『カインをぶら下げている日本人』



 11.ダビデの阿波踊り〜サムエル記6章より


 伝説の王ダビデは、王になって最初の戦でペリシテ人を打ち破り、契約の箱を携えてエルサレムに凱旋した。そのときダビデは喜びのあまり、主の箱の前で力を込めて踊った。ところが、その様子を窓から見た妻のミカルは家に帰って来たダビデを罵った。ミカルは先王サウルの娘だったので気位が高く、次のように言葉を発した。

「きょう、イスラエルの王は何と威厳のあったことでしょう。いたずら者が、恥も知らず、その身を現すように、きょう家来たちのはしためらの前に自分の身を現されました」

 この言葉が呪われて、ミカルは子供に恵まれなかったのであるが、それにしてもミカルが恥としたダビデの踊りとは一体どんなものだったのだろうか?こういうテーマは、普通の聖書研究家は取り上げない。なぜならば、聖書研究家の大半は白人であり、恥を知るほどの踊りには出会う機会がないからである。それに対し、わが日本に住む研究家は、いやでも恥ずかしい踊りに遭遇する。安来節のドジョウすくいや、宴会芸のヘソ踊り、盛岡一高の土人踊りなど、日本は恥ずかしい踊りに満ちているのである。その中でも、徳島は阿波(アワ)の阿波踊りほど恥ずかしいものはない。踊る阿呆(アホウ)に見る阿呆と、阿呆になることが参加の条件なのだから。

 自らが阿呆となることを望むなんて、ミカルでなくてもひんしゅくものである。しかし、ダビデも同じことを言っているのである。

「わたしはまた主の前に踊るであろう。わたしはこれよりももっと軽んじられるようにしよう。そしてあなたの目には卑しめられるであろう」

 このように、ダビデが進んで卑しめられると表現したことで、イエスが卑しめられて十字架にかかることの雛型となったのである。高慢で、聖書の奥義を何一つ理解しようとしない怠惰な者には、ダビデの心は理解できないのである。また、徳島県は阿波の国と言うが、エジプト語で大きな(ア)波(ワ)と言う意味で、鳴門の渦潮にちなんだ地名。歴代志上7章によると、アワというのはエフライム族が住んだ村に出てくる名前なので、徳島の人はエフライム族が多いのかもしれない。なお、歴代志上7章以下に出てくる日本語は、イムラ(井村)、アラ(荒、新)、ウラ(浦)、オノ(小野)、シマ(島)、キシ(岸)、ウタイ(謡)、サル(猿)、ウジ(宇治)、ミクリ(御庫裏)、ミカ(美香)、トラ(寅)、ヤマイ(山井)、イシワ(石和)、などである。カッコ内の漢字はもちろん当て字であるが。
 また、「舞う」というのはヘブライ語でmahol、これは回るに近い踊り。もうひとつはhulで「振る」の語源。回ると振りは踊りの基本である。ユダヤ系オードリー・ヘプバーンのヘプバーンはヘボン式ローマ字のヘボンである。すると、オードリーの語源は意外に踊りかもしれない。

 ところで踊りというと盆踊りだが、これのルーツもやはりイスラエルにある。士師記20〜21章には、ベニヤミン族が罪を犯し、イスラエルの他の11部族を敵に回して戦ったという記述がある。11部族は協定を結び、ベニヤミン族に娘を妻として与えないとした。この結果、ベニヤミン族は存亡の危機に立たされた。このとき、ベニヤミン族を滅ぼしてイスラエルに欠陥があってはならないと哀れむ人々は、ベニヤミンに妻を与える方法を搾り出した。そして、ベテルの北のシロで年々主の祭りがあるので、踊りに出てきた娘をブドウ畑で待ち伏せして妻とするようにベニヤミンの人々に告げたのである。まるで白土三平の漫画のようだが、集団での踊りが持つ風俗的な側面をよく表している話である。秋の収穫祭の踊りから、仏教が広まるにつれてお盆の季節に移ったのである。

 なお、ダビデの時代には、aliyyahと書いて「神の高殿」という意味の掛け声をかけて踊った。これは、佐渡おけさのアリャ、アリャ、アリャ、サーの語源となる。



 検索で訪れた方へ。このページは、平御幸(Taira.Miyuki)のエフライム工房より、日本語のルーツを明らかにする『カインをぶら下げている日本人』です。項別に15以上ありますから、トップページから入り直して下さい。

      トップページヘもどる