2012.07.10up

脳深部刺激術(DBS)の体験記のトップへ

たたかい終わって日はのぼり(part2) by miwa

  3月19日
  
 手術室につれていかれた私を手術担当の看護師さん3人が出迎えてくれた。頼もしい感じだ。先生が手術室に降りてくるまで少し看護師さんと話をする。名前や年齢などきかれた。どこに住んでいるのか、誰からの紹介で来たのかなど。また、手術中に音楽を流しますが何か希望はありますか、と聞かれテレサ・テンといってしまい、あとで後悔した。
先生が局所を剃って額と頭に、麻酔注射をうたれ、すぐにフレーム(注7)の装着をする。まず、フレームを被ったら両耳に棒を差し左右の高さを合わせる。この時が痛いと聞いていたのだが、私にはほとんど痛みは感じなかった。それよりも首の後ろが痛くてそれはもう「激痛」だった。車いすのままMRI室につれていかれ、ターゲット(注8)の計測をする。 MRIには少し時間がかかるけど、痛いところはないですかといわれ、首の後ろが痛いと答えたら首の下にタオルを入れて調整してくださった。
この時私はジスキネジア(注9)がひどくなり、顎ががくがく動いてどうしようもなく 目の所で何度もMRIを撮り続けることになってしまう。まだ完全なOFFになっていなかったのだと思う。私の薬の依存度は相当きついようだ。
  しかし、私には神様がついていて下さるのだろう。急に動きが止まり嘘のように静まりかえり奇跡的にきれいなMRIが撮れた。それから、帰りはストレッチャーに移され手術室に戻り全介助で1.2,3で手術台に移された。まるでテレビドラマのようだった。
首の後ろが痛かったが、先生が血圧計の腕に巻くもので空気を入れて調整して下さり痛みもなくなって臨めた。先生が私の名前を確認して年齢を1952年生まれといわれたので、私は「1954年生まれです」と答えた。先生が「若く見えるね」とおっしゃった。この辺で気持に余裕が出てきた。先生が画像を見ているあいだ、看護師さんが頭に消毒薬を塗り込み機械のセッティングを行なう。そして、執刀です。「メス」と声がかかり、手術が始まった。テレサ・テンの歌も流れてきた。先生が「誰の選曲なの?」と聞かれた。そうか、まずかったかな、テレサ・テンは自殺したのだった。縁起が悪いよな・・・と思い、「先生のお好きな曲でいいですよ」と言ったが、結局は 最後までテレサ・テンがかかったままだった。私には歌える曲が多いので 手術中、口ずさんでしまうこともあり、リラックスできた。手術は手動式のドリルで頭に穴をあけているのがわかるし、音がガリガリ鳴ったりしたが順調に進み、ターゲットを決めるところは「左95・105、右95・108」などと先生が言い、看護師さんに「ダブルチェックをお願いします」とかならず位置の確認をしてもらいターゲットに挿入していた。何度も手を曲げたり伸ばしたりして「入っているね」と声がかかり、「センターに挿入します。」という声がかかった。挿入が終わったら頭に栓をして縫合した。その後すぐにMRIを撮り調べて異常のないことがわかったら、同じことを左の頭もして、無事手術はおわった。
  痛み止めの注射を点滴の中に注入されているので、終わってもぼんやりしていてその後のことは半分目をつぶっていたようでよく覚えていない。息子と夫が手術の写真も見せてもらって、先生がうまくいったと言われ、思ったところのターゲットにちゃんとはいったとおっしゃっていることを報告してくれた。朝の9時から始まった手術は昼の2時半ごろにやっと終わった。
先生ありがとうございました。本当にロスタイムの少ない手術でスタッフとの息もぴったり合っていたように思う。看護師さん達にもお礼を言いたい。ありがとうございました。ベッドに帰ったら娘2人もいて「お母さん頑張ったね」といわれ、そのまま私は寝てしまったようだ。ちょうど夫たちが帰宅する時間に目が覚めた。今日1日ありがとう。本当に「家族ってありがたい」と思った。手術がすんで、実家の母や姉弟の所に電話を入れてくれ無事に済んだと報告も終わっていた。

   3月20日
  
 次の日は頭の痛みで大変だったが枕をふわふわ枕にしていたので本当に助かった。やっぱり経験者の言うことは聞くものだと思いお隣のKさんに本当にありがとうと言いたい。夫たちに前日の夜のことを話し何度も起こしてしまった上にナースコールまで押してもらったことに、お礼を言ってもらった。
寝てばかりの1日だった。トイレは車いすで連れてってもらった。

    3月21日

 胸に刺激装置を入れる。全身麻酔なので、手術室に連れて行かれマウスピースをされいつの間にか眠っていて気が付いたら、自分のベッドに寝かせられていた。2時間半くらいかかったようだ。

 目が覚めると子どもたちが見守ってくれていた。「お母さん終わったね」と長女が涙を流して言ってくれ、あ〜これで全部終わったんだと安堵のため息が出た。首がまだ痛む。夜も爆睡。とにかく寝てばかりいる。

 娘も息子も帰宅とのことで明日から急にさみしくなるな・・・。
 ありがとう!!子どもたち!!

   3月23日
 
 M先生が電圧のスイッチを持って来て下さり説明をして下さる。少し電圧を入れてみた。しばらく様子を見るようだ。薬はメネシット(注2)半錠を朝昼夜の1日3回になった。先生は 朝と夕方必ずカーテンの横から顔を出され 私の体調や様子を見ていって下さる。
化膿止めの点滴が続く。

    3月24日

 頭と首の痛みが強く、寝てばかりいる。同病のIさんからお花が届く。お花がいっぱいでうれしいな。朝から動きが悪く車いすでトイレに連れてってもらう。先生は休みでいないので月曜日まで、待たないといけない。顔がむくんで倍ぐらいに腫れている。手足もむくみがひどく、てかてか光るほどだ。それでも薄化粧はする私で、頭に春らしいスカーフをかぶっている。
「いつもきれいに」これが私の生活スタイルだ。

   3月25日

 今日からリハビリに行くように指示が出ている。リハビリ室に車いすで看護師さんに連れて行ってもらう。自転車漕ぎだけしてきた。

   3月26日

 術後お見舞いの友人たちがたくさん来て下さり、私のテレビ台は花で一杯になった。
お菓子や甘いものも一杯。皆さん本当にありがとう。

    3月27日

 抜糸をする。夕方先生がナースセンターで頭の抜糸をして下さった。右の方がまだ少しゆるいそうなので糸を何箇所かそのままで、様子を見るようだ。少し痛かったが大したこともなかった。
 リハビリにも行く今日は杖をついて一人で行く。自転車漕ぎをする。負荷は一番小さくして15分間漕ぐ。私は家から今日はどこへ行こうかと考えて室見川に行くコースを想定して自転車を漕ぐ。川沿いに咲く桜の花が満開・・・。いい気持。

   3月28日 

 先生が電圧を少し上げて下さる。先生の機械でないといけないしできない。電気がびりっとくるのがわかる。様子を見て少しずつ上げていくようだ。動きが良くなってうれしい。 久しぶりに、お風呂に入る。シャワー浴だが気持ちいい。

 食事も残さずに食べられるようになった。夜も爆睡だ。ただ尿漏れがひどくて困っている。尿意を感じたらすぐにトイレにいかないと漏れてしまうので尿漏れパットを使い出した。

  3月30日
  
 外泊することになった。野球の開幕戦を見に行く。
杖も持っていくが夫がずっと、心配しながら私をエスコートしてくれるので使わないで済んだ。 まだ、顔が少しむくんでいるが気持はいい。あんなに傷んだ首の後ろの痛みがうそのようになくなってしまい、おかしいほどだ。

 久しぶりの我が家は埃だらけでついクイックルワイパーでふき掃除をしてしまい夫が心配して大丈夫か聞いてくるが自分でも自分の体のことがまだ良くわからない。
久しぶりのお風呂でゆっくリ、自分で入れたのはすごいと思った。

  3月31日

 11時に帰院、午後から神経内科の受診。術後の私の状態を色々診てくださった。
もう一人で1階の神経内科まで杖も持たずに歩いていく。いい調子だ。動きもOK、認知症もでてない。言葉もはっきり言える。指先の細かい動きもいいようだ。ただ、自分でわかったのだが、文字が思うように書けない、術後悪くなったのはこれだけかな・・・・。先生に聞いたら、自分でリハビリしながらやるしかないそうなので、また硬筆の練習をしようと思う。

  4月1日
 
 リハビリで術後の状態のビデオ撮影をする。以前は出来なかったことも何でもクリアーし最後に後ろ向きに歩きながら、後ろにある自分の椅子まで戻って座ることも、何なくでき「完璧です」と言われた。次にSTへ行き再度同じことを調べる。しかし、文章がうまく、書けなかったのは残念。

   4月2日

 退院です。
外泊して病院に帰ってきた時に先生が退院しますか?とおっしゃった時に本当にうれしかった。思ったより1週間も早かったのは、私がテレビばかり見ており退屈し始めたことがわかったのかも知れない。もう、後は自宅で動きながら調子を見ないといけないのではと思う。
私のリハビリ担当のPTさんには、「若年性パーキンソン病を生きる」の本も差し上げ私たち若年性のことを理解してくださるようにお願いした。私が薬を抜いてしまった時の状態をびっくりして、ビデオに撮られていたのが印象的だった。こんなにONとOFFの状態が変わる人も珍しいのではと思う。

夫と姉が迎えに来てくれた。姉は私が変わったのでびっくりしたり、喜んだり、先生にも挨拶を済ませ、ナースステーションに「若年性パーキンソン病を生きる」の本をお渡ししK病院をあとにした。

  
 私はすごく、いい調子だ。
 みんなから「顔の表情が全く変わった。 1枚マスクを脱いだようだ。」 と言われる。
 それに、2〜3キロ太ってゆったりになったようだ。
 薬は今、メネシット半錠を朝・昼・夜の3回飲むだけだ。
 先生は薬ゼロにもできるかもしれないとおっしゃっている。
 16年前の自分に戻ったようで、つい、動き過ぎて体力がついていかないことがあるので、
 ブレーキをかけている。とにかく、薬から解放されて楽になった。

 曲がっていたウエストも、うそのようにもどって、S字になっていた身体もすっきりと
 きれいになっている。首が右に傾いていたのも治り姿勢がすごく良くなったと言われる。

 食事をするとき、肘をつかないと食べられず、いつも顔も下を向いていたのが、普通になっている。
 肘もつかずにまっすぐな姿勢で食べているね、と次女に言われて、あらホントだと気がついたほどだ。

 足の指にあった、大きなタコがなくなってしまったのには、さらに驚いた。
 すべてに、こんな風で家族から見たらめちゃくちゃ変わったと言われる。
 笑顔、笑顔の日々だ。 気持も明るくなって、何だか生まれ変わった感じがする。
 私の周りの皆さんに感謝です。ありがとうございました。

 文中の脚注
ON・OFF  ONは薬の効いている状態、OFFは薬の効いていない状態
 ドーパ剤  パーキンソン病で不足するドーパミンを補う薬。ドーパミンそのものを内服しても脳に届かないがレボドパは脳に入ってドーパミンに変わる。主な薬品名にメネシット、ネオドパストン、ECドパールなどがある。
 3  パルス 電極刺激発生装置。脳内に埋め込む電極とリード線で結ばれ、胸の鎖骨上部に埋め込まれる。術後の電極調整は医師がこの装置を調整する。 
 4  ダイアート むくみの治療薬。 
 5  PT・ST・OT  PTは作業療法士、STは言語療法士、OTは作業療法士を指す。
 6  心筋シンチ  画像による診断法のひとつ
 7  フレーム  頭部を手術中固定するための金属製の枠。
 8  ターゲット 脳内の電極を埋め込む目標場所。 
 9 ジスキネジア  ドーパ剤の副作用としておきる起こる不随意運動。患者が動かそうと思わないのに体が勝手にクネクネと動く。
 
     

part1
           
 
2012.07.10
ファイル作成 sophia
原稿 miwa

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