私だけの古代史第二部・エジプト編



   第6章 ヨセフ一族の名前の真相



   1.ヨセフのエジプト名


 聖書によれば、ヨセフにはファラオの呼んだエジプト名がある。それはザフナテ・パネアと言うが、ヘブライ語読みではツァフェナト・パネアとなっている。オン(ヘリオポリス)の祭司ポテペラの娘アセナテを妻とした。先生は、この名前に注目したのである。


「ヨセフの名前には、実は隠された意味があります。それは説明すると長くなるので後述することにします。また、現在の作業に必要なのはエジプトのファラオが呼んだ別名の方です。ここにヨセフの実像を炙り出す手がかりを求めることになります。

 まず注目するのは、ヨセフのエジプト名ザフナテ・パネアと、奥さんのアセナテの名前が似ているということです」

「そう言えば、両方にナテが入ってますね」私は指摘されるまで気が付かなかった。

「僕は文法は苦手なのですが、ナテの前のフとセは性別による人称代名詞のようなものとすれば、三文字まで一致と考えられるのです」

「人称代名詞というのは、彼とか彼女とか言うようなものですか?」

「そんな感じでしょう。すると、ザフナテの最初の文字ザが問題となりますが、これは頭を意味するで説明が付きます。ナテの部分は、力強さを意味するで、読みはnht。アカデミズムはネケトと読んでいますが、僕はナハテと読み、H音が抜けたナテになったと考えています。ここまではと書いて、頭領・この力強き勇者という意味になります。パネアの方ですが、と書いてpa.anh。は〜した男などのように男性を表し、はアンクではなくアナホに近い発音(ヘブライ読みではhが消えることがある)で命を表すから、命に満ち溢れた男になるのかな。全体では、頭領・この命に満ちた力強き勇者」

「宰相のヨセフにふさわしい名前ですね」私はエジプト王に少しばかり感心した。

「さて、ヘブライ語のヤはエジプト語ではジャやザになります。従って、エジプト王は、ヨセフの父親の頭文字を取ってヨセフのエジプト名の頭文字としたことになります」

「そうかー、ヨセフのフと、ヤコブのヤのエジプト音の合成ですね」瞳が説明を加えた。

 なるほど、そうなのか。私は、エジプト王にさっきの倍だけ感心することにした。ところが先生は、ここで飛んでもないことを言い出した。

「ところで、このヨセフのエジプト名が日本の国際名になっているのです。分かりますか?ヒントはエジプト王の名前の付け方です」


 私と瞳は顔を見合わせて考えた。でもパネアでは半分も説明が付かない。先生は、先ほどのエジプト王の命名の仕方を参考にしろと言う。それは、父親から一字をもらうというものであった。すると、ヤコブから一字をもらうと、ヤパネアとなる。それで、YはJに転訛(てんか)するからジャパネアだ。

「先生、分かりました。ヤコブのヤと、パネアのパネを併せて、ヤパネとなります。YはJに転訛しますからジャパネがジャパンとなります」

「はい、正解です。でも、ローマ字でYaとPaneaと書いた方が発見しやすかったでしょうね」

「それにしても、蔑称と思われていたジャパンが誇るべき名前になりました。エジプト王の名前の付け方がもたらした功績ですね」私は、エジプト王が尊敬できるように思えた。

「このように、ヨセフの名前は日本人にとって切り離せないものになっていたのです。でも本当は、外来語としてではなく、すでに日本語の中に溶け込んでいるのです。例えば、パのヒエログリフは飛んでいるアヒルなのですが、ここから羽を広げるときの形容詞にパッが使われるのです。それから、見映えのいい事をパッとすると言いますが、このヨセフの姿が語源でしょうね」

「あっ、分かりました!パネアのようにカッコイイが縮まった!」瞳はこういう話題には反応が早い。

「すると、立派のパもヨセフのような輝きを表す言葉となりますね。逆に、飛んでもないは、ヨセフとは正反対の行動や考えをする人の形容詞となります。それで、ヨセフを象徴するアヒルにはヴァリエーションがあり、飛ぶ姿勢から止まる姿勢への動きを表すものもあります。これは決定詞で読まないみたいですが、これを用いた文字に注目すべきものがあります。それはと書かれるもので、一般にはjafawあるいはzafawと読まれています。ところが、この文字の構成は最初の二文字はザフナテと同じです」

「そう言えば、両方とも蛇と角の付いた蛇ですね」

「また、この文字の意味は食料なので、ヨセフが倉庫に備蓄した7年の豊作の食料から来た言葉と思われるのです」

「最初の蛇でイスラエルを暗示し、最後の止まるアヒルでヨセフを暗示する訳ですね」

「そう、ですから、ヨセフの物語は信憑性が高いのです。ここから、この二つ目のアヒルは止まるところではなくて、ヨセフが認められて世に飛び立つ姿の象徴と考えられるのです」

「なるほど」

「次に、ヨセフに対してのアセナテですが、人称代名詞としてのセの字は末尾に来る決まりなので、ヨセフと同じ解釈はできないのです。見かけは三文字まで一緒でも、実はこれが落し穴になる。実際は、アセナテのナテが女性形の所有形容詞となり、〜のという意味に取れるから、アセをイシスを表すと考えると、全体ではイシスのとなり神官の娘にふさわしい名前となります」

「納得です」

「また、アセナテのお父さんであるオンの祭司ポテペラですが、ポテまたはポティは星の語源で小さいことを表す言葉なのです。だから、犬の名前のポチは、星型の斑点を持つ犬に付けられるべきものなのです。これが、英語ではポイントとかポインターの語源になります。エジプトでのヨセフの最初の主人はポテパルですが、これは大きな家を意味するファラオ(パルオー)とは反対の小さな家を指す言葉になります。だから、誰か個人を特定する名称ではないのです」

「すると、ポテペラも特定できない人ということになりますね」

「その通り。でも、ポテペラは口数の少ない寡黙な人と考えられます」

「先生、聖書には何にも書いてないですよ。どうしてですかー?」瞳が質問した。

「それは、ペラが瞳ちゃんのようにペラペラと話すの語源と考えられるからだよー」

「あっ、ひどい!先生の今日の晩ご飯、おかず梅干し一個!」

「梅干しも一応はホシだから、これもポテだね。でも、ボテッとしたと表現すると太った人、ポテッとしたと表現すると小太りの人を連想するから、ポテには少ないという意味もあると思う。だからポテ・ペラで口数の少ない人となります。瞳ちゃん分かりましたか」

「はーい、分かりました。じゃ、晩ご飯にポテトを付けてあげます」

「ありがとう。では、先を続けると、旧約聖書の出エジプト以前ではエジプト王などが特定できないように書いていますね。ですが、後の時代にはエジプト王ソなどと書くようになります。ここから、王の名前は意図的に削られ、時代が何時の頃か分からなくなるように書かれてあると結論付けることができるのです」

「それは、封印のためですか?」私は直感的に質問していた。

「多分。すると、酒船石と同じように、封印されているもの自体に謎解きのヒントが仕組まれている可能性が出てきます」


 先生はこのように語ると、さらにヨセフの実名について解き明かしを行った。そこには、驚くべき意味が隠されていた。



   2.ヨセフの名前の真相


「ではこの辺で、ヨセフの実名について考察してみましょう。まず、ヨセフの名前から神を意味する接頭語のyoを取ると、ラテン語で7を意味するsepになります。sepは7番目の月を意味するseptember(9月)の語源です。英語ではsevenにも変化してますね。実は、ヨセフはヤコブの子供の中では11番目ですが、嫡子の権利では7番目になるのです。姉のレアが6人の子供を産んだからです。従って、septemberの語源もヨセフの7番目からと考えられるし、それにはもう一つの根拠もあります。それは、分離を意味するseparateや、隔膜のseptumに代表されるように、sepには分けるとか切り離すとかの意味が見えるからです。7月は1年を半分に分ける月だし、ヨセフの息子エフライム族が、後に10部族を率いてイスラエルから分離しました。Sephardyと書くスペイン・ポルトガル系のユダヤ人セファルディは、ここからヨセフの子孫、あるいはイスラエルの分かれた民を意味するのではないか。それとも、スペインの国名そのものがヨセフにちなんだものなのか?これは、研究材料ですね」

「先生、ラテン語もヘブライ語の影響を受けているのですか?」

「それは、ノアの子供たちに共通した言葉なのか、あるいは言葉が分化する前のものか、様々なケースが考えられます。聖書がラテン語に与えた影響の大きさによっても変わってきますから、一概には結論を導くことはできません。でも僕は、ヨセフが世界に与えた影響は非常に大きかったのではないかと最近は考えています」先生はそう言って、話を続けた。

「ヨセフが判じた王の夢も、7年の大豊作と7年の大飢饉でした。ここからも、ヨセフの名前の意味が数字の7に関するものであるのは疑いようがありません。問題は、そこに何か大きな謎や秘密が暗示されているということです。ヨセフの名前が“神は7で分けられた”ならば、ヨハネの黙示録に出てくる7つのラッパが連想されますが、実のところ、今の僕にはそこまでしか分かりません。ノストラダムスの1999の年の第7の月も、7月ではなく、旧暦の8月でもなく、9月かもしれません。1999のほうも、単純に1999年とは考えられないのです。僕は、19と99に分けて考えたりしていますが…」

「それは、7倍罰に関係したものですか?」私は、ヨセフの7から直感的に7倍罰を思い出していた。そうすると、99は足すと18になり、19と合わせて37となる。またしても37が出てきた。でも、先生はそれ以上は何も話さない。先生にしても、何か大きなものを掴みきれていないのだろう。



   3.ヨセフの時代の特徴


「では、ヨセフについて整理しておきましょう。まず、エジプト名のザフナテ・パネアの意味が分かりました。これにより、聖書の記述が作り話ではないことが証明されました。作り話なら、エジプト語では出鱈目(でたらめ)になるでしょうから。次に、ヨセフの孫娘セラがテーベにハトホル神殿を建てていることから、ヨセフと一族の経済力が突出していたことが分かります。王の金でエジプトのための施設を建てたのなら、聖書では無視されたでしょうから。また、テーベそのものが、イスラエルの自治区でなくては建設もできなかったでしょう。ということは、ゴセンに住んだ兄達とは別に、ヨセフ一族はテーベを拠点とした貴族のような立場にあった事が考えられます。なぜならば、ヨセフの息子エフライムが宰相イムヘテプと同一人物である可能性が高く、二代続けての宰相の地位がもたらすものは、経済的にも社会的にも非常に大きなものと想像できるからです」

「ということは、聖書の奴隷という記述とは全く異なる境遇であったという訳ですね」

「奴隷に貶められたのは、出エジプトも近い第18王朝の出来事ではないかと思います。この当時のイスラエルの人口は、おおよそ180万人規模と考えられますから、エジプト全土に分散して生活していたと考えられます。一ヶ所では政令指定都市並みの人口密度になったでしょう。そうなると、一つの民というよりは一つの国として都市国家が出来上がる訳で、それはエジプトの王には都合が悪かったと思います。分散しているから支配できるのですから」


 このような説明を聞きながら、私は前々から気になっていた事を質問した。

「先生、ヒクソスとの関係はどのように考えられますか?」

「ヒクソスというのは、白人を含めた雑多な人種構成と考えられているように、民族としてではなく、ある共同体という形で成立したものです。彼らがエジプトに侵入し、下エジプトを拠点とした国家を成立させたと考えられていますが、いきなり侵入したのではないと思います。最初は、イスラエルの民の結婚相手などとして求められたのではないでしょうか。出エジプトのときの人口180万人から考えても、イスラエルの最初の構成員80人だけではなく、多くの人がエジプトへ移入したと見るべきなのです」

「すると、ヒクソスというのは侵略者ではなく、ヨセフの晩年、あるいはエフライムの時代に移入させたアジア系の人という事になりますか?」

「ヒクソスの残したものは、ほとんど知られていません。ラムセス2世が、ヒクソスの首都アヴァリス建設400年事業としてラムセスの町を建設します。どうしてこんな事をしたのでしょう?もしかしたら、ラムセス2世一族はヒクソスの出自かもしれません。いずれにしても、ここからヒクソスの実在と年代が特定されているのです。

 また、ヒクソスというのは渦巻きをシンボルにしていました。これは、縄文の意匠に近いものです。ここから、縄文の民とヒクソスの民は同根と考えることが可能なのです。もちろん、ヒクソスそのままではなく、一旦はエジプトのイスラエルと混血し、後の時代のどこかで日本にやって来た民として。これについては証拠があります」


 先生はそう語ると、ヒクソスの王名から興味深いものを書き出した。その名前は、ヤコブヘル、ヤコブアアム、第15と16王朝の王である。

「さて、ヤコブという名前は今でこそ一般的な名前となっています。けれど、元々の意味が神の踵ですから変な名前だったのです。こんな変な名前が一般的になるには、たった一つの理由しか考えられません。それは、ヤコブという名前が、子孫が付けたがる有り難い名前となったということです」

「じゃ、ヒクソスはヤコブの子孫というわけですか?」

「ヒクソスとの婚姻関係で、ヤコブの名前がヒクソスに移入されたのです。これにより、ヒクソスが縄文人のルーツでありながら、縄文の尺度に神聖キュビトが用いられている理由となるのです。そして、ヒクソス撤退後に残されたイスラエルの人々がエジプト全土に広まった頃、政権を奪い返したエジプトの支配下に入るのです。このようなヒクソスだからこそ、マネトーはイスラエルとヒクソスを混同してしまったのです」

 ヒクソス王朝は、いわゆる第2中間期と呼ばれる、第13から第17王朝の中の、第15王朝の支配者である。第17王朝はテーベを支配した15人ほどの王とされ、ヒクソスと同時代の並立王朝である。ヒクソスの王朝は前1600年代半ばからの、わずか110年の6代でしかない。この時代、ヨセフの孫娘セラも亡くなっている。エジプトの主要な人々はテーベに避難して、後にヒクソスを追い出すことになる。テーベに避難したのは、ヨセフの自治区があったからではないか。だからこそ、ヒクソス支配のときも、イスラエルの人々は好機到来とばかりにエジプトから出ることを企まなかった。すると、テーベにこそ謎解きの鍵が隠されていることになる。先生は、テーベとヨセフの関係、あるいはヨセフが関わったエジプト文化について、またしても新たな提起を行なった。



   4.セラのハチマキ


「今まで見て来たように、ヨセフとその時代を明確に示すものはありません。だからこそ、アカデミズムはイスラエルを過小評価し、エジプトの小さな存在という位置付けしか出きなかったのです。しかし、セラがセラピストのルーツとなったように、イスラエルはエジプトで大きな存在だったのです。その証拠がハトホルの図像にあったのですが、石井さんは気が付きましたか?」

 私は、ハトホルの図像を何遍も見たけれど、セラがモデルという以外に何も発見できなかった。それで先生にヒントをもらうことにした。先生は、たった一言「昔の運動会」とだけ言った。それで私と瞳は、昔の運動会の必須アイテムを数え出した。お弁当に、おやつに、テントに、運動着に、ハチマキ…

「先生、ハトホルはハチマキをしていました!」私と瞳は、同時に答えていた。

  

「正解!ハチマキは日本人にとって特別なものですからね。戦時中の特攻ではないけれど、命がけの場面では必ずハチマキをしてきました。今でも、ストライキやデモ行進でする人がいるし、日本贔屓(ビイキ)の外人は喜んでハチマキをするね。イチローや松井がメジャーに行ったおかげで、日本も正しく認識される下地は形成されつつあるから、日本人こそ本当の日本を再認識しておかねば、世界に対して恥ずかしい思いをするかもしれない。そういう時代に、ヨセフについての新たな認識が要求されるのは、時代がエフライムの時代を迎えるからなんだと思います」

「でも、ハトホルはなぜハチマキをしているんですか?」

「それは、ハトホルのモデルがセラだったことに理由があるのかもしれません。セラは、白人の血が25%と考えられますが、育った環境は母型のイスラエルの方なのです。そこで、イスラエルというかセム系の女性としてのスピリッツを叩き込まれた可能性があります。昔の女性は教育が厳しかったですからね。その中にあって、セラは宰相の娘としても活動をしなくてはなりません。公人としても必要とされたのだと思います。これは推測ですが、セラが関わったことは、セラの名前が付けられました」

「ウゼンセラですか?」

「それとは別に、セール(sale)とか競(せ)るとかの言葉としてです。両方とも、売買に関した言葉ですが、セラが市場原理をエジプトにもたらした可能性はあります」

「女性はシビアですからね」瞳が言った。なるほど、そうかもしれない。

「さて、セラがハチマキをしたのは、公人として、イシスやハトホルの象徴を実際に身に付けて登場したことに理由があると考えられます。すなわち、何らかの儀式や祝いの場の寸劇で、女神の役をセラがやったのです。その時に、頭に乗っけるシンボルが落ちないように、イスラエル伝統のハチマキをしたのではないでしょうか。それも、紅白の柄のハチマキで」

「そう言えば、イシスは紅白で、ハトホルは白でした」

「ハトホルが白なのは、ハトホルが上エジプトのテーベ出身だから、上エジプトのシンボルカラーを用いたからです。イシスの紅白は、上下エジプト共通の神だからでしょう」

「では、イシスでハチマキをしていない図はっと…?」瞳が必死に理由を考えている。そして、自力で結論を導き出した。

「先生、イシスの図像でハチマキをしていないのは、イスラエルとは別の人が画いたからです。図像に込められた奥義を理解できなくて…」

「はい、その通りかもしれませんね。イスラエルが脱出した後では、形式は模倣は出来ても奥義は継承できませんからね。それで、どうしてハチマキと言うのかを考えると、結び目が八の字になるからハチマキと呼ばれた可能性が出てきます。八はヤハウェを象徴しますからね。また、エジプト語のマキは守るですから、ヤハウェに守られていることになります」

「じゃ、八回巻くからハチマキではなかった…」

「そう、セラとハチマキの関係は面白いですけど、セラが関わっている名前は他にもあると思います。それはハトです」

「ハトって、鳩のハトですか?」私は聞き返した。瞳は、また先生の駄洒落と思って本気にしなかった。ハトホルとハトとは見え透いている。そこで先生は身から出た錆(さび)を落とすために、説得力を発揮する必要に迫られた。



   5.伊勢の名前の真相


「えーと、セラがハトホルで、それが鳥の鳩の名前になったことは説明が可能です。またそれには、ヤコブとヨセフが関わっています。石井さんサーヒル島を思い出してください」

「はい…」私は笑いをこらえながら返事をした。

「サーヒル島は、ジェセルが関わっていましたが、ジェセルとヨセフが同一ならば、ヨセフに関係した場所となります」

「はい」

「それで、サーヒル島には伝説があり、地元のクヌム神官とイシス神官が、七年の飢饉をクヌムが収束させた功績で、同じ土地をそれぞれジェセルから領地として贈られたと主張しているのです。それで、双方の言い分が認められるには、クヌムとイシスが同一であれば良いのです。同じ神の別の姿となれば、問題はないわけですから。それで、イシスの別名はハトホルでしたね」

「はい」

「では、クヌムの正体は何かというと、それはヤコブなのです」

「それは、羊の神だからですか?」

「そのような単純なものではなく、もっと深い意味が隠されています。それは、ヤコブは神の踵ですが、コブはク・オブで水の形を意味します。対して、クヌムはknmですが、mは水、nは〜の、kは形でしたから、knmは水の形となります。このように、ヤコブもクヌムも水の形となり、同一となるのです。ここから、ヤコブがクヌムのモデルであったことが分かります。だからこそ、聖書に出てくる陶器師の話のように、クヌムはロクロを回して世界を創ったという神話が出来たのです」

「なるほど、聖書エジプト起源説の反対の、エジプト神話イスラエル起源説ですね」

「さて、ここからが核心です。サーヒル島の逸話の中のクヌムはヤコブでしたが、次はイシスの番です。イシスはハトホルと同一でしたが、それにも理由があるのです。それを説明するために、順番としてイシスの名前を分析します。まず、ヒエログリフのイシスの正確な読みはアシタらしいということです。それがイシスとなるには、何らかの理由が存在するのです。そしてその理由は何かというと、イシスのモデルがアセナテだということです」

「えっ、アセナテの名前がイシスから採られたものではなく、逆にアセナテがイシスの名前になったというのですか?」

「そう、アセナテのアセは焦るの語源で、ヒエログリフではasと書いて急ぐとか早いという意味であります。ところが、アと読まれるヒエログリフには一本葦のの場合もあります。これはイが一般的な読み方ですから、アセはイセにもなるのです。また、アセナテの後半部分ナテは女性形の所有形容詞ですから特別な意味はありません。そこで、アセナテはイセと同一となります。そしてここから、アセナテをモデルとしたアシタは、イセと呼ばれるようになったのです。それが、ギリシャではイシスに、日本ではアマテラスに変化します。だからこそ、女神アマテラスを祭った神社を伊勢と言うのです」

「えー、伊勢がアセナテの名前だったんですか…!」私と瞳は心底驚いた。


 私達は、余りの驚きに声が続かなかった。オリンピックのマラソンで、伊勢神宮のお守りを付けた野口選手が金メダルを取って一躍注目された伊勢だが、その名前のルーツがヨセフの奥さんにあったなんて、それで女性の野口選手が祝福されたのかもしれない。それにしても驚きである。

「伊勢神宮にイエスが祭られているからイセと呼ぶという説があるけれど、それだけでは弱い。イエスと伊勢では大分響きが違うし、アマテラスが女神とされた事に関係しないしね。そこで、女神のルーツといえばイシスだから、そのモデルとなったアセナテに秘密は隠されていたことになります。そして、イシスのモデルのアセナテとハトホルのモデルのセラが、お祖母さんと孫娘の関係にあるから、二人の女神は同一となったのです。でも、本当に大事なのは、クヌム、イシスまたは別名のハトホル、それにアメン神を加えた三柱神がセットになっていて、それぞれモデルとしてのヤコブ、アセナテまたはセラ、ヨセフが存在したということなのです。これは、キリスト教の三柱神に対応し、女神のイシスとハトホルは聖霊を担当します。だからこそ、聖霊のシンボルはハトホルから採られたハトなのです。鳩が救世主のシンボル数9を持つ鳥であることもここに理由があったのです」

「ふーん…」まだ驚きから立ち直れない私達は、気の抜けた返事をするしかなかった。それを見て先生は、本当に楽しそうな顔をした。

 先生の話では、祖母のアセナテと孫娘のセラとの関係は、日本の天孫降臨神話の雛形として意味を持つという。それは、アセナテからセラへの神権の譲渡として捉える事が出来るからである。また、クヌム、アメン、ハトホルのテーベ三柱神については、まだ残りのアメン神の話が残っているが、それは次回ということで。


                      第6章 終わり


 
今回は昔の運動会を謎解きのヒントにしたが、昔の運動会にはもう一つ重要なアイテムが存在した。それは、一日だけ持つ足袋(たび)である。まだ運動靴がなかった時代、全員が足袋を履(は)いて走り回っていた。実際は一日は持たないですぐに穴が開いたが、足袋は日本人の精神を象徴していた。それは、足袋の形は羊の足から来ているという事である。先祖のヤコブが羊に喩えられたことから、日本ではそれを記念して羊の足の形をした履き物を考案したのである。エジプト時代のハチマキや、羊の足の足袋など、本当に日本は聖書の奥義の国なのである。


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検索で訪れた方へ。このページは平御幸(Miyuki.Taira)のエフライム工房より、夥しい事実を公開する『私だけの古代史』第二部・エジプト編です。第一部の酒船石編を読んでいないと理解できない内容となっています。トップページから入り直して下さい。また、引き続き第三部の法隆寺編もご覧下さい。