道の駅は1993年2月に登録制度が創設され、その第1回登録(1993年4月22日付)103駅が道の駅第1号というのが公式的見解と思われます。しかし、道の駅によっては、自らを発祥の地と大いにアピールするところもあります。ここではそんな状況を整理してみました。
   
道の駅の発案のもとは「中国・地域づくり交流会」(http://www.c-haus.or.jp/)の広島で行った1990年1月27、28日の交流会(合宿)での山口県阿東町にある船方牧場の坂本社長の発言からはじまったと言われています。「鉄道に駅があるように、道路に駅があってもよいではないか」という発言はあまりにも有名です。

「中国・地域づくり交流会」のホームページ

 
その流れで言うと、島根県の「掛合の里」(現在は道の駅。当時はドライブインとして営業。オープンは1990年3月)は、「中国・地域づくり交流会」で先進事例として1991年7月6日に見学会が行われており、今の道の駅の原型がここにあると言われています。
道の駅「掛合の里」(島根県)
 
そして、この見学会の後1991年10月10日から1ヶ月間、最初の道の駅の実験が行われます。場所は山口県の阿武町と田万川町、そして中部地方の1市5町2村(荘川村など岐阜県2ヶ所含む)だったようです。その後1992年3月に関東でも実験(栃木県を含む)を実施。そして1992年7月1日から今度は2ヶ月間山口県周辺(島根県益田市も参加した)、岐阜県、栃木県で第2回の実験が行われたようです。
道の駅「ゆとりパークたまがわ」(山口県)にある道の駅実験記念プレート
 
山口県の道の駅「阿武町」には当時の新聞や町報の記事、「ゆとりパークたまがわ」には道の駅実験の記念プレートや歴史年表が掲示されており大いに参考になります。田万川町は今の道の駅の位置より300mほど益田市寄りにプレハブを建てて実験を始め、阿武町はふるさと創生基金で掘り当てた温泉の地に道の駅をつくったそうです。阿武町は第1回登録されるまでの経緯がよくわかる展示を「発祥交流館」という建物で紹介しています。
道の駅「阿武町」(山口県)にある発祥交流館
 
最初に本格的な道の駅として稼動したのは1992年4月17日にオープンした、鳥取県の「大栄」のようです。でも、当時の記事によると建設省関係者もオープニング式典に参加しており、一応公認の「道の駅」だったことがうかがえます。「道の駅発祥の地」という表現ならば、上記の実験時代の施設こそふさわしいでしょうが、あえて、オンリーワンの「道の駅第1号」の称号与えるならここではないかと思います。
道の駅「大栄」(鳥取県)にある記念碑
 
「道の駅の発祥」で言えば、高速道路のパーキングエリアと同じような道路情報を提供する一般道のパーキングエリアとして当時の建設省が作った施設を発祥とも言えます。新潟県の「豊栄」は「豊栄パーキングエリア」として1988年11月10日に出来た施設のようで、これを発祥の地とする説もあります。
道の駅「豊栄」(新潟県)にある記念碑
 
地方ごとに第1号(近畿第1号兵庫県「はが」など)と称する道の駅もあります。(余談だが、近畿には「はが」より以前にオープンした「さんなん仁王」という非公認の道の駅が第1号という説もある)
道の駅「はが」(兵庫県)の建物には「近畿道の駅第1号」と書いた看板が掲示してある  
   
「道の駅発祥の地」と「道の駅第1号」にはこのように色々な場所が名乗りをあげていますので、ある道の駅で「発祥の地」の記念碑などがあっても油断してはなりません(笑)。とは言え、どこも発祥の地には間違いないのだから、仲良くお互い連携して発展していくなんてのも面白いのでは?と思います。うまくいけばプロジェクトXにさえなりそうな気もしますもんね。