2004.05.01更新

皆さんこんにちわ      by はなみずき

 

皆さんこんにちは。前回のご挨拶の中で、1つ伝えられていなかった事があります。このAppleでご紹介頂いています「はなうたまじりで頑張って」を出版させて頂きました、松山帽子です。親身になって考えてくれた友人、応援してくださった仲間の皆さんから感動をもらい、枯れかけていた我家のハナミズキに、今、新らしいつぼみがつき、薄紅色の花が咲きました。ありがとうございました。

さて、今回から本文に入るつもりでした。ところが、投稿直前で迷いが生じたのです。行き成りですみません。一応説明にと作った文章があります。一部だけ掲載します。「独りで、好きなようにやってろ!」と言われるかもしれませんねぇ。まぁ深く考えずに,お言葉に甘えて?やらせてもらいます。

                                              ハナミズキ

 

先だってより,アテネ五輪の代表選考会や地域予選の結果が順次報道されていました。日本のあちこちで歓喜と溜息が交差し、この3年半の集大成に明暗がはっきりと分かれてしまいました。女子マラソンの予想外の展開がアテネの地でどのようなドラマを生むのでしょうか。テコンドーに見る協会と連盟の軋轢に端を発し、絶望の中から出場を果す選手がどのような思いで晴れの舞台に立つのでしょうか。

これらから学んだ事は、競争の原理のもとに編成された組織が、いつかは残酷にも刀を振り下す時が来るのを避けることはできないと言うことでしょうか。ならば、不測の事態が起ったとしても、正しい判断ができるよう準備が必要だと言う事ですねぇ。

今回は順当に選ばれた選手、がけっぷちに立たされて残った選手、悔しい思いをして涙を呑んだ選手、恐らく私などが察する事の出来ない心の境地におられると思います。ただ、これまでの道のりは、自己の認識でもあったと思います。人間の本音の部分で、1つでも多く壁を破ろうと最後の最後まで押し寄せるプレッシャーと葛藤しておられるに違いありません。然し、現実と言うものは、いざとなると蓋を開けてみないと分からないものだと思います。表彰台に立つ人も、立たぬ人も、自己の目指す結果が何で、どれだけの重みがあるかを肝に命じ、日の丸を背負った選手としての誇りあるプレーを我々に披露してくれることでしょう。各選手の全うする台本の無いドラマに日本国中が感動をもらう事に違いありません。頑張れ!NIPPON!

また、各国でも選考会で色々な物議を醸しています。中でも、競泳でオーストラリアのイアン・ソープ選手が400m自由形においてフライングのため失格した件は、大きな波紋を呼びました。実は、話しをここにもって来たかったのです。「人生のフライイング」?、なるほど、それも内容の根幹に流れるキーワードかもしれませんが、そんな大そうなネタ振りではありません。

第2話を書いていて、ふと思ったのです。「これ、読んでいて面白いのかなぁ?」。まず、私に「面白い」文章が書けるかと言う、根本的な資質の問題から考えだしたら、是は「やーめた」となるわけで、それじゃ余りにも大人気ない。そこの懸念は、割り切る事にして、とにかく、「伝えること」ではなく「伝わること」をもう一度考えなおそうと思ったのです。

過去に私なりのこんな自己分析をしたことがあります。「計画や準備をするようで,実際はかなり鈍(ずぼ)らで行き当りばったり。特に,自分と身の周りについてはそうで、それでも行けると何処かで高をくくってしまう。」生き方に、甘えと油断があるのは、分かってはいるのですが繰り返すのです。冷静に考えると向う見ずで、周りに迷惑をかけっぱなしの人生でした。

計画や準備が嫌いなわけではありません。会社にいる時はむしろ、予定が詰まって無ければ不安で、計画に時間を費やし、出来た青写真に得心していたような気さえします。今は期待が、あきらめや匙を投げる結果を呼びはしないかと、わざと避けているのです。と、言い訳をしてみましたが、所詮言い訳はどうやっても様になりません。「石に漱(くちすす)ぎ流れに枕す」の例え話に便乗して、負け惜しみまではいかないにしても、言い訳を楽しみたかったのですが・・・。

さて、第1話より「レトルトなノンフィクション」だの「この話は事実に基づく文章」だのと申してきましたが、本心は「小説」すなわち「創作」を書きたいわけです。又、登場人物や施設その他の設定等は全て架空のもので、内容も事実関係の無い完全に作ったものだからこそ、自分の欲求を満たせるとわかるのです。

描写においても、想像の世界を思いのままに駆け巡り、主観的な要素がチラチラしながら基本的には第3者の視野で捉えたい。必ずしも学術的根拠に基づくものではなく自由なものでありたいのです。更に、「誤解」も気になる要素です。例えば、特定の職業や集団に対する風刺や非難は避けたいのが当たり前。又ある意味誉める事すら相手に負担になり兼ねない訳で、こんな憂いも不安も掻き消して伸び伸び書いてみたいと言う事です。

「そこまで心配する程、読んでもらえないから大丈夫」と、どこからともなく聞こえては来るのですが……。それでも懲りない私です。第1話は,フライングと言う事で仕切りなおしとさせてほしいのです。ただ、それだけを言いたかったのです。よろしくお願いたします。

 

         それでは、今回のつたない文章を簡単にメッセージとして

                   はなみずき              

                                        松山帽子

50歳を前に中学の数学教師の内面に突然何が起ったのか。偶発的と見るのか、必然と見るのか。平凡だった生活の本流には、泥水が流れていたのか。それとも、嵐の運んだ一時の濁り水だったのか。パ―キンソン病の治療薬は両刃の剣。投薬が、1人の人生に潜伏してきた火種を点火させてしまった。痛み、弱さを露呈し、無意識や忘却による自己の保護域へも容赦なく進入し掻き乱した。

自分の中での不確かな肯定は全て否定へと変わり、大切なものを見失いかける。彼は、見捨てられるのか。救われる道は残っているのか。人間の真の姿とは、がけっぷちに立たされた時に初めて、自分の目にも、周囲の目にもその本質が映し出される。但し、水面に映るもう一つの姿も、真実の反映であることを忘れてはいけない。

誰もが求めながらにして,掴みきれない自分探しのなかで、見つけたものは……。 

自信を持って!少なくとも数々の経験と感動をあじわえたなら、その時、人は生まれ変われるから。人生は何処からでも始められるから、大丈夫、安心して!「AII right!」

 

どうか、よろしくお願いいたします。できれば、引き続き忌憚無く多くのアドバイス,改良点、提案をおねがい致します。   

 

追伸              

  松山帽子=松+やまぼうし  ペンネームの1番の理由は、好きな木を合わせました。         

              でも、色んな想いも含まれています。

 

2004.05.01up

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