2003.12.26作成

005 人それぞれ・排泄のこと
by ゆうこ
CONTENTS
人それぞれ
老いのプライド
人に迷惑はかけられん

人それぞれ
あたりまえのことであるが、人はみな生きて、老い、病んで死ぬ。
乳幼児死亡率の低下、医療技術・機器などの発達により(その他の要因もあるだろうが)、平均寿命は著しく伸びた。
それが喜ばしいことなのかどうかは分らない。
元気そうに見えても歳と共に少しずつ色々な機能は低下してくる。
他の機能の衰えはそれほど気にならなくても、こと排泄に関しては少し事情が変わってくる。


―老いのプライド―
Fさんの場合(97歳・女性)
彼女は元看護婦さんで、綺麗な銀髪の話し好きな方だった。
看護婦さんをしていただけあって、しっかりした考え方で自己管理も上手。
長生きの遺伝子と長年の上手な自己管理のおかげで、97歳までお元気であった。
彼女は山口の萩の出身で、吉田松陰を尊敬しており「先生の名に恥じないような生き方を」と強く思っていたようだ。
短歌を詠むのが上手で新聞にも何度も掲載されたという。
ホームでは俳句クラブで活躍して、何に対しても好奇心を失わない方だった。

だが、よく歯痒そうに
「今はできないことが多くて」
と言っていた。
「昔はあんなこともしていた、こんなこともできた」
と会う度に口にされる
かなり強い喪失感を持っているようだった。
若い人になら、失ったものを数えるより今できることを大切にして下さいと言っただろう。
でも、97年を元気で生きてきた人にそんなことは言えない。
私にできることは彼女の話に耳を傾けることぐらいしかなかった。
Fさんはしっかりはしていても、時に排泄を失敗することがあった。
しかし後始末は決して人には頼まない。
たまに便で失敗することもあった。
そんなときは黙って、さっさと後始末を手伝う。
何でもなかったような顔をして(気にしていることから話題をそらし)彼女が、失敗したという気持を引きずらないようにするのである。

排泄の失敗は高齢になればなるほど増えていく。
ぐっすり寝ているときに失敗することも多くなっていった。
見かねた他の寮母さんが
「夜だけでもパンツ形式の紙オムツにしたら」
と言った。
しかし、彼女は拒否した。
彼女の気質からして当然の反応であった。
私は夜間だけベッドサイドにポータブルトイレを置くことを提案し、彼女はそれを受け入れた。
(結果的にはあまり使われず、殆ど効果はなかった)
何度も排泄を失敗すると、老いたことの哀しみが深くなる。



―人に迷惑はかけられん―
Bさんの場合(93歳・女性)
排泄の失敗を恐れるあまり、なるべく水分を摂らないようにしている人がいた。
Bさんもその1人で、いくら水分を摂ることが大切かを話しても
「失敗したら人に迷惑かけるけん」
と言うのであった。
夜になると自らオムツをしてと言う。
彼女はまだ失禁したことは一度もなかった。
オムツは寝たきりの場合の止むを得ない最後の手段だと言っても、なかなか分ってもらえなかった。
しかし私は譲らなかった。
ここでオムツをしてしまうと、自力でトイレへ行く回数も減ってしまう。
歩行器で何度もトイレへ往復するだけでも筋力低下を防げる。
人間は楽な方に慣れると努力をしなくなることが往々にしてある。
トイレへの往復も生活リハビリなのだ。
私の担当期間が終って若い職員が担当になった。
彼女は夜はパンツ形式のオムツをするようになった。出掛ける時も着用するようになった。
一年間頑張ってきたのにと思うと何ともいえない気持であった。

しばらく経った頃、彼女は夜よく眠れるようになってとても喜んでいるという報告があった。
彼女が失敗を恐れてあまり眠れなかったということを、私はそのとき初めて知った。
オムツは最後の手段という固定観念に捉われていた私は、彼女から一年間も、安心して眠ることを奪っていたことになる。
人それぞれなのだ。
良いと思われることも人によっては苦痛になることがある。
  


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