夏の終わりに

5thstarの皆さんへ

まだまだ先、と思っているうちに、気がついてみると打ち上げまで半年を切りました。
ミッションコントロールセンターとの統合訓練も始まり、訓練はますますピッチが上がってますし、シャトル飛行再開(Return To Flight, 以下RTF)のための実証試験も佳境を迎えています。もちろん、不確定要素はたくさんありますし、ハリケーンの影響など不可抗力に因る打ち上げ延期も十分考えられます。打ち上げの瞬間まで気は抜けませんが、シャトル復活に向けていよいよ走り始めた、と感じています。

生活のペースはこれからどんどん忙しくなっていくわけですが、心境としては、むしろここに来て少し楽になりました。今思うと、春から初夏にかけてが一番つらかったな、と感じています。コロンビア事故以来、何度と無く打上げが延期されなかなか先の見込みがたたない状況で、コロンビア号の7人のクルー(乗組員)のために何がなんでも飛行再開までがんばるんだ、という気持ちだけが先走っていたような気がします。今年の夏には、コロンビア事故前から一緒にやってきたサポートの人達の中にも、いろいろな事情でミッションの仕事から離れていく人がいました。一緒にやってきた時間が長ければ長いほど、超えてきた困難が多ければ多いほど、別れはつらいもの。新しい体制のもとでがんばろうと必要以上に自分の気持ちを追い込んでしまい、かえって無力感や焦燥感にとらわれてしまったのかも知れません。

そういう時期を過ぎて気持ちの上で少し楽になってきたのは、何がなんでも自分達でがんばるという気負いが抜けたことが大きいと思います。コロンビア事故調査委員会の勧告を取り入れたNASAの事故対策は、ここ数ヶ月で急激に進展しました。サポートしてくれている方々、エンジニアや現場の作業員の努力、組織改革に取り組む管理職の皆さん、それらがうまく噛み合ったところにシャトルの飛行再開が存在する。我々宇宙飛行士が出来ることは、皆の努力が正しい方向に向かっていたことを実証するだけだ。そんな気がしています。そういう意味では、RTFが成功するかどうかは、実は打ち上げ前に決まっているとさえ言えるでしょう。でもこれは「運を天に任せる」というのとは違います。NASAのチームワークとしての地道な努力を信頼する、ということです。「一隅を照らす」という言葉がありますが、まさにそれぞれが与えられた場所で任された任務を着実に遂行することの積み重ねが、RTFの歩みそのものなのでしょう。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、八月の末に日本に一時帰国しました。その際に、短い時間でしたが帰省することができました。今まで、夏の終わりの茅ヶ崎はあまり好きではありませんでした。宴の後というか、何かが失われた後のようだから。それでも、やはり昔住んでいた街の空気はやさしかった。訓練に明け暮れるヒューストンを離れ、冷静にこの数ヶ月を振り返ってみると、思っていた以上に自分の気持ちが硬直していたことに気付きました。人気の少ない浜に座って波の音を聞いているうちに、こころの緊張が解けて自分が子供の頃に戻る気がしました。いま一度初心に帰って、純粋かつ真摯に、夢の実現を目指して歩き始めよう、そんな気持ちになりました。そう考えると、自分が宇宙飛行士を目指すきっかけとなったスペースシャトルの復活のために尽くすことができるのは、不思議なめぐり合わせを感じます。様々な理由からミッションのサポートから離れていった人達にはこれからも遠くから見守ってほしいと思うし、残った我々にしてみれば、最後までゴールを目指して走り続けられるというのは幸福なことだと、今は感じています。 

今回の帰国では、相模原キャンパスやつくば宇宙センターも訪問しました。若い職員や研究者とも話す機会がありましたが、その時にこんなことを言った人がいました。「僕は火星に行く最初の人間になりたい。だから火星有人計画が立ち上がったら、宇宙飛行士になりたい」と。僕はスペースシャトルの一号機を見て宇宙飛行士を目指すようになりましたが、僕より若い世代はもうシャトルや月を飛び越して火星を見てるのですね。そういう層が今のJAXA、ひいては日本の宇宙開発を支え始めている。次の世代の宇宙飛行士が確実に迫ってるんだなと実感しました。もちろん、だからといってシャトルの飛行再開に意味がないわけではない。むしろ、RTFすらおぼつかないようでは、人類はとても火星には行けないでしょう。そういう意味では、我々がいま必死になっているRTFは、次の世代の夢をつなぎとめるために、僕より若い人達の夢を確保するために、重要なことなのです。先日、民間プロジェクトとして初めて宇宙弾道飛行を成功させたバート・ルタン氏は「有人宇宙開発の明らかな利益として、次の世代を担う人たちに刺激を与えるという効果がある。子供達を退屈させてはいけない」と言っています。社会全体に閉塞感が漂っている日本で、夢とか未来とか声高に叫ぶのはカッコわるいのかも知れないけど、若い世代から夢を奪っちゃいけない。次の時代に夢を繋いでいくために、今自分ができることは何なのか。コロンビア号の7人のためだけではなく、自分だけのためではなく、これから宇宙を目指す人達のためのRTFでありたい。そのために全力を尽くすことが、STS-114クルーの矜持であり、私の宇宙飛行士としての本懐であると思っています。

最後に、最近読んだ小説から、印象に残った台詞を一つ。

「未来はいつだって先が見えないからいらいらするもの。でも焦ってはだめ。
 未来は見えないけれど、過去とは違って必ずやって来るものだから」

きぼうの未来圏へ。
見えないけど、確実に存在する未来へ。
2004年10月1日
JAXA創立一周年の日に、ヒューストンにて
野口 聡一