第2話  『 電話の向こうには金がある 』
夢をあきらめた青年がいた。
青年は自分の部屋で力無く「就職ガイドブック」のページをめくっていた・・・
ぺら、ぺら、と。
日本の景気は上向きだった。
彼の友人もほとんどが就職を決めていた。
メーカー、商社、銀行、証券、教師、親の仕事を継ぐ者・・・
働き始める、お金の為にどこかの組織に所属する、・・まったく実感が沸かなかった。
ふとページをめくる手をとめる会社があった。
給料がいいのだ!
電話して会社訪問して、その後はトントン拍子。
すぐに入社の誓約書にサインしちまった。
そんで研修というか新入社員歓迎会。
熱海の大きなホテル。
この時のことは、なぜかまったく記憶にない。・・・
が、1枚の写真が残っている。
35人の新入社員を加えた総勢100人くらいの全社員が写っている。
1年後、僕たち35人の中で会社に残ったのはわずか15人。
胃を引き裂かれるような、ストレスを与えてくれる会社であった。
名を「英和地所」(仮)という。
男子新入社員全員の配属が営業部。
(おんなのこ3人)
僕は営業2部1課に。
不動産総合デベロッパー、というが、要するにマンションを売る会社だった。
50前の社長が○イオンズマンションの「○京」から独立し、2年前設立、急成長中。
「いいか?オメーら。マンションはな、人が買いにくるもんじゃねえんだ。
売るんだよ、売りつけるんだよ。」
初めに営業部集合して部長のお言葉。
研修の時とえらい違い。
課にもどって次は課長。
「電話の向こうに金(カネ)がある。金がうなってる。
オマエらの商売道具はこの受話器。(受話器をふりながら)
イイか!世の中にはオマエらが想像できないくらい金持ってるヤツがいる。
そいつらつかまえて、カネを会社に運んでこい。それだけっ!」
だいたい以上のような内容のことを、上記のような口調でエス課長(県立○奈川工業高卒)はおっしゃられた。
なんというシンプルさ。
カネ持ってこい!だって、かっこいい。
おーっ!ついに資本主義社会の荒波の中に今オレは、だゼ。
ついこの前までのんびり大学生だった人間はさらに考えた。
えらい事になったなぁ、電話営業してマンションを売りなさい、って言ってんだろうけど、コイツは「君たち」とか「〜しましょうね」とか言ったことねえんだろうな。
英和地所の営業部の口調として、特徴的なものに「リフレイン」(繰り返し)がある。

「売るんだよ、売りつけるんだよ。」
「やるんだよ、やるしかネンだよ。」
「行くんだよ、客んトコ行くんだよ。」
「はーい、営業部3分間きゅーけー、きゅーけー」
「オーッ、じゃあ受話器持てーっ、受話器持てーっ」

ま、そんな感じで不動産営業第1日目が始まった。
みんな知ってた?
電話の営業って、横浜の電話帳コピーしてやるんだよ。
まさか、ってかんじだが、なんか「いい名簿」でもあるのかと思ったが、(ホントはあるんだが・・・)基本は電話帳です。
これが最高の名簿。
「もしもし石井さんのお宅ですか?マンションのご紹介をしている英和地所と申します。」
「はん? 何? マンション? うちはいらねえよ。(ガチャン)」
「もしもし石井さんのお宅ですか?マンションのご紹介をしているエーワ地所と申します。」
「えーわ?」
「そう、えーわ。」
「えーわ?」
「そう、え・い・わ、じしょと申します。」
「あー、セールスだったらいいわ、今忙しいし・・」
「あっ、でも・・ちょ、ちょっとま(ガチャン!)」
横浜市港北区の何十人もの「石井さん」に断られ続け、少しはうまくなってくる。

「石井さんのお宅ですか? 英和地所と申しますがぁー」
「・・マンションでしょ、アナタ?」(すごいカン)
「あっ、いえ、マンションはマンションでもですね、奥さん、冷静に聞いて下さい。
ステキなマァーン・ションなんですよ。」
「うち一戸建てなのよ。だからマンションは必要ないの」
「いやいや、あの、今日は一戸建てをお持ちの皆さまに特別にですねえ・・」
「だってあなた、うちあんまりお金ないわよ。」
「ええ、今ね、奥さんね、マンションもね、あんまりお金をね、使わないで持つ方法があるんですよ。」
・・・・・・
「アナタねばるわねぇ」「あんたもたいへんね」「あなたトシいくつ?」「アナタおもしろいわね」
なーんて言葉が奥さんの口から出てくると、しめたもの。
これでお互い冷静に話し合える。
これを理解するのに約半月。
Way back when in Sixty-seven, I was a dandy of Gamma Chi.