2004.01.18 作成

009 人によって違う"幸福"
by ゆうこ

 貝原益軒の養生訓に「腹8分目」と書かれている。
ほとんどのことに当てはまる考え方ではないだろうか。
福祉についても同様のような気がする。
『福祉』を辞書でひくと”幸福(しあわせ)”と出ている。何がその人にとって幸福であるかは人それぞれであろう。
人間は自分で出来ることは自分でしようという気持を、大なり小なり持っていると思う。
病や事故で人の助けがなければ生きていけない状態になった人に対して、適正な援助はなされなければならない。
そういう意味において福祉が充実することに異論はない。
自分も今その恩恵を受けている。有り難いことと思う。
だが福祉の充実がはたして人間に幸福をもたらすだろうか?

シゲじいさん
 1人暮らし(厳密にいうと鶏5羽との共同生活)をしていたシゲじいさんが入居してきた時、すえた汗、鶏のフン、アルコール、煙草のヤニ、ニンニク、乾いた尿、それらが総て合わさったような何とも形容し難い強烈な臭いを全身から発していた。
臭いだけでシゲじいさんの生活ぶりは容易に察しがついた。
7、8年前に奥さんが亡くなってから、鶏と共同生活をしていたが、最近横になっていることが多く近所の人達が心配して町の福祉課に連絡をした。
それを受けて福祉課の人が様子を見に行った。
 髭は伸び放題、垢まみれで尿の臭いのする布団に包まって寝ているシゲじいさんがいた。
布団の周りには酒の空き瓶が何本も転がり、部屋の中は鶏が自由に歩き回っていた。(飛び回る?)部屋は鶏のフンで畳が見えない程であったという。
福祉課の職員はすぐさま東京にいる息子に連絡を取り承諾を得て、緊急措置としてホームに入れるように手配をした。
(この頃は、措置制度で自由に施設を選ぶことが出来なかった。入居待ちの人が沢山おり約2年は待たないと入れない状況であった)
 最初ホームへ入ることを渋っていたシゲじいさんも、息子の説得で重い腰をあげホームへきたのであった。
それまでも何回か東京へ来るよう言ったそうだが、聞き入れなかったようである。
 ホームでの生活が始まった。
しかし自由気儘な生活をしていたシゲじいさんにとってホームでの生活は窮屈で、ストレスを感じることの多い日々であったと思われる。

朝食時眠っているシゲじいさんを起こした。
なかなか起きないので「冷めますよ、起きて下さい」と布団を持ち上げて言った。
「何をする!わしは眠たい。後で食べる、置いといてくれ」
と不機嫌な声で言うと布団を被ってしまった。
今まで眠りたいときに寝て、お腹が空いたら食べるという生活をしてきたのである。
時間などにおかまいなしの生活を送ってきた人が、決められた食事時間に起こされるのは迷惑であろう。
当分好きなようにしてもらいながら、少しずつ慣れてもらうようにするということになった。
といってもおのずと限界はある。
心臓と肝臓機能が少し低下気味だったので、お酒と煙草は少し制限された。
 半月程経った頃、同室の人から「夜中にゴソゴソするので眠れない、部屋を替えて欲しい」と苦情が出た。夜中になると起き出して買い置きのワンパック入りのお酒を飲み始め、他の人が起きる頃になると眠り出すのである。
同室の人にとっては迷惑な話である。
看護師が話しに行った。
「夜遅くに起きてお酒を飲むのは身体に良くないですよ」
「酒はわしの楽しみじゃ。
ここへ入ったら酒は飲めんようになると聞いとったけん、わしは断ったんじゃ。
そしたらここの先生が(ホーム長)、そんなことはありません、と言うたんよ。
まあ、そんならええじゃろうと思うてきたんじゃ」
「お酒を飲むのがいけないとは言っていません。夜中に飲むのは身体によくないと言っているの」
「いつ飲もうとわしの勝手じゃ!あんたに言われるおぼえはない」
「夜中にゴソゴソするので同室の人が眠れないのです。ここは家と違うからそれを考えて貰わないと」
「身体に悪いと言ったろう、さっきと言うことが違うがな。
でもわしも人に迷惑かけるのは本望じゃないけんな。
それなら家に帰らんといかんわい」
「家に帰ったら、又食べるものも食べないで、お酒を飲むでしょう、病気になりますよ」
「自分がどうなろうとあんたには関係ない。
夜中に酒を飲むと身体に悪い、次は他の人に迷惑じゃ、それなら家に帰る、言うたら、病気になると言う。あんたは何の権利があってそんな事を言うんぞ」
「ここにいる人の健康に関して私は責任を持っています。心配するのは当然です。」
「いらん心配して貰わんでもええわい!とにかくわしは明日家に帰るけんな!」
 
 翌日、町の福祉課の人とホーム長と相談員がシゲじいさんの所に話しに行った。
いろいろ説得する三人にシゲじいさんは言った。
「ゴチャゴチャ言われて生きるのはわしの性にあわん!」
福祉課
「どんなことですか?よかったら具体的に教えて下さい」
シゲじい
「兄さん、あんたここに2〜3日入ってみたら、ようわからい。
9時過ぎにテレビつけたら注意 されるし(少し耳が遠いため大きな音で見るのを注意されたようである)、眠っておるときにご飯じゃいうて起こされるし、酒のんだら身体に悪いと言われる。
兄さん好きな野球を見よるときに風呂へ入る時間じゃ言われて、ハイハイと言うて入るかな?
ここにおったら息が詰るようなことだらけよ。」

福祉課 
「シゲさんの身体のことを心配して言っていると思います。私も心配しています。」

シゲじい
「兄さんはわしのことを心配してここに入れるようにしてくれたと思うとったが。
あんたはわしが1人で死んだら自分の立場が困るけんここに入れたんよ。
ここにおったらその心配はせんでええけんな。
言うとくけどわしはお母が(おかあ)死んでからも福祉に頼らんで自分で生きてきたんじゃ。
誰に迷惑もかけとらん。
誰が兄さんに言うたか知らんが、とにかくわしは家に帰るけんな」

入居してきたときからの思いを一気にぶちまけるような口ぶりであった。
シゲじいさんの言うことはもっともであると聞きながら思った。勝手なところはあるが・・・。
更正施設ならいざしらず、ここは生活の場なのである。
たまたま色々な事情でここに入居しているが、普通の大人である。
決められた時間にご飯を食べ(眠っているのを起こされて)決められた日に風呂に入らされ、9時を過ぎると消灯させられる。
身体に悪いからと煙草を制限され、お酒も制限される。煙草は身体に悪いと知っていても、好きならば自分の責任で自由に吸えばいいのである。誰にとやかく言われることはない。
それこそ余計なお世話というものであろう。
 ホーム長はシゲじいさんを個室に移動することを提案した。
それから3日後部屋替えが行われシゲじいさんは個室に移った。しかし、シゲじいさんは日に日に元気がなくなっていった。
そして入居してから1年目、あっけなく逝ってしまったのである。(死因は心不全となっていた)
あの劣悪と思える環境の中で気儘に生きていたシゲじいさん。もし、ホームに入らずあのまま家で暮らしていたらどうなっていただろうと思う。
ホームでの生活はシゲじいさんにとって幸福(しあわせ)だったのだろうか?
フンだらけの中でも人に頼らず自分なりに生きてきた。ホームへ来てから環境はよくなったが、して貰うことが多くなった。いわゆる受身の生活である。そのことがシゲじいさんから、自分で生きる力を奪ってしまったような気がしてならない。
どちらがシゲじいさんにとって幸せだったか?天国に行ってしまったシゲじいさんに聞くことは出来ない。





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