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1980年代の資料


※※ 注意 ※※

 1980年代はアニメの女の子が好きな人の事をロリコンと称する場合がありました。(正確には2次元コンプレックス)

 当時はポジティプなイメージだったので、ロリコンを自称する若者もいました。

 しかし、1989年の連続幼女誘拐殺人事件以降は、ネガティブなイメージで使われるようになりました。

 その辺の事情をご理解の上、このページをご覧下さい。


1980年


・漫才ブーム


4月:週刊少年サンデー 16号

 (1980年4月:小学館:週刊少年サンデー16号:表紙)

 週刊少年サンデー

 表紙は阪神タイガースの岡田選手と掛布選手です。なぜ阪神選手とラムちゃん?トラつながり?

 (同誌:P11)

 週刊少年サンデー

 高橋留美子先生の「うる星やつら」はSFベースのラブコメという新しいジャンルで大人気でした。

 毎回ラムちゃんのビキニ姿が見られるのが良かった。

 (同誌:もくじ:一部)

 週刊少年サンデー


8月:ふぁんろ〜ど 創刊号

 (1980年8月:ラポート:ふぁんろ〜ど創刊号:表紙)

 ふぁんろ〜ど

 アニメックの姉妹紙として、読者の投稿を中心としたアニメ情報誌が創刊しました。

 OUTの元編集者Kさんが立ち上げた雑誌です。

 表紙の女の子は、初期のマスコットキャラクター「ふぁろちゃん」です。

 この創刊号の特集は、「トミノコ族」の紹介です。

 コミケという閉鎖された空間で、一部のマニアにしか知られていなかったコスプレイヤーが、

 タケノコ族でにぎわう原宿・公園道りの歩行者天国に登場します。

 (同誌:P03)

 ふぁんろ〜ど

 (同誌:P05:一部)

 ふぁんろ〜ど

 この頃にはまだ、彼らを識別するための言葉が無く、この記事ではタケノコ族に掛けて

 「トミノコ族」と呼んでいます。


8月:はぁど・しゅ〜る新聞 Vol.3

 (1980年8月:虎馬書房:はぁど・しゅ〜る新聞Vol.3:表紙)

 虎馬書房

 (画像提供:名無し様)

 (同誌:P04:一部)

 虎馬書房

 (画像提供:名無し様)

 吾妻先生のマンガ「シャン・キャット」(週刊少年チャンピオン1979年10号〜14号掲載)を

 TVアニメにする企画があったそうです。

 パイロットフィルムも作られ、各地で上映されたそうですが事情によりボツになったそうです。


8月:同人誌クラリスマガジン

 (1980年8月:A.W.S.C.:クラリスマガジン1号:表紙)

 クラリスマガジン

 さえぐさじゅん先生の漫画やイラストがメインのパロディ同人誌です。

 コミックマーケット15にて登場しました。

 内容的にはどうって事ない本ですが、後にアニメ誌などで取り上げられたため、

 同人誌自体を知らなかったアニメファンから、入手したいという要望が殺到しました。

 (1980年12月:A.W.S.C.:クラリスマガジン2号:表紙)

 クラリスマガジン

 (同誌:P33)

 クラリスマガジン


12月:OUT 12月号

 (1980年12月:みのり書房:OUT12月号:表紙)

 OUT

 アニメ雑誌の中で、初めて「ロリコン」についてのコラムが掲載されました。

 米沢嘉博による「病気の人のためのマンガ考現学」という記事です。

 (同誌:P96)

 OUT

 このコラムでは、ロリコン向けマンガについて紹介しています。

 また、商業誌の中で初めて「シベール」という同人誌名が登場しました。


1981年


2月:ビッグコミックスピリッツ 2月号

 (1981年2月:小学館:ビッグコミックスピリッツ2月号:表紙)

 ビッグコミックスピリッツ

 (同誌:P144-P145)

 ビッグコミックスピリッツ

 この号には見開きのカラーで「吾妻ひでおvsいしかわじゅん」という記事が載っています。

 記事ではマンガの中でお互いをからかい合い、ライバル視していると書かれていますが、

 実際は知名度の低かったいしかわ先生を有名にするための作戦だったそうです。


3月:OUT 3月号

 (1981年3月:みのり書房:OUT3月号:表紙)

 OUT

 それまでも、パロディという分野がありましたが、ガンダムブーム以降に、アニメ雑誌や

 同人誌界でアニパロが爆発的に流行りだしました。

 (同誌:P21)

 OUT

 特にOUTは乱立するアニメ雑誌から差別化を図るため、アニパロに力を入れるようになります。


3月:ふぁんろ〜ど 新春第4号

 (1981年3月:ラポート:ふぁんろ〜ど新春第4号:表紙)

 ふぁんろ〜ど

 コミックマーケット16のレポート記事に、サークル「サーカス・マッドカプセル」が写っていました。

 1980年12月創刊の「人形姫」は破李拳竜氏や千之ナイフ(山本おかず)氏らによって作られた、

 ピグマリオン・コンプレックス(人形愛)専門の同人誌でした。

 (同誌:P43)

 ふぁんろ〜ど

 ブースにはバービーらしき人形が飾られています。


4月:アニメック 17号

 (1981年4月:ラポート:アニメック17号:表紙)

 アニメック

 アニメの美少女キャラ紹介がメインの特集「"ろ"はロリータの"ろ"」が掲載されいます。

 この特集により、アニメの女の子が好き=ロリコンというイメージが益々強くなりました。

 (同誌:P27)

 アニメック

 また、同人誌「クラリスマガジン」、「シベール」が紹介されました。


5月:吾妻ひでお大全集

 (1981年5月:奇想天外社:吾妻ひでお大全集:表紙)

 吾妻ひでお大全集

 吾妻ひでお先生の特集号です。


5月:ふぁんろ〜ど5号

 (1981年5月:ラポート:ふぁんろ〜ど5号:表紙)

 ふぁんろ〜ど

 (同誌:P9:一部)

 ふぁんろ〜ど

 2月22日に新宿駅東口広場で行われた「アニメ新世紀宣言大会」の様子。

 アニメファンが1万人以上集まったそうです。

 (同誌:P74:一部:改行の修正をしています)

 ふぁんろ〜ど

 「ふぁんろ〜ど★くりにっく」のコーナーにあったQ&Aです。

 ここで初めて「ショタコン」という言葉が使われましたが、このコーナーでは、

 語呂が悪いので総称として「ロリコン」で良いのでは?という内容になっています。

 しかし、後には「ショタコン」の方が広く使われるようになりました。


7月:アニメディア 創刊号

 (1981年7月:学研:アニメディア7月号:表紙)

 アニメディア

 学研から創刊されたアニメ雑誌です。

 この号にはテレビスペシャル用の企画が掲載されています。

 作品タイトルは「森のパプティ」といい、キャラクターデザインは吾妻先生、

 制作はスタジオぴえろが担当する予定だったみたいです。

 (同誌:P135:一部)

 アニメディア

 (同誌:P136)

 アニメディア


8月:第18回コミックマーケット

 (1981年8月:コミケット準備会・知佳舎:うちわ)

 コミケ

 (画像提供:愛蔵版名無しさん)

 1981年8月15、16日に横浜産業貿易会館で行われたコミックマーケット18で頒布されたうちわです。

 イラストは吾妻先生。蛭児神建氏の変質者ルックがコミケの風物詩だった事がうかがえます。


8月:第20回日本SF大会DAICON III開催

 1981年8月に大阪で行われた第20回日本SF大会が「DAICON III」です。

 岡田斗司夫氏、武田康廣氏らが主催となって行われました。

 このイベントの企画のひとつとして、SF大会で上映するオープニングアニメを制作する事になり、

 大阪芸術大学の庵野秀明氏、赤井孝美氏、山賀博之氏らに要請して出来た作品が、

 「DAICON IIIオープニングアニメ」です。

 (1982年1月:ラポート:ふゅーじょんぷろだくと1月号:P10:一部)

 DAICON

 パワードスーツを持ち上げてぶん投げる!

 下図はDAICON IIIオープニングアニメの設定資料集です。

 (1982年?月:ゼネラルプロダクツ:DAICON IIIオープニングアニメ設定資料集:表紙)

 DAICON

 庵野秀明氏の描いたパワードスーツや、赤井孝美氏の描いた女の子が載っています。

 (同誌:一部)

 DAICON

 もし自分達の手でアニメを作る事になったら、パンチラシーンは外せないよね?


9月:マイアニメ 9月号

 (1981年9月:秋田書店:マイアニメ9月号:表紙)

 マイアニメ

 この号には自主制作アニメサークル「マッドマウス」による「シャン・キャット」の

 制作記事が掲載されました。

 (同誌:P50)

 マイアニメ

 残念ながらこの作品の制作は資金不足により中止になりました。

 この頃はアマチュアがセルアニメを完成させるためには資金や人材などハードルが高かった・・・。

 (1981年?月マッドマウス:マッドマウス通信臨時ぞーかん号:表紙)

 マッドマウス

 こちらは「マッドマウス」が出版した資料集。


10月:ふゅーじょんぷろだくと 10月号

 (1981年10月:ラポート:ふゅーじょんぷろだくと10月号:表紙)

 ふゅーじょんぷろだくと

 (同誌:もくじ:一部)

 ふゅーじょんぷろだくと

 この号は、当時の漫画、アニメ、写真集の美少女の特集をしています。

 よくこれだけロリコン・ネタがあったなあと感心します。

 ブルボン・ホワイトロリータのコラムまであるのが笑える。

 下の写真は横浜産貿会館で行われたコミックマーケット18で、吾妻先生の同人誌

 「ミャアちゃん官能写真集」が販売されている様子です。

 (同誌:P13:一部)

 ふゅーじょんぷろだくと

 ブースには売り子として沖由佳雄氏、計奈恵氏がいました。

 さらにこの本には原丸太氏が書いた、ロリコン同人誌の解説が収録されています。

 (同誌:P92)

 ふゅーじょんぷろだくと


11月:マンガ奇想天外 8号

 (1981年11月:奇想天外社:マンガ奇想天外8号:表紙)

 マンガ奇想天外

 この号には「DAICON III」のレポート記事が掲載されています。

 (同誌:P2:一部)

 マンガ奇想天外

 DAICON III内で握手をする吾妻先生といしかわ先生です。

 (同誌:P2-3:一部)

 マンガ奇想天外

 DAICON III内の「SFまんがを語る部屋」の風景です。

 左より手塚治虫、村上知彦、高信太郎、吾妻ひでお、いしかわじゅんです。(敬称略)

 (同誌:P6:一部)

 マンガ奇想天外

 合宿所で、深夜に手塚治虫先生が吾妻さんに是非会いたいと、部屋を訪ねて来られたそうです。

 緊張した表情の吾妻先生です。


11月:ジ・アニメ 11月号

 (1981年11月:近代映画社:ジ・アニメ11月号:表紙)

 ジ・アニメ

 (表紙:一部)

 ジ・アニメ

 アニメの美少女キャラ紹介がメインの特集です。

 (同誌:P66)

 ジ・アニメ


1982年


1月:週刊少年チャンピオン 1・2合併号

 (1982年1月:秋田書店:週刊少年チャンピオン1・2合併号:表紙)

 週刊少年チャンピオン

 (表紙:一部)

 週刊少年チャンピオン

 ちょwwwおまwwwこのレイアウトwww神に対する冒涜www!

 (同誌:P48)

 週刊少年チャンピオン

 内山亜紀先生の「あんどろトリオ」は、スコラ社からコミックス版が出版された時に、

 「成年コミック」マークが付けられました。

 (同誌:もくじ)

 週刊少年チャンピオン


1月:ふゅーじょんぷろだくと 1月号

 (1982年1月:ラポート:ふゅーじょんぷろだくと1月号:表紙)

 ふゅーじょんぷろだくと

 (同誌:P14-P15:一部)

 ふゅーじょんぷろだくと

 DAICON IIIオープニングアニメ制作始末記の一部。(文はおそらく岡田斗司夫氏と思われる)

 庵野秀明氏、赤井孝美氏、山賀博之氏の名前が商業誌に載ったのはこれが初めてだと思います。

 (同誌:P23:一部)

 ふゅーじょんぷろだくと

 東映が運営していたアニメショップが「ペロ」です。

 大阪の「ペロ」はうめしん会館の3Fにあったので通りには看板だけがありました。


2月:週刊少年チャンピオン 10号

 (1982年2月:秋田書店:週刊少年チャンピオン10号:表紙)

 週刊少年チャンピオン

 少年誌の表紙にwwwネコ耳少女のwwwハダカwwwwwwwww!

 (同誌:次号広告)

 週刊少年チャンピオン

 「あんどろトリオ」は現在ではスターコレクターからダウンロード購入できるみたいです。

 (同誌:もくじ)

 週刊少年チャンピオン


2月:SFショップ「ゼネプロ」開店

 1982年に岡田斗司夫氏、武田康廣氏らがSFショップ「ゼネラル・プロダクツ」(略してゼネプロ)を

 大阪市生野区桃谷に開きました。

 (ゼネプロ:カタログ:表紙)

 ゼネプロ

 吾妻ひでお先生の特約グッズや、庵野秀明氏、赤井孝美氏のイラスト入りグッズが販売されました。

 (ゼネプロ:カタログ:P3)

 ゼネプロ

 (ゼネプロ:カタログ:P5)

 ゼネプロ

 (ゼネプロ:チラシ)

 ゼネプロ

 ゼネプロのオリジナル商品は店舗以外に同人誌即売会や上映会などでも販売されていました。

 (ゼネプロ:「DAICON IIIの女の子」のメタルフィギア)

 ゼネプロ

 金属製のため細部の加工や塗装が難しく、未だに組み立てる事ができません・・・orz

 (ゼネプロ:「DAICON IIIの女の子」のマグカップ)

 ゼネプロ

 (ゼネプロ:「DAICON IIIの女の子」のキャンバスバッグ)

 ゼネプロ

 「DAICON IIIの女の子」がプリントされたキャンバスバッグです。

 ちょうどLPレコードが入るサイズです。

 (ゼネプロ:「DAICON IIIの女の子」のキャンバスバッグ:一部)

 ゼネプロ

 それまで、ファンは既存のアニメやマンガの中から萌えキャラを見いだしてきました。

 しかし、ファンが考えたキャラが人気になるのはこの「DAICON IIIの女の子」が最初だと思います。


3月:アップル・パイ

 (1982年3月:徳間書店:アニメージュ増刊アップル・パイ:表紙)

 アップル・パイ

 大塚英志氏が徳間書店で初めて企画した本です。

 この本に掲載されている作品のいくつかは、後の「プチ・アップルパイ」にも再録されています。

 また、志水一夫氏の「ロリコン同人誌レビュー」には、当時のコミケの動向が詳しく解説されています。

 (同誌:P116)

 アップル・パイ

 (同誌:もくじ)

 アップル・パイ


3月:OUT 3月号

 (1982年3月:みのり書房:OUT3月号:表紙)

 OUT

 対談記事「吾妻ひでおvs米沢嘉博」が掲載されています。

 (同誌:P56)

 OUT


4月:アニメージュ 4月号

 (1982年4月:徳間書店:アニメージュ4月号:表紙)

 アニメージュ

 (表紙:一部)

 アニメージュ

 決まってしまいましたか・・・orz

 パッケージイラストは吾妻先生が描いています。

 (同付録:パッケージ表・裏)

 アニメージュ

 (同付録:一部)

 アニメージュ

 「うる星やつら」のラムちゃんや、「未来少年コナン」のモンスリーまでいるので、

 当時のマスメディアは「ロリコン=美少女アニメキャラの総称」程度の認識でした。

 (同誌:P55)

 アニメージュ

 また、同誌には「女王陛下のプティアンジェ」の小特集が組まれています。

 (同誌:P62:一部)

 アニメージュ


4月:アニメック 23号

 (1982年4月:ラポート:アニメック23号:表紙)

 アニメック

 (同誌:P3)

 アニメック

 DAICON IIIオープニングアニメを見たいという読者からの要望で、ビデオの配布が行われました。

 これはDAICON IIIの開催で発生した赤字を補填するのが目的でした。

 このビデオにはオマケとしてDAICON IIIの女の子が次々とコスプレをするアニメが

 収録されていて、それを見た編集者はかなり衝撃を受けた様子です。

 (同誌:P89-91:一部)

 アニメック

 この時に配布されたビデオに収録されていた作品は以下のとおりです。

 1.DAICON IIIオープニングアニメ

 2.へたな鉄砲も数うちゃあたる(SHADO時代のペーパーアニメ)

 (配布されたビデオよりキャプチャー)

 SHADO

 3.じょうぶなタイヤ(SHADO時代のペーパーアニメ)

 (配布されたビデオよりキャプチャー)

 SHADO

 4.DAICON IIIオープニングアニメのセルや設定資料を撮影したもの

 5.ゴジラの人形をコマ撮りしたアニメ

 6.オマケアニメ(DAICON IIIの女の子が次々とコスプレするやつ)

 なお、配布されたのはビデオテープ版以外に8mmフィルム版もありました。


5月:アニメージュ 5月号

 (1982年5月:徳間書店:アニメージュ5月号:表紙)

 アニメージュ

 (同誌:P83)

 アニメージュ

 この号には「アニメファンのビョーキスタイル研究」という記事が掲載されています。

 米沢嘉博氏や、内山亜紀氏へのインタビューが中心です。

 (同誌:P125)

 アニメージュ


5月:ロリコン大全集

 (1982年5月:都市と生活社:ロリコン大全集:表紙)

 ロリコン大全集

 (画像提供:名無し様)

 蛭児神建氏が編集したムック本です。

 下の画像は「リュウ」に掲載されていた同誌の広告です。

 (1982年7月:徳間書店:リュウVol.18:広告)

 リュウ


6月:アニメージュ 6月号

 (1982年6月:徳間書店:アニメージュ6月号:表紙)

 アニメージュ

 この号には第4回アニメ・グランプリの結果が掲載されています。

 アニメ・グランプリは徳間書店が年1回開催していたアニメ作品の表彰イベントです。

 キャラ部門の4位にクラリスが選ばれた件で、宮崎駿氏のコメントが掲載されています。

 (同誌:P29:一部)

 アニメージュ

 クラリスによってロリコンブームが始まってしまったため、その火消しをするような

 内容の発言となっています。


7月:マイアニメ 7月号

 (1982年7月:秋田書店:マイアニメ7月号:表紙)

 マイアニメ

 劇場版「伝説巨神イデオン」の公開にあわせて特集が組まれています。

 (同誌:P32:一部)

 マイアニメ

 5月5日に晴海で行われたイベントの様子が掲載されています。

 (同誌:P33:一部)

 マイアニメ

 同イベントの様子。イデオンを祀った「イデ神輿」を担ぐイデオン信者たち。

 (同誌:P33:一部)

 マイアニメ

 5月9日に原宿の歩行者天国にて、タケノコ族やローラー族を押しのけ、

 「イデ音頭」を踊るイデオン信者たち。これが「イデの導き」なのか!?

 (同誌:P66:一部)

 マイアニメ

 新番組「Theかぼちゃワイン」の紹介記事。エルちゃんの「アハッ」という口癖がよかった。


9月:コミック・レモンピープル 9月号

 (1982年9月:あまとりあ社:コミック・レモンピープル9月号:表紙)

 レモンピープル

 1982年1月に、あまとりあ社からコミック・レモンピープルが創刊されました。

 同人誌「シベール」や「人形姫」のメンバーを中心とした、初の美少女コミックです。

 創刊号から10号までは中綴じで、表紙は女の子の写真が使われていました。

 人気が出たのは平綴じになって、表紙が阿乱霊氏のイラストになってからです。

 以後、このスタイルをまねた亜流誌が沢山登場します。

 当時は18禁や成年コミックの表記が無かったため、未成年者でも買う事が出来ました。

 以下に9月号の一部を紹介します。

 (同誌:P135:一部)

 レモンピープル

 蛭児神建氏の相談コーナー。

 (同誌:P136:一部)

 レモンピープル

 エロ雑誌に「エロは必要が無い」というお便りがきたため、論争になっています。

 現在では非エロ系の美少女コミックが出版されていますが、当時はL・Pが唯一だったので、

 異なる嗜好のロリコンが集まり衝突を起こしてしまったようです。

 (同誌:P137:一部)

 レモンピープル

 読者の投稿イラストのコーナー。

 (同誌:もくじ)

 レモンピープル

 誤植:131同人誌ピックアップ 内山亜紀は阿島俊の間違い

 誤植:132美少女inアニメランド 阿島俊はスタジオメイフラワーの間違い

 劇画系の作家はリニューアル時に排除される事になります。


9月:コミック・ボックス 9月号

 (1982年9月:ふゅーじょんぷろだくと:コミック・ボックス 9月号:表紙)

 コミック・ボックス

 (同誌:P29:一部)

 コミック・ボックス


10月:OUT 10月号

 (1982年10月:みのり書房:OUT10月号:表紙)

 OUT

 (同誌:P38:一部)

 OUT

 日射病の応急手当方法。


10月:「超時空要塞マクロス」放映開始

 主人公の輝は、ミンメイと初めて出会った時、彼女のことを「おたくは〜」と呼びます。

 これは初対面で、名前や年齢がわからない女性に対しての、気を使った呼び方だと思います。

 しかし、「おたく」を連発する輝に奇妙なおかしさを感じたファンは、おもしろがって

 「おたく」というセリフをまねるようになります。

 これがコミケで目撃され、差別用語としての「おたく」になったという説もあります。

 また、庵野秀明氏がアルバイトで参加して動画や作画の一部を担当しました。


12月:宮崎駿・大塚康生の世界

 (1982年12月:オフィスアクション:宮崎駿・大塚康生の世界:表紙)

 オフィスアクション

 内容は「カリオストロの城」、「太陽の王子ホルスの大冒険」、「パンダ・コパンダ」の

 設定・コンテが収録されています。

 また、「妹へ」というオリジナル作品のイメージボードが掲載されています。

 (同誌:P11〜16:一部)

 オフィスアクション

 (同誌:P12:一部)

 オフィスアクション

 (同誌:P12:一部)

 オフィスアクション

 ストーリーは足の不自由な妹のために、兄が飛行機を自作(!?)して

 妹と一緒に世界を旅するというものです。 ええ話や 。・゚・(ノД`)・゚・。


1983年


1月:ふぁんろーど 1月号

 (1983年1月:ラポート:ふぁんろーど1月号:表紙)

 ふぁんろーど

 (同誌:P122:一部)

 ふぁんろーど

 田宮模型のマスコットキャラ「プラモのモ子ちゃん」ヨイショを呼びかける読者のおたより。


2月:コミック・ボックス 2・3月号

 (1983年2月:ふゅーじょんぷろだくと:コミック・ボックス 2・3月号:表紙)

 コミック・ボックス

 劇場版「風の谷のナウシカ」の製作も決定していない時期ですが、すでにフラップターの

 アイデアがあったようです。

 (同誌:P13)

 コミック・ボックス

 1969年に中部日本新聞日曜版に掲載されていた「長靴をはいた猫」の漫画が再録されています。

 漫画の作者は東映動画時代の宮崎駿氏です。


5月:「漫画ブリッコ」刷新

 セルフ出版の漫画ブリッコが美少女コミックとして刷新されました。

 大塚英志氏が編集長になりましたが、後述の「おたくの精神史」を読むと、大塚氏は

 美少女コミックではなく、ニューウェーブ誌が作りたかったようです。

 中森明夫氏の「おたく」に関するコラムが掲載された時、中森氏は読者から抗議や非難を受けますが、

 よく考えると、大塚氏も中森氏のコラムに疑問を持たなかったからこそ掲載したのではないでしょうか?

 つまり、美少女コミックを求めている読者層ついて、大塚氏も理解が足らなかったと思われます。

 なお「漫画ブリッコ」に関する情報は「漫画ブリッコの世界」のホームページをご覧ください。


6月:アニメック 30号

 (1983年6月:ラポート:アニメック30号:表紙)

 アニメック

 1983年3月に「アニメック」と「ふぁんろ〜ど」が合同でコンテストを行いました。

 読者が制作したアニメ、セル画、イラストなどが審査の対象でした。

●佳作「ガラス割り少年」

 (同誌:綴じ込みポスター)

 アニメック

 このアニメは筑紫高校の漫映研によるペーパーアニメです。

 アニメックではこの作品の画像しか掲載されていませんが、この作品以外にも

 「惑星ラスク」という特撮作品も佳作を受賞しています。

 (当時のビデオよりキャプチャー)

 惑星ラスク

 「惑星ラスク」は当時、NHKの「YOU」という糸井重里が司会の若者向けトーク番組でも

 放映された事があります。

 なお、この時期の漫映研には森田宏幸さんが在籍していました。

 彼は後にジブリに入社し、「猫の恩返し」の監督を担当するまでになりました。

●努力賞「ラミちゃんききいっぱつ」

 (同誌:綴じ込みポスター)

 アニメック

 自主制作アニメのサークル「スタジオRAMI」によるセルアニメです。

 (「ラミちゃんききいっぱつ」のセル)

 スタジオRAMI

 製作コストを抑えるため2穴タップ用のセル(業務用?)を使ったそうです。

●努力賞「夕顔」

 大阪のマイコンサークル「NEWON」(ニューオン)によるセルアニメ(一部CG)です。

 吾妻先生のマンガ「夕顔」(少女アリス掲載)をアニメ化したものです。

 NEWON

 (画像提供:匿名希望様)

 なお、この作品が初公開されたのは、前年のSF大会「TOKON VIII」の時でした。


6月:ホビーアニメック No.2

 (1983年6月:ラポート:ホビーアニメック No.2:表紙)

 ホビーアニメック

 ファンロードの別冊で、アニメのプラモやフィギアの情報がメインです。

 (同誌:P73)

 ホビーアニメック

 赤井孝美氏が描いたマンガが掲載されています。

 「エースをねらえ!」のパロディになっています。


6月:ライブ・コミックin天神橋

 大阪の天神橋筋商店街で、同人誌即売会が行われました。

 イベント会場ではなく、商店街で同人誌即売会をするのは珍しいと思います。

 (1983年6月:ライブ・コミック・チーム:パンフレット:表紙)

 ライブ・コミック

 (同誌:もくじ)

 ライブ・コミック

 下の写真は会場の様子です。商店街に沿って机が並べられています。

 ライブ・コミック

 (撮影:管理人)

 買い物に来た主婦や、パチンコ店に向かうオジサンも同人誌を見る事が出来ました。


7月:週刊少年サンデー 31号

 (1983年7月:小学館:週刊少年サンデー31号:表紙)

 週刊少年サンデー

 少年誌のジャンルとしては、スポーツ、SF、ギャグが定番でしたが、

 少年サンデーでは「うる星やつら」(高橋留美子)、「タッチ」(あだち充)、

 「さよなら三角」(原秀則)などのラブコメ作品がヒットして売上を伸ばし、

 第二期サンデー黄金時代をむかえます。

 (同誌:次号広告)

 週刊少年サンデー

 編集部もかわいいヒロインがたくさんいる事をアピールしています。

 (同誌:もくじ)

 週刊少年サンデー


7月:ファンロード 7月号

 (1983年7月:ラポート:ファンロード7月号:表紙)

 ファンロード

 (同誌:P85:一部)

 ファンロード

 「DAICON IIIオープニングアニメ」の製作スタッフが中心となりDAICON FILMという

 自主製作サークルを作ります。

 この号ではDAICON FILMの特撮作品が紹介されました。

 (同誌:P85:一部)

 ファンロード

 シリアスなストーリー展開の終盤で、庵野秀明氏の素顔のウルトラマンが登場したのは驚きでした。

 だれも想像していなかったオチを考えつくのはスゴイと思いました。

 (同誌:P166:一部)

 ファンロード

 読者の投稿マンガ。


8月:第22回SF大会DAICON IV開催

 1983年8月に大阪で行われたSF大会(SFファンの集い)が「DAICON IV」です。

 この回も岡田斗司夫氏、武田康廣氏らが主催となって行われました。

 またオープニングアニメ「DAICON IVオープニングアニメ」も制作する事になり

 DAICON FILMによって作られました。

 (1983年11月:ラポート:アニメック11月号:P101:一部)

 DAICON IV

 「DAICON IIIの女の子」が成長して帰ってきました。しかもバニーガール!

 (1983年11月:ラポート:アニメック11月号:P103:一部)

 DAICON IV

 右手がアルカディア号、左手が宇宙戦艦ヤマトという最強マクロスが登場。

 (1983年11月:ラポート:アニメック11月号:P104:一部)

 DAICON IV

 この作品は、当時のアニメックに制作過程が連載されていました。

 動き、作画レベル共にアマチュア8mm作品の最高峰です。

 この「DAICON IV」も、各アニメ誌で紹介されたため有名になりました。

 また吾妻ひでお先生のファンクラブが制作したオープニングアニメ「AZICON1」も上映されました。

 (1983年12月:笠倉出版:コミックマルガリータ2号:P5:一部)

 AZICON1

 「打倒!DAICON!」をスローガンに掲げて制作されましたが、ほとんど話題になりませんでした。

 (「AZICON1オープニングアニメ」のセル)

 AZICON1

 下の写真は入場待ちで並んでいる参加者に、AZICONパンフレットを販売するAZICON宣伝ゲリラです。

 DAICON IV

 (画像提供:名無し様)

 底抜けDAICONゲームの様子。お互いをゴムヒモで結び、巨大な福笑いを完成させる。

 DAICON IV

 (画像提供:名無し様)

 宮内洋ショーの様子。

 DAICON IV

 (画像提供:名無し様)

 合宿が行われた旅館の風景。

 DAICON IV

 (画像提供:名無し様)


8月:ミンキーモモのプラモデル

 (1983年8月:バンダイ:外箱)

 プラモデル

 バンダイから発売されていた「ミンキーモモ」のプラモです。1/12スケールで、定価は300円。

 (同キット:中身)

 プラモデル

 設定にある「ネコパンツ」にするためにデカールも用意されています。

 しかし、完成後にネコパンツを確認するためにはスカートの中を覗かなければいけません。

 こんなプラモを出してバンダイ大丈夫か?(←おまえが言うな)


9月:アニメディア 9月号

 (1983年9月:学研:アニメディア9月号:表紙)

 アニメディア

 (同誌:P29)

 アニメディア

 アニメディアに掲載されていたアニメのナマ写真販売の広告。

 アニメのナマ写真って何?セルを直接撮影したものなのか・・・?


10月:ロリータ・シンドローム

 初期のパソコン向けエロゲーです。FM-7やPC-8801など、多くの機種に移植されました。

 (1983年10月:エニックス:FM-7版パッケージ:表)

 エニックス

 注目するのは、なんといっても子供向けの学習マンガを描いていた望月かつみ先生が、

 このゲームを制作したという事でしょう。

 ゲーム内容は、「メゾン・ロリータ」に捕らわれている少女を、ミニゲームをクリアする事によって

 助け出すというものです。

 しかし、ゲームでミスをすると少女が死んでしまうので、ちょっとショックが強いかも。

 なお、エニックスの「ロリータ・シンドローム」以外にも、光栄から出ていた「マイ・ロリータ」も

 望月かつみ先生によって制作されていました。


10月:アニメック 10月号

 (1983年10月:ラポート:アニメック10月号:表紙)

 アニメック

 下図は同誌に掲載された「ゼネプロはんぜう記・番外編」の一部です。

 今回は「DAICON IVオープニングアニメ」の制作レポート記事です。

 (同誌:P113:一部)

 アニメック

 庵野秀明氏の絵コンテボツ表紙や赤井孝美氏のキャラ設定など。

 (同誌:P113-114:一部)

 アニメック

 SF大会に行けなかったアニメファンのために、DAICON FILMの上映会が行われました。

 自主制作アニメが、全国各地で上映されるのは異例の事だと思います。

 当時からDAICON FILMが熱狂的な支持を得ていた事がうかがえます。

 (1983年10月:DAICON FILM:パンフレット:表紙)

 パンフレット

 これは上映会で配布されたパンフレットの表紙です。

 (同誌:P4:一部)

 パンフレット

 うろ覚えですが、庵野ウルトラマンとジャージ姿のイダーゲ星人が空き地みたいな所で

 ウルトラマンごっこをしているフィルムも上映されました。

 もしかしてそれが初代庵野ウルトラマンだったノカー(;´Д`)?

 (1983年?月:DAICON FILM:DAICON IVオープニングアニメ絵コンテ集:表紙)

 DAICON

 こちらはDAICON IVオープニングアニメの絵コンテ集の表紙です。

 (同誌:一部)

 DAICON

 作品と比較しながら観るとカットや変更されたシーンがあってなかなか興味深いです。

 (同誌:一部)

 DAICON


11月:宮崎駿イメージボード集

 (1983年11月:講談社:少年マガジン別冊宮崎駿イメージボード集:表紙)

 イメージボード集

 この本には宮崎駿氏が構想していたオリジナルアニメの設定が収録されています。

 (1983年4月:ふゅーじょんぷろだくと:コミック・ボックス4月号:表3)

 コミック・ボックス

 こちらは「コミック・ボックス」に掲載されていた同誌の広告です。

 (同誌:P16:一部)

 イメージボード集

 「もののけ姫」のストーリーボードの一部。

 もののけに嫁入りしたお姫さまの話で、後の劇場版とは内容が全く異なります。

 (同誌:P69:一部)

 イメージボード集

 「長靴下のピッピ」のイメージボードの一部です。

 ピッピは原作者の許可が下りずにアニメ化は中止になりました。

 その代替として「パンダ・コパンダ」が制作されたそうです。

 カリ城公開後、宮崎駿氏は当時在籍していたテレコムにオリジナルアニメの企画を提案しましたが、

 却下されたため、テレコムを辞め「風の谷のナウシカ」の制作を開始します。

 しかし、スタッフが思うように集まらず「アニメージュ」にアニメーター募集の広告を載せます。

 この募集を見て庵野秀明氏は上京してスタッフとして参加します。


12月:ファンロード 12月号

 (1983年12月:ラポート:ファンロード12月号:表紙)

 ファンロード

 1983年10月にファンロードのファンが集って行われたイベントが「ゲボコン1」です。

 (同誌:P124:一部)

 ファンロード

 (同誌:P15:一部)

 ファンロード

 このイベントのオープニングアニメをファンロード読者の有志が作りました。

 (同誌:P124:一部)

 ファンロード

 「ロード戦隊ゲゲボ5」によるアトラクションショー。

 (同誌:P124:一部)

 ファンロード

 桂正和先生本人の「ウィングマン」と、岡田斗司夫氏の「のうてんき2号」が登場。

 (同誌:P124:一部)

 ファンロード

 ファンとデュエットをする一本木蛮嬢の演歌ショー。


12月:クラリスマガジン事件

 (1983年12月:ラポート:アニメック12月号:P129:一部)

 アニメック

 同人誌「クラリスマガジン」を入手したいとうファンのために、各アニメ誌上に再販の告知が掲載されました。

 しかし、「申し込んでも届かない。」という問い合わせがアニメック編集部に殺到したため調査したところ

 主催者が行方不明という事が判明しました。

 同人誌は後に被害者同盟により発送されたそうですが、事件の顛末はどうなったのだろうか?


12月:アニメディア 12月号

 (1983年12月:学研:アニメディア12月号:表紙)

 アニメディア

 (同誌:P28)

 アニメディア

 「Theかぼちゃワイン」はPM7:30の放送だったので家族と見てるとヒジョーに気まずい雰囲気に・・・。


1984年


1月:まんがアニメック 1

 (1984年1月:ラポート:まんがアニメック1:表紙)

 まんがアニメック

 アニメックの増刊号で、SFやファンタジーがメインの雑誌です。

 (同誌:もくじ)

 まんがアニメック


2月:「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」劇場公開


2月:ファンロード 2月号

 (1984年2月:ラポート:ファンロード2月号:表紙)

 ファンロード

 (同誌:P18:一部)

 ファンロード

 劇場版「風の谷のナウシカ」の制作を記念して、ナウシカのイメージガールコンテストが行われました。

 みごとイメージガールに選ばれたのはNo.23の安田成美ちゃん(16)です。


3月:「風の谷のナウシカ」劇場公開


3月:風の谷のナウシカガイドブック

 (1984年3月:徳間書店:アニメージュ増刊:表紙)

 ガイドブック

 劇場版「風の谷のナウシカ」の公開に合わせて発売された本です。

 ガイドブックという割りには、ナウシカの情報や作品解説の量が少なく、

 過去にアニメージュに掲載されたインタビューや講演会の再録が主です。

 (同誌:P155:一部)

 ガイドブック

 (同誌:P156:一部)

 ガイドブック

 (同誌:P167:一部)

 ガイドブック


3月:「GU-GUガンモ」放映開始

 細野不二彦先生のマンガが原作のギャグアニメです。

 主人公は半平太という少年とガンモというニワトリモドキです。

 ガンモが巻き起こすドタバタギャグがメインのアニメですが、注目なのは

 半平太の姉つくねが得意技としているタマクダキ(電気あんま)でしょう。

 (DVD-BOXよりキャプチャー)

 GU-GUガンモ

 (DVD-BOXよりキャプチャー)

 GU-GUガンモ

 毎朝、寝起きの悪い弟に対してタマクダキ!効果音は削岩機の音。


4月:漫画ブリッコ 4月号

 (1984年4月:セルフ出版:漫画ブリッコ4月号:表紙)

 ブリッコ

 下図は表紙の左下を拡大したもの。

 (表紙:一部)

 ブリッコ

 (同誌:P183)

 ブリッコ

 竹熊健太郎氏が担当していた「風雲ライオン新聞」というコーナー。

 今回は「聖マッスル」の紹介です。やめて ヽ(;´Д`)ノ

 (同誌:もくじ)

 ブリッコ

 3月号とありますが、これは誤植で正しくは4月号です。


5月:ゼネプロカタログ'84

 (1984年5月:ゼネラルプロダクツカタログ表紙)

 カタログ

 1984年版のゼネプロカタログです。

 (同誌:裏表紙:一部)

 カタログ

 裏表紙のマンガ。「タコハイ」などタコがブームだったので、それにあやかって商品を出したものの・・・。


7月:「超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか」劇場公開


7月:ファンロード 7月号

 (1984年7月:ラポート:ファンロード7月号:表紙)

 ファンロード

 (同誌:P71:一部)

 ファンロード

 「DAICON IIIの女の子」のメタルフィギア製作記事。完成するとこーなるんですな。

 (同誌:P72:一部)

 ファンロード

 PSK(パソコンショップ高知)から発売されていたアドベンチャータイプのエロゲーです。


9月:プチ・パンドラ 創刊

 (1984年9月:一水社:プチ・パンドラ:表紙)

 パンドラ

 蛭児神氏が編集を担当したロリコン雑誌「プチ・パンドラ」です。

 「レモン・ピープル」の亜流雑誌に見えますが、美少女物よりグロ、フリークス傾向の

 作品が多いです。これは当時としては珍しかったと思います。

 (同誌:もくじ)

 パンドラ


10月:アニメック 10月号

 (1984年10月:ラポート:アニメック10月号:表紙)

 アニメッ

 (同誌:P146)

 アニメッ


10月:ファンロード 10月号

 (1984年10月:ラポート:ファンロード10月号:表紙)

 ファンロード

 1984年8月に行われた「第3回日本特撮大会」のレポート記事が載っています。

 (同誌:P69:一部)

 ファンロード

 あさりよしとお氏、森野うさぎ氏らが中心となって製作した「アオーク」という

 オープニングアニメも上映されました。

 (配布されたビデオよりキャプチャー)

 アオーク

 (AWAKEほとんど完全設定資料集:表紙)

 アオーク

 (AWAKEほとんど完全設定資料集:一部)

 アオーク

 このアニメの詳細は「漫画ブリッコの世界」のホームページをご覧ください。


12月:ガイナックス設立

 劇場用アニメ「オネアミスの翼」を制作するため、ゼネプロとDAICON FILMのスタッフが

 集まり「ガイナックス」を設立します。


1985年


1月:「小公女セーラ」放映開始

 (DVD-BOXよりキャプチャー)

 セーラ

 ベッキーといえばチビッコ先生・・・じゃなくてチビッコメイドですよ。

 ひどい仕打ちに耐えるベッキーが カワ(・∀・)イイ!!

・少年ジャンプひとり勝ち

 「北斗の拳」(武論尊/原哲夫)、「ドラゴン・ボール」(鳥山明)、「キン肉マン」(ゆでたまご)などの

 ヒットにより第二期ジャンプ黄金時代をむかえます。

 以降、少年誌のトップの座は常にジャンプの状態になります。


3月:アニメック 3月号

 (1985年3月:ラポート:アニメック3月号:表紙)

 アニメック

 (同誌:P65:一部)

 アニメック

 「金田パース」でポーズをとるアニメアールのスタッフ達。


5月:ファンロード 5月号

 (1985年5月:ラポート:ファンロード5月号:表紙)

 ファンロード

 (同誌:表3)

 ファンロード

 アダルトアニメ「くりいむ・レモン」シリーズの広告。

 「18才未満への販売はできません」と注釈がありますが、そもそも児童書に分類されるアニメ雑誌にこのような

 広告が載っているのは今では考えられません。この頃はアダルトコンテンツのゾーニングが曖昧でした。

 ちなみに「超次元伝説ラル」のキャラクター設定はこのま和歩氏と計奈恵氏でした。


6月:スタジオジブリ設立

 劇場版「風の谷のナウシカ」の制作でスタッフ集めに苦労した教訓を生かし、

 常にスタッフを確保しておくためにスタジオジブリが設立されます。


7月:OUT 7月号

 (1985年7月:みのり書房:OUT7月号:表紙)

 OUT

 (同誌:P55:一部)

 OUT


10月:ファンロード 10月号

 (1985年10月:ラポート:ファンロード10月号:表紙)

 ファンロード

 (同誌:P69)

 ファンロード

 1985年8月12日に日航ジャンボ123便が御巣鷹山に墜落しました。

 この事故でファンロード常連投稿者の緋本こりんさんが亡くなられました。


1986年


8月:「天空の城ラピュタ」劇場公開


8月:天空の城ラピュタガイドブック

 (1986年8月:徳間書店:アニメージュ増刊:表紙)

 ガイドブック

 「天空の城ラピュタ」の公開に合わせて発売された本です。

 ガイドブックという割りには、ラピュタの情報や作品解説の量が少なく、

 「風の谷のナウシカ」に対するインタビューや対談の記事が主です。

 (同誌:P3:一部)

 ガイドブック

 (同誌:P14:一部)

 ガイドブック

 (同誌:P288:一部)

 ガイドブック


1987年


3月:「オネアミスの翼」劇場公開


3月:ファンロード 3月号

 (1987年3月:ラポート:ファンロード3月号:表紙)

 ファンロード

 この号には「ウルトラセブン」でキリヤマ隊長役だった中山昭二氏と「地球防衛少女イコちゃん」で

 イコちゃん役をしている磯崎亜紀子ちゃんの対談記事が載っています。

 (同誌:P11:一部)

 ファンロード

 対談場所に向かうため、中野サンプラザ前で待ち合わせ。

 対談のために用意された車は、マニアが国産車を改造して作ったポインター!

 車検も通っているので公道も走れるそうです。


1988年


4月:「となりのトトロ」、「火垂るの墓」劇場公開

・ガイナックスがOVA「トップをねらえ!」を発売


1989年


1月:ファンロード 1月号

 (1989年1月:ラポート:ファンロード1月号:表紙)

 ファンロード

 (同誌:P19:一部)

 ファンロード

 ガイナックスによるドラゴンクエスト実写版の紹介記事。この時期はまだみんな期待していた・・・。

 (同誌:P73:一部)

 ファンロード

 1988年10月に行われた「ゲボコン’88」のイベントレポート記事。

 (同誌:P73:一部)

 ファンロード

 (同誌:P73:一部)

 ファンロード


7月:「魔女の宅急便」劇場公開

 夏休み期間中の公開でしたが、好評のため秋頃まで延長されました。

7月:連続幼女誘拐殺人事件の犯人逮捕

 1988年から発生していた連続幼女誘拐殺人事件の犯人が1989年7月23日に逮捕されました。

 犯人は大量にビデオテープやマンガをコレクションし、コミケにも参加していた事から

 幼女に対する犯罪が発生する都度におたく文化がバッシングを受けるようになります。


8月:ゼネプロカタログ89-90

 (1989年8月:ゼネラルプロダクツカタログ表紙)

 カタログ

 カタログの表紙のイラスト(セル画)を美樹本晴彦氏が担当しています。

 美樹本氏の描いた「DAICON IVの女の子」や「ナウシカ」など、なかなか興味深いです。

 (同誌:P3:一部)

 カタログ


9月:アニメージュ 9月号

 (1989年9月:徳間書店:アニメージュ9月号:表紙)

 アニメージュ

 アニメージュの表紙のイラスト(セル画)を近藤勝也氏が担当しています。

 下図は宮崎駿氏が考えた幻のポスター案の記事です。

 (同誌:P30:一部)

 アニメージュ

 宮崎ヒロインは清楚すぎてトイレにも行かない感じだと言われたため、

 対抗してトイレに座っている図案を考えたそうです。

 (同誌:P30:一部)

 アニメージュ

 ( ・∀・)ヤッテクレル! しかし、周囲の人に止められたためボツになったそうです。

 その代わりとして、本編中にキキがトイレに行くシーンを挿入しています。

 このシーンはストーリーに全く関係がないので、どうしてもヒロインにトイレに行って欲しかったようです。


12月:漫画ホットミルク 12月号

 1986年3月より、「漫画ブリッコ」の後継雑誌として 「漫画ホットミルク」が出版されました。

 ブリッコよりもニューウェーブ色が薄れ、エロ漫画中心にシフトしています。

 (1989年12月:白夜書房:漫画ホットミルク12月号:表紙)

 ホットミルク

 この号は新貝田鉄野郎さんの表紙イラストが気に入っていたので手元に残していました。

 (同誌:もくじ)

 ホットミルク


12月:おたくの本(別冊宝島104号)

 (1989年12月:JICC出版局:表紙)

 おたくの本

 連続幼女誘拐殺人事件をうけて出版された本です。

 米沢嘉博氏、中森明夫氏、藤田尚氏など、多数のライターが「おたく」についてのコラムを書いています。

 (同誌:P83:一部)

 おたくの本

 上はコミックマーケット代表だった米沢嘉博氏の文章です。

 中森明夫氏のコーナーでは、「漫画ブリッコ」に掲載された「おたくの研究」のコラムが再録されています。

 ここで中森氏は、「ブリッコ」の連載が一方的に打ち切られ、弁明する機会が失われてしまった事や、

 大塚氏の評論の中で、事あるごとに「おたく」が引用されているのを見ると、本当に「おたく」という

 言葉を広めてしまったのは、大塚氏の方ではないか?と論じています。

 それから、土本亜理子さんのコラムでは蛭児神建氏のインタビューがあり、ロリコン誌の編集長を

 やめてお坊さんになった経緯が書かれています。


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