2004年12月テーマ企画「掃除」

冬支度(?)

吐く息が本格的に白くなってきた朝に、散歩に出かけたときのこと。
「たいへん、たいへん、たいへーんっっ」
まだお月様がうっすら残っている空から、やたらとあわてた声が降ってきた。
首を上にむけてみると、ツインテールの風魔女さんがものっすごいスピードだしたホウキで
空のあちらこちらを駆け回っている。
駆け回ってるっていうより、あのほうきの動きは、まるで掃きそうじ…?
「おはよ、ディアー。どしたの?」
「うええええええんリタああああ、どーしよううううう」
せわしくとびまわるディアに、両手を口元にあてて拡声器みたいにして声をかける。
一瞬遅れて気づいた彼女は、途端にまっすぐ真下のあたしのところへ泣きべそかいて下りてきた。
「あああああもう星の並べかえもまだなのにいいいっ、このままだと冬翔竜(フユガケリュウ)さまが軍団つれてくるまでに
空の模様替えがまにあわないようううううっ」
あたしはふう、とため息ひとつ。
「しょうがないなあチコってば。宿題ためた子供じゃないんだからさ」
「そんなこと言わないでさ、手伝ってよー。冗談じゃなしに猫の手一匹分じゃたりないんだから、
あ、でもリタのところはネコの手じゃなくてクマの手か」
「……帰るよ?」
「まあまあまあまあ」
本気で帰りかけたあたしの手をチコはがしっとつかみ、先ほどまでの泣きべそはどこへやら。
にかっとすごくイイ笑顔で迫ってくる。
「んもう」

チコはこの街担当の風魔女。
風魔女は、季節の訪れのお手伝いをするのがおもな仕事で。
たとえば冬が来る前には空をほうきで掃き清めて、
秋の気配をとっぱらっちゃわないといけないわけだけど。
(ちなみに街ごとに微妙に季節の訪れに差がある気がするのは、多分に風魔女が関係してたりする)
いつもぎりぎりになるまでやらないんだよなー、この子は。いい子なんだけど。
「チコってさ、確か春の姫さま来る前も、夏ぼーやがくる前も、そんなんやって騒いでなかった?」
「え、えへ?」
ホウキを地面すれすれにホバリングさせながら、可愛く首をかしげる彼女。
えへじゃないだろ、えへじゃ。
「で、今年はいつ来るの?冬翔竜の軍団は」
「んとねー、明後日」
「あさってええええええ?!?!」
自慢するわけじゃないけどこの街は他のとこに比べて
けっこうな広さがある。
つまりいまさらホウキでどうこうできる話ではないわけで。
「しょーがないっ、天文台のハカセのとこからデカ掃除機借りてこよ」
「天文台?」
「ときたま見たことあるのよ、空の標本集めるからってハカセが
ムダにデカイ掃除機みたいなの使ってるトコ。本人は標本採集器じゃーっ、
っていって聞かないけどね。あれ使えば一発でしょ」

が、しかし。
交渉は難航をきわめた。
結局、冬から秋に変わる本当に直前の空っていうのは
ハカセも採ったことがなかったらしいので、それで手を打ったんだけど。
「ねえ私これ、掃除機っていうより炊飯器に見えるよー?」
チコが採集器を指差してぼそりとつぶやく。
まあ、確かに。
円筒形で上部に取っ手がついてて、その取っ手をもってかぱっと開けるように
なってる形は、いわれてみるとそう見えるかもしれない。
人の腰まである大きさのものも、炊飯器と呼べるなら、の話だけど。
「まあそれはいいから。さっさと終わらしちゃお」
でっかいホースの先を空に向けたまんまでチコを振りかえる。
もう3時のお茶の時間もかなりすぎてて、あと少しで夕暮れ時間。
秋の気配込みの空だけじゃなく、別のナニカまで一緒に吸い込んじゃうかもしれないので、
それはちょっと避けたいかも。(ハカセは逆に喜ぶかもしれないけど)
「うん。んじゃいくよー。せーのー、ふぁいあー」
フタに並んだ赤と青と緑のボタンのうち、青のボタンをチコがぽちっと押す。
炊飯器いや掃除機いや採集器が、己が全身をぶるぶるっとふるわせた。
ホースも意外なほど波打って、あたしは思わず取り落としそうになったり。
深呼吸、してるみたい。
今からおなかいっぱいすいこむぞーって。

ごあー
ごあー
ごあああああああああああああああ


怪獣の咆哮のような音をたてながら、採集器はどんどこどんどこ空の蒼を吸い込んでいく。

ごあー
ごあー
ごあああああああああああああああああ


「すごいすごいー。これなら夜にならないうちに終わるね♪
あとは今夜にでも星を並べ替えたらお迎えの準備ができるかなあ」
採集器のとなりにちょこなんと座ったチコが、少々興奮気味にぱちぱちと拍手をする。

ごあー
ごあーご
ごああああああああああああああああああごう


「ごあああごう?」
なんか今、妙な音もまじってたような。
「ねえチコ」
「ねえリタ」
と、つんつんとチコがあたしの腕をつついてきた。
何、と聞くよりも先に。
上を見上げたままで固まっているチコの口からぼーぜんとした言葉がこぼれた。
「冬翔竜さま、来ちゃった」
「え」
反射的に見上げた空は、色を抜かれてまっさらな白。
そこに、空をおおうほどの…巨大な、真白き竜が、私たちの目の前に、いた。
ウロコは薄い紫、アメジストの如くきらめいて。
お城一つ分ほども包み込んでしまえそうな広く大きい、強靭な翼は、どこまでも透明で、
なんて、みとれてるばあいではなくっっ。
<<案ずるな、娘たちよ。ワシが少しばかり早くに来すぎたようだ>>
わたわたあわてふためくあたしたちをみて、冬翔竜さまが愉快そうにがっはっはと豪快に笑った
いたずらが成功したガキ大将、みたいに。
「よかったあ…私、お迎えの予定日まちがえたかと」
チコは一気に緊張がぬけたらしく、そのまま地面にへたりこんでしまった。

かち。

…あれ?
なんだか今、なんかのスイッチ入ったような音がしたような。
<<それはそうと、先ほど星の並べ替えがどうとかいっておったな?ワシも手伝うぞ>>
「ええっそんな冬翔竜さま自らされなくても…」
<<よいよい。格好の暇つぶしじゃ>>
ひたすら恐縮しまくるチコに、おかまいなしに余裕しゃくしゃくな冬翔竜さま。
ってそれはいいんだけど。
「ねえチコ、あなた何によりかかってるの…?」
「何って?げっ。」
あわてて飛びのくけど、ちょっと遅い。
彼女がよりかかってたのは、晩秋の空の蒼をいっぱいに吸い込んで、
こころなしか微妙にふくらんでるようにみえる、標本採集器。
しかもよりかかったはずみでどこかにあたってしまったのか、
赤いランプがちっかちっか点滅している。これは…『取り出しOK』?!?!
てことは、フタのカギ開いちゃってる?

「きゃあああっ、こぼれるこぼれるーっっ」
なんとか口を開こうとしてむちゃくちゃ暴れる採集器と、チコが必死に格闘しているけど敗色濃厚。
案の定いくらもしないうちに、チコともどもハデに横倒しになってしまった。
フタが開いた採集器から、蒼い霧状のものがもわもわもこもこ出てくる。
色の失せた空に帰ろうと、立ち昇っていく。
「わーっ、わーっ、どうしよどうしよどうし」
<<まかせろ>>
また二人してあわてだしたあたしたちを横におしやり、
冬翔竜さまが畳んでいた翼をばさりと広げた。
同時に口もいっぱいにあけて、息を思いきり吸い込む。
ぴゅるーーーーーーーーー
真冬の木枯らしにも似た音と一緒に、採集器からこぼれだしたやつが彼の口のなかにすごい勢いで吸い込まれていく。
全部吸い込んだところで、今度はゆっくりと息を吐く。
冬の竜に一度取り込まれた、秋のなごりの空は、きらきらときらめく無数の星のかけらと化した。
<<ふむ…ちょうど良い、これもともに冬の空へ飾るとするか。少しはにぎやかしになるじゃろうて>>
山盛りの星のかけらをまた、採集器にざらざら入れなおす。

……あ。秋の空、星にしちゃって、ハカセに渡せなくなっちゃったよ。
ま、いっか。かわりに冬翔竜さまの星、もっていこうっと☆