2004.08.03作成

015 介護者を元気にさせる笑顔
by ゆうこ

【介護者を元気にさせる笑顔】
 介護はゴールのないマラソンのようなものだと思う。
ゴールが分っていればそれなりに頑張ることも出来るだろう。いつ果てるとも分らないという状況は介護者にとってそれは耐え難い思いであろう。
私の叔母は、15年に亘って舅の介護を続けた。時々、絶望的な気持になることもあった。「自分の方が参ってしまいそう」と疲れた顔で言うことがあった。施設に入れるよう薦めたこともあったが叔母は最後まで舅を介護した。
後に叔母自身が話してくれたこと。
叔母を支えていたのは時おり見せる舅の笑顔であったと。

意思の弱い自分が、色々な失敗を繰り返しながら頑張ってこられたのも、まさに入居者の笑顔であった。
 病院で寝た切りにさせられていた人が、寮母達の努力でオムツが外れ自力で歩けるようになった時は皆で喜んだ。家族の人もとても喜んでいた、しかし、誰よりも一番嬉しいのは本人であっただろう。寝た切りにさせられて曲がってしまった腰を真っ直ぐに伸ばすことは出来なかった。
寝たきりの大部分は作られるということを実感した。オムツは最後の最後の手段である、一旦してしまうと尿意がなくなってしまう。そのようになった人のオムツを外すのはなかなか大変である。いつも時間をみてはトイレに連れていかなければならない。1度なくなった尿意の感覚を取り戻すのは時間がかかる。最初は失敗の連続である。そのうち排泄のパターンがつかめるとその時間にトイレに誘導する。トイレで上手く排尿出来るようになればしめたものである。
オムツが取れて自由に歩くようになると精神活動も活発になってくる。表情が豊かになり笑顔がよく出るようになった。入居してきたときと同じ人と思えないくらい変わったのである。お見舞いに来た人も「やり方でこんなに変わるんじゃなあ」と話しているのが聞こえた。
彼女の笑顔は介護する者に元気を与えてくれる。

【食事について】
人間には色々な欲求がある。
食欲は基本的な欲求のなかでも代表的な欲求に位置づけられるだろう。
病や事故によって自分で食べられなくなり、人に食べさせて貰うことは、仕方ないことであるが”食べる”楽しみは半減するだろうと思う。しかし生きるためには食べなければならない。
私の伯父は病院で亡くなった。
病院に入れられて少し経ったとき、食べにくいという理由で鼻腔に管を入れられ高栄養液を流し込まれるようになった。食べさせる努力も何もなされないまま。
食べることが人1倍好きな伯父は最後まで「口から飯が食べたい」と言っていた。その願いは叶えられることはなかった。

 口から食べることが身体的にも精神的にも大事な事は衆知の事実であろう。少しでも食べられる間はスプーン一匙ずつでも口から食べる努力をすべきだと思う。付きっ切りでなくても空いた時間を少し利用して、手の空いている人が口に入れてあげるというように考えればそれほど、食事介助も苦にならないで済む。
出来れば寝食分離が望ましいけれども、ゴールの見えない介護に無理は禁物である。
ホームで食事介助をするときに心掛けていたのは、まずエプロンをなるべく着けないようにする。赤ちゃんではないのである、どうしても必要ならタオルを使うようにする。ミキサー食の場合先に見て貰ってからミキサーにかける。初めからドロドロになったものを食べるより、目で見るだけでも少しは違うのではないかと思う。
 リューマチで寝たきりの方の食事介助をして、最後のお粥に飲みにくいだろうと勝手に薬を入れたところ、「薬は薬で別に飲む。あなた自分が薬を飲む時どうしてますか?ご飯と一緒に飲まないでしょう」と言われた。
その言葉を聞いた時恥ずかしくて何も言えなかった。ただ一言「ごめんなさい」というのがやっとであった。




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