2003.12.29作成

007 介護人失格・自信喪失
by ゆうこ
【介護人失格】

―自信喪失―
 Wさんのこと(『コミュニケーション』参照)があってから、自分はこの仕事に向いてないのではないかと思うようになった。
心に余裕がなくなると感情的な言葉で相手を傷つけてしまう。介護者としては失格である。
入居者からとても慕われているベテランの寮母さんがいた。
私にも色々教えてくれたり、それとなくアドバイスしてくれる方であった。彼女に「私はこの仕事は向いてないような気がする」と言った。
「向いているかどうかは誰にも分らない。私だって10年近くやっているけど未だにわからないよ」
でも皆から慕われているし、どうしたらそのようになれるのですか?
「そう言われても・・・ただ誰に対しても、もしこの方が私の母だったら、夫だったらと思って接してるだけよ。私も最初の頃はすぐ感情的になってよく衝突していたよ。今はそういうことはあまりなくなったけれど」
自分を抑えられるようになったということ?
「さあ、良く分らない多少気は長くなったかもしれない。それとお世話させて貰っているという気持は持っている」
 そんな会話をしてから彼女とお年寄りとのやりとりを気にしてみるようになった。
一見何気ない会話をしているが、相手によって自分の役割を切り替えていることに気がついた。もし母親だったら、夫だったらということを考えて、それを彼女は自然な感じで実践していた。
もうひとつ気がついたことがあった。
話をするとき相手の手を持ったり、肩に手をおいたりしながら話をしていた。アメリカの施設では、1日に最低5〜6回は相手を抱きしめるようにしているそうだ。
スキンシップ(非言語的コミミュケーション)も大事だということであろう。特に幼児、高齢者においては大切な要素であると彼女を見ていて思った。
しかし私は元来不器用なところがある。とても彼女のように出来る自信はない、かといってここで投げ出すわけにはいかない。
どうしたらいいのか?
まず自分の性格を今一度、(自分自身)見つめ直してみよう。
自己をよく知ること、それが感情をコントロールすることにつながるのではないか。
早速、心理学の本を何冊か買ってきて読み始めた。しかし私が求めていることとは少し違うようで、すぐに投げ出してしまった。
”自分をよく知って気持の良い人間関係を築く”には?
この課題をクリヤーしなければ同じ過ちを何度でも繰り返すだろう。
Wさんと会うたびに”介護人失格”と言われているような気がした。


【受験出来ない】

―初心に帰って―
 夢中でやっていたせいか3年は瞬く間に経ったような気がする。
しかし3年経っても慣れるという感覚は持てなかった。慣れで仕事をするようになってはいけないという自戒の気持を持ってもいた。
気がつくと実務経験は既に3年に達していた。『介護福祉士』受験資格が出来ていたのである。
中途半端な気持では出来ないことを思い知らされてから真剣に介護の事を考えるようになった。資格を取るという目標はニの次になっていた、しかし受験資格が出来たのだ、3年間でどのくらい実力がついたのか知りたいと思った。
受かる自信はなかったが受験することにした。
試験は筆記試験と実技試験である。筆記試験に合格したら実技試験が受けられる。実技試験には少し不安があったが、実技は一回目が駄目でももう1度、受けられることになっていた。
何とかなるだろうと事務所に、実務経験3年したという証明書を書いてもらいに行った。ところが
「まず主任の許可を貰って下さい」と係りの人が言う。
試験の日の有休の許可のことだと思った。
主任は「今年は受験を遠慮してください」と言う。驚いて理由を聞くと、まだ試験に受かっていない先輩が数名いる。(今度で3回目であった)その人たちを差し置いて後からの人が受けるのはちょっと・・・まずい。
2回受けて合格出来なかったのである、3回目も受かる保証はない。割り切れない思いであったが、従うしかなかった。
もう1年初心に帰って勉強しようと気を取り直した。
気持のよいやり取りをして人間関係をスムーズにする、という大きな課題もクリア出来ないでいた。学ばねばならないことは沢山ある、その時間が与えられたと思えばいいのだと自分に言い聞かせた。

 入居者に対してポンポンときつい言葉を言う寮母さんがいた。
そばで聞いているとドキッとするようなきつい口調でまくしたてている。最初その場面に出会ったときは驚いた。
相手は心身が不自由になっている人である、それを考えるともっと優しくしてあげればいいのにと思った。
しかし彼女は入居者からとても慕われ頼りにされているのである。何故なのか?と不思議であった。それと対照的な寮母さんがいた。穏やかで入居者の言うことに対して、反論することも一切なかった。二人の対照的な対応を見ているうちにハッと気がついた。
入居者をどう捉えているかの違いなのだと思った。ポンポンと相手に言う寮母さんは入居者を対等な人間として捉えている。だから少しきつい口調になっても相手は真剣に自分のことを考えてくれていると思うのである。
入居者の言うことに「はいはい」と言う寮母さんは相手を同じ人間としてでなく、老人として捉えている。
施設にいる人は社会的な常識からみれば弱者ということになるかも知れない。でもどんなになっても一人の人間である。彼女は相手を対等な人間として接しているから頼りにされ慕われている。
どのような状態にある人でも『同じ人間だ』という視点を持つことは信頼されるための大切な条件である、と知った。




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