2004.01.10作成

008 規則どおりでなくても
by ゆうこ


老いた日の楽しみを
 介護の仕事をしていると、どちらがいいのか?どう考えればいいのか?判断しかねて迷うことがよくある。
糖尿病で食事制限を受けていた森さん(仮名)は甘い物が好きな83歳の方であった。
寡黙だが気は優しく穏やかで、(身体も大きい)森さんがそこにいるだけで周りの空気がホンワカしてくるような雰囲気をもっていた。
 週に一度、近くのスーパーから色々な物を売りに来る。入居者はそれを楽しみにしていた。
森さんも買う量は制限されていたがとても楽しみにしており、お店の人が来る何分も前からホールで待っていた。
森さんが買うのは決まってアメ(カンロアメ)とお饅頭である。たまに違うものを薦めても変えなかった。
その日は私が店屋さんの手伝いをする当番であった。制限以上に買い込むため、看護士さんから前もって注意をするように言われていた。
しばらくすると許可されている倍のアメとお饅頭を持ってレジにやってきた。
「多くない?」と言ったがもう袋に入れている。森さんの顔を見ていると「駄目!」と言えなかった。
健康のことを考えると必要以上に糖分を摂ることは禁止しなければならない。迷ったが「買い過ぎた分は引き出しの奥の方に入れておいてね」と言った。
森さんはコックリうなずいて部屋へ帰って行った。
やはり返品させるべきだったか?
「若い時から煙草も吸わない、お酒も飲まないが甘い物に目がなかった」と言った家族の言葉を思い出して自分の選択は間違っていなかったと思うことにした。
翌日床頭台の引き出しに入れてあったのが看護士さんに見つかった。少しのアメを残してほとんど没収されてしまった。
私は主任看護師さんから厳重な注意を受けた。注意の言葉を聞きながら思った。森さんの唯一の楽しみを健康に悪いからと言って必要以上に制限していいのだろうか?食べた饅頭の分は食事を減らして調節すればいいではないか。若い人ならいざしらず83歳まで生きてきた方である。甘い物を食べたいという欲求を充分満たしてあげることの方が大事ではないのか?たとえそれで少し寿命が短くなったとしても・・・。
私だったらそうして貰いたいと思う、と心の中でつぶやいた。


一片の氷

 腎臓が機能不全に陥っている久保さん(仮名)は1日おきに人工透析を受けていた。
1日の水分量もきっちり決められていた。ペットボトルにマジックで線を引いて、1日に飲む量を入れておく。それがなくなったら、もうその日は水分を摂ることは出来ない。
その日は夜になっても気温が下がらない暑い晩であった。
久保さんが夜勤室に「咽喉が渇いて眠れません、ジュースかお茶を飲ませて下さい」と言ってきた。
今日飲む分は既に飲んでしまって残っていない、心を鬼にして「もう、今日は飲めません」と言わなければならない。
しばらくすると又同じことを言ってくる。心は揺れる、しかしこればかりはきっちりと守らなければならない。
久保さんは夜勤室の前のソファーに座り込んでしまった。部屋に帰っても眠れないと・・・。
困惑していると一緒に夜勤をしている寮母さんが冷凍室から1片の氷を取り出して「これで我慢してくれる」と言いながら久保さんの口に入れてあげた。
久保さんは嬉しそうに満面に笑顔をたたえて「ありがとう」と言って部屋に帰っていった。
 翌日から彼は「氷をひとつ下さい」と夜勤室に毎晩言ってくるようになった。(看護師さんは何も言わなかった)
咽喉が渇くと眠れない、久保さんと原因は違うがパーキンソンの薬の副作用で唾液の分泌が減り、口の中が乾燥するようになった。薬が増えるに従って乾燥はさらに酷くなった。そのために目が醒めることも多くなった。
眠れないと何度も言ってきた久保さんの辛さが少し分ったような気がする。
とはいえ私は水分を自由に摂取出来るのだ、真の辛さは彼にしか分らないだろう。
それにしても、あの夜、冷凍室から咄嗟に氷を出して久保さんの渇きを和らげてあげた、寮母さんの臨機応変な対応に感心するばかりである。 




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