私は、五、六十年前のことを思い出しながら、太平洋戦争の過酷さ(妻を亡くした直後、二歳半の妹と五歳の私を残して戦場へ旅立っていった父のことなど)と、五歳から十二歳まで過ごした岡山県御津郡円城村(現、加賀郡吉備中央町円城)で見たこと、感じたことを書き残したい一心でこの本を書きました。
 主として、前半は父のことを中心に、後半は、円城村を舞台に、主人公、真一少年の生きる姿を縦糸に、自給自足の貧しい農村の暮らし、貧しいがゆえに助け合って生きた人々の温かい心、大自然の美しさ、時代を反映して流行した歌などを横糸に、岡山弁を織り交ぜながら書いてみました。小説といっても、ほとんどノンフィクションです。

小説 「父の詩 母亡き幼子残し応召の補充兵」

同上(からうすつき)

同上(稲干し竹竿を
運ぶ真一少年)

〔写真をクリックすると
拡大します。以下同様〕

自作鉛筆画挿入
(円城国民学校)

   「ふるさとの詩 真一少年は行く」 目次


  一  里 帰 り

  二   大連で生まれる

  三   大連からの帰国

  四   母 の 死

  五   父の応召

  六   第二の父と母

  七   家 出

  八   八木隊長と父からの手紙

  九   自然界からの贈り物
    
 こくみん
  十   國民学校初等科に入る

 十一  「しおからとんぼ」の脅威
 
 十二  桑の葉摘み

 十三  岡山大空襲

 十四  父、異国で死す
     
からうすつき
 十五  唐臼搗き

(単行本/314p)

エッセイ 『晩鐘 還暦に思う』
詩集 『ゆずり葉 心のふれるままに』
エッセイ 『おもしろおかしいカイちゃん』
小説 『母の詩(うた) 晴子とともに』


(この本は全国の主な図書館で所蔵してもらっています)

還暦を過ぎて本を出版した動機
エッセイ 『人生夢物語 最終章を生きる』

エッセイ『人間砂漠 金儲け至上主義』

エッセイ『孫という名の宝物 三人三様の三つ子の魂』

ブログ
自作鉛筆画挿入
(桑の葉摘み)

うた

ふるさとの詩 


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〔 序文 〕

 幸せな真一少年が、幼くして、父母と離別し、山奥の農村で、悲しみ
と寂しさに負けず、大自然の山や川、花や木、動物や周りの人々に慰
められて、明るく,やさしく、たくましく生きていく。

  歌いながら、どこまでも続く遙かなる道を行く。

  そこに人情あり、風情あり。

〔 本文 「十二 桑の葉摘み」の一節 〕

 今年も養蚕(ようさん)の時期になった。

 今日も、真一は学校から帰るなり、大きな竹籠(たけかご)を背中に
担いで、家の向かいにある桑畑へ向かった。桑の葉を籠いっぱい摘ん
でくるのがこの時期の真一の仕事であった。この仕事は誰からも命ぜ
られたものではなかったが、七歳の真一にとって十分できる仕事であ
ったし、真一は当然しなければならないと思った。今田家では、働き手
は兼義と君代と十五歳の千津子、十歳の邦子しかいなかった。畑や田
んぼをあちこちに持っており、しなければならない仕事は山ほどあった。

 蚕(かいこ)には朝夕二回、摘みたての新鮮な桑の葉を食べさせねば
ならない。

 桑畑に着いた。先ほどまで降っていた小雨も上がって、濃い緑の桑の
葉は少し濡(ぬ)れてプーンと桑の葉独特の匂(にお)いがした。よく見る
と桑苺(くわいちご)があちこちにぶら下がっている。真っ黒に熟(う)れ
て、水に濡れて、みずみずしく、お腹の減(へ)った真一は、すぐにでも
食べたい気持ちに駆られた。
「いや待てよ。まず先に桑の葉を籠いっぱい摘もう。それが終わってか
ら食べよう」
 真一は自分の心にそう言い聞かせて、大きくなった桑の葉を一枚一枚
もぎ取って、竹籠に入れていった。最初は摘んでも摘んでも、竹籠の底
の方に少し溜(たま)るだけで、なかなか溜らなかった。辛抱して,根気
(こんき)よく摘んでは入れた。そして、やっとのことで、竹籠にいっぱい
になるや、そばにある桑苺をもぎ取って食べた。独特の風味がして、甘
くておいしかった。
「たくさん食べるとお腹をこわすけん・・・」
 君代の言った言葉を思い出した。真一はもっと食べたい気持ちを必死
で抑えた。

 気が付けば夕方になり、西の空が夕焼けになり、赤く染まっていた。
真一は桑畑の土手に腰を下ろし空を見上げた。ふと一人ぼっちの寂し
さが胸に込み上げてきた。母と行った銭湯の光景。父と一緒にしたラジ
オ体操の光景などが瞼(まぶた)に浮かんできて消えていった。
 寂しさを紛らわすため歌を口ずさんでみたい気持ちに駆られた。「赤と
んぼ」の歌がひとりでに口に出た。

 ♪ 夕やけ小やけの赤とんぼ
   負(お)われて見たのはいつの日か

   山の畑の桑の実を
   小籠に摘んだはまぼろしか

   十五で姐(ねえ)やは嫁に行き
   お里のたよりも絶(た)えはてた

   夕やけ小やけの赤とんぼ
   とまっているよ竿(さお)の先

― この歌の作詞は、三木露風であった。露風は兵庫県龍野町で生ま
れた。母は、やさしい母であったが、放蕩(ほうとう)の父に耐えかねて、
五歳の露風を残して実家に帰ってしまった。露風は祖父に引き取られ
育てられた。
山や川を一人で歩き、桑の実を数え、小鳥のさえずりをまねて、帰らぬ
母を待ったという。―

 真一は、いつまでも歌っていたかった。しかし、早く帰って、蚕に桑の
葉を食べさせなければならなかった。
 桑の葉のいっぱい入った大きな竹籠を掛け声とともに背中に背負った。

 十六  妹

 十七  淡い憧れ

 十八  友情

 十九  「あーさん」が復員

 二十  いつも二人

二十一  「あーさん」にお嫁さんが来た

二十二  河井高光先生

二十三  「あーさん」と「おねえさん」に
       赤ちゃんが

二十四  楽しい遊びと嬉しいお祭り

二十五  働 き 者

二十六  四季折々

二十七  めぐり逢い

二十八  決 心

二十九  最後の一年

 三十   別 れ

真一少年は行く

書評

真一少年のモデル
(私、四歳の時)

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置くと表情が変わります〕

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