手術前日/当日/翌日/3日目/4日目/同意書/IC/プリント/歴史

喫煙者の方に告ぐ。手術が終わるまでタバコはやめましょー!

広汎子宮全摘出術(ARH)とは、子宮、膣の一部、骨盤リンパ節、卵巣・卵管を切除する手術です。
術後障害として、排尿障害リンパ浮腫などが出る場合もあります。出ない場合もあります。
ステージIa-2期〜IIb期の標準治療です。

>>広汎子宮全摘出術の病理結果

手術詳細データ
術式 広汎性子宮全摘術(ARH)、
骨盤リンパ節廓清、
両側付属器切除(両側卵巣は温存)
年月日 2001年12月18日
手術室 6号(全部で15室)
時間 9:05-17:40(8時間35分)*予定では6時間、覚醒は19:00
執刀医 豊島Rと恒松医長のユニゾン
(難しいところは恒松医長)
立ち位置 豊島R(右側)、恒松医長(左側)
鈎引き 澤田CR(第2助手)
開腹 広域正中切開
撮影:030725
縫合 豊島Rと澤田CR
麻酔 全身麻酔+硬膜外麻酔
術中体位 砕石位 ヘッドダウン
失血 1387cc
輸血 なし
術中の迅速検査 リンパ転移なし
取ったリンパの数 骨盤リンパ節(30)、子宮傍結合織内リンパ節(3)
いずれも転移なし
病理の結果 子宮本体にもリンパにも転移なし
脂肪 脂肪の少なさは2001年手術患者のトップ5に入る(by豊島R)
小ネタ 国立がんセンターの広汎の年間手術数は30数例だそうです。
私は2001年ラスト広汎だったそうです。
手術詳細データ2(2003.3.16)
開腹所見 上腹部 横隔膜下・肝表面・大網・腸間膜などに転移を疑う所見なし
傍大動脈リンパ節腫大(-)
骨盤内 子宮:肉眼上異常所見(-)
両側付属器:異常所見(-)
腹水(-)

開腹時洗浄液(1000ml):No malignant cell
悪性所見は見出せない
洗浄細胞診:negative
卵巣 後腹膜に固定
膣切断の程度 前3cm、後3cm
主要出血部位 右子宮動脈周囲

[Link] 子宮頸癌の広汎全摘術(音声です)


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手術前日
おなかのウブ毛まで剃毛されたりマグコロール(ポカリ味の液体の下剤)飲まされたり、トイレに駆け込んだりでけっこう忙しい。剃毛後で恥ずかしかったが、19階の「つきじ湯」に入ろうと思い、札(入浴するためのカード)をナースステーションに取りにいったら、F澤NSに真顔で「お風呂で身も心もキレイに洗い流してきてください」と言われた(Bチームのナースに「ちょっとアンタ言い過ぎだよー(笑)」とつっこまれていた)ので、「身はキレイに出来ますけど心は無理です!」と切り返した。夜寝る前にプルセニド2錠とアモバン1錠飲んだ。あと体重計った。ナースステーションで明日の執刀医2人が真剣な顔をして話し合っている。わたしを見かけると「明日は手術だから今日はゆっくり休んでくださいね」と言うので、「わたしより、先生こそ早くおうちに帰って早く寝てくださいマジで」と強く言っといたです。
アモバン最悪。口の中がニガくなっちゃって寝るどころじゃなかった。そのうちひゃっくりまで出てきたので、ナースステーションに行き、その旨訴えたら、M山NSに「コップの水を向こう側から飲むと止まるわよ。私も先生から聞いたのよ。試してみてね」と教えられ、半信半疑で試したら本当に止まった。

※手術前日のマグコロールいっき飲みは廃止になった模様です。私は350ml位のをクラッシュアイス入りでコップ一杯飲まされましたが、今はドロッとしたのをオチョコに一杯程度らしいです(情報提供:友蔵くん)


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手術当日(術前)
まず起床後、体重を計った。前夜にも計っているが、全く同じ条件でなくてならない(服装とか)。そして浣腸2連発。本当は1回で良いのだけど、浣腸後、看護婦さんが「便を見させてもらいますので流さないでくださいね」と笑顔で言うので「そんな可愛い顔の人に見せるわけにはいきません。。」と拒否ったのですが、「大丈夫です。慣れてますから♪それに仕事ですし〜」と・・・恐れ入りました。で、ブツを見ていただいたところ「まだ便に色がついてますね、もう1本いきましょう」と。。「なんでそこまで腸内洗浄するんですか?」と言いがかりをつけたら「手術直後に便意を催したら困るでしょう。トイレに行く体力もないし」との回答。なるほどね。この浣腸、電子レンジで人肌に温めてくれるのですが、大きさ、長さ、量すべてがキングサイズ。市販の浣腸とはレベルが違います。たぶん特殊な趣味でもない限り、現物見ただけで後退りすると思います。そして処置後は「もうどうにでもしてくれ」状態になります。
処置室にて鼻からチューブ(経鼻胃管チューブ)を入れられる。ちょっと怖かった。でも大丈夫だった。それから肩に注射。やっぱスンゴイ痛いよコレ・・・全然気持ち良くならないし(運の良い人は、この時点で記憶がなくなる)。
それからスッポンポンになり手術服に着替えさせられた。寒かった。そんでシャワーキャップみたいなのをかぶらされた。んでam8:15病棟出発。ストレッチャーのままスタッフ用のエレベーターで9階手術室へ。そんで待合室みたいなトコに付く。んで私の身柄を手術室担当のナース(オペ室のナース服はピンクなのだ)に引き渡す。この辺の記憶は不鮮明。確か点滴もしたはず。ストレッチャーからベッドに移って手術室へ。
まず硬膜外麻酔(Epi/塩酸モルヒネ)をするため横向いて丸くなる(膝を抱える)。で、局部麻酔。これも痛かったっす。んで細いチューブをグリグリ押し込まれる。もう痛くはなかったけどキモ怖かった。それから指にクリップ式のパルスオキシメーター(血中酸素飽和度測定)を付けられたり、自動血圧計を付けられたりした。そんで酸素マスクみたいなのを付けられる直前に「これ付けると意識がなくなりますからねぇ〜」と看護婦さんの声を聞いたのを最後に記憶は途絶える。

〜 10時間経過 〜

この間、執刀医から家族へ手術の説明がある
(ICレコーダーで録音してもらえば良かった・・・)

手術当日(術後)
意識を失った直後、耳もとで「○○さ〜ん、聞こえますかぁ?」と、急に声がした。場所は術後管理病棟の個室・・・マサカ手術が中止になったとか?んで目を開けたら即、部屋の外で待機していた私の家族に「意識が戻りましたのでどうぞぉー」と看護婦さんが声をかけていた。んで家族入場(夫&私の母)。「傷口がイタイっっ!手術した人は『術後も痛くないですよ』って言ってたのに話が違うーーー(怒)」と長々文句をたれた。ある意味元気だとも言える。自分としては、意識がなくなったと同時に目覚めた感覚なんで、いったい何時間経過したのかわからない。そしたら「面会のかたは・・・」のアナウンスが聞こえ、『え!もう7時?!(夜)』とビックリした。なになに手術時間延びたの?聞いてないよ〜(当たり前だ)。結局2.5時間も延長したらしい。「短くなるよりはいい」と慰められた。まーどうせ意識ないから何時間でも一緒なんですけど(けど待ってる家族は大変)。で、さらに私、麻酔科のY下先生が術前の説明(挨拶?)にいらした時に「私たぶん麻酔が効きにくい体質なんで麻酔多めにお願いします」と言っといたんで、その通りにしてくださったらしい(けど違うかもしれない)。「覚醒まで、普通の人より時間がかかった」と言われた。それに覚醒してからも3秒に1回ぐらい耳がグワ〜ンって鳴って意識が遠のく。けどもう眠れなかった。
執刀医の恒松医長、豊島Rも顔を出してくださった。恒松医長に「手術は無事終わったから。術中の迅速検査ではリンパに転移もなかったから」と言われた。私もだけど、先生たちもホッとしたようだ。
目覚めた直後から痰地獄。痰が出るたんび恐ろしく傷口が痛いし、豊島R(担当医)には「タバコ吸ってたからだよ〜」とニヤけた顔で言われるし(この時マジに後悔しました。先生のおっしゃることには素直に従っとくべきです)、やっぱ普通より痰が多いと言われました。急にこみ上げてくるんですよ痰。もうアンコントローラブル。あ、あと喉も痛い(風邪ひいた時みたいな感じ)。それは人工呼吸器のせいらしい。
それからモーレツに吐き気が襲ってきた。なので、翌朝はずす予定のマーゲンチューブ(経鼻胃管/胃液を抜くもの)を、わがまま言って夜中に外してもらった。これで一安心。
・・・と思ったらまた吐き気!どうやらモルヒネの副作用だったらしい。私に限っては鎮痛の効果がないのに、副作用だけはバッチリ出現って、それアリ? どうやらモルヒネは私の体質的に合わなかったらしい。そんな理不尽なコトがあるなんて想定範囲外だよ。。
結局モルヒネ(塩モヒ)はストップし(管は確保したまま)、違う種類(別の系統)の痛み止め(ソセゴンとかロピオンとか)&吐き気止め(プリンペランとかノバミン)を点滴してもらった。それでやっと少しはラクになったとです。
それから、AVインパルス(メドマー)って名前の、足の裏を刺激する機械を4時間おきに装着させられた。足の裏に左右交互に圧がかかるヤツで「歩行しないことによる血行不良解消の為」との説明を受けた。メドマー装着前に看護婦さんが靴下を履かせてくれるんだけど、拷問並みにくすぐったい。
喉が乾いて仕方がない。水は飲んではならないので、口の中を、湿らした綿棒みたいな、よくわからないもので洗ってもらった(っていうか、口の中の粘膜をこすってもらってる感じ)。
それから、2時間おきに看護婦さん2人がかりで、強制的に寝返り(体交)させられる。マジかんべん。だってチューブとか計測器とかワラワラ付属物が付いてウットウしいし、点滴はピーピー鳴るし、話には聞いていたけど、寝返りであんなに体力消耗するとは知らなかった。看護婦さんに対して、初めて『ほっといてよ〜』と感じた。そんくらいツラかった。術後の寝返りと、痰のこみ上げはマジ肉体労働&疲労困憊。
あと夜中、生体情報モニターが、正常ならピッピッピッなのに、時たまピピピピーッ!!ってWarningに・・・。理由は知らんけど、エラー?みたい。私も家族も最初はビビったけど、看護婦さんも気にしないし(エラーだから)、モニターは真っ赤になるし(通常は緑)、マジで超ウザイ。
それから酸素マスクもウザい。痰を出す時いちいちずらさないといけないし、酸素ボンベが始終耳元でシューシュー、時折ガゴゴゴッと物凄い音を立てる。うるさくて寝れないのよ。
あとで母に聞いたのだが、術後私の顔が黄色かったらしい。それは貧血によるものらしい。手とかすごいむくんでたのは肉眼で確認してたけど、貧血で黄色くなるなんて知らなかった。

付着物(OPTION)一覧(別名「おともだち」)
右手>ナースコール(手首にくくりつけ)、人差し指にパルスオキシメーター(余談ですがコレ25万するらしい…情報提供:友蔵くん)
左手>点滴
顔>酸素マスク、マーゲンチューブ(経鼻)。頭の左右にティッシュ箱と膿盆
胸>心電図用のクリップ
背中>モルヒネ(エピドラ)
胴体>導尿カテーテル、リンパ液排出用ドレーンx2

※痛みで目が醒めた時ふと足元を見たら、看護婦さんが部屋の隅っこの机でコチラ向きに座っててカルテを読んでました。その姿を見つけてとても安心したことを覚えています。もしかして専属!?

[Link] 子宮を全摘したらどうなるのでしょうか?


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手術翌日(2日目)
(この日の時系列の記憶がメチャメチャでございます)
途中なんどかまどろむ程度の睡眠しかとれず、朝が来た。看護婦さんに「体拭きましょうか?」と言われたがジョーダンじゃないよと思い「断ってもいいですか?」と言ってやんわり、いや、キッパリ断りました。それからポータブルのレントゲン撮影機がやってきて胸部と腹部を撮影。胸部は術後肺炎を起こしているかどうかの観察で、腹部はなんと、器具の置き忘れ検索のため、との説明に唖然。それから何時か忘れたけど4人部屋に移動させられた。窓側だった。でも景色なんて見る余裕ナッシング。自力で何度か寝返りをしてみた。「痛みは我慢しないでくださいネ。血圧も上がっちゃうし、我慢してもイイことないですから」と言われたので、しょっちゅう痛み止め&吐き気止めを点滴で入れてもらった。眠くなるので痛みを感じないで済む。そういえば手術翌日から歩かされるんだっけ。私は大手術だったんだし、きっと今日は免除してくれるだろうと思ってたら、やっぱり「そろそろ歩いてみましょうか」と、可愛い顔してとんでもないことを言う看護婦さん。。正気ですか? 「とっても無理です!」と申告したものの、看護婦さんも「じゃあ立ってみるだけ」と引かない。。えぇーっ・・・。背もたれを上げたり、足元を上げたり色々細工してくれたけど、全然無理っぽい。しかし強行突破で立たされた。体重を計るのが目的との事。エライ時間がかかったけど、なんとか一瞬立って体重計に乗った。いっぱい汗をかいた。でも気持ち悪くなってきので「気持ち悪いですすごく」と訴えたら、「○○さんは出血が多かったので貧血で気持ち悪くなったんだと思います。今日はここまででいいです」 ふ〜、助かった。夜、母が来てくれた。メチャメチャ退屈してたので有り難かったが、少し話しただけで疲れて、途中寝てしまった。

※窓から、たくさんのカモメが飛んでいるところが見えました。あとPHSにメールがたくさん着て、受診のたびに床頭台がジージーいってた。けどメール読む体力すらなかった。。

[Link] 広汎性子宮全摘術患者の看護


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手術翌々日(3日目)
朝またガラガラ音を立てながらレントゲン撮影機がやってきた。背中に板いれる時つらいんだよね。それから清拭もしていただいた。お着替えするとき、寝返りで衣服の山を超えるのが大変だった。午後、一般病棟に戻った。ベッドからベッドに移動した時、お迎えに来たF澤NSが、わたしが寝てたベッドを見て「まぁ!あなたこれエアーマットよ。○○さん、8階(HCU)で大事にされてたのよ。良かったわね」と言われた。そ・そうだったんすか?特に寝心地良くなかったんすけど・・・。そんなことより、M見NSに「○○さん今度窓側よ」と言われていたのに違ったので、とんだぬか喜びだった。
それから書き忘れたけど主治医と担当レジデントは術後管理病棟まで毎日様子を見に来てくれていました。すごく嬉しかったです。

夜、看護婦さんたちがバタバタし始める。何が始まるのかと思ったら、一部の先生と看護婦さんが「かぶりもの」を身につけて、各病室を練り歩き、各患者それぞれにクリスマスカード(手書きメッセージ付き)を届けに来たのだ。たまたまサンタクロースは私の担当医の豊島Rだった。嬉しくて涙ぐんだ。しかし私が術後じゃなかったら大笑いしていたに違いない。
その後、スタッフ用EVロビーで先生たち主催のクリスマスコンサートがあった。もし手術が1日ずれていたら、このコンサートは見れなかったワケだよ!だから根性で歩いて行った。偉いぞ私。すごいぞ私。歩くだけで看護婦さんにも褒められる。まるで1歳児扱いだ。途中傷口がスーパー痛くなったが最後まで聴いた。千と千尋の神隠しの主題歌「いつも何度でも」を聴いた時に、またもやウッカリ泣いてしまった。


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手術翌々々日(4日目)
ひがな1日ゴロゴロしていた。きのうは目的があったから歩く気になれたけど、今日は別にイベントもないので歩く気になれない。その様子を感じ取った看護婦さんに「19階にでも行ってきたら?」と言われてしまう。それはすなわち「タバコ吸ってきたら?」と同義語だ。術前は何度も「タバコはやめてください」と言い、吸ってることを目ざとく見抜いては、先生にまでチクリを入れていたのにエライ違いだ。術後患者を歩かす為ならタバコをも餌にし利用する。恐るべし看護魂・・・。
この会話を聞いていた可愛いY田さんが「任せてください♪わたしが一緒に行きます」と申し出てくれたので、裏道(スタッフ用EV)を使って19階へ。
久しぶりに見る19階メンバーの面々。「手術は何時間かかった?」との質問に「予定では6時間だったけど、結局8時間半・・・」と答えたらビックリされた。そして祝福・激励の言葉の数々。私は生還を実感した。

>>広汎子宮全摘のための入院記録


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手術・輸血等に関する説明・同意書
□治療内容
□必要性と予想される結果
□手術の危険性
□起こり得る合併症:発症頻度とその治療・予後
□治療後の後遺症
□他の有効な治療法との比較
□状況に応じた変更の可能性
□無治療の場合の予後とQOL
□輸血(説明書を交付)
□術中の映像記録・撮影(説明書を交付)
□切除された臓器の撮影・記録・処理
LINK
大腸雁之助の大腸がん闘病記で国立がんセンターの以下の同意書が紹介されています。
  • 検査試料、生検組織、摘出標本などのがん研究への利用に関するお願い(国立がんセンター初診時)
  • 検査試料、生検組織、摘出標本などの研究利用についての同意書
  • 被験者への説明のための説明文書と同意書
  • 輸血および血漿分画製剤使用についての説明書
  • [同種血・自己血]輸血および血漿分画製剤使用 説明・同意書
  • 面談票
  • 手術・輸血等に関する説明・同意書


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術前のインフォームド・コンセント(カルテより)

IC記録用紙
月日・場所・内容 2001年12月14日
カンファレンスルーム
本人、夫にIC
具体的説明 PtQ:扁平上皮がんて、悪性度はどのくらいですか
DrA:特別な事はないです。普通の扁平上皮がんが浸潤したということです。
手術をし、1ヶ月位で退院となるでしょう。病理をよく調べてみなければわからないが、転移があれば放射線をかけたりすると更に1ヶ月とか退院がのびる。
PtQ:広汎性子宮全摘になるんですか。準広汎性子宮全剔と思ってました。
DrA:広汎性です。卵巣は残します。
PtA:かんちがいしてました。

ほとんどPtが質問し、Drが答えた。夫も了解していた。


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手術を受けられる方へ

HCU 2泊

_________殿
手術は 12 月 18 日火曜日、午前・午後 9 時 00 分からの予定です。
病棟を出発する時間は、午前・午後 8 時 15 分頃です。
 *手術開始時間が連絡待ちになる方は、病室でお待ちください。
ご家族の方は 8 時までに来院してください。

《準備するもの》
浴衣式の寝間着 4〜5 吸い飲み 1ケ ティッシュペーパー 1箱
T字帯 5〜6 スプーン 1コ 紙オムツ
腹帯 5〜6 ( ストロー 歯磨きセット
バスタオル 1〜2 あて綿 5〜6
タオル 2〜3
すべてを、ひとまとめにして(床頭台の中に入れて)ください。 各物品にマジックで病棟、名前を明記してください。(例:15A 鈴木)

《手術前日》 17日(月)
1.手術部位を中心に広くむだ毛の処理をします。
  その後、入浴、洗髪し、爪を切り、マニキュアは落としてください。
2.指示により、下剤の服用浣腸を行うことがあります。
3.原則として夕食後は、何も食べれません。
  特別な指示がなければ、夜2421時まで水とお茶は飲まれても結構です。
4.手術前日までに、麻酔医や手術室看護婦の訪問があります。
  部屋をあけるときは看護婦に知らせてください。
5.手術前日の就寝前手術当日の朝、体重を測ります。
  指示により注射や薬の投与がある場合があります。

《手術当日》 18日(火)
1.起床後、洗面、歯磨き、男性はひげそりを済ませてください。
  入れ歯、眼鏡、コンタクトレンズ、指輪等はすべてはずしてください。
  装飾品等の貴重品は手術前日までにご家族に預けておいてください。
  髪の長い方は、ヘアピンを使わずゴムでまとめてください。
2.指示によって浣腸、胃チューブ挿入、注射等をします。
3.病棟を出る30分くらい前に排尿便を済ませ、体重測定をします。
  その後、手術衣に着替え、注射や血圧測定などを行います。

(裏もお読みください。)

斜文字は○で囲まれてた、あるいは書き足されてた部分です

《手術後の注意》
1.手術後は、許可があるまで水・食べ物の摂取や薬の服用はできません。
2.手術後に尿意や便意を感じたときは、看護婦に知らせてください。
3.体に入ってる管は回復のために重要です。
  どれも大切な管ですので、すべて看護婦が取り扱いをいたします。
4.寝返りは肺炎予防や痛みの緩和に役立ちます。
  制限がない場合は、積極的に行ってください。
5.深呼吸は肺炎予防のために積極的に行ってください。
6.うがいをするときは飲み込まないように注意してください。
7.痛みが強いときや気分が悪いときは、遠慮なく看護婦を呼んでください。

《ご家族の方へ》
1.手術当日、ご家族の方は手術室まで付き添うことはできません。
2.8階乗用エレベーター前の家族待ち合い室で待機してください。
3.手術終了後説明に呼ばれたら、説明室においでください。
4.手術後、患者さんが8B病棟またはICUに入られる場合
  医師の説明終了後お呼びするまで、再度、家族待合室でお待ちください。
  8B病棟またはICUへ入室される場合は「転棟の案内」をご参照ください。
5.患者さんが元の病棟へ戻られる場合
  説明終了後病棟に戻り、病棟の面会室か食堂でお待ちください。
6.面会はご家族に限ります。小さいお子さまはご遠慮ください。

手術だしをした看護婦が連絡用のPHSを持ってくるので病棟でお待ち下さい

《8階家族待合室利用について》
1.手術患者さんの近親者のみの利用とさせていただきます。
2.退室される際は、お忘れ物のないようお願いします。
  また、ごみ等は片付けてから退室してください。
3.寸時退室される際にもお手周り品は必ず持参してください。


何かわからないことがありましたら、遠慮なくご相談ください。

(2枚目)

8B病棟(術後管理病棟)へ転棟される方へ

転棟の目的
手術後の継続した観察や処置を行うため8B病棟(術後管理病棟)へ転棟します。

転棟の準備
転棟時に荷物は全て移動しますので荷物は床頭台にまとめてください。
食品や生花等の持ち込みは出来ません。
手術用物品は一覧表を参考に病棟看護婦と相談し、前日までに揃えて一まとめにしておいてください。

生活上の注意
1.手術が終わったら術後管理病棟(8階B病棟)に移ります。
2.手術後は、点滴や酸素吸入、手術部位等に管が入っています。
  どれも大切な管ですので看護婦が安全に管理します。
3.手術後は医師の指示のもとに、看護婦の介助で向きを変えたり坐ったりします。
  制限の無いときは積極的に体を動かしてください。
4.読書やラジオ・TV観賞はできます。
5.観察や処置のため夜間も灯りをつけることがあります。
6.看護婦はいつも近くにいます。
  痛みが強いときや気分が悪いときは、我慢せずに呼んでください。
  看護婦を呼ぶときはナースコールを押してください。


ご家族の方へ(面会等について)
1.手術当日は、お呼びするまで8階家族待合室でお待ちください。
2.手術日以外の面会は、病棟と同じです。
  平日:午後1時〜7時  土日祝日:午前10時〜午後7時
3.感染予防のため、入室時は、手指消毒をしてください。
4.面会は、ご家族のみとさせていただきます。
  小さなお子さまの面会はご遠慮ください。


何かわからないことがありましたら、ご相談ください。

[News] 手術ビデオの撮影義務化を…医療問題弁護団が要望書


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広汎性子宮全摘出術の歴史
1911年(明治44年) オーストリアのWertheimが広汎性腹式子宮全摘術(ウエルトハイム術式)を発表
1917年(大正6年) 京都大学医学部婦人科学産科学教室2代目の教授の高山尚平先生が、日本婦人科学会でウエルトハイム術式を改良した高山術式を発表
1921年(大正10年) 第3代の京都帝国大学婦人科学産科学教室の教授となった岡林秀一先生が高山術式の改良術式(岡林術式)を発表
1928年(昭和3年) 岡林秀一先生が系統的広汎性子宮全摘出術を発表、基本術式となる
参考文献:第57回日本産婦人科学会会長講演

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