2010.08.31up

脳深部刺激術(DBS)の体験記のトップへ

凝固術の後、さらにDBSを(part1) by 龍馬

 

@同病の友へ。

 この体験談を書く前に、時には愚痴を聞いてくれ、時には相談にのってくれ、励ましてくれた5人の同病仲間にお礼を言いたい。

「本当にありがとう。この病気になってあなた達とMLで情報交換や世間話をしていなかったら、私は手術を受けるどころか落ち込んで家に閉じこもっていたでしょう。パーキンソン病(以下P病と表現する)は一人では乗り越えられない病です。話し合える仲間が必要です。」と。

 

A症状現れる!

  H・9年6月の初めに右足の親指に震えが、そして右手にも・・・おかしいと思い迷わず脳外科に行きました。

44歳の時で仕事、子育て、家事と一人で三役こなしていました。

MRIを撮っても異常なし、それからは精神科、神経内科、カイロプロテック、鍼灸、怪しい占い師の所まで行きました。

そしてH・10年の1月、 福岡市 のD医師によりP病と診断され「もう仕事はできませんよ」と言われました。

 

右半身の震えだけなので「本態性振戦」ではないかと・・・すくみ足や突進歩行が出るまではP病ではないと思っていました。

新聞で「視床凝固術」のことを知り、本態性振戦でも震えは止まることを確認し受けようと決心しました。

その頃はP病なんて病があることさえ知りませんでした。

 手術を決断した頃40kgあった体重が32kgまで減り動けなくなっていました。

胃腸外科の診断結果は「胃癌」でした。

P病は死なないけど癌はほっておくと死に至るとH・10年5月に胃を4/5切除しました。

 

B1回目の手術

 それから約1年後のH・11年3月、 福岡市 の病院で左視床と左視床下核の凝固術を受けました。

99%手術の副作用も危険性もないとの説明だったのに、術後声は出ないし右手の震えは完全に止まりましたが右足の震えはすぐに戻ったのです。

軽い右半身麻痺と呂律の回らない言葉にショックを受けたまま家路に着きました。

自宅はその頃は大分県のN市でした。

言葉は近くの脳外科で早めにリハビリしある程度まで回復しましたが、握力は半減したままです。

この手術で恐怖感を感じ以後の手術に迷いがあったことは否めません。

 

C2回目の手術。

 H・15年8月、今度は2年前頃から始まった左側の手足の震えを軽減する為、京都のKD病院でDBSをすることにしました。

京都に決めたのにはもう一つ理由があります。

当時主人は大阪に単身赴任をしていたので、手術の時には側にいてほしいなと思ったからです。

右視床下核DBSは成功し左側の震えはほとんど止まりました。

 

 退院して刺激の調整は京都までは通院が大変だということで、機械の業者にN市の神経内科の医師の了解を得て調整してもらいました。(現在は医療行為になるので禁止になったそうです。)

1日2時間を1週間おきに2回調整してもらっただけで、震えは完全に止まりました。

その後症状が進行し、すくみ足と突進歩行が出るようになり買い物に行けなくなった私を心配して、主人が会社にN市への転勤を要請し単身赴任は終ったと思われました。

 

D3回目の手術を決断。

 ところが5年も経たないうちに今度は 福岡市 に単身赴任するとの話が出ました。

買い物に行けない程進行したP病、迷った末一緒に福岡市に住むことになりました。

慣れない土地での生活がストレスとなり、右足の震えは酷くなり限界だと思うまでになっていました。

引越ししてきてからはK大病院の神経内科に通院していましたが、「手術は賛成できません。薬もこれ以上増やすことは無理です。症状が落ち着いているので診察は2ヶ月〜3ヶ月に1回にしましょう。貴方だけを診ているのではないから。」と・・・この医師に私の辛さは理解できない、気軽に相談もできないなと感じました。

パソコンでDBSを行っている病院を検索し、H・11年の手術時もお会いしたことのあるM先生に診てもらおうと思いました。

 

 あとうださん、おかださん、きたむらさんの三人が書いた「オン、オフのある暮らし」のなかに「PDの治療は医師と患者の協同作業と言える。だからできるだけ気の合い、気持ちが通じる医師に診てもらおう。」と書いています。

私の気持ちが通じる医師とは京都のKD病院のT先生と 福岡市 のK病院のM先生です。

話しやすくて優しい、癒し系の先生です。

M先生の勤務するK病院は自宅から車で10分程の所にあります。

考えを変えればこうして近くに越してきたのも何かの縁、「手術をもう一度考えては?」と神様からのメッセージのような気がしてきました。

 

 震えが残ってしまった右足について、4ヶ所の病院の医師に手術について問い合わせをしました。

どの医師も「一度凝固したところにDBSをするのは難しい。言語の副作用が出る可能性のほうが高いのでしないが良い!」と手術を勧めませんでした。

というのも病院に行く時は薬の効いた良い状態で行くので、震えの状態が言語の副作用と比べると軽いと診断されたのでしょう。

 

私は手術を諦めかけていました。医師が反対するのにそれでも〜という気持ちにはなれませんでした。

ところがM先生は私の一番悪い時の状態を診て「手術は凝固してから2年以上経っているのでできます。言語障害がすでにあるので30%は今より悪くなる可能性がありますが、全くしゃべれなくなることはありません。言語障害が出ないよう”最善”をつくします。薬で効かないすくみは手術でも治りません。どうしますか?」と尋ねられたので「震えが取れてしゃべれなくなることがないのであれば十分です。すくみはリハビリで治します。」と答えてDBSを決断しました。

その決断を決定付けたのがT先生の言葉です。「M先生ならしっかりしておられるので手術を受けられていいと思います。震えがおさまるよう祈っております。」・・・お墨付きをもらったような気分でした。

 

 6月3日初めての診察。7月12日入院で16日手術となりました。

言葉が出にくくなる可能性があるとのことで、6月27日に高校の同級生3人と故郷のN市で最後の晩餐会をしました、時々呂律が回らないこともあったがよく食べよくしゃべりよく笑った一日でした。

 

E一時の後悔と最高の喜び。

 今回の手術が前の二度の手術と違うところ、それは術前の夜中に熟睡できたことと頭の傷が痛くなかったことです。

それに電極の手術が金曜日(16日)で3日後の月曜日にパルス発生器を入れるはずだったのに月曜日が祭日だった為、16日に頭と胸の手術を続けてしたことです。

「え〜〜!確認しなくていいの?」と思ったが左視床下核に電極が入ったので「まっ、後で調整すればいいや」とまかせることにしました。

午前8時から夕方の6時頃までかかりました。先生も大変です。

エクステンションの中間点は鎖骨ではなく、襟足の所だった(髪の毛で隠れてしまい傷口は見えない)。娘の結婚式があることと、その時ドレスを着たいのでと強調したから目立たないよう考慮してくれたのだと思います。

それが後で私を一時的に苦しめることになろうとは・・・。

 

 震えも止まらないし、胸の上の方から首にかけて腫れあがって頭の傷よりも痛いなんて・・・何の為に手術したのだろうか!

もしこのまま痛みが取れないなら震えどころのストレスではないから、電極もパルス発生器も取り外してもらおうと思いました。(M先生ごめんなさい!)

でも、それは2週間程で解決しました。腫れは引いて痛みはなくなりました。

一番心配していた言葉は術前よりもしゃべりやすくなりましたし、胸の中にパルス発生器を入れたので胸がBカップになりました。

手術は大成功だと言えます。  

 刺激調整は時間をかけ、ゆっくりと少しずつ進めていくもののようです。

「あの日の調整がよかったから同じ設定にしてほしいと言ってもその日の体調等で同じように良くなることはありません。」と言われ、なるほどと思いました。

回診の時院長先生が「痩せましたねぇ、その震えは疲れるでしょう!ダイエットしなくて良い貴方が無駄な体力を使っているね。」とご自身の手で私のふくらはぎを触って確かめてくださいました。

理解してくれる人がここにもいたと嬉しくなりました。

 

F頭に穴をあける。

 話が前後しますが、フレームをかぶるのがやはり何回しても痛かった。特に耳の穴に鉄の棒みたいなのを入れるのが痛い。(後で数分もせず取ったけど)

追加の麻酔を注射しても痛いのは変わらず何度も「痛いです!」と叫びました。頭に穴をあけるのは、前回の手術が「道路工事」の音に例えるなら今回は”手動”で「カキ氷」ってとこかな?シャリシャリという音が癒しの音にも聞こえすごく楽でした。

先生はずっと側にいて話しかけてくれました。

「痛くないでしょ、うまいから!」なんて自信気に話す先生に私は「痛くないです、心地よいくらいです。」とお世辞を言いました。

 

 術後1週間程経った頃先生が呟いた言葉、「視床下核に入れたのは意味がなかったかも?淡蒼球に入れたほうが良かった。」に私は「意味がない?今度は淡蒼球をDBSするの?嫌だよ〜!」と心のなかで叫びました。

でも思い出しました「淡蒼球DBSは足の震えとジスキネジアに有効、でも薬を半分に減らせる視床下核DBSが一番です。」とM先生より聞いていたことを、やはり先生の判断は正しかったのです。

私の今回の手術の目的は震えを取ることと薬を減らすことだったからです。

 

                                              part2へ

2010.08.31 ファイル作製sophia

DBS専用掲示板へ
感想をお聞かせください


Apple Homeへ