上田&松代/日本の伝統的街並み

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Camera : Canon EOS10D   Lens : Canon 17-40mmL      


■ 上田(長野県)/旧北国街道の町並み ■

 信州上田は武田信玄の家臣「真田幸隆」の子「昌幸」が天正11年(1583)に築城した城下町です。

真田氏による上田の統治は40年間と短く、その後、真田家は国替えで松代の城主となります。

本格的な城下町は真田氏の後を継いだ仙石氏の時代に形成されたと言われています。

当時の面影を残す武家屋敷は残っていませんが、城の東(旧柳町)を南北に通る「旧北国街道」には

造り酒屋や味噌醸造などの商家が今も健在で、趣のある町並みが形成されています。

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旧北国街道の町並み

300年以上続く造り酒屋「岡崎酒造」

武田味噌の醸造元

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 旧北国街道(旧柳町)の町並み

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町並みの裏を流れる蛭沢川

旧北国街道の町並み(蛭沢川にかかる橋)

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旧北国街道(旧柳町)の町並み


■ 松代(長野県)/城下町に残る旧武家屋敷 ■

松代は武田信玄が上杉謙信と戦うための重要拠点として海津城(初代城代:高坂弾正)を築いた場所ですが

その後、松代城と名を改め真田氏が10代に渡って城主を務めた真田10万石の城下町です。

ここ松代には重要文化財の旧横田家をはじめ、いくつかの武家屋敷や土塀が残っており

当時の武家の暮らしぶりをうかがい知ることが出来ます。

また、8000人以上の戦死者を出したと言われる第4次川中島の戦いで没した武田軍の軍師「山本勘助」と

信玄の実弟「典厩信繁(てんきゅうのぶしげ)」の墓や海津城で病死した武田の重臣「高坂弾正」の墓所などがあります。

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竹山町の町並み

旧白井家 表門

文武学校

佐久間象山の茶室「煙雨亭」

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旧横田家 表門より

横田家主屋 泉水を配した庭より

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 横田家は松代藩の中級武士、また富岡日記の著者「和田英」の生家です / 国・重要文化財 

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山寺常山邸 表門(江戸末期)

山寺常山邸 池越しに見た書院(大正末期)


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