2010.08.31up

脳深部刺激術(DBS)の体験記のトップへ

凝固術の後、さらにDBSを(part2) by 龍馬

Gパルス発生器を入れる。

 こうして頭の手術は終わり次は胸の中にパルス発生器を入れる手術だが、前日パルス発生器を入れる為の傷口をどこにするか確認したのに先生は忘れていました。

私が「印は入れないのですか?」と尋ねると「ああ、そうだったね。」と言って胸の下に鉛筆みたいな物でサッと線を引きました。

「あっ、違う、そこじゃない!胸の横の方なのになぁ〜」と思いましたが成功すれば胸の下の部分のほうがシワで隠れて目立たなくてよいのでこれも又「まっ、いいかっ!」と。

全身麻酔だから終わるまで分かりませんでした。  

 胸の傷口のテープは特殊な物でした(抜糸しなくていい)。

他の傷口は肌がかぶれるので”事務用のセロハンテープ”に替えてもらいました。

点滴の時は消毒するアルコールの脱脂綿で肌が真っ赤に・・・看護師さんから「お酒に弱いでしょう?」と尋ねられ「はい」と答えました。お酒に酔ったような感じになるのです。

なんと敏感な私の肌!

 

H薬の効きに影響するもの。

 入院してから2週間もの間(手術日と翌日を除いて)、私はナースステーションに近い重症患者ばかりが入る4人部屋にいました。

私の部屋は昼間や夜中にも定期的に紙おむつを替える動けない人ばかりでした。

それに西側で高速道路の暴走族のバイクの音、普通の道路の救急車の音、電車の音、飛行機の音が聞こえ、薬の副作用かストレスか分からない幻聴や耳鳴りに悩まされ眠れない日が続きました。

看護師長さんに個室に移りたいと申し出ると空きがなく、亜急性期部屋(退院間近の人が入る部屋)に残りの2週間(正確には12日間)入れてくださいました。

 東側で静かな所(窓からの眺めがドイツのライン川の景色に似ているという人も・・・。)で後半はよく眠れて楽しく過ごせました。

薬の効きに睡眠、食事、便秘、環境がこんなに影響するなんて、これらのことは大事なことなのだと改めて感じました。

その部屋へ移ってから2日程で幻聴や耳鳴りはなくなっていました。

 

I薬の調整。

 入院する前の薬=メネシット一日3錠(半錠×6回)、コムタン3錠、シンメトレル2錠、トレリーフ朝1錠、リボトリール3錠、プルセニド(便秘の薬)寝る前2錠です。

私は独身時代に製薬会社に勤めていたせいか大の薬嫌いで、「薬」は一歩間違えば「毒」にもなるという考えの持ち主なのでなるべくなら飲みたくありませんでした。  

 手術後レキップ0,25r3錠、メネシット2錠(半錠×4回)、デパス3錠、プルセニド寝る前3錠、胃薬2種類を1回と3回だったのが、1週間後からレキップを6錠(2錠×3回)にしてみましょうと先生が提案したので「せっかく手術したのにこれでは薬が増えるばかりで胃も荒れてしまいます。刺激の調整をして薬を減らしたいです。」とレキップを飲むのを拒否したのです。

 現在は一日にメネシット2錠(半錠×4回)、レキップ1mg3錠、リボトリール3錠、プルセニド寝る前3錠、胃薬1錠だけになり指示に従っています。

入院中は薬の服用時刻と震え、ジスキネジア、ジストニアの様子やオン、オフの時間、感想等をメモして先生に見せていました。

初めてでしたが薬効の持続時間、薬を飲むタイミング等が把握でき自分でも役に立ったと思っています。

 私の場合、凝固術で右手の震えが止まっているだけに刺激調整と薬の調整が難しいことは初めから分かっていました。

少し電圧を上げるとジスキネジアやジストニアが、下げると震えが出る、先生泣かせの敏感な体です。

拒否したレキップをトレリーフ、コムタンに変更してもらってから良いように思えたが夕方から動きが悪くなって「地獄の苦しさ」を味わいました。

全く動けないことはないが「無動」になることの辛さを知りました。

手術前はこんなことはなかった。震えはあっても動けなくなることはありませんでした。

動きが悪いのと、震え、ジスキネジアやジストニアが交互に出て山あり谷ありの苦しい1週間でした。(7月23日〜7月29日まで)

症状がここまで進行していることがとてもショックでした。

自分の足で歩けない時は病院の歩行器を借りて歩いていました。

それと入浴!他人に体を洗ってもらうことに抵抗を感じつつ、自分一人では後ろに倒れそうなので係の人にお願いしました。

7月29日の午後8時から40分かけて刺激調整をしてもらい、症状はよい状態に落ち着きました。

 

J手術費と入院料等。

 8月7日、入院中の請求書が届きました。

7月12日〜8月7日までで手術費、入院料等で約300万と食事療養費約5万が無料で、保険会社の診断書が6,300円、病衣貸与料が200円で合計6,500円をカードで支払いました。

300万という金額に子供達は驚いていましたが、それも無料になると聞くと「お〜〜」と叫んでいました。

 

 私はP病による歩行困難3級、右上肢機能著障3級、総合で2級という中途半端な障害者手帳=@とピンク色の重症特定疾患受給者証(月額自己負担限度額・外来0円、入院0円)=Aを持っていますが、今回Aを窓口に出して手術費等は無料になりました。

ありがたいことですが、早く完治する方法が見つかればこんな無駄な医療費はいらないのです。

患者用プログラマーも又1個もらいました。パルス発生器とセットになっているからだと聞きました。

これこそ無駄なことです。

 

Kその後。

 近い将来、治る病になってほしいと願っています。

皆さんも希望をもってその日がくるのを待ちましょう!

私は毎週2回訪問リハビリと訪問マッサージをそれぞれ受けています。

 

リハビリは理学療法士が帰った後が大切ですで、学んだことを復習することが自分の為になります。

背筋を伸ばし、前を見て大股で歩くことを教わりました。

お陰ですくみ足も改善しつつあります。

8月29日。震えはほとんど出なくなり、ジスキネジア、ジストニアもたま〜に出るくらいです。

もう刺激調整は必要ない?みたいです。

 

Lお礼。

 DBSをしてくださったM先生!本当にありがとうございます、感謝の気持ちで一杯です。

わがままばかり言って先生を困らせたこと、心よりお詫び申し上げます。

こんな駄目患者ですが、これからもよろしくお願い申し上げます。

 

M最後に。

 一度凝固術をしている患者と何もしていない患者を比べると確かに手術の副作用は高いので、受ける勇気が必要です。

しかし、今の医療技術なら症状が軽減できる(症状にもよりますが)ことを、今回の手術は証明してくれました。

本当に勇気を出してDBSを受けてよかったです。

 

NDBS体験患者名

 龍馬 (坂本龍馬を尊敬している57歳の女性です。)

 

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2010.08.31 ファイル作製sophia

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