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私は2003年3月31日に視床下核刺激術STN/DBSを受けました。パーキンソン病の症状がより顕著な左側に対しての片側だけの手術でした。手術前には、歩行時は歩行器か杖の助けが必要でした。常に振戦、筋肉の強剛(ジストニア)、歩行緩慢 嚥下困難があり、薬についてはどんどんウェアリングオフが早くなってきていました。
私に『スイッチが入った』のは2003年4月9日でした。そしてそれ以来スイッチを切ったことはありません。私の場合は奇跡が起きたのです。上で述べた症状はすべてうまくコントロールされています。加えて主治医もメドトロニック社も説明できないようなことが二つおきました。
その1
昨年4月に電気刺激を始めたあと、医師に電圧の再調整をしてもらわなければならなくなりました。当時体の左側にわずかな震えがあり、右側にもすでにパーキンソン病の症状が現れていたからです。
メドトロニック社のプログラマーが私の左側の症状を取るために調整していた時、私たちは右側の症状も落ち着いてきたことに気づきました。メドトロニック社の技術者はこのようなことが起きた報告はあるがごくまれなことだと言いました。いうまでもなく、私は2003年9月に予定されていた2回目のDBS
をキャンセルしました。私の右脳の電極は2.1ボルトの電圧にセットされていました。一個の電極で私の体の両側がコントロールされたのです!
パーキンソン病は進行性の病気なので、左側にまた震えが現れるようになりました。2004年1月21日に電圧調整の予約を入れました。その時点ですでにパーキンソン病が右側にも及んできたことは明白でした。検査室で座っていると右側の震えははっきり分かりました。6月の電圧調整のときには立ち会うことが出来なかった外科医が今回は来ていました。前と同じことが起きるか見たかったのです。まもなく、私たちは喜ばしい驚きに包まれました。医師がわずかばかり電圧を上げると、私はその刺激が左側に流れそれから右側へ行くのを感じてかすかな喜びの声を上げました。左側の筋肉の固縮と震えがコントロールされると同時に、医師と私は右側も目覚しく改善したことに気がつきました。右側にはまだ固縮と震えがあるので、更に電圧を上げるのかどうか医師に尋ねました。私はまだ最大電圧4.8ボルトよりずっと低くしてあるので電圧を上げることは可能だと医師は言いました。
そして右側の震えと固縮が完全に取れるまで電圧を上げました。医師はこのめずらしい出来事に遭遇して、驚嘆しました。このようなことが起きることがあるとは聞いていたが目撃したのは初めてだったのです。医師でさえ『奇跡』という言葉を使いました。
その2
DBSが私にもたらした2つ目の良い結果というのは私がニコチン禁断症状をまったく経験せずに喫煙をやめることが出来たということです。不安もなく、喫煙したくてたまらなくなることもなくです。まるで人生で今までこの方一度もタバコをすったことがないかの様な気分ですが実際には59年の人生の内少なくとも45年間は喫煙していたのです。いままでいろんな禁煙グッズ、ニコチンパッチから催眠療法まで試しました。でもどれも長続きしませんでした。母が肺がんで亡くなったことでさえ禁煙を成功させることは出来ませんでした。
私の人生でただ一つ変わったのはDBSです。あの恐ろしい禁断症状を起こさせないのは私の脳に働く電圧のおかげであるとしか説明がつきません。
すでに言ったように医師もメドトロニック社もなぜこのようなことが起きているのか満足に説明することが出来ません。彼らも私もこの状態に満足している、ただそれだけです。
Jim
Evridge Pennsville ,NJ USA
訳 はとぽっぽ
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