へ弾いて止めるほうが良い。指がキーを押さえ続けることは、レガートという言葉の追加によって示されている。言うまでも無いことだが、タッチは安定して繊細であり、また、速度と強さについては、明確な和声感覚による殆ど感知出来ないほどの漸次的変化を伴っており、そしてなかんづく和音の間は最大限に滑らかに連結されるべきである。和音の移り変わりについては、たいてい、先行する和音の、下から数えて最後から2番目の音から、次に続く和音の最初の音へと導かれるものである。しかしこれは常に必要なわけではない。先入観や軽率さに邪魔されることなく、これらのアルペッジョを学ぶ者なら、上記のようなことは全て、そしてさらに言葉で言い得る以上のことも、おのずと分かってくるものだ。白い音符のあいだに挿入された4分音符を見て、多くの人々は混乱するかもしれない。しかしここの解釈としてありうるのは一つだけであり、それによれば困難は何もないのだ。つまり、小節線は無視してよく、そして、この4分音符は、一つの音が変化した以外、その直前と全く同和音を繰り返すことの、短縮表現にすぎないのである。

8.【半音階的幻想曲のレチタティーヴォ部とコーダ】----------

レチタティーヴォの演奏一般については、周知であろう。ただ、ここでのレチタティーヴォが短音価の音符で記譜されているために、往々にして奏者は速い店舗で弾きがちであるから、ここで付言しておかなければならないが、これらの音符は、音価の合計を4拍の中に収めることのみを目的としているのである。表面的に視覚されるリズムは、ここでは音楽思考の内なるリズムとは全く異なっており、短い音価であっても、隣接した長い音価の音符と同じか、あるいはより遅いテンポでさえ弾くべきである。例えば最初のレチタティーヴォの終わりの64分音符のように。各々のレチタティーヴォ部分の最初の音は、短く示されているが、これはスタッカートにしたり緊迫させたりするのではなく、単に各々の部分が余拍で始まっており、2番目の音符こそにアクセントがあることを示している。レチタティーヴォ部分を分かち、また繋げている一つ一つの和音は、低音から上へとアルペッジョで弾かれるが、これはその箇所ごとの音楽的意味が求めるのに従い、時には強く、時には弱く、時には素早く、時には遅く、均等なタッチで奏すること。残りについては、指示も十分過ぎるほど書き込まているので、芸術的感覚をもって真摯に探求すれば、おのずと明らかであろう。

Senza misuraという言葉から最後までの持続低音(オルゲルプンクト)[第75〜79小節]は、極めて自由に、そして実に即興的な装飾音を伴って奏されるが、 しかしそれは、このような演奏のための作品と流儀に完全に精通している者だけが、敢行してよいものだ。J.S.バッハ自身は、和音間に見られる個々の音型を通じて、このような装飾音を指示した。その上に小さく印刷されている譜例は、参考として、フォルケルがときに自ら演奏し、また教えていたやり方である。両者の例を見れば、可能な装飾音の自由度の限界が知られよう。行間が読めない人々に申し上げたいのは、この結末部分の要諦は、これらの装飾的挿入句ではなく、和音の近くで半音ずつ下がってゆく8分音符であることである。各々の挿入句は、それゆえ8分音符の方へ流れ込んでゆくものであり、それ自身でなにか独立していると考えるべきではない。最後の和音は一番上の音から下へアルペジオし、徐々にリタルダンドする。

9.【半音階的フーガ】----------

フーガにおいて必要だったは、僅かな修正と符号追加だけであった。 近年の鍵盤音楽の流儀でテンポを規定し、いくつかの誤植を改善し、また古い記譜法のせいで読譜が困難であった箇所を、別の書き方に直して容易にした。技量と自由さと清潔さをもってこの作品を弾こうとするものは誰でも、C.Ph.E.バッハが父から学んだ運指法に慣れるべきである。それによると、走句を最も楽に弾ける指使いが、一番良い指使いである。親指と小指は、そのほうが楽で必然性があるなら、どんどん上鍵[黒鍵]にも使うべきだ。多くの新興理論家たちによる偏向した規則付けに反して、長い指の下に短い指をくぐらせ、そして短い指の上から長い指を越させても良いのだ。J.S.バッハはこのような指使いを練習するための小品を書いた。例えば2声インヴェンションの第5番であり、それは親指と小指を上鍵[黒鍵]に慣れさせるためのものである。その上、ほんの僅かな例外を除いて、このような運指法を使わずにバッハの偉大な鍵盤作品を上手く容易に弾くことは出来ない。


末筆ながら、ドイツ精神から流れ出た最も卓越した芸術作品の一つの演奏法についてのこの記述に、誰か立腹する者がいないよう望まれる。私の説明に半可通や欠落や誤謬を見出した人は、それを率先して誠実に強く批判してくれて構わないが、この素晴らしい芸術作品への愛と暖かさをも兼ね備えたものであって欲しい。正しい演奏法についての真正なるご指導ご教示は誰もが必要とするところのものであり、我々の側としてもそれを心からの感謝をもって受け止める所存である。


1819年4月10日 ブラウエンシュヴァイクにて
F.グリーペンケルル


【脚注/シュパーニ】

[注5] このことにより、手首は比較的高いポジションに来る。腕の重みの使用は、バッハの打鍵法の最も重要なポイントである。 このメカニズムを、初めは「不自然に高い位置」に座りながら、あるいは、楽器のそばに立って、試してみるとよい。立ったままキーの上に指を置いて、その指先に脱力した腕の重みを感じることが出来るようになったら、今度は高めの椅子に座ってそれを確認し、本文が要求する手と腕の位置を実現出来るようになるまで、徐々に椅子を低くしてゆくこと。――脱力した腕の重みは、常に指先に感じながら!

[注6] このタッチから生まれる、快く力強い音は、タンジェントと弦が非常にしっかりと接合していることに起因する。腕の重みの連続的使用は、発音から離弦まで均一な音を保証する。またこのことは音質にも影響し、また、音高が不必要に変化する(高くなる)ことが無くなる。

[注7] すなわち上下する分散和音、恐らく現代のピアニスト達が実行しているやり方と同様である。

[注8] バッハによる課題は全て、とても単純に見える、がその効果は驚くべきものだ。これらの課題によって初学者は「バッハ・タッチ」を学ぶことが出来るが、同時にまた、日々の練習やコンサート前のウォーミングアップ練習として、熟練者もこれを効果的に利用することが出来る。

[注9] いかに多くの2声インヴェンションが、上述された課題に密接に関連した動機的要素を含んでいるかは、実に驚くべきことである。 これはまた、バッハが指練習課題からインヴェンションを作成した、というフォルケルの所見を正当化するものである。

[注10] すなわち、クラヴィコードのこと。

[注11] 「グリーペンケルルのテクストは、バッハ一門の伝統というよりむしろ、バッハの音楽を演奏するに際しての当時のロマン派の観点を単に反映しているに過ぎない」、などと論ずるものは誰でも、これらの文章に照らして意見を再考すべきである.。


() 【解説/大井】 2004年6月22日更新

(III)のグリーペンケルルの記述は、非常に明解である。そこに、彼がこのメソッドを後世へ伝えようとする、意思と良心が感じられる。このテクストに書かれている通りそのまま、各々実践して頂くのが、「バッハ・タッチ」への一番の近道だと思われる。

以下は、私がシュパーニの講習会に参加したときのメモランダムである。このときは、グリーペンケルルの手記に従ってトレーニングしたわけではなく、あくまでシュパーニ氏が即興的に課題した。氏の述べる通り、「良いクラヴィコード」があれば出来不出来が明確に判別できるが、エクササイズ自体はいかなる鍵盤楽器でも可能である。5指を「シュネレン」させる(手前方向へすべり上げる)基本エクササイズは、やろうと思えば、散歩しながら腿の横でさえ出来る。なお、「いかに脱力するか」については、本稿の論ずるべきところでは無い。太極拳・アレクサンダーテクニック・こんにゃく体操・エアロビクス等々、さまざまな方法があろう。ただし、「はじめは楽器の横に(座らずに)立って始める」、というシュパーニの示唆(脚注(IV)参照)は、中々良い着眼点だと思う。

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A.最初は同音連打

◆右手の2⇒3⇒4⇒3⇒2⇒3・・・の繰り返しで、同じ音をシュネレンにより連打する。(すなわち、この時点で親指と小指は使わない。)手首はゆるめられており、指の動きに合わせて自動的に右傾/左傾することになる。手の甲は高めにする(低くなりすぎないこと)。キーを保持している以外の指はリラックスせよ(背筋を伸ばそう)。まずは「完全に均等」なデュナーミクを目指す。弦と接触しているタンジェントが、打弦後にブレないこと(=一定になること)。鍵盤の端っこを使う。美しく伸びる音で。
◆指先の頂点に、腕の自然な重みを常に伝える。もしキーがなければ、指が下へずり落ちてしまうように。[鍵盤上でなく、私(大井)の腕の上で実践してもらったが、結構重く感じられた。] 厚目の本を誰かに支えてもらい、その上で指の重心のすばやい移行を練習してみる。[「脱力」という大義名分はあるものの、足で「歩く」程度の筋肉の収縮は必要。]
たとえデュナーミクがpp〜pであっても、「俊敏な」アタック・初速が必要であり(指の動きは小さくなるが)、打鍵速度をノロくしてしまうのは間違いである[〜非常に興味深い指摘]。逆にfの時、わざわざ大袈裟な動きをする必要は無い。
◆紙を1-2(親指と人差指)でつまみ、そこから1-3でつまんでいる状態、1-4でつまんでいる状態へ、紙を落下させずに、素早くスパッ・スパッと移行する訓練。
◆あまりゆっくりすぎでは練習せず、メトロノーム80くらいでサクサク交替させていた。

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B.[譜例1]を色々な指使いで。

◆二指の交替課題は、2⇔3、3⇔4、4⇔5を行ったのちに、1⇔2をやった。あくまで「完全に均等」であること。
◆2から3へシュネレンで移行したとき、3以外の全ての指(すなわちキーを押えている以外の4本の指)が、瞬時に脱力していること。
◆5(小指)は、本当に「先端」で突く感じである。指を立ててキーに着地させること。爪先で弾くつもりで(爪をちゃんと切ろう)。小指の関節を伸ばしていれば自動的にキーに平行になるはずであり、斜め(外側)に傾いて打鍵効率が低まってしまうのを防ぐことが出来る。そして、その角度のまま手前へ折り畳まれる。
◆1(親指)は軽く内側へ曲げ、先端というよりは左上部側面(爪の左上端あたり/右手の場合)で弾くつもりで。親指が移行の直前に滑り落ちてゆく方向は、キーに平行方向ではなく、手の甲の内側、すなわち親指関節が曲がる方向へ、自然に退去してゆくこと
◆5のみで連続して同音連打をする。その合間に4⇔5のエクササイズを挿入してみる。関節を伸ばした(一直線にした)4と5の指がキーに垂直になり、なおかつリラックスした状態であるためには、手の甲の位置はかなり高くなる(肩・肘のラインと連結させる)。初めのうちは、高めの椅子で良い。
◆4で指先がグラつくことがあるので、その予備練習として、3と4を2度の和音として同時に弾いてみて(同時に鍵盤に「引っ掛ける」)、重心の取り方を探ってみる。[指の形を整えてゆくため、最初は幅2センチ程度の半透明の合成樹脂製絆創膏で関節を固定して練習する、という手もある。]
◆C-Durの音階上を、2→3の指使いを繰り返しつつ2オクターヴ上昇下降する(C-D、D-E、E-F、etc)。3→4や1→2の繰り返しでも行う。次にCis-Durの音階上でやる。[このとき、親指・小指が上鍵[黒鍵]に来ようとも、指使いは一切変えず、また指はキーに垂直のままであること。] 左手も同様に。

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C.指の移行モーションのイメージ例(私見)

「脱力した筋肉」の状態をもどかしく説明するのと同様であるが、この『バッハ・タッチ』は、決して未知の筋肉の動きではない。似たようなモーションは、一日の生活のどこかで、立ち現れているはずのものである。

◆指パッチンのモーションに少し似ている。
(i) 親指と人差指の先端で「きれいな」輪をつくる(中指・薬指・小指は脱力)。その接点に意識を集中する。力は入れない。
(ii)親指と中指の先端で輪をつくる(以下同様)。
 上記の(ii)から(i)の状態へ、素早く、しかし最小限の動きで移行する。これは、指をパチンと鳴らす時のモーションを、指の第一関節のみで行うことに似ている。
◆公園などにある運動器具の「うんてい(雲梯)」にぶらさがって前方へ移動していくとき、片手を離しながらその勢いですかさず次の棒をつかんでゆく、あのイメージ。
◆逆立ちして歩くときの腕の動き、重心の移動。
◆「ケーン、ケーン、パッ!」の前半、片足から片足への素早い重心の移動。
◆「つかむ」という動きについて。
(a) 寝ている時、あるいは腕をダランと垂らした時などの、自然にリラックスした手の形(親指を含めて5指は軽く内側へ向いている)。
(b) にぎりこぶし。
上記の(a)の状態の手をそのまま鍵盤の上に置くと、指は鍵盤にほぼ垂直となる(人によって差はあるかもしれない)。そこから(b)へ向けて、親指を含めて数ミリ指を内側へ動かす(「つかむ」モーションの最初の数ミリぶん)。
◆グリーペンケルルのテクストにある、「手の仕組みは、つかむ、という動作に向いている。」という一文であるが、ドイツ語fassen、英語grip、日本語「つかむ/握る」ともに、誤解を招きやすい。「すでに手の中にあるものを《握る》」というよりは、「少し離れたところにあるものを、腕をのばしてパッと《つかむ》」、すなわち、動作の基点は肩・腋(あるいは鎖骨)にあるイメージ。
◆ハープだと親指は外へ突き出すように奏するが、それ以外の各指(なかんづく薬指)が独立して弦をパチンパチンとはじいているのは、かなり似ている。笙の「指擦り」の速度をあげれば、これも似ている。
◆ハープの撥弦法について、「空中の蚊をパッとつかむ時の手の動き」、という喩えがある。これは、親指以外の4指をそろえて「つかむ」という瞬間的なモーションを意味する。腕や肘はリキんでおらず、指の付け根を内側へ垂直に急激に折り畳み、「つかみ取る」。指先で「クリックする」という動きは含まれていない。』

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D.[譜例4]、[譜例5]、[譜例6]など

◆たとえば[譜例4]で、4を弾いているときに、既に2をキーの上にスタンバイさせること。
◆各課題とも、右手・左手ともに、移調して練習すること。ポジションによっては演奏困難になることもあるが、つねに次の音へ「すべり落ちてゆく」感覚で。
◆[譜例6]を移調してゆくとき、次のフレーズを始める前に1を完全に空中に上げて宜しい。[譜例6]を左手で行うときは、C→B→A→G→F(F-Dur)で開始、そののち下方向へ移調していく。特に左手で自然に脱力していないと、3→4→5での音量が下がっていきがち(クラヴィコード低音域の豊かな音色を味わおう)。逆に、右手高音域の3→4→5では、楽器の限界を感じつつ制御すべき。
◆背筋を伸ばしましょう。

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E.分散和音(C-E-G-cなど)で弾く

◆手首はリラックスさせるが、1→2→3→5の時に手首が回転し過ぎるのは良くない。各々の和音のポジションを基本的に崩さないこと。
◆3→5の時に3が不安定であった(これは4の指がリキんでいるため)。打鍵した後は、あくまで「安定した、一定の重み」でキーを保持し、移動の「直前」に瞬間的に指を滑らせること。手が広がると、これらの原則が守られにくくなる。手の甲のかたち、指の自然な曲がり具合を失わないこと。左手よりも右手のほうが不安定であった。
◆1→2→3→5(C→E→G→C)を上下に移調してゆく。ポジション移動したとき、人差指が不安定になりがちであった。

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F.クラヴィコードのベーブング(ヴィブラート)奏法について

◆ベーブングは一度音をしっかり確保・不動保持してから、その軽い余韻として、キーの底の方で「垂直方向」に(横方向ではなく!)揺らす。打鍵と同時にベーブングすると、音程が変わってしまう。イメージとしてはあくまで「声楽」的表現の模倣であって(すなわち強弱のヴィブラート)、弦楽器的に音程がウネウネ変化してはならない。クラヴィコードの音楽表現の中核にあるわけではない。
◆プローベシュトゥック等ではっきり記号で指示されている以外では、例えばドミナントの上声etcで使用することもある。
◆幾つかの音符の上に打たれた点の上にスラー記号がかかっている「音のトラーゲン」(Tragen der Toene)は、最初の一音をベーブングして、後はレガートで奏する(ポルタート奏法ではない)。これは各音毎にベーブングすることへの、代替表現である。

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G.指トレーニングののちに

◆音階・アルペジオの断片を「明日のために辛抱強く」、「少なくとも数日間」続けたのちに、2声インヴェンションのハ長調やト長調を、片手ずつゆっくりと弾いてみる。最初はとにかく「均等に弾く」ことに集中せよ。
◆「上手になるためには、他のことは何も考えないで10年から12年もの間を、そのために費やさなければならない」と云うのは、大袈裟である。しかし、まず最初の指訓練だけで、集中して数ヶ月は必要であろう。
◆アンドラーシュ・シフは自宅にクラヴィコードを持っていて、愛奏してらしい。[この講習会では、シフとシュパーニの対談コピーが配布されていた。] [バレンボイムの高い椅子と垂直に立った指というのも、幼少時のクラヴィコード体験に由来しているのかもしれない。](完)




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おまけ:


●クラヴィコード(=タッピング奏法)つながり、ということで、ジャスティン・キングの映像など。
  (i)アコースティック・ダブルネックギター独奏 (ミラー) 両手タッピング。スラップ&ポップ、フラメンコ的セコやゴルペも散見。(ii)(iii) (間奏部など) 、 (iv)その他のビデオ等
   両手タッピングの何に惹かれるかと言えば、音色の陰陽とタイミングのずれによってフレーズが立体的(対位的)になり、またハーモニーも豊かになる点でしょう。リュートのトリルでは、第1音と後打音は右手、真中は左手のハンマリング/プリングによって演奏することが多いですが、この両手による役割分担によって、左手が不規則かつのんびりした5連符などで「アンコ」を入れたのちに、まったく独立したタイミングで後打音をスポンと入れることが出来、そこに玄妙な味わいが生まれます。その音響的な模倣は、もちろんチェンバロやピアノでも可能な筈です。
   プリング・オフも、実は重力成分mgを主に用いているからには「フォーリング・オフ」とでも言うべきモーションであり、これを鍵盤楽器に当て嵌めて考えるならば、手/指がある方向へ「落ちてゆく」感覚を会得するためには、鍵盤が(床に平行ではなく)壁にベターっと垂直にある場合、あるいは天井に逆さ吊りになっている場合などを想定してみるのも良いかもしれません。

●鉛筆回し動画()、●指のブレークダンス、●ムーンウォーク、●スプーン曲げのコツ(