2006.01.30作成

019 思いを伝える―パーキンソン病で入院
by ゆうこ
   
    『思いを伝える』ーパーキンソン病で入院するということー
6月に18回目の記事をアップしてから少しずつ体調が悪化してきた。それにつれて
集中力、気力が急速に衰えてきた。
書くという気力は左手の振るえも加わって更に低下。(右手の振るえは強く出ていたが左手は無事であった。パソコンを打つのは左手、書くのは右手、振るえがある時は左手でやっていたのである。
不幸中の幸いというべきか、私は左利きであった。)
 毎日、少しずつ悪化していく症状にオロオロとし、病のみに神経が集中していた。
久しぶりに書く気持ちになったのは、入院したことにより気分的に少し余裕が出てきたのかもしれない。しかし、体調が改善したわけではない。
  薬効持続時間の短縮(効かない時もある)、
  オン・オフ現象、
  すくみ、
  突進歩行、
  姿勢反射障害、
  右傾、
  後倒、
  前倒、
  座位保持困難、
  寝返り困難
などの状態は続いている。
 副作用と思われる症状も多数、出現している。
痺れ、特に両下肢、その中でも足の親指は酷い痛みを伴っている。
頭の後頭部から痺れ出し頭頂部まで刺すような何とも形容し難い感じの痺れ感に襲われる。
腹部は息をするのも苦しいほどパンパンに張りつめる。
口の中は唾液が出にくく、(少しの唾液は粘り)常に砂漠状態である。
舌は真っ白になり、ヒリヒリし、常時、口内炎が出来ている。
 
 病の進行に連れて自律神経症状も顕著になってくる。
なかでも排尿障害は切実である。
(私の場合は頻尿と切迫尿)こうなると外に行くのも億劫になる。
QOLは大幅に低下する。
症状的に一定のパターンをたどる病が多いが、PD(パーキンソン病)は人によって大きな違いがある。
30〜40年経ても何とか自立出来ている人もいる反面、5〜10年で進行し寝たきりになる人もいる。いろいろな病があるなかで、パーキンソン病は特異な病だと改めて感じる。
(厳密に考えるとそれぞれ違った病なのかもしれない)
 PDになって11年。11年で5回の入院をした、今回の入院は6回目である。
6回の入院で感じたことは、看護師の質によって入院患者の気持ちは変化するということだ。至極当然のことだが・・・。質の悪い看護師が多いと患者は不安になり安心していられなくなる。
その結果、気軽にナースコールが押せなくて我慢してしまう。
中でも一番切実なのは排泄である。
薬が切れていたり効いていない時に排泄したくなると悲惨である。
何とか自分でと思うものの身体がいうことを聞いてくれない。ギリギリまで我慢する、しかし薬が効いてこない。そんな時は躊躇していられない。排泄の介助を頼むことになる。
車椅子に乗ろうとして足に力をいれるとガクガクしてしまう。
一歩がなかなか出ない。
一人のある看護師が言った。「気をしっかり入れてないから動けない、自分で動こうとしなければいつまで経っても動けない」と。
歯がゆさと悔しさで涙が出そうになった。
「動きたくても動けないの!!どんなにもがいても!!」と叫びたい。
PDは身体を動かす物質(ドーパミン)を作る工場が(黒質部)壊れてなくなっているのである。
自分はガソリンのない車なのだ、気力だけではどうしようもないのである。
しかし、反論している時間はない、それよりも早くトイレに行きたいのである。
分かって貰うまで言い続けなければと思う。そのような患者さんが同室にいた。だが、『うるさい人』『我儘な人』『面倒な人』と煙たがられてしまった。
結局、こちらの思いは伝わらない。伝えようとして何度も同じことを言っていると聞き流されてしまう。そして患者は辛い思いを我慢することが多くなる。
看護(介護)する側とされる側は、本来対等な立場であるべきだと思う。
だが、現実は患者が弱い立場に立たされることが多いのではないだろうか。
症状を適切に表現することは難しい。
思いを伝えることは更に難しい。
それがきちんとできた時、適切な看護・介護につながっていくような気がする。
そのためには看護される側もする側も思いを率直に伝え合うことが肝要ではないだろうか。

                           2006・1・1
                              byゆうこ

(報告)
1回目に『小さなプラスチック容器』という記事を書いた。看護師さんの機転で薬が飲みやすくなった。という内容であった。今回の入院でそれが実践されていました。
ちょっとうれしい思い。(^^)





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