
| イギリスから・・・・・・・(ロンドン郊外在住者) イギリスで月1回、日本人のためのミサがありロンドンであずかる事ができます。 その時の、お説教が会報としていつも送られてきます。 |
| 「イマニュエル」ロンドン・カトリック日本人会会報より(2000年秋) |
わたしたちのカトリック・ミサ ・・・・・・・聖変化の前にはパンと葡萄酒について、それが私達は、自分達が捧げる贈り物としての意味を持たせます。私達は私達自身、私たちが持っているものすべてをを捧げようと非常な努力をしているつもりでいても、神の目からご覧になればそれはまだ些細なものでしかありません。しかし、神は気持ちよく受け入れてくださり、カルワリオでの神の子のご苦難に合わせて、その奉献に限りない価値を認めて下さるのです。 私はミサから得るものがないという誤った考えは、私達がミサに参加するのは、神から何かを頂くのではなく、何かを神に捧げるためなのだという事を理解していないのです。ミサは、私達が、創造主であり、救い主である神を識る最適の方法としてわたしたちに与えられたのです。私達はキリストが最後の晩餐で「これを記念として行いなさい」とおっしゃた事によってパンと葡萄酒を使います。ミサ聖祭はこの典礼を中心に4つの部分から成っています。 まず最初は「神への語りかけ」で、これが私達がミサのいちばん最初から出席しなければならない理由です。私達は神が愛を持って私たち共にいてくださる事を認識しながら神に語りかけるのです。そして私達が思い、言葉、行いによって神の愛に応えなかった事の許しを祈ります。そして栄光唱で神を称え、共に集会の祈りへと進みます。 次に、神が聖書の言葉で私達に語りかけて下さいます。朗読者は‘This is the word of the Lord(神の言葉)’と言い、私たちは‘Thanks be to God(神に感謝)’‘Praise to you Lord Jesus Christ(主に栄光)’と答えます。しかし実際に神が目の前においでになり、特別なみ言葉を下さっているような気持ちでそれを聴いていますか?それを聴く心の準備ができぬままに、或いは今聖堂にかけ込んで来たばかりで、或いは他の遅く来た人達に邪魔されながら、そのみ言葉を聴く事ができますか?私たちは叙階された説教者が神のみ言葉を分かりやすく話す為に最善を尽くしている事を忘れてはなりません。 第3に、私達は神に捧げ物をします。この神との愛の出会いにおいて、私達は対話だけでなく、贈り物を交換するのです。前に述べたように、私達はパンと葡萄酒の捧げ物をします。これがわたしたちの贈り物なのです。しかしながらわたし達は現物を捧げる事が出来ませんので、その代わりに献金という形で行われる事を思い出してください。これも又贈り物の一つの在りかたであり、祈りのこもった方法なのです。 最後に、神の賜物です。わたしたちの捧げ物は神が御子の犠牲に合わせられて無限の価値をもつのです。私は、ミサは本質的に与えられるものでなく、与えるものだと申しましたが、ミサの素晴らしさは私達が捧げた贈り物を分け与えて下さる事です。聖体拝領はわたしたちの人生の旅路の糧としてだけでなく、キリストや他の人々との一致の為の鮮明な証しです。これがご聖体を受けてキリストと教会との一致をする事の重要な理由なのです。 ミサの終わりに私達は‘父と子と聖霊との名において’祝福され送り出されます。‘Go in peace to love and serve the Lord(行きましょう。神の平和の内に)’の言葉によって遣わされるのです。私達はミサに出席する事の大切さを証明すべきです。私達はミサ聖祭に生きるよう求められています。 |
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