初転法輪を詳しく見てみる


1.初転法輪の記述がある経典について

(1) 初転法輪の記述がある主な経典

 ゴータマ・ブッダの最初の説法である初転法輪は、ベナレス郊外のサールナートにある鹿の園(鹿野苑 Migadaya)で、かつての苦行仲間であった五人の比丘を相手になされたと伝承されているという。初転法輪についての伝承を、私はこのサイトの「仏教の開祖 ゴータマ・ブッダ略伝」で中村元氏と宮元啓一氏の両氏の翻訳を並列して引用し、参照させてもらいました。翻訳の対象になった経典は、パーリ律のマハーヴァッガにある仏伝です。
 しかし、初転法輪に関する記述のある経典は、パーリ律のマハーヴァッガだけではないようです。
 そこで、手近にある「ゴータマ・ブッダ 釈尊の生涯」(中村元著 春秋社)の中に、初転法輪の記述のある経典としてあげられている経典名(中村氏の註にあげられている)を以下に書き出しておきます。

 1、マッジマ・ニカーヤ(MN)vol1、pp171f
     同書 No.26ariyapariyesanasutta(聖求経)、volT、pp173〜175
 2、VinayaV、Mahavaga1、Mahakkhandhaka6(volT、pp9〜10)
     同書、Mahavagga1、7〜8
     同書、Mahavagga1、6、17f.volT、pp10f
 3、四分律第32巻、受戒ケン度、2(大正蔵、22巻786〜789ページ)
 4、五分律第十五巻(大正蔵、二十二巻104〜105ページ)
 5、サンスクリット文「四衆経」11・17(S.142)
 6、「有部律破僧事」第六巻(大正蔵、24巻128〜129ページ)
 7、スッタニ・パータ 355
 8、「中阿含経」第五十六巻「羅摩経」(大正蔵、一巻777〜778)
     同書   同巻  (204)(大正蔵、11巻、777ページ以下)
 9、サンユッタ・ニカーヤ(SN) ]]U、59、V、p66〜68.X
     同書        X、p420f
     同書        ]]]X、114Marapasa 1;2(volWpp91〜93)
     同書        LY、24(vol、X、p433)
     同書     (SN)56、U、vol.X、pp420〜424(転法輪経)
 10、「雑阿含経」第九巻(244)(大正蔵二巻53ページ上―下)
     同書 第十五巻(大正蔵二巻104ページ中)
     同書 第十五巻(379経)(大正蔵、二巻103〜104)
     同書 第二巻(34)(大正蔵、2巻7〜8ページ)
 11、「転法輪経」(大正蔵、二巻503ページ中〜下)
 12、「増壹阿含経」第十四、高幢品(大正蔵、二巻618〜619)
 13、「三転法輪経」(大正蔵二巻504ページ)
 14、「仏本行集経」第33〜34巻、転妙法輪品第37(大正蔵三巻605〜616ページ)
 15、「普曜経」第七巻、梵天勧助説法品第23(大正蔵、3巻528〜530ページ)
 16、「過去現在因果経」(大正蔵、3巻644〜645ページ)
 17、「五蘊皆空経」(大正蔵、二巻499ページ)
 18、「方広大荘厳経」(大正蔵、三巻607〜608ページ)
 19、「摩訶僧祗律」第二十三巻(大正蔵、22巻412ページ)

 これだけ多くの経に初転法輪についての記述があるそうです。中村元氏の「ゴータマ・ブッダ 釈尊の生涯」には、上記の経典についてなんらかの説明があります。


(2) 各経典の初転法輪について記述の読み方

 次に確認しておきたいことは、例えば、パーリ律マハーヴァッガに記述されているゴータマ・ブッダの最初の説法の内容は、ほぼ、その通りに初転法輪でなされたと考えて読んでいっていいのかどうかという問題です。
 これについては、私が勉強した限りでは、中村氏の「ゴータマ・ブッダ 釈尊の生涯」と宮元氏の「ブッダが考えたこと これが最初の仏教だ」「仏教かく始まりき パーリ仏典『大品』を読む」では、基本的な考え方が違います。
 そこで、以下に経典の読解や解釈についての基本的な姿勢の違いを、引用をまじえて取り上げ、今後の私の勉強の参考にさせていただきます。
 お二人の考え方や経典の読み方の違いを私は以下のように理解しています。。

(1) 中村氏の読み方

  マハーヴァッガの初転法輪の記述内容は、ゴータマ・ブッダが初転法輪やその後の布教活動の中で説いた教えを発展させたり総合したりしたものであるという読み方です。その理由は、アーガマに記述されているゴータマ・ブッダの教えはすべて同じではなく、最初期の部分(アーガマの中でも成立の古いものとされている経典)には、はっきりとした四聖諦のような形が見出せないからであるという。中道や八正道、四聖諦について中村氏はこう言います。

 『右の中部経典(マッジマ・ニカーヤ)[の](聖求経)の記述は恐らく最も古いかたちで、最初の説法の内容の片鱗を伝えていると考えられるが、右の経典の相当漢訳にはベナレスでの五人の修行者に中道を説いたとされている。
 「まさに知るべし。二辺の行あり。諸の道をなす者の当マサに学ぶべからざるところなり。一にいわく、欲楽・下賎の業凡人の所行に著ジャクす。二にいわく、自ら煩ひ、自ら苦しむ。賢聖が法を求むるに非ず。義と相応すること無し。五(人)の比丘よ。この二辺を捨てて中道を取ることあらば、明を成じ、智を成じ、定を成就して自在を得。智に趣き、覚に趣き、涅槃に趣くは、すなわち八正道なり。正見乃至正定なり。これすなわち八となす。」
この説は右の経典(聖求経のこと)のパーリ文の中には見あたらないから、のちに加わったのであろう。
 ここでは中道と八正道の名称は挙げられているが、四種の真理(四諦)の説は挙げられていない。だからパーリ文「アリヤ・パリエーサナ(聖求)経(マッジマ・ニカーヤ)」がつくられたときには、中道も八正道もまだまとめられていなかったか、少なくとも重要視されていなかった。相当漢訳(中阿含経第五十六経羅摩経)の原本がつくられたときに、漸く中道と八正道とがベナレス・サールナートの説法と結び付けられて考えられていたが、しかし四種の真理の説は編纂者の念頭になかった。サールナートの説法と四種の真理とが結び付けられて考えられたのは、かなり後世のことであるといわねばならない。詩句(ガーター)の中にもサールナートの説法と四種の真理・八正道・中道と結びつけたものは一つも存在しない。』

(2) 宮元氏の読み方

  中村氏に対して、宮元氏の基本的なスタンスは、マハーヴァッガやアーガマの読み方としては、まず、マハーヴァッガやアーガマのすべてを、ゴータマ・ブッダの言葉に非常に近いものとして受け容れて読んでゆき、その作業の中から、ゴータマ・ブッダの教えを読み取るというものらしい。中村氏の四聖諦や中道、八正道、十二支縁起についての解釈に対して、宮元氏は以下のように述べている。

 『ゴータマ・ブッダの真理の核心は、苦である輪廻的な生存を引き起こす究極の原因は根本的な生存欲であり、それを滅ぼすものは智慧であり、そのためには、輪廻的な生存にまつわるあらゆる経験的な事実が構成している因果関係の鎖を徹底的に観察、考察しなければならない、というものである。・・・。これこそゴータマ・ブッダがはじめて発見したものであり、ここにこそ、ゴータマ・ブッダの本当の独創性がある。仏教はこの独創性を根拠にして開かれたものである。この独創性をじかに表現したものが十二因縁観と四聖諦説であり、それに教育的な配慮が加わって出来上がったのが、戒定慧の三学という仏教独自の修行体系である。そして、この独創性を補完するものが無常観であり、その無常観をさらに補完するものが非我観である。』(「ブッダが考えたこと これが最初の仏教だ」p61〜62)
また、
 『(宮元氏は、従来の仏教文献学のいう、@複数の文献に共通する部分は成立が古い、A韻文は成立が古く、散文は成立が新しい、その根拠として、韻文にはゴータマ・ブッダ時代の古い言語の名残が見られるが、散文にはそういう痕跡がみられない、というような考え方を批判してから)このように、私たちは、宇井博士、中村博士が採用した仏教文献学の常識を覆し、一部を除くほとんどすべてのパーリ仏典に見られるゴータマ・ブッダのことばを、語形の新古に関わらずまず真説だとして受容し、それらの間の整合性を追及していけばよいのです。そうすれば、ゴータマ・ブッダが天才的な哲学者であったことを基盤として仏教の教義が成立・発展していったさまを、その豊かな内容とともに明晰に知るに至るでしょう。」(「仏教かく始まりき パーリ仏典『大品』を読む」)

 私としては、お二人の考え方を以下のように自分なりに解釈して、勉強を進めていく上での指針にしたいと思います。入門書を読んだ限りなのですが、ヴェーダ・ブラーフマナ・ウパニシャッドについてみれば、どうやら、最初に出現した詩句(讃歌)がそのまま伝承されたのではなく、時代がくだるに従い変容してきたらしいと見ることができます。思想は、何世紀もの間全く変わらず少しも変容を受けずに伝承され、そのまま受け容れられるということは無いのではないかと思います。
 アーガマも同じなのではないかと思うのです。ゴータマ・ブッダの説いた教えは、同時代の弟子たちによってインドの各地に伝えられ(伝来---アーガマの原意)、さらに、ゴータマ・ブッダの滅後、各地に散らばった弟子やその弟子たちによって代々受け継がれ、さらに各地に伝えられていった(スリランカや東南アジア諸国へ、あるいは、北西インドから中国、日本へと)。伝来したアーガマはそれぞれの地域の仏教教団の手で伝承されつつ、必要に応じて変容がなされていった。
 パーリ律マハーヴァッガの記述も、ゴータマ・ブッダの言動をそのまま記述し、伝承してきたとは考えず、アーガマ同様に、時代の要請に応じた変容があったという観点に立って読んでいきたいと思います。
 ただ、ゴータマ・ブッダという天才が確かに存在していて、アーガマのもととなる教えを説いていたとしたなら、現在のアーガマやパーリ律マハーヴァッガの中に必ずゴータマ・ブッダの教えがあるはずです。確実にそれを読みとることは難しいでしょうが、アーガマやパーリ律マハーヴァッガの記述の中から、少しでもゴータマ・ブッダの教えに近いものを見出せればよいと希望を持って読んでいきたいと思います。
 そのような教えが、現在の私にとって必要なものであれば最も良いと思います。
初転法輪を詳しく見てみる(本文)  目次
初転法輪を詳しく見てみる  資料編  目次
1.初転法輪の記述がある経典について
2.初転法輪でゴータマ・ブッダが説いたこととは?
3.中道と八支の道(八正道or八聖道)
4.八支の道
5.四聖諦
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