大野智(リーダー) ◆大(おお)ちゃん
1980/11/26生 東京都出身 A型
- リズム感のよさを社長に認められ、ジャニーズ事務所に入所。
- ジュニア内で歌が上手く、ダンスも先輩たちのバックダンサーを務める頃には「新人Jr.は大野の後ろで踊れ」と言われたほどの実力の持ち主で、自身も踊りを極めたいという思いから舞台を中心に活動していく。
- 1997年から2年間、ジャズダンスを極めたいという思いから実家を離れ京都に滞在し、一日5公演ある舞台に出演しながらダンスの技術を磨く。
- 1998年の舞台終了後、共演していたプロダンサーからプロに転向するように勧められるも、踊りには満足したという理由から事務所に辞意を伝える。しかし社長に上手くかわされ堂本光一の舞台「MASK」、少年隊の「PLAY
ZONE」に出演させられる。その後、改めて社長に辞意を伝えたところ、今度はジャニーズJr.のレコーディングの手伝いをしてほしいと頼まれ、手伝いならばと歌ったのが嵐のデビュー曲「A・RA・SHI」で、その収録の一週間後、社長に遊びに行くといわれ誘われるままについて行ったハワイで嵐のデビュー会見が行われた。
- デビュー曲「A・RA・SHI」ではメロディとラップの両方のレコーディングを行っており、収録後に「メロとラップ、どっちがいい?」と聞かれ、ラップはそれまでに歌ったことがなかったため「メロ」と答えメロディ担当となった。
- V6のファーストシングルのカップリング「Theme of Coming Century」もレコーディングを行っている。レコーディング後、社長に「バレーボールはできるか(フジテレビ主催のバレーボールワールドカップのイメージキャラクターとして、新しいグループを結成する計画がその当時進められていた)」と聞かれたが、デビューすることに全く興味がなかった大野は「嫌な予感がした」ためそれを否定しV6入りはなくなったとされている。しかし実際は、大野の意見が聞き入れられたのではなく、次にデビューさせるグループの中に、大野を入れる計画をすでに社長が立てていたためで、結局その4年後、大野は「嵐」としてデビューさせられ、バレーボールワールドカップのイメージキャラクターを務めることとなった。
嵐のリーダー
- 少年隊の冠番組「少年隊夢」内で櫻井とじゃんけんをした結果リーダーに決まった(他のメンバー全員が大野をリーダーに推薦したが、大野だけが櫻井を推薦したためじゃんけんに至った。なお、じゃんけん自体は大野が勝ったのだが、櫻井や東山が「勝ったから大野がリーダー」と言いだしたため、結局大野がリーダーに決定した)。
- リーダーが決定するまでは大野がダンスリーダー、櫻井が勉強リーダー、松本がお笑いリーダー、二宮が芝居リーダー、相葉がアイドルリーダーと分担制だった。
ダンス
- 嵐のダンスリーダーかつメインボーカル。
- 抜群の運動神経とリズム感を持ちあわせ、ストイックで重力を感じさせない細かいステップとキレのあるダンスを踊る。
- ジャズダンスをはじめ、ロッキングやカポエィラなどのストリートダンス、ジャグリング、殺陣、アクロバットなどダンスの幅が広く多彩なため、嵐のコンサートでは、曲の振り付けも手がける。
- 知念侑李(Hey! Say! JUMP)が大野のことを「ダンスや歌が上手く最も尊敬し大好きな先輩」であると度々テレビや雑誌等で話している。
芸術
- 友達の影響で小学校3年生のころから絵を描き始め、中学2年生でジャニーズ事務所に入所しダンスに熱中する一方で、イラストレーターになることを夢見て絵を描き続ける。
- 20世紀の米画家ノーマン・ロックウェルや江戸時代の京都の絵師・伊藤若冲にあこがれる。
- 芸能活動と並行して創作活動を続けている現在では、立体表現・ペインティング・ドローイング・グラフィティ・スチールカメラなどの創作に取り組み、公式携帯サイトではイラストを公開。
- 2008年2月8日、大野がデビュー前から10年にわたり制作してきたアート作品を収めた写真集「FREESTYLE」を発表。
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- 写真集の出版を記念して、ジャニーズ事務所初の個展「FREESTYLE」を、東京・表参道ヒルズ内の「スペースO(オー)」(約450平方メートル)で2008年2月21日から29日まで9日間、総合セルフプロデュースで開催し成功をおさめる。
- 個展では、写真集に掲載されたフィギュア約100点と絵画約20点、写真集の表紙にもなった自身の顔の実寸大でかたどった金色のオブジェや廃材を利用したロボット、自前の一眼レフカメラで撮影した作品スチールやメーキングの様子などに加えて、個展用に創作した巨大なグラフィティなど約200点を展示。
- 2008年5月、「FREE STYLE ALL AROUND JAPAN」と名を変え、全国5ヶ所(大阪、名古屋、東京、福岡、札幌)で個展を開催。
資格
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- 五段を取ると師範になれると言われたのだが、「師範になるほどうまくないから」という理由で師範となる一歩手前で辞めた。ペンで書く字も達筆。
- テレビ番組「ザ少年倶楽部」では、初代タイトルロゴの題字を担当していた。また、嵐の20枚目のシングル「Happiness」のPV内では、「幸」という文字を筆で書いている。
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- テレビ番組「嵐の技ありッ!」の企画で挑戦し合格した。
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- テレビ番組「ひみつのアラシちゃん!」の番組企画で櫻井と共に受験し合格した。
趣味・特技・趣向
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- 運動神経がよく、番組の企画で数々のスポーツに挑戦している。
- 小学時代は卓球部に、中学時代はバドミントン部に所属。
- 嵐のメンバーとジェイ・ストームのスタッフでフットサルのチームを組んでいる。
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- よりアクロバットを極めたいという思いから、「ジャニーズ・ファンタジー KYO
TO KYO」で共演していたジャパンアクションエンタープライズ(当時のJAC)の俳優に頼み込み基礎から教えてもらった。その後、猛特訓してより完成系の美しい形で飛べるようになった。得意技は側宙。
- 好きな食べ物はクリームシチューとパンとさけるチーズ。好きな飲み物はココアとパイナップルジュース、メロンソーダ。小さい頃はパンが好きという理由だけでパン屋になるのが夢だった。ゲテモノ系やエビの躍り食いなどが苦手。
- 聴くのはほぼ洋楽で、好きなアーティストはジャスティン・ティンバーレイクやエルヴィス・コステロなど。
- マッサージなど、体を他人に触られることが苦手。
コンサート・舞台・映画・バラエティ
- 舞台やコンサートの千秋楽などでは感激の涙を流すことがある。
- 2006年のソロコンサートではコンサートグッズの企画から舞台の演出までを初めて経験。また、舞台「WEST
SIDE STORY」以来となるジャズダンスも披露した。
- 映画「黄色い涙」の オリジナルサウンドトラックに収録されている「もどり雨」では、メンバーの中で唯一大野だけが自分の演じた役柄のイメージにあわせてレコーディングを行っている。これは、スタッフから要望されたために行ったことなのだが、収録後に出来上がった歌を聞いてみたところ、他のメンバーは普段と全く同じように歌っていたたため、結果、大野だけが本来とは違う声や歌い方で収録されることとなった。
- TBS系「うたばん」では司会を務める事務所の先輩である中居正広(SMAP)に対し、大野が反抗的な態度で暴言を吐き(司会の石橋貴明(とんねるず)が大野に暴言を吹き込む)、それを聞いて切れた中居が大野に襲いかかろうとし、嵐のメンバーと石橋貴明がそれを止めに入るというコントが出演した際の定番となっている。尚、このコントは「下剋上コント」と呼ばれ、2002年から続く人気のコーナーとなっている。
- 上記のように「HEY!HEY!HEY!」や「うたばん」といった嵐メイン以外の番組では一番、いじられているが、意外にも嵐メインの番組では一番いじられているのは櫻井である。
- 受賞暦
- 魔王: 第12回日刊スポーツ・ドラマグランプリ 夏ドラマ「主演男優賞」、TVnaviドラマ大賞(7月〜9月期)「主演男優賞」受賞
エピソード
- 櫻井のオーディション会場に大野がいたり、ジュニア時代に櫻井が社長から大野の後ろで踊るように言われてレッスンを受けたりと、嵐の中では一番付き合いが長い。「大野にはなんだかんだいいつつも今でも頭が上がらず、大野のことを尊敬している」と公言している櫻井は、このほかにも「才能の人」、「足りないものは何もない」、「(芸事に対して)極度に自分に厳しい人」、「嵐における彼の力は絶大」、「嵐の精神的支柱」など、数々の言葉で大野を言い表している。
- 相葉曰く、大野は自分に対して何をしても何でも許せる気がする存在で、「メンバーの中で付き合う(結婚する)なら誰がいいか」という雑誌のインタビューなどにはよくお互いの名前を挙げあっているほど気が合う仲。また、「大野くんの存在自体に感謝」、「困った時のリーダー」などと言い表している。
- 暇つぶしという理由で、手を繋いだりくっついたりしていつも遊んでいる。また、同じ香水をつけていたり、歌の途中に二宮が大野のお尻を触っていたということが松本、相葉から報告されている。
家族
- 父、母、姉の4人家族。
- ジャニーズ事務所入りを勧めたのは母親。本人は反発したが、どうせ落ちるからと言われてそれもそうかと納得し、オーディションに行くことに了承した。また、母親にはダンスの経験があり、事務所から書類選考の合格通知が届くと、大野に2ステップを教えた。しかし、母親も知り合いに事務所入りを勧められただけで、ジャニーズ事務所がどういう事をするところかよくわかっていなかった。
愛称
- 嵐のメンバー、松本からは「リーダー」、相葉からは「リーダー」「キャプテン」、櫻井からは「大野くん」「智くん」「智(さと)っさん」と呼ばれることが多い。二宮からは「キャプテン」の他、二宮のラジオ番組の中では「サミー」、二宮がWEBで連載していた「ゲームニッキ」においては「パン屋さん」と呼ばれていたこともあった。
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- 事務所の社長ジャニー喜多川が命名。
- 相葉が呼び始めたのがきっかけで、それまでは櫻井以外は「大ちゃん」と呼んでいた。
- 「まごまご嵐」内で結成されたボート部のキャプテンだったことからついた。また、リーダーは他のグループにもいるが、キャプテンは嵐にしかいないという理由から呼ばれるようになった。
- 事務の偉い人に「サミーっぽい」という理由でいきなりつけられたあだ名。2006年のソロコンサートではおかまのサミーという役を演じた。