2003.12.1作成

001 介護を受ける側に
by ゆうこ
CONTENTS
はじめに
症状急激に悪化する
孤独な入院生活
小さなプラスチック容器
適切な介護
1錠の安定剤より
傾聴について

はじめに
今年6月大学病院に入院した。
平成元年度から特別養護老人ホームで10年近く介護の仕事に従事していた。
介護する側であった自分が、介護される立場になったのである。
立場が逆転したことで、今までいかに相手の気持を理解していなかったかを思い知らされた。
自己満足だけの介護であった。
拙い文章だが介護する人にとって少しでも参考になれば幸いである。


症状急激に悪化する
2003年2月半ば急に薬の効きが悪くなった。
パーキンソン病になって8年目であった。
急激に進行する病ではない。なぜだろう?という疑問が頭の中でエンドレス・テープのように回っていた。
主治医に電話をし病院に行った。「悪くなっていません」 と言われる。
しかし納得出来なかった。
何度も電話をし病院に行った。しかし答えは 「悪くなっていません。」
急に悪くなったのは昨年11月の治験終了後2週間たってからである。
それが原因としか思えなかった。
しかし医師は「悪くなっていない、治験は関係ありません」を繰り返すばかり。

その間にも状態はどんどん悪化していった。
ウェアリング・オフ現象・日内変動、それに 伴って自律神経症状も増えていった。
全身に及ぶ脂肪分泌の増加、体温調節障害(血流障害)、唾液分泌減少(口内乾燥)、味覚低下、構音障害、むくみ、胸苦しさ、血圧上昇、 頭痛、酷い耳鳴り、腹部膨満感、しびれ(頭、四肢)など。
今まで起こっていなかった「すくみ」も出るようになり、姿勢反射障害も酷くなっていた。
1日に動ける時間は2時間ほど、ふるえと痛みでストレスはどんどん溜まっていく。
「これでは何も出来ません、どうにかして下さい」と訴えた。しかし何の対応もないまま 4ヶ月が過ぎた。


孤独な入院生活
入院させて下さいと言い続けて4ヵ月後、やっと希望が叶えられた。
病棟は耳鼻咽喉科と 放射線科と一緒だった。神経内科のベッドはたった2床であった。外見からは病気だと 感じられない人ばかりの中で、手をふるわせながらヨタヨタとトイレへ歩いて行く私の姿は かなり目立ったと思う。
寝たきりになるのではないかという不安、誰も話せる人がいない孤独感、誰も分って くれない、明日が見えない絶望感。
この気持を誰かに受け止めて貰いたい、話しだけでも 聴いて貰いたいと痛切に感じた。専門のカウンセラーでも精神科医でも臨床心理士でも 1人そういう人がいれば、随分気持が楽になるだろうと思った。

入院してはじめてトイレ介助を受けた時のショッ\クは今でも忘れられない。あまりの恥ずかしさ と情けなさに涙がこぼれた。
老人ホームで接した人の顔が次々に浮かんで来た。
Nさん・82歳(女性)
寝たきりで常時オムツをしていた。少し記憶障害もあったがオムツ交換するたびに手を 合わせて「すまんなあ、有難う」と言われる。
動けないうえにオムツをしていることが、どれほど辛いことだったかと改めて思った。
たとえ寝たきりになっても人間としての 尊厳は持ち続けることが出来ることをNさんは教えてくれた。

患者になると言葉だけの優しさか、そうでないかが良く分る。
Wさんに言われた言葉を 思い出した。
洗髪をしている時「耳に水が入った、あんたにはして貰いたくない」と 拒絶された。
いれた覚えはないのに、どうしてだろうか?
「私らのことよく考えずにするけんよ」の 言葉が返ってきた。
Wさんに拒絶されたのは当然であった。


小さなプラスチック容器
自分で自由に身体を動かせないということは何より辛い。
身体は動かないのに手(右手)は激しくふるえる。どちらかにしてくれと叫びたかった。
パーキンソン病が進んでくると薬の効いている時と、切れた時の落差が激しい。
切れたらちょっとしたことが出来にくくなる。 さっきまで出来ていたことが出来なくなるのである。
ある看護師さんは必ず「今はどう? 出来る?」と聞いてくれた。有り難かった。
感動したことがある。
薬を飲むとき手に乗せた薬を口に入れるのだが、上手くいかず度々床に薬を落とした。忙しそうにしている看護師 さんを呼ぶのは気が引ける。ナースコールを鳴らして来てもらう、夜勤のときの忙しさを しっているだけに「御免ね」と何度も言った。
ある日、学校を出て2年目だと言っていた看護師さんが「ハイ、岡田さん」と言って小さい透明のプラスチック容器を持ってきてくれた。それを置くとニッコリ笑って出て行った。
これに薬を入れて口に放り込めば、スムースに飲める、しかも床に落とす心配がなかった。
彼女とそのことについて話したことは一度もなかったのに、彼女は私の様子を観察して 考えていてくれたのであった。
彼女が持ってきてくれた小さなプラスチック容器は色々なことを教えてくれている。


適切な介護
介護はその人の持っている能力(残存能力)を見つけ引き出し高めるというのが、本来のあり方だと思う。
少し前までは「出来ないことは何ですか?」と聞くのが普通で あった。
今は「何が出来ますか?」と聞くようになってきている。
消極的な介護からアクティブな介護へと変わってきている。
身体が動かなくても何とか自分でしようと 思う。出来るだけ自分の力でしようと思っていた。しかし上手く出来ない。ある看護師 さんはさっさと薬を飲ませてくれた。
これは親切なようだがそうではない。
ある人は そのまま置いていくだけであった。これには困った。
気兼ねしながらナースコールを 押さなくてすむように、自分で出来るようにプラスチックの容器を持ってきてくれた看護師さん、このようなことが出来る人に出会ったのは初めてであった。
適切な介護(看護)は患者(障害者)に自信を与えることになる。


1錠の安定剤より・・・
パーキンソン病に限らず患者は時として不安な思いにかられる。
眠れないで悶々と していると、見回りにきた看護師さんは「眠剤、又は安定剤が出ていますから」と 持ってきてくれる。
その夜の看護師さんは「少しお話しましょう」と言った。
5分程、話したところでナースコールが鳴った。5分の短い時間だったがとても 有り難かった。彼女は私の話に耳を傾け相槌を打ってくれただけである。上手な「傾聴」は薬の何倍もの効果があることを改めて思った。

色々な人の介護(看護)を受けて、良かったと思ったことはすべて精神的なことであった。介護(看護)は技術でなく心だという思いを改めて感じている。


傾聴について
《受容》
相手の思いや考えや感情等について、自分の価値判断で非難したり批判しないで現実をありのままに受け入れること。
《共感》
相手の立場に立って、相手の思いや考えや感情を感じ取り理解すること。
《感情の反射》
話の内容よりもその背後の感情に焦点を当てそれを言葉で返してあげること。
《感情の明確化》
相手の充分意識されていない感情などを、適切な言葉を選んで返してあげ、相手の 思いや考えの整理を手伝ってあげること。
《沈黙》
いろいろなケースがあるが、あわてずじっくり対処する。
《支持》
相手の考えや思いを尊重し認め、心の支えになること。
《質問》
適切な質問を心掛ける。

以上、介護を受ける立場になって気がついたことを書いてみました。



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