※降順なんです。(下にいくほど最新版)

国立がんセンター中央病院婦人科外来での呼び出され方(ex:綾波レイ)
『綾波さ〜ん、綾波レイさん。21番にお入りください』

>>以前の婦人科外来担当医(2002.5.1)

外来でのフォローアップ(術後検診)
2002年02月21日(木)
今日は退院後初めての外来。子宮本体の病理の結果も聞ける。でも娘が熱だしてるので来週の木曜に変更してもらった。
どうしよう、カマ(酸化マグネシウム)なくなっちゃう!
2002年02月25日(月)
1週間前から時々痛かったお臍の左が朝からハンパなく痛い。たまりかねて国立がんセンターの恒松医長に電話したら「こっちに来たらたぶん入院になるけど、○○さんは遠いから地元で診てもらってもいいですよ。外科で診てもらって」と言われ、救急車で市立病院へ。なぜか産婦人科に回され、またしても私に告知した医師に遭遇してしまい、しかも思いっきり迷惑そうな顔された。。やっぱ這ってでも国立がんセンターに行くべきだったと激しく後悔した。おまけに腹痛とは関係ない質問(いつ手術しただの結局ステージはいくつだっただの)されたので、最初は聞こえないフリをしちゃった。。でも一応答えた。そしたら「え、手術だけ?放射線しなかったの?」と言われたのでビックリ。ここだったら確実に放射線も追加になってたワケだね。。
そんで車椅子でレントゲン室まで連れていかれ、普通のレントゲンを立位、横位で撮影。それから外科へ回された。福田先生(その後、病院長に昇格されました)は感じがよかった。レントゲンの所見ではイレウスも腸捻転もないと言われ、痛みの原因はわからないと言われた。「CTで痛みの原因を検索しましょうか?」と言われたが、「今週国立がんセンターで外来があるので」と言って辞退した。
2002年02月28日(木)
10時予約だったんで、どうせすぐには呼ばれないだろうと思い、19階で今日退院の友蔵くんとイチャイチャしてから待合室へ。そして外来フロアに行ったら座る間もなく名前を呼ばれた(ギリギリセーフ、汗)。んで診察室入るなり、「この間(月曜日)ベッドが空いたので電話したんですよ。でもお留守だったみたいで」と言われた。留守だったんじゃなく、痛くて電話に出るどころの騒ぎじゃなかったんですぅ。
で、本題の病理結果。
「病理で細かく切って詳しく検査したんだけどね、子宮本体にはね、どこにも全く1ミクロンも癌細胞はなかった。」
「はぁ?円錐切除で『断端陽性』でしたよね?なら多少残ってるはずじゃ・・・?」
「円錐切除で取り切れてたみたいだね。あなたはこのまま完治するでしょう」・・・非常に嬉しい言葉を頂いた。でもちょっち腑に落ちない・・・。ってゆうか内診もなかったんだけど?
診察室を出て、友蔵くんに病理の結果を聞いてもらった。
「んじゃ無駄手術だったんすか!?ってゆうかもし術後障害とか残ったらシャレんなんないっすよねー」「・・・ってゆうか残ってるんだけど障害」。もう笑うしかない。
イマイチ納得いかない部分もあるけど、円錐切除の病理結果「断端陽性」のまま手術を拒否ってたら、きっと今頃不安で死んでたと思うので、無理やり自分を納得させました。
2002年04月04日(木)
前回の外来では気付かなかったんだけど、今日は病院に入った途端、独特の匂いが鼻についた。19階はまた別の匂いがして、ラウンジへの通路でキョーレツなメマイを感じた。ってゆうか郷愁?
12時予約で12時20分頃呼ばれた。私が「先日出血を見た」と言ったため、久しぶりに内診台へイザナわれた。例によって例のごとく「別になんともない」と言われたので、間髪入れずに「私のお腹の手術跡ってケロイドですか?」と聞いたら、アッサリ「そうだね」。ガーン!やっぱし。。
ってゆうかホントは今日は薬(カマ)だけなのに処方箋ナシ。やっぱまた忘れてるよ〜つねちゃん。夫に調達してもらうからまぁいっかー。
2002年04月19日(金)
なんとなく膀胱のあたりが痛いので、地元の小林病院(泌尿器科)を受診。尿検査の結果はなんでもなかった。いちおう残尿を調べてみよう、ということで、来週DIP検査を受けることにした。
2002年04月26日(金)
地元の小林病院(泌尿器科)でDIP検査を受けた。造影剤も漏れなかったしレントゲン技師も若いメンズでナイスな感じ。でも途中「あ、ブラジャーとってください」って言われてマイッタ。だってすごい厚いパット入りのつけてたんだもん(爆)。
んで、結果はまったく問題なし。残尿もないし、腎臓も大丈夫
2002年09月11日(水)
再発・転移が不安だったんで地元の小林病院(婦人科)へ。「細胞診と腫瘍マーカーの検査お願いします」と申告するも「心配なし」と却下。右脇腹が痛かったので、卵巣が腫れていないか(内診で)チェック。肛門にまで指入れられてビックリ。特に異常なかった。「心配ならまた来なさい」と優しく言われ感激。思いきって潤滑ゼリー処方していただいた。
2002年11月7日(木)
内診のみ。「子宮がない場合は、卵巣の機能低下って起きるんですか?」と聞いたら「ないです」だって。
2002年12月5日(木)
2週間位前から、右足の付け根の奥が痛い時があったので、急遽予約を入れ診察していただきました。痛みを詳細に訴えるも「癌が原因ではない」とバッサリ。たいへん有り難きお言葉ではあるが、何も検査せず「ありえない」と断言されても・・・。しかも痛みの原因は不明で、一応「整形の先生に写真を診てもらいましょう」ということで、骨盤部の単純X線を撮影。あと血液検査。年末のせいか患者が少なく、ってか、ぶっちゃけ誰もいなくて検査もサクサク終了。
「もし癌の骨転移による痛みならば、あえて言うなら坐骨神経痛のような感じ」と説明されたがピンとこない。そもそも坐骨神経痛って何?

つーか実はこの日、テレビ密着取材のためカメラ同行していました。テレ朝「がん戦争Part19」です。
2002年12月19日(木)
上記の結果聞きに行ってきました。要約すると「痛みの原因は癌(転移)ではない(※あなたの癌はチョロイから転移は問題外、とまで言われました・・・)。リンパ浮腫でもなく術後後遺症でもない。婦人科とは無関係の痛みだから、整形外科の先生に診てもらってください。」と言われ、整形外科へ。整形外科の診察室ではシャウカステンに私の骨盤部のレントゲンが。それから診察台に横になって、エコーや触診で患部(鼠径部)を診てもらい、痛みの原因をいろいろ探ってくださり、詳細な説明もしていただいた。
ぶっちゃけ、とりあえず様子を見ましょう、ということです。あまり痛みが引かないようならまた来て下さい・・・って感じですね。ひと安心です。

つーかこの日も「がん戦争」取材のためカメラ同行していました。

※「チョロイ癌」と言われたいきさつ.....自分の癌の性質(タチ)を知りたかったので「ガン遺伝子c-myc」とか「腫瘍細胞内のS期細胞の数」とか「HPVの型(16,18,31型かどうか)」について聞いたら、「調べてない」とのこと。せめて高分化か低分化かぐらいは教えてくれるだろうと思い、再度質問したが、それも教えてくださらない…驚きました。なおも「でも基底膜破る能力があったのだから、転移能力もある癌なんじゃないですか?」と突っ込んだら「手術でとったリンパにも転移はなかった。基底膜を破ったといっても浸潤は5ミリ以下だし、微小浸潤癌なんてチョロイ癌だから」と言われたので、さらに「じゃぁ血行性転移の可能性は?」と聞いたら、「統計上、全くないとは言えないけどね」とのお返事でした。
手術前さんざん「転移の可能性が10%もあるんですよ!(手術前日「7%」に訂正)」と脅かされてたんですが、結局リンパに転移がなければ「チョロイ癌」ということになるんですねー。
2003年6月5日(木)
1時予約で1:40頃には呼ばれました。診察室は21番。ここ最近の不定愁訴を強く訴える。「右足の付け根付近が夕方からハンパなく腫れるんです」と。そしたら内診ではなくベッドに案内され触診。盲腸のあたりを強く押されて、ちょい痛かった。んで「そこたまに痛みます」と付け加えたら「あぁ(リンパ液)溜まってるね」って・・・え?そうだったん?!どうやらリンパ液が溜まって胞になってる模様。そうだったのか・・・。そしたらフェイントで「右の太ももも浮腫んでるよ」。は?・・・一瞬そんなわけないと思って「そんなことないと思うんですけど、、、太くなってないし」と言ってみたが「でも浮腫んでるよ、自分ではわからない?」。マ・マジですか!?知らんかった!そういや昨日昼間から太ももの内側が急に痛くなったんだった。そうだったのか、、、かなりショッキング。
「で、どうすれば?」と聞いたら「足を使う運動するといいよ。水泳を週に数回、本気で泳ぐとよろしい」。って簡単に言ってくれますけどそれってけっこうお金も手間もかかるんじゃ?「ひどくなったらどうなるんですか?(怖)」と聞いたら「膿になったらすごく痛いし熱も出る。抗生物質じゃ治らない。そしたらここに入院して切開(要するに手術で排膿)すればウソのように痛みは引きます」。ひえぇ〜それも痛そうなんだけど。
でも今日の内診はあんま痛くなかった。内診中もお着替え中も終始質問しまくった。ノドの違和感は(子宮がんとは)無関係だし気にしないほうが良い、との見解。またしても「あなたの場合、転移するレベルじゃないから」とお約束のお言葉を頂戴しました。そうか転移の心配より今はリンパ浮腫のが大問題だな。真剣に対策練らねば。
それから「カマいつまで飲めばいいんですかぁ?」って聞いたら「手術の関係で直腸の神経がアレ(要するに直腸の神経切断されてるってことでやんすね?)だからね、まぁ一生ってわけじゃぁないけど、しばらくはね」との回答。やれやれ。私が薬飲んでると、「抗がん剤」とウッカリ勘違いする人いるんだよね。はぅ。
なにげに今日つねちゃん笑顔でした(今日はカメラ入ってませんよぉ〜)。
2003年9月6日(土)予約外しかも時間外おまけに休日受診
昼過ぎ頃お風呂に入ったら右脇腹がハンパなく痛くなった。少し前から上体をひねると右脇腹痛が出ていたが、今日は息しても痛い。それで夕方4時頃がんセンターに電話し「とっても痛い」と訴えたら「診ましょう」ということに。2時間かけて車で向かい3Fの「救急処置室」で松岡直樹先生に触診とエコーで診てもらったが「処置を要するような所見は見当たらない」と。お守り代わりに、と痛み止め(ロキソニン錠60mgを5錠)処方していただき帰宅。(会計は次回外来時)
2004年1月6日(火)予約外
前日近医で「卵巣腫瘍」もしくは「虫垂癌(稀だけど)」を疑われ、紹介状と、前日撮影したCT画像を持って、夫と車で国立がんセンターへ(新立体駐車場初体験)。恒松先生の担当日じゃなかったため笠松先生に診察していただいた。開口一番「この位置は卵巣じゃぁなさそうだねぇ」と。んじゃ私の卵巣は一体ドコに?!謎は残るがとりあえず触診ということで診察台へ。ササッとブーツを脱いだら可愛い看護婦さんに「小原さん早いっ」と言われ(笑)。んで一番痛いトコを押され「痛いー!」と騒いでも「ごめんね(笑顔)」ってそれ口だけっしょ先生ー。私が「エコーに影がくっきりハッキリ写ってました。腫瘍って言われました・・・」って言ったら、持ち込んだCT画像を見「ウチのいいやつでもう一度撮りましょう」ということで今日もCT(汗)。検査オーダーフォーム(Miracle V2)で『再発検索』『至急』をセレクトされた(べ、便宜上ですよね?汗)。んでCT検査室は大幅に改善されてた。検査服に着替える必要もなく(ブラ外すだけでOK)、更衣室で水を飲まされ(200ml位)、出たトコで造影剤用の注射針を入れられ、お約束の「造影剤で具合悪くなったことありますか?」との質問に「それはないですけど2日連続で造影剤入れて体に悪くないんですか?」と聞いたら「なんで2日連続?!」と聞かれたので「ここのが性能いいから取り直す、って言われましたー」って返事したら「あ、それはありえるね〜(笑顔)」と、自信たっぷりに言われたんで「メーカーどこです?」って聞いたら「東芝※1です」って。んで靴履いたまま(!)台に横になり、スカートのファスナーはNGのため足までずらし、頭からアーチがせまってきた(昨日のCT※2は足からだった)。造影剤一気に入れられたら一瞬胸苦しくなったので「動機が激しくなって少し気持ち悪いです。昨日の3倍熱くなりました」と訴えたら脈拍測られて「大丈夫ですよ」とのことで退却。とにかくえらい早い流れ作業。処理能力大幅増強って感じだった。
あと「腫瘍マーカー12月のは正常値だから大丈夫だね」って先生それ1年前(2002年)のなんですけどー・・・ってことで腫瘍マーカーも測定。待ち番号が333だった。すっごい待った。過去最長。
んで検査結果詳細は近日中に出ます。早い。なにもかも。

※1 東芝Aquilion/アクイリオンのマルチスライスCT。0.5mmスライス
※2 GE横河ProSpeed SeriesヘリカルCT(シングルスライスCT)。息止めカウントダウン付き
2004年1月8日(木)
2時予約で3時半頃呼ばれ診察室へ。恒松先生はCT写ってるモニターにクギ付け(ってゆうか初見らしい)。先生「熱は?」私「ないと思います」先生「じゃぁ横になって」って言われて診察台で「支度しました」って言ってもなかなかモニター前から離れない先生。心臓バクバク。てっきりカンファレンスしてくれてるもんだと思ってたら「まだ読影してないんだけど、ここかな?(と画面の一部を指差し)これは水かな?あ、でもこれは腸だね。特に何も写ってません」ということでした。にわかには信じがたくて「月曜にはハッキリ写ってたんですけど・・・?」と言ったが、がんセンターのCTには何も写ってないし、腫瘍マーカーも正常値だし、昨晩から痛みも引いてるので特に処置は必要ないとのこと。通常ならありえないほどの素早い対応にばびりまくったけど、早期解決できて本当良かったです。
2004年7月1日(木)
1時半予約で、3時過ぎ頃呼ばれた。オリモノが妙だったので内診してもらった。その件(菌交代現象によるカンジダ)は地元で対処するよう言われる。アローゼン(28日分)と、ソラナックス(28日分)を処方してもらった。
2004年7月27日(火)
上記の件と、排尿後に膀胱が痛かったため地元の小林病院・婦人科へ(井上彬先生)。尿検査と内診。「カンジタがあるみたいで」と言ったら「分泌物はキレイですよ」と言われたが、一応検査へ。5分ほどで結果が出た。カンジダ(+)、トリコモナス(−)だったので、膣錠(エルシド)を10回分処方してもらうが、先生は「今ぐらいだったら必要ないですよ」とも。
2005年6月23日(木)10:00 行けませんでした。
2005年8月11日(木)10:00
8:56新幹線〜東京駅〜タクって9:50に到着。正面入り口に足を踏み入れた瞬間に嘔吐感に襲われた(化療してない私ごときが・・・すみません!!)。んで診察カードを外来受付マシーンに挿入し2階の外来待合室へ。呼ばれたのは10:50前後でした。内診してもらったところオリモノに異常なし。リンパ浮腫に対しては、標準治療(マッサージ)で良いとのこと。あと癒着のことで聞いたら「柿とかゴボウとか繊維の多いものは控えるように」とのことでした。柿もだけど、フルーツ全般がNG食品だったのは知りませんでした(大量に摂った場合)。で、診察室を出たのは11:05前後でした。そしたら待合室にはだ〜れもいませんでした。。。それと2004年正月の卵巣腫瘍騒ぎで来院したときに持参したCT画像も返却してもらいました。今まではそのまま手渡されてたのに今日は銀色の手持ち穴付きビニールに入れてもらえました(個人情報保護?)。ちなみに今日の外来担当看護師はM山看護婦さんでした♪
2006年2月16(木)10:00
10時の予約でしたが大遅刻しましたゴメンナサイ!なんと再診受付マシーンにカードを入れた時刻は11:06。けど診察室に呼ばれたのは11:25!過去最速だわ。ビビリつつ部屋に入り、最近の体調を伝え、自動M字開脚機に乗っかり内診を受けました。特に問題ありませんでした。そして過去の処方箋画面を見ながら「アローゼンいりますか?」と聞かれたので、「それ全然効かないのでいりません。いつも市販のを飲んでいます」と言ったら「それは何?」と聞かれたので「スルーラックです。コーラックのゾロだと思います」と答えました。そして次回の予約を入力してもらった後、恒松先生から「僕は3月までなので、次の外来は別の先生になりますから」と言われ、一瞬さみしさでコトバにつまりつつ、手術していただいたこと、命を助けてもらったことのお礼を伝えました。しかし主人が行方不明のままなので、いったん診察室を出て夫の到着を待ち、しばらくして再び診察室に入り、一緒に記念撮影させてもらいました。今まで本当にありがとうございました。わたし、恒松先生のこととても好きです。

今日も外来看護婦さんはM山さんでした。いろいろ便宜を図ってくださってありがとうございます。極秘情報ありがとうございました♪
2006年10月26日(木)11:00
11時の予約でしたが、またしても遅刻してしまいました(ゴメンサイ!)再診受付機にカード入れたのは11時15分頃だったかな(汗)んで診察室に呼ばれたのは11時30分頃。で、今回から私の主治医は加藤先生(元癌研)になりました。軽〜く内診がありましたが、内診中「下剤は飲んでるの?」と聞かれたので「市販のもののほうが効くし、薬剤耐性もつきにくいので、いつも市販薬です」と応えたら、やっぱり「コーラックですか?」と聞かれたので「いえ、なぜかコーラックよりゾロのほうがいいんです。スルーラックとかビューラックとか」と言ったら「ゾロって・・・この業界に詳しいですねー」と言われてしまい、慌てて「いえいえ主人が薬を卸す会社なだけですー。ギョーカイ用語は“ゾロ”しか知りません(汗)今はジェネリックって言うんですよねー。けど私の治療した当時はゾロ使ってなかったですよ」と言ったら「今は国立もゾロを使うようになったんですよー」って言ってました。こんな感じでベラベラ喋りながらだと身体の力が抜けるので内診がラク!けど直腸診は痛い・・・(涙)そしてまた一年後ということに。え!まだ通院しなくちゃいけないの?つーか「一年後の予約なんてできるんですか?」と聞いたら、「来年一杯まで予約は可能ですよ」ですって。。
2007年10月某日(木)11:30
2007年12月20日(木)10:30
予約時間どおりに名前を呼ばれました。
さらっと問診。サクっと内診。と思いきや、またしても直腸診で撃沈(涙)。6年経過しているために排便障害はもう治らない見込み。
内診後、加藤先生は電子カルテに入力していました。そして「この病院では5年経過した患者さんはね・・・」と口ごもりつつ『エアー卒業証書』を差し出されたので、「本当に何かくれるんですか?」と言ったら、「ないよ!」と爆笑されました(ショボーン)。
続きはMIXIに記載しています。

>>現在の婦人科外来担当医

[NEWS]術後ケアは地元病院で 国立がんセンターと医療機関連携

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