2004.10.14 up

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赤ちゃんと私 by きょん2

  出産後の私は、自身が不安定なのとはじめての育児にとまどうばかりで、かなり長期間欝に悩まされました。赤ん坊はしょっちゅう熱を出すし、本当にしんどい毎日でした。高熱が出るとけいれんがおきるので、どうしたらいいのかわからずに自分がパニックになる始末。子どもの入院も4~5回はしたでしょうか。あまり丈夫な子どもではなかったためにひとかたならぬ苦労をしました。緊張すると手が震えて子どもをうまく抱けないので、小児科にいくだけでもプレッシャーがかかりました。子どもの服を脱がせたり着せたり、そんな当たり前のことがうまくできないのです。特にお医者さんの前では緊張するのでいつもより余計手間がかかるのでした。ストレスと緊張、PD患者にとっての2大危険要素がなれない育児にはついてまわるので、本当にしんどかったと正直思います。言葉の通じない赤ちゃんはなおさら、こちらの状態にはおかまいなく泣き叫ぶので、どうにもできないジレンマに押しつぶされそうになりました。今、思えばほっておいてよかったのに、自分が病気だから抱いてあやすこともできないんだと必要以上に自分を責めてさらに落ち込んだりしました。自分の記憶の中では、子どもが言葉を理解するまでがとてもつらかったように思います。「お母さんは今薬が効いてないの。だから、ちょっと待ってね。」このことをわかってくれるだけで、ずいぶん助かります。言葉が通じるということがどんなにありがたいことであるか、それでどんなに助けられたかということを思うと、今でも胸があつくなる思いです。言葉の通じない子どもはまるで異邦人のようでした。そんな私に対して夫は宝物のように娘を抱いていました。赤ちゃんのころ子どもを抱いていたのは主に夫で、本当によく世話をしてくれたと思います。それほど私があぶなっかしかったのでしょう。どこに行くにも夫が抱いていました。私は乳母車に乗せて歩くだけでした。だから、「赤ちゃんは抱いて育てろ」という育児論には今もちょっと抵抗を感じてしまいます。私はいつでもどこでも抱くことができず、薬の効いているときにしか抱けなかったからです。今思うのに、あのころそれでも私は精一杯やっていたのです。失敗ばかりして上手な育児はできなかったけれど。あの状況でそれでもよくやったと思います。はじめてのこと、うまくやれなくて当たり前なのだと、あのころの私に声をかけてあげたいものです。おどおどしながら慣れない手つきで赤ん坊の世話をする私は本当にこわれそうでした。

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