20インチのフォールディングバイク「Bike Friday Pocket Llama」を駆ってウイーン・ベルリンを走った。
ウイーン・プラハ間はyokoと一緒に走り、プラハ以降は一人で走る。幸いに途中で自転車道マップを手に入れ、本場ヨーロッパの自転車道を堪能した。
◆ウイーン◆
2010年9月14日、yokoと共にウイーンに到着した。
予約しておいた宿に3日間滞在し、スペイン乗馬学校の練習風景見学(有料)、オペラ「ラ・ボエーム」の鑑賞など、一人では思いつかぬ体験をした。
主要な道路にバイクレーンが確保され、町のあちこちに駐輪用の金属柵が設置されている
◆山越えしてドナウ河畔へ◆
9月17日、小雨の中ウイーンを出発。
使う地図が30万分の1なので街の中は読みにくい。よくよくにらんで走る。
1時間半後には市街地を抜け、森の中を走っていた。
犬の散歩やウオーキングの人々。
500メートル前後の丘陵地帯を越えた後、平野部にくだり、ツールン(Tulln)に到着。
町の広場には肉、果物、野菜、パン、チーズ、花などの出店が並び、人々が集まる。
ドナウ川はゆったりと流れている。川岸は手入れの行き届いた公園。
我々と同じく自転車旅行者が3組、宿を求めて町に到着した。(走行36km)
◆町のフェスティバル、シュトゥルム◆
9月18日(土) 宿の朝食を終えると夫婦のサイクリストが先に出発していった。
りんごが並木になっている。ちょうど食べごろで拾ったり、もいだり。酸味がきいてうまい。
午後になって国道4号線を走ることになった。制限速度が80キロで、往来が激しい。
側道があるところは問題ないが、ないところは車がそばをすり抜けて行くので恐ろしい。途中で遠回り覚悟で小さい道に逃げる。
3時過ぎ、ホルン(Horn)に着いてホテルに投宿。部屋に荷物を置いて町を散歩する。教会より高い建物はない。
市庁舎の前の広場で収穫祭の準備をしている。演奏用のステージ、食事用の椅子テーブル。ワインや軽食の屋台など。
宿のレストランで夕食をとる。ビールにスープ、子牛肉のカツレツ。
カツレツは一人分を頼んだが2皿に取り分けて出してくれた。最後にシュトゥルム(Sturm)をグラスに一杯。
これは発酵中のワインで、この時期にだけ出回る。甘くておいしい。(走行65km)
◆自転車道◆
9月19日、宿で自転車道が描いてある地図付きのパンフレットをみつけた。ちょうどこれから進む方向に自転車道がある。
町を流れる川に沿う自転車道を走り出す。周りは畑地。走るのは我々だけだ。うれしくなる。
分岐で地図を見ていると、通りかかる車が「案内しようか」と止まってくれる、親切な人たち。
自転車道は専用道だけではなく、一般車道もあるが往来が少なく、走りやすい。起伏のある森の中も走った。(走行45km)
◆チェコへ◆
9月20日、晴れ 朝の気温は5℃。
朝食のとき、隣に座ったスウエーデンの夫婦は車でイタリア経由、スペインへ向かうという。春までの半年間スペインに滞在するのだそうだ。
スーパーマーケットで昼食の食料を仕入れて出発。出来るだけ小さな道を選び、小さな村々をつないでゆく。緩い起伏に広がる農地が続く。
田舎だが家は美しい。多くの村で電線が地下に埋設されている。
チェコに近づいて、路肩があまりない国道を走る。車は少ないがスピードは速い。
昼過ぎに国境のグラメッテン(Grametten)に来た。国境の建物はあるが、係員はいない。そのままチェコに入った。
チェコはEUに所属しているが通貨はチェココルナという独自のものを使用している。
チェコに入ったとたん、道路状態が少し悪くなったように感じる。壁の傷んだ建物が目に付く。
午後3時にフラデック(J. Hradec)に来た。大きな町だ。
中心の広場から自転車を引きながら見つけた宿(Penzion)に投宿。朝食付きで1200チェココルナ(5400円)。
シャワーと洗濯を済ませてから一階のレストランでビールを飲む。
定番のピルスナーは500mlの「大」が一杯120円ほど。飲みすぎにご用心だ。店の中でインタネットが使えるのでニュースとメールをチェック。(走行54km)
◆Greenway mapを入手し、のどかな道を行く◆
9月21日 朝、インフォメーションに寄り“Greenway map”を手に入れた。
Greenwayとはウイーン・プラハ間の自転車ルートだ。11万分の1のこま地図が折りたたみ式になっている。
今日の予定のフラデック・タボール(Tabor)間もこのルート上にある。これに従って走ってみよう。
ゆったりとした起伏の大地を行く。畑と森と集落。
“Greenway”のマークをつけた自転車用の標識(左写真の一番下)が曲がり角などの要所要所に立てられている。たいしたプロジェクだ。
小さな村で中心の広場にあったベンチとテーブルを使わせてもらいランチにする。
周りの家々の屋根には必ず煙突がある。
街道に出ても路肩が広いので車が怖くない。
タボール(Tabor)は大きい町だ。インフォメーションで宿の一覧表をもらい、勧められたPensionALFAに投宿。
クセになった一杯のビールのあと、街を歩く。細い道がくねくねと続き、歴史を感じさせる。
街の中はすべて石畳だが、それが磨り減ってそれぞれの石の中央が盛り上がっているので歩きにくい。しかし旅行者にそれを言う権利はない。
広場に面したレストランで夕食をとる。スープ、サラダ、豚肉のカツレツ150グラム、ソーセージ、を一つずつ注文して二人で分ける。
それにビールとワインを飲んで合計220チェコ・コルナ(約1000円)なり。(走行48km)
◆馬に乗る◆
9月23日(木) セドルチャニー(Sedlcany)を出発。元の計画を変えて“Greenway”をたどることにする。そのほうがプラハまでの距離が短かくなる。
地図に馬のマークを見つけた。「乗馬」の意味だ。寄ってみよう。
昼前に「FAVORY」という乗馬クラブに到着した。広々とした草原が広がっている。どこまでが乗馬クラブの土地なのだろうか。
「乗馬できますか?」と訊くと、OKの返事が来た。乗馬経験を問われ、100回と答える。
午後1時に通訳係のシマカさんに馬房へ案内される。民営の乗馬クラブだが馬がなんと75頭もいるという。馬舎が大きいわけだ。
「リスク承知」の紙にサインして、いよいよ馬に乗る。鞍はつけてくれてあった。
自転車のヘルメット、自転車靴のままで乗る。ところが日本で乗るときのように踏み台がない。「これでは乗れません」というと、インストラクターが笑いながら膝を支えて助けてくれた。
馬場は30×60メートルくらいと広い。yokoと二人だけで馬場の中を回る。
最初は並歩(なみあし)。初めての、それも遠い国から予約無しに訪れた客がどれくらい乗るのか、クラブの人も心配に違いない。素直でおとなしい馬に乗らせてくれている。
慣れたところで速歩、最後は駈歩までやった。今まで群馬県の二箇所でしか乗馬経験がないのだから、武者修行というわけだ。しかし、今まで習ったとおりに馬に命令を出すと、そのとおりに馬が動いてくれる。これまでの指導に感謝する。
駈歩の後、インストラクターに手の位置と脚の扶助の仕方について指導を受ける。インストラクターのチェコ語をシマカさんが英語に直してくれるのを聞くのだが、半分しか理解できなかった。
乗馬料金は一人約1800円。だいたい日本の半分くらいだ。このクラブでは馬場のほか、野山を歩く外乗もやらせてくれる。広い自然に恵まれている。
昼食も含めたっぷり2時間遊んで乗馬クラブを後にした。
夕方に宿泊予定地点に来たが宿が見つからない。民家や店は多いのだが。探しながら走っているとプラハまで20キロの場所まで来てしまった。
自転車店を見つけ、この辺に宿はないか?と訊ねると、1キロ先のペンション(Penzion)を教えてくれた。電話までしてくれた。
こうして今日も宿にありついた。WiFi(無線ラン)あり。(走行58km)
◆プラハ◆
9月24日。今日はプラハまで20キロ足らずの道のりだ。Greenwayを走り、市街地に入った。
Greenwayの標識はしっかりついているが、迷いがちになる。大きい公園に入り込んだ。
散歩する人、犬を連れる人、サイクリングする人など、多し。
予約してあったペンション・ストラニ(Strani)に到着。ここでyokoの友人のJudithと落ち合った。
宿の部屋は広く、バスタブもついている。
大きい住宅で、使わなくなった部屋を客室にしており、イギリスのB&Bのようだ。ここで4泊の大休止をとり、プラハ観光。
移動にメトロ(地下鉄)、トラム(路面電車)、バスなど、を体験した。プラハの中心は観光客であふれている。我々もその一員。
夕食はスーパーマーケットで食材を買い込み、宿の部屋でディナー。女性が二人もいると、食事の心配をしないですむのがいい。
Judithはここプラハのバイクショップで700C、メカ式ディスクブレーキのクロスバイクを購入した。
彼女達はここからハンガリーのブタペストまで自転車で走る計画だ。
バイクを購入したブルタバ川沿いのKrabCycleはMTBが専門のお店。用品の品そろえも豊富で、いろいろなサドルを陳列してあるのに感心した。
インタネットでベルリンからウイーンへの飛行機を予約した。
支払いはクレジットカード。乗るときは空港のチェックインカウンタで予約番号を提示すればいいという。
これでベルリン到着に余裕を見る必要がなくなり、プラハ・ベルリン間の日程に余裕が出来た。
◆一人旅始まる◆
9月28日(火) 今日は私一人がベルリンへ向けて出発する。
彼女たちはもうしばらくプラハで遊んでから出発するという。朝から雨。風も強い。プラハについてからずっと雨が続いている。
今日からの走行に備えて自転車道が載っている10万分の1の地図を購入した。書店ではさまざまな地図が売られている。
市街地で、現在地を把握するのは結構難しい。どこにいるかが明確にわかるようになったのは25キロも走り、郊外に来てからだった。
収穫祭を開いているウンホスト(Unhost)の町で作ってくれたサンドイッチを食べる。昼食は朝のパンやハムでこしらえたサンドイッチを食べるのが習慣になっている。
森の中の道になった。森に柵がなく、自由に出入りできる。下草がないから歩きやすいだろう。
黄葉が始まっている。かごを持った、きのこ狩りの人を見かける。
家々の煙突から煙が立ち上る。ストーブを焚いているのか。畑地に来ると広い土地に区切りがない。どのように所有を区画しているのだろう。
今回、上下とも雨具を新調した。新しいモンベルのゴアパンツを今日初めて使用。前のものより薄手に出来ており、ペダリングが妨げられない。
ロウニー(Louny)に着いた。腹痛におそわれ、見つけたペンションに飛び込む。フルといわれたがレストランのトイレを借用。
次のホテルもフル。3軒目でやっと泊まれることになった。朝食付きで700チェコ・コルナ(約3200円)。今回の旅では最安だった。
夕食後、部屋でテレビを見ると、アメリカで行われている乗馬の世界大会を放映していた。種目はチーム馬場馬術。ルールがわからないが、素晴らしい人馬の動き。(走行100km)
◆ドイツへ◆
9月29日(水) 新しく広い道、緩い登りだ。モスト(Most)は大きな町だが新しい。産業のベッドタウンのようだ。外国人も見かける。
スーパーマーケットでチョコレートとスニッカーズを買った。これで、ほぼチェコ・コルナを使い果たした。
Mostを出ると化学工場を主とした工場地帯になった。しばしの自転車道を走り、リトビノフ(Litvinov)に到着。
ここからいよいよ国境への山越えになる。突然急登がはじまった。10万図で現在地を把握しながら、森の中をくねくね登る。霧雨がおちてきた。往来は少ない。
スキー場が現れた。シーズンに備えて準備する人たちがいる。
登りきったところの標高が800メートル。草原の中のゆるい下り。気温は8℃。霧の中に発電風車が回る。
午後1時45分に国境の村ムニセック(Mnisek)到着。みやげ物店とガソリンスタンドがあるだけの寂しい雰囲気だ。
国境は屋根付きの施設が建っているが無人だ。ぽつぽつ、車が通り抜けてゆく。何事も無くドイツへ入った。
ドイツに入ると途端に家が多くなった。チェコに比べて華やかに感じる。どんどん下ってザイフェン(Saiffen)に来た。木工品で有名な村でお店や宿が並んでいる。観光客が連れ立って歩いている。一軒の店に入り、木の置物を買った。
下ったサイダ(Sayda)で宿を探し、4軒目のリゾートホテルに投宿。立派過ぎるホテルで快適な一夜を過ごした。無線ランがつながる。(走行79km)
◆ドイツをのんびり走る◆
9月30日(木) 朝降っていた小雨が止んだなか、ホテルを後にする。護岸のない小川の脇をくねくね下る。標高が高いこともあり、寒くて手がかじかむ。
11時、ドイツに入って初めての大きな町フライベルグ(Freiberg)に来た。歴史を感じさせる建物が並んでいる。
書店でこれから向かうデッサウ(Dessau)までをカバーする20万図を手に入れ、ルート検討と休憩のためにカフェへ入った。地図は必要範囲以外を捨てる。
静かで平らな道を走る。川を横切るときだけ、下って登る。この時期、畑には何も生えていない。たまに、もう葉が枯れたとうもろこし畑を見るくらいだ。
ハルタ(Hartha)でホテルに投宿。(走行77km)
◆細い道をつないでライプツィヒへ◆
10月1日(金) 今日もできるだけ大きな道を避けて走る。
広々とした畑が続くところでは見通しがよいのでトイレの場所もない。集落に入ると家々の壁は柔らかい黄色やピンクに塗られ美しい。
垣根のフェンスも鉄を加工したものが多く、目を楽しませてくれる。
ライプツィヒの標識を通過した。すぐに市街地が始まる。バイクレーンがあり、安心して走れる。歩行者とも分離されている。
午後1時半にライプツィヒ到着。大都会だ。
ニコライ教会、旧市庁舎広場を歩き、トーマス教会に来た。大きなバッハの像が立っている。バッハゆかりの教会だそうだ。教会前のカフェに入る。
静かな店。ケーキ、チョコレート、コーヒーを頼んで5ユーロ(600円)なり。
ライプツィヒから一走りしたシュケウディッツのホテルに投宿した。(走行82km)
◆石だたみの道◆
10月2日(土) 今日も小さな道を走る。往来が少ないので楽しく走れる。
18km地点から石畳になった。石の中央が盛り上がっているので、とんでもなく走りにくい。路肩の地道部分を走る。
もっとも、小さな道を選んで走るからこんな石畳に出会うのだ。通る車もほとんどなかった。石畳は2キロ続いた。
今日の目的地デッサウ(Dessau)の10キロ手前から森になった。散歩に訪れる人たち。幹線道に合流したらバイクレーンがあり、安心して走れる。そのままデッサウの町に入っていった。
デッサウは1920年頃のデザイン運動で有名なところだ。インフォメーションは閉まっていたが、その建物の前にボランティアのご婦人がいて、話しを聞いてくれた。
彼女に町の案内図をもらい、書店とホテルの場所を教えてもらう。
デッサウからベルリンまでの地図を手に入れたい。ショッピングセンターの中の書店にはたくさんの地図が置いてあった。サイクリング地図も多い。
しかし、しっかり分類されていないので、欲しい地図がみつからない。思いあぐねて、店員さんに助けを求めたら、15万分の1のサイクリング用地図を発掘してくれた。ちょうどデッサウからベルリンをカバーしている。迷わず購入。
教えられたホテルへいってみる。
落ち着いた外観のnHホテルデッサウは値段は朝食付きで89ユーロ(10200円)と高いが泊まることにした。部屋はバスタブつきで完璧。
荷物だけ置いてバウハウスの見学に出かける。
まずはバウハウス本校舎へ。飾り気のないシンプルなビルディングだ。無料だ、という通路だけを歩いて外に出た。周囲にもバウハウス関連の建物が立っている。ガラスを多用し、内部の様子がよく見える。
次にかつて教授たちが住んだというマイスターハウスを見学する。
林の中にシンプルな形の白い建物が立っている。
内部には当時の設備が残されており、ほぼ100年前に今と同じ生活のための設備があったことがわかる。
マイスターハウスの周辺は住宅地になっており、すきのない洗練された住宅に目を奪われた。
走っているのは旧東ドイツ地域だが、生活は豊かに見える。チェコから入ったせいもあるだろうが。
自転車環境についていえば、走行レーンが整備され、バイクラックが町じゅうにあり、車も自転車走行を尊重する。
クラクションを鳴らされたことは一度もない。これはウイーンからここまで一貫していえることだ。(走行75km)
◆ユーロヴェロを走る◆
10月3日(日) 前日手に入れた地図は自転車道やサイクリングに適した道が見易く描かれている。
その中に「欧州自転車道」あるいは「ユーロヴェロ」の“R1”と称されるデッサウとベルリンをつないでいる自転車道を発見した。
有名な自転車道を走るまたとないチャンスだ、走ろう。日程の都合があるので、はじめの大きく迂回している区間は地域の自転車道を走ることにする。
町を出てすぐにエルベ川を渡る。大河だ。水量が多く、普段水がないと思われる河原が水に浸かっている。
「地域の自転車道」に入ったがそれらしき標識は見当たらない。静かな道だ。
途中、石畳が出てきたので脇の砂地の部分を走る。街中の石畳は趣があってよろしいが、走るところはうれしくない。結構大きなさいころ石で、磨耗により中央が高くなっていて、はなはだ走り心地が悪い。
“地図と会話する” 地図をよく読むと楽しい道が見えてくる。
現在地を知るのはもちろんだが、ルートを決めるために地図と会話する。走りながら、コンパスを見ながら、ルートや現在地を確認する。
たまに気が緩んで間違える(道を失う)こともあるが、間違えたまま走り続けることは避けたいもの。
グルボ(Grubo)という村でユーロヴェロR1に入った。
町の中を除き車道との間に緑地帯を設けたしっかりした自転車レーンが出来ている。要所要所に“R1”の小さな標識が立つ。
若い人がロードバイクで走る。
中高年は泥除け、キャリア、ダイナモライトなどが装備された自転車に乗る人が多い。かなり高齢のご婦人も楽しんでいる。
森の中の道になった。自動車道と別れ、自転車道だけが走っている。自転車の天国。鹿の群れが遊ぶ。
電動アシストバイクに乗って散歩する高齢カップルと話をする。この先の湖に宿があると教えてくれた。
そのシュヴィーロウ(Schwielow)湖に来た。フェルチ(Ferch)というところ。
湖岸は人と自転車だけが通れる小道になっている。湖岸のレストランを兼ねたホテルに投宿。
観光地であるが騒々しくない。岸辺にヨットが係留されている。(走行104km)
◆ポツダム経由ベルリン◆
10月4日(月) 8時に朝食。テーブルごとに別々に朝食が用意されている。
パン、ハム、チーズなどがたっぷりあり、昼のサンドイッチを作っても残してしまった。
PCを開くと、インタネットは見れたものの、メールは開けず。電波が弱いか。ユーロが115円と上昇している。
出発して湖畔沿いの散歩道を行く。未舗装のシングルトラックだ。そしてバイクルート“R1”に入った。
森の中の道を行く。森へ入る横道には自動車禁止の標識が立っている。森に人が捨てるゴミはない。車で進入して荒らす人も見ない。モラルが高い。
ずっと湖畔の楽しいルートを走りながら、ポツダム(Potsdam)に来た。
サンスーシー宮殿とツェツィーリエンホーフ宮殿を見学する。どちらも広い公園の中にあり、自転車が走ってよい道が点線でペイントされている。どちらの宮殿も外から見たのみ。
都会が近づいてロードに乗る若者を多く見るようになった。散歩にきちんとした服装を着こなす人が多い。
ベルリンの市街地に入った。東西に走る大通りを東へ向かう。戦勝記念塔から一帯は公園になり、それを抜けてブランデンブルグ門、ベルリンに到着だ。
ウイーンから累積957キロメートルを走った。後半ひとりになってからは1日平均82キロを走った。20インチの小径車でも意外と走れるものだ。
にぎやかな中心を避け、生活のにおいのする辺りで安そうなホテルに投宿した。(走行68km)
◆ウイーンへ戻る◆
宿の朝食はとても手の込んだものだった。半分に切ったうで卵に具を載せたもの、フランスパンに載せたもの、等々があり。「安宿」と書いて申し訳ない。
宿の女将はドイツ語しか話さないが、テーゲル空港までの道順を教えてもらう。大通りを北西に進み、空港そばで左折する。
ホテル前の小さな広場にベルリン市のレンタルバイクが8台ほど並んでいた。
電動アシスト、26×3.15のタイヤ、ハブジェネレータランプ、など、しっかりしたつくりだ。
同じホテルに泊まっていたイギリス人に写真を撮ってもらい、走り出す。
わかりやすい一本道。車のマナーよく、自転車、弱者優先。右から出る車は自転車を認めると待ってくれる、対向の左折車も無理して曲がってこない。クラクションを鳴らされたことがない。それでも、周りに注意は必要だ。
旅客機が斜め左前方から来て、すぐ上空を飛び立ってゆく。そろそろと思う頃、<テーゲル空港は左折>の標識が現れた。
空港に近づいて人に訊き聞き、エアベルリン専用のターミナルCにたどり着いた。平屋の簡素なビルだ。
入り口の外でバイクをたたむ。フォールディングバイクは早い。20分で終了。
さて、チェックイン。長い列に並ぶ。時折、出発が迫っている客が先に受け付けをさせてもらっている。乗客に連れられた小型犬を二匹みる。
自分の番になった。「パスポート」といわれる。渡してから、予約番号を見せようとすると「いらない!」という反応。
袋に詰めたバイクを「バイクか?」と問われ、それはかさばる荷物受け入れ(bulky baggage)へ持って行けといわれて終了。搭乗券を受け取る。
重量超過あるいは自転車理由の特別料金は取られなかった。これでウイーンに戻れる。
出発ロビーはゲートがずらりと並び、客は飛行機まで歩いてゆく。
50メートルほど歩いてタラップを上って機内へ。ほぼ満席。機体はB737-800、中央通路の両側に3列の席。
離陸してから機内サービスが始まる。
イヤホン(3€)を配りに来た。次に飲み物サービス。調子に乗ってワインを頼んだら5€だった。コーヒー、コーラ、水などの非アルコールは無料。
18日間、約1000キロの旅がたった1時間の飛行でウイーンに戻ってきてしまった。小雨が降っている。
前に泊まった宿に飛び込んで部屋を確保した。
yokoとJudithに出したメールの返事が届いた。向かい風や宿探しで苦労しているという。宿代は安いらしい。
中欧の旅が終わった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
■自転車道のこと
今回の旅では改めてヨーロッパの自転車道の充実ぶりを再認識した。
書店の地図コーナーに行けば、さまざまなサイクリング用の地図が並んでおり、自転車道を走れば、そのルートに付けられた番号を表示した標識が要所要所に立っている。
自転車道にはいくつか形態があり、それは自転車だけが走る専用道だったり、一般道ではあるが交通量が少なく、自転車で走ることが楽しい道だったりする。
チェコもドイツもサイクリング用の地図を眺めるとそのような自転車道が網の目に張り巡らされている。だから、大まかなコースを決めて自転車道を調べれば、必ず最適なサイクリングルートが見つかるのではないか。
自転車道ネットワークを作り上げ、整備するための労力は大変なものがあるにちがいない。
全くうらやましい環境だ。
■
エアベルリンのこと
ベルリンからウイーンへ戻るのに鉄道と飛行機の二つが考えられる。
鉄道は10時間近く掛かる。飛行機は1時間ほどだ。何とか飛行機で移動したいと考えた。
日本を出発する前にベルリン・ウイーン間の飛行機便を検索し、エアベルリン(“airberlin”で検索)の時刻表と値段をあたっておいた。
旅の途中、プラハからインタネットでエアベルリンのページにアクセスし、希望の便を選び、氏名、年齢、クレジット番号他必要事項を入力して予約した。
すぐに予約番号が発行される。航空運賃は約15000円。翌日には確認のメールが届いた。空港には予約番号とパスポートを持ってきなさい、と記されてあった。
すなわち、インターネット環境があればどこでも予約することが出来る。フライト時刻や予約番号など、必要事項をメモしておけば、印刷の必要はない。
実際、当日ベルリンの空港に行き、チェックインカウンタで提示したのはパスポートだけ。本人確認さえ出来れば予約番号も提示する必要がなかった。
エアベルリンは格安航空会社に分類される会社だという。世の便利さを実感する体験だった。
■航空券
オーストリア航空、成田ーウイーン往復、181460円、帰りのスケジュール変更可の条件。手配先:フレックスインターナショナル
数日、帰国を遅らせようとプラハからウイーンのオーストリア航空へ電話したが、チケットの条件(condition)のためウイーンでは変更できない、日本のオフィスに電話せよとの応答。
手配先(フレックス)に電話するも、空席がないということで断念した。電話代4200円なり。
■宿代とビールの値段
宿代は朝食込み。二人で泊まったときと一人のときがある。
一人のほうが2割ほど安いだろうか。ビールは宿やレストランで飲んだときの0.5リットル1杯の値段。日本円に換算。
オーストリア:宿代6400〜8500円。ビール280〜360円。
チェコ:宿代3400〜5800円。ビール110〜144円。
ドイツ:宿代6300〜10200円。ビール285〜430円。
チェコは他の2国に比べて半分ほどの値段。
<終わり>