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ササミキ
山に続く道を車で行くと、小さな橋がある。沢の橋であ
る。そこが入り口であることは、あまり知られていないよ
うだ。そこは魚たちの道だから、人間が線路を歩くよう
なものかもしれない。
その入口を通ることに、「冒す」という咎めだてはない
ものかと後ろ振り向くが、誰もいなかった。釣り人は
免罪符を持っているのかというと、そういう訳ではなか
ろう。私は遅れてヨロヨロと後を追う。
岩も石ころも、どこまでも私を拒む。寄せ付けるものか
という意志で流れは速く、深くなってくる。水は岩を、
時には舐めまわし、摩り、宥めて調教し、ある関係を造
って私に迫る。例えば苔や飛沫。渓が深まる程この関係
は暗く冷んやりと濃くなる。そうして徐々に敵の血管を
末端から収縮させて、顔色を青ざめさせる。
いきなり平手打ちをくらって、のけ反るような煽りに、
はっと見上げる。稲妻ではなかったか。やはり水は怒っ
ていた。水は猛り狂って岩を叩きつけていた。その時の
私の眼は、おそらく獣の眼をしていた。以前ここに水を
飲みにきた獣の気配、一瞬眼を合わせてしまったあの眼
に出会う。
山は褶曲して抉られ、グラデーションのある縞模様が、
まるで巨大な練り上げ技法の焼物のようで、やさしくそ
の水を濾し、忘れさせている。それは巨大な杯に注が
れ、膳として私の前に置かれた美酒のようでもあった。
「この滝はたかまくぞ」
滝は登れないから遡行を断念するのではない。滝の横を
回り込んで登るということだ。山に登って滝の上の渓に
下りる。とても考えが及ばない形で大木が根を張って、斜
面を掴み、枝を伸ばしている。私には滝の噴き出しが、
完全に空からしか見えなかった。
シャッターは何回か切った。しかし私が見たものはどこ
にも写っていなかった。

ササミキ大滝下で
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SINCE 2004年1月26日 BY SYUICHI TANABE