2004.03.01更新

杵叩 ,呂犬瓩法             by ハナミズキ

 

文章とは、起承転結といった基本構成がある。これを、無視すると、読者は、筆者がいったい何を言いたかったのか、いやそれより一体何について書いているのかすら見えてこない。さあ、どうしょう。何か斬新的な構成で創り上げたいのだけれど。いずれにせよ、連載形式にしてもらえるなら、書くには良いが、内容に一貫性を持たすのは難しそうである。とにかく、徒然なるままにペンを進めることにする。

 

今、実感として叫びたいのは「人生って、なんでこんなにしんどいの!」

パーキンソン病の告知を受けた時、正直それほど、辛くも無く、絶望感もなかった。淡々と、時を過し、ハンディーは仕方無いと割り切って仕事をしていた。その世界は、私に言わすと、もう死語かもしれないが、丁度レコード盤のA面であった。

 目で見えるもの、聞こえる声、音、周囲から伝わる空気、そこには微妙な変化こそ感じられたが、違和感も無く、所謂普通の時間の流れに身を置いていた。会社では、ここ3年間連続で、新店の出店が順調に続き、老朽店舗の閉鎖と既存店の改装工事も相俟って、休日もその多くは半日は仕事に費やしていた。と言っても、休日、そう家で寝そべってばかりだったとは思わない。ただ、会社中心の生活リズムだったのは間違いなく、それは恐らくもう15年近く続いていた事でもあった。

 最初に、身体の異常に気づいたのは、左足の震えや、固縮からで、やがてそれは、左手の指先にまでに及び、首も曲がらなくなっていった。新開店のお客さんの溢れかえる中、2日目には身体がKOを喰らったボクサーになるのは、誰しもが知る所となってしまった。

 また、こんな事も記憶に残る。緊張感は、振戦を呼び起こした。変な意味、人の前で話しをする事には慣れているはずだった。そう、何年もの間に、その事にも無頓着になっていたのか、訓練の賜物か事実そうだった。ただ、小学校までは、引っ込み思案で赤面症のあがり症だったのは確かだ。それが、朝礼の時、当番制で上司や先輩にコの字型に囲まれ、最初の所見を述べる時、足が震えて止まらない日があった。今まで、同じシチュエーションで、なんとも無かったのに。

 その日は、今日は「寝不足だからか」で終わったのである。然し、それは予想もつかない、将来を暗示する恐怖に値する震えだったのだ。かくして、最初、疲れが出ると、左半身の麻痺、腰痛、首が回らなくなる、夜中足がつる。動作の緩慢。と、厄介な身体の異変が繰り返された。そのうち、周期を短くして起って来たので、頚椎の手術をも覚悟の上で、最後の検査にのぞんだ。結果その病院は「うちではお手上げ。大学病院へ」と紹介状を書いてくれたのだった。それでも、精神的なパンチを浴びせられたなどとは、微塵も思わなかった。

そこで、パーキンソン病の発見の日が来るのである。然し、本当の地獄は、ここからスタートしたのであった。この、世間知らずの、恐いもの無しの、貧乏育ちなのに、ぼんぼん育ちの阿呆が、人生の全形を突然目の当たりにしてしまい、茫然自失というか、自暴自棄に陥りとことん墜落して行くのである。

 

2004.03.01up

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