2004.05.30更新

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初めての出会い by きょん2

 私とパーキンソン病の出会いは、20年近くにさかのぼる。まだパーキンソンという言葉も知らなくて、そんな病気のあることすら思いもしなかった20代の頃のことである。独身貴族を満喫しており、よく友だちとも旅行に出かけた。夜中の3時に愛車を駆り立て、友だちと二人山陰方面へドライブしたのもなつかしい。島根県へ突入したとき言い知れぬ感動で胸がいっぱいになったのを覚えている。京都まで〇〇キロという案内板を見て、この道を走れば京都に通じるのだと思うとなんだかわくわくして「このまま京都まで行こうか」などと無謀な思いつきに身も心もぶっとんでしまうのであった。

 島根県に夕陽の美しい岬がある。日御崎(ひのみさき)という。ウミネコの繁殖地や海中公園があったりして景色も素晴らしいところだ。日御崎には燈台があり、それを登って海を眺めるというのがお決まりのコースのようだった。靴を脱いで備え付けのスリッパに履き替え、人ひとり通るだけの細くて急な階段をえっちらおっちら登る。何段あったのか定かに覚えていないがかなりきつかった。登り始めてしばらくして私はえらいことになったとひどく後悔した。スリッパがやたらぱたぱたなって実に歩きにくい。自分の右足を左足で踏んでつまずきそうで(正確に言うと右のスリッパの端を左のスリッパの先端が踏みそうになる)、足がもつれて大変なことになった。階段は狭くて急で後から人も次々にやってくる。そして降りてくる人に出くわすと階段自体が大混乱になる。というより、自分が大混乱してしまうのであった。そのうちに私のスリッパは、片方がはるか彼方の階段下へとまっさかさまに落ちていった。スリッパが片方だけになると、ますます歩きにくくなった。なんでスリッパが足に馴染まないのかとても気になって、のぼりながらそのことにこだわり続けた。歩きにくい、そのことも身体に感じる違和感として私を悩ませた。バランスの悪さは狭い急な階段を上り下りするとき顕著にあらわれる。ふらふらして階段を踏み外しそうになりつまずいてこけた拍子に一気に下まで落下するような恐怖に襲われる。恐怖心で身体がぶるぶる震えだしひざががくがくしだすのだ。なぜ私はここでこんなに混乱しているのだろう。恐怖心でパニックになっていることは明白だった。顔色が悪くなって震え出したので友だちが心配した。「きょんちゃん、高所恐怖症だったなんて知らなかった。ごめんね、知っていたら誘わなかったのに。」高所恐怖症なんだろうか。閉所恐怖症なんじゃなかろうか。いろいろ思いながら最上階まで這うようにして登りきった。燈台のてっぺんはぐるり一回りできるようになっていたが、足場は狭く落っこちそうで気分が悪くなった。これが私のPD生活のはじめの体験である。ここからすべてがはじまった。階段は上るより降りる方が怖い。足元が不安で目線をどこにおいてよいかわからない。私の目は空をさまよい続けた。心ここにあらずで、きっとゆうれいかなにかのようにふありふありと一段ずつ降りていったのだろう。どうやって降りたのか記憶にない。恐怖にかられて自分を失っていた。燈台の上から景色を見るなんて余裕もなく逃げるように降りてへたりこんでしまった。自分が高所恐怖症だとは思わなかった。なぜか自分が自分でないような感じがしてならなかった。こうしようと思うのに足が思うように動かない。足だけでなく終いには身体全体が金縛りにあったように見えない鎖に縛られているような気がするのだった。自分の身体を制御できないのでパニックに陥っていた。心臓がばくばくして頭がぐるぐるなってめまいもした。船酔いのように吐きそうだった。こんなことは今までなかったことだった。自分の身体に何かが起きたという強い衝撃は疑念となって不安と心配をつのらせた。

それから数年たって、私はパーキンソン病と診断された。身体的にも精神的にもバランスを失い、ずたずたになって深く傷ついた。この病気がむごいのは、それまで自分が築き上げたものと自分に対する自信を一網打尽にされてしまうことである。臆病になって、自分で自分が信じられなくなってしまう。実際、私は何を拠り所にして生きていけばいいのか分からなくなってしまった。その苦悩をたとえると、たったひとり深い闇をさまよっているような孤立無援の孤独であった。家族がいても友達がいても、あまり助けにはならなかった。それは、この病気になった者でしかわからない。苦しみ、悲しみを唯一共有できるのは、同じ経験をした患者なかま以外にはないと思うのである。

当初、「なぜこんな目に遭わなけりゃならないの?」と、自分で問いつづけるのにだれも答えてはくれず、むなしくてかなしくてたまらなかった。歩けない、ものがもてない、字が書けない、震えがとまらない、自分の身体であって自分の身体でない、そのような感覚は、その場でどうしていいのかわからなくなり、ある種の混乱を引き起こす。自分の意志に反するような身体の反応は、意地悪くいつも起きてほしくないときに必ず起きるのである。そのような悲惨な思いを同病者はみな経験しているのではないかしら。

 ここから立ち上がるのに数年はかかった。現実を受けいれるのは並大抵ではなかった。

今思えば遠い記憶だが、日御崎の燈台で経験したあの感じは、パーキンソン病との初めての出会いであったといえるかもしれない。

2004.05.30up

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