|
D3回目の手術を決断。
ところが5年も経たないうちに今度は
福岡市 に単身赴任するとの話が出ました。
買い物に行けない程進行したP病、迷った末一緒に福岡市に住むことになりました。
慣れない土地での生活がストレスとなり、右足の震えは酷くなり限界だと思うまでになっていました。
引越ししてきてからはK大病院の神経内科に通院していましたが、「手術は賛成できません。薬もこれ以上増やすことは無理です。症状が落ち着いているので診察は2ヶ月〜3ヶ月に1回にしましょう。貴方だけを診ているのではないから。」と・・・この医師に私の辛さは理解できない、気軽に相談もできないなと感じました。
パソコンでDBSを行っている病院を検索し、H・11年の手術時もお会いしたことのあるM先生に診てもらおうと思いました。
あとうださん、おかださん、きたむらさんの三人が書いた「オン、オフのある暮らし」のなかに「PDの治療は医師と患者の協同作業と言える。だからできるだけ気の合い、気持ちが通じる医師に診てもらおう。」と書いています。
私の気持ちが通じる医師とは京都のKD病院のT先生と
福岡市 のK病院のM先生です。
話しやすくて優しい、癒し系の先生です。
M先生の勤務するK病院は自宅から車で10分程の所にあります。
考えを変えればこうして近くに越してきたのも何かの縁、「手術をもう一度考えては?」と神様からのメッセージのような気がしてきました。
震えが残ってしまった右足について、4ヶ所の病院の医師に手術について問い合わせをしました。
どの医師も「一度凝固したところにDBSをするのは難しい。言語の副作用が出る可能性のほうが高いのでしないが良い!」と手術を勧めませんでした。
というのも病院に行く時は薬の効いた良い状態で行くので、震えの状態が言語の副作用と比べると軽いと診断されたのでしょう。
私は手術を諦めかけていました。医師が反対するのにそれでも〜という気持ちにはなれませんでした。
ところがM先生は私の一番悪い時の状態を診て「手術は凝固してから2年以上経っているのでできます。言語障害がすでにあるので30%は今より悪くなる可能性がありますが、全くしゃべれなくなることはありません。言語障害が出ないよう”最善”をつくします。薬で効かないすくみは手術でも治りません。どうしますか?」と尋ねられたので「震えが取れてしゃべれなくなることがないのであれば十分です。すくみはリハビリで治します。」と答えてDBSを決断しました。
その決断を決定付けたのがT先生の言葉です。「M先生ならしっかりしておられるので手術を受けられていいと思います。震えがおさまるよう祈っております。」・・・お墨付きをもらったような気分でした。
6月3日初めての診察。7月12日入院で16日手術となりました。
言葉が出にくくなる可能性があるとのことで、6月27日に高校の同級生3人と故郷のN市で最後の晩餐会をしました、時々呂律が回らないこともあったがよく食べよくしゃべりよく笑った一日でした。
|