2003.12.24更新

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どつぼにはまる by きょん2
 

 こんなんじゃだめだと思いながら何もやる気がせずだらだらと過ごしているこのところのわたし。そんな自分のことを書いてみようと思った。しばらく前だったらやる気のない自分の存在を否定して責めていたと思うが、今では達観していて半ばあきらめつつ事態の推移を見守っている。がまんして耐えているといえるかもしれない。元気でやる気満々の自分は誇らしいものだが弱気で根をあげている自分につきあうのは正直いってたまらない。

なぜこうなったかは体調を崩したことに起因する。そしてそれが原因で薬の効きが悪くなった。つながらなくなってオフが続くともうきっかけを失ってどつぼにはまる。薬を増やしてみるがぴたっとこなくて今度はつながってもジスキネジアで動きにくくどうも調子が悪い。動けないと気力はなえる。やる気を失う。反対にここで無理をして意地になると自分に腹がたっていたたまれない気分になる。だからどっちにしてもうまくはいかない。こういうときはひたすら我慢して自分を受け入れることだと言い聞かせるいがいにない。

ただし、周囲がどう受け入れてくれるかということは別問題である。我が家ではわたしのぼやきはいつものことだといわれ相手にもされない。つまり私のどつぼは今にはじまったことじゃあないというのだ。そりゃあ、そうかもしれない。だが、わたしにとっては一大事で大変なことなのだ。「ああ、調子が悪い。」と嘆くわたしに「調子がいいときってあったんかい。」とのたまうのである。

「あら、それなりにがんばってるときだってあったわよ。」と反論すれば「がんばってるときねえ。あったかねえ。いつものとおりだと思うけどねえ。」と平然といわれてしまう。

家族にいわせれば「いつもどおりの調子で急に悪くなったってわけじゃねーよ。」ってところかもしれない。慰めになるようなならないようなことである。急に自信もなくなってがんばっていたと思ったのに単なるわたしの勘違いであったかとまたまたへこんでしまうのだ。それでなくてもへこんでいるのにさらにへこみが大きくなった。           

家事も子育てもすべて破棄してわたしはひとりごちる。難病たるゆえん、ここにあり。身体的にも精神的にも不安定なこの状況こそが問題なのだ。これらをうまくコントロールできればもはや難病ではなくなる。つまり自己管理できない病気ということがすべての不幸のもとなのだ。それだからこそ、薬のつなぎがうまくいって調子がいいときには何でもできるような気になってなおったような錯覚におちいるのだ。自分を信じたいがいまいち信じられないのはこの調子の波、やる気の波、精神的な浮き沈みが予想を立てることができずにやってきて自分を翻弄するからである。薬のコントロールもかなり難しいが気持ちのコントロールはもっと難しい。やる気のないのがやる気になるにはどれほどの時間を必要とするのかまったくもってわからない。

わたしっていったいなにものなの?普通の人以上に精神的に波がありそれが激しい。激しすぎる。薬に作用されるからだとすればあまりにもつらく切ない。ドーパミンが足りなくてやる気がおきないとすれば補えばよいのだが、ことはそう単純でない。ドーパミンは常に同じ濃度で作用してくれないからだ。必要な量が常に同じ濃度で供給されれば同じ状態でやっていけるのに。人間の抱えるストレスと食べたものの消化具合とそのときの体調、精神状態、疲れなどは計算なんかできないし、同じように薬を飲んでも同じようには作用してくれないのだ。自分の状態が常に把握できるなんて神にでもならなければできない相談だ。自己管理をするのはそれほどに難しいことなのだ。スポーツ選手がいざというとき力を発揮できなかったりするのだってそうだ。けがや病気は気をつけていてもなるときはなる。既に病人なら普通より背負うものも重い。自己責任でなく仕方のない状況だとゆるしてもらうほかない。責任のがれといいわけになってしまうが、そもそもこの病気になってから自分に責任をもつことができなくなりその場に応じて考えねば先の見通しなどまったく立てられない状況が続いているのである。

適当にやり適当にやらなくなりして実にいいかげんな生き方をせねばやってこられなかったというのが正直なところである。

「好きにせえ。」うちの夫の口癖である。娘が幼い頃「ちゅきにちぇー。」とよくまわらない舌でいっていた。そしていわれたとおりわたしは素直に実践してきた。でも実際は好きでなんにもしないのではなかった。どつぼにはまると心も身体も動かなくなるのである。そして今もどつぼにどっぷりとつかっている。長いPD生活でこのような時期は何度か経験しているが、どつぼ脱出の手がかりは未だに見つけられないでいる。やる気がしないのにもそのうち飽きるからだいじょうぶっていう考えの人もいるけど、自分のこととなると先が見えないので今のわたしは不安でいっぱいだ。いつまで続くかわからないのが問題でわかっていればもう少しは落ち着いてられるかもしれない。   

薬の作用で動いている私たちはその効き具合で右に左に振れている。身体の動きが薬次第ってことで自分ではどうにもならない環境にいつもおかれているわけなのだ。とすればこれは自分じゃどうにもならねえことなんじゃないか。

それをうまくやるっていうのができない相談さ。しかたねえ。観念するか。

 「ああ、身体が動かない。やる気もしない。最悪だあ。こういうときはどうしたらいいんだろう。なんにもできないときにゃ休むしかないだろう。」と、わたしは自分を慰める。「とかなんとかいっちゃって、いつもずうっと休んでるじゃん。また休むってか。」と笑いながら夫はいう。もうわたしのことはあきらめているのであろう。家のこともろくすっぽしないわたしをゆるしてくれ。自分じゃどうすることもできない『どつぼ』にはまっちまった。もがき苦しみあきらめては、ため息をつく。はあ。つぼにはまってから何度ため息をついたことだろう。困ったことに動かなくなると心も身体も停滞しそれがだんだん普通になってしまうことだ。もはや前向きでもなく後ろ向きでもなくそのままで停滞してしまうのである。これこそが『どつぼ』。前にも後ろにも進めないのだ。ハクション大魔王がつぼの口から首だけだして外を眺めている。今のわたしはまさにそのような状態である。スッポーンとつぼの中から飛び出すきっかけ、それがほしい。どつぼを出るつぼ、あるならだれか教えてくれー。つぼの中から首だけ出して叫ぶ、わたしなのである。

 

 

2003.12.24up

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