2011.07.21up

脳深部刺激術(DBS)の体験記のトップへ

私のDBSへの道(T) by miya
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今年2月に2回目のDBS手術を行い、7年間続いた震えから解放されました。震えとの付き合いを、振り返ってみました。

 T、発症 平成15年11月中旬
睡眠中ふと眼を覚ましたとき、右手のわずかな震えに気がつく。嫌な予感がするが、日常生活には支障なく、震えの出る間隔があいていて、また手を動かせば止まるので周囲の人は気づかない状態だったし、私自身も仕事に熱中していると震えを感じず、気になりながらも日々過ごが、ただ駆けてる状態(体に負荷がかかった状態)で右手に大きな震えを感じて愕然とする。

発症から2ヶ月経つと常時細かく震えるようになり、恥かしいのでなるたけ隠すようにしていたが、周囲の人も気づくようになり、身近な人に心配をかけるようになる。
この頃になると、度々インターネットで同じような症状がないか検索、動作時に震えが止まる症状からパーキンソン病ではないかと思うようになり、そしてはじめてパーキンソン病の病態を知り、漠然とだが将来に不安を抱くようになる。
それだけに、本屋で“パーキンソン病を治す本”を見つけ、免疫力の向上でパーキンソン病が治る(?)ことを知り、意を強くして、本の推奨している指もみをさかんにするが、目に見えるほどの効果が表れずがっかりする。(根気よく4年間位続けたが)
 

  神経の病気だろうと思い初めて近所の神経内科を受診する。
U、診断について
診断1 神経内科(個人医院)平成16年2月初旬(現在も通院中)
問診と動作診断、血液検査
診断結果⇒パーキンソン病を否定、パーキンソン病症候群
処方⇒アルマール、マドパー、リボトリール等 
マドパー等の抗パーキンソン病薬が処方されるが、どれも効かずアルマールが比較的気持ちが落ち着くので継続して服用する。(アルマールはDBSで検査入院するまで服用する)
担当医からマドパーを服用しても効き目がないので、パーキンソン病症候群だろうと診断される。しかし震えが止まるわけでもなく確実に進行しており釈然としない気持ちで日々過ごす。

脳に異常があるかどうか、確認のため脳外科を受診する。
診断2 脳外科(法人病院)平成16年2月中旬
MRI撮影⇒脳に異常は見られない。
脳に異常は見られず少しほっとするが、しかし自己診断ではパーキンソン病の疑いは消えない。
パーキンソン病を多く扱っている専門医に診てもらったほうが良いと思い、ネットで検索し“パーキンソン病患者とその家族ためのホームページ”で紹介されている藤沢市の神経内科を受診する。

診断3 神経内科受診(個人医院)平成16年3月中旬
問診と動作診断(かなりの時間かけて診断)
診断結果⇒パーキンソン病の初期症状。
自分でも考えていた症状だがガクッとくる。継続受診は距離的に通いきれないので、診断だけで終わる。
 
V、鍼灸、カイロ整体等での治療
 H16年前半〜H19年前半 
  パーキンソン病に対して半信半疑の状態が続く状態で、なんとか震えを止めようとネット検索でパーキンソン病の治療効果を標榜している鍼灸、カイロ整体等で治療を受けるが、いずれも有意差が見られる程効果がなくがっかりする。(複数の治療院で4年間治療を受ける)
 
  仕事は、字を書くことが多い仕事だったが、震えを気にせず仕事に集中する事ができ、仕事に支障きたすことなく発症してから約1年後のH16年末65歳で定年を迎える事ができました。

退職後直ぐに太極拳を習っている友人の勧めで養生気功を習う。緩慢な動作に呼吸を合わせ、気持を落ち着かせる効果があり、また自分にあった講習で3年間続けたが、震えが気功動作中に出てきて、ポーズをとることが出来なくなり中断する。

2年、3年と経過するに従い震えも確実に進行し、動作時も震えるようになり、日常生活にかなり支障を来たすようになる。
パソコンの入力も誤りが多く、左手で操作することが多くなる。また字を書くことと、食事はまだ右手でなんとかできるが、調子が悪い時には、左手で食事したり字を書く事が多くなる。
 
趣味の世界では、40歳台で始めて20数年間夢中になっていたテニスも、動作が鈍くラリーが続かなくなり止めてしまい、また毎日往復20キロの道のりを自転車で通勤し趣味のひとつだった自転車も乗らなくなり、定年後楽しみにしていた趣味が出来なくなる。
精神的に病気を受け入れがたく、一時期精神的に落ち込んでいたが、このころ映画
“寅さん“の全作品をNHKが特集で土曜日の夜放映、寅さんの笑いに助けられる。

まだ整形外科で診察を受けていないので、確認のため娘の紹介で港区の総合病院の整形外科を受診
診断4  整形外科(港区の総合病院)平成18年3月
動作診断、問診、レントゲン撮影
診断⇒異常なし、神経からくる病気だろうとの事で、同じ病院の神経内科へまわされる
診断5 神経内科(港区の総合病院)平成18年3月
問診、動作診断、MRI撮影、核医学検査
診断⇒パーキンソン病症候群(パーキンソン病でない⇒核医学検査より診断)
90%パーキンソン病ではないと診断されたが、現実には震えが大きく釈然とせず素直に喜ぶことは出来なかった。

友人の勧めで、某大学病院の有名教授宛に紹介状を書いてもらい、受診する
診断6 神経内科(大学病院)平成18年8月
問診、動作診断(時間をかけて、丁寧に診断してくれる)
診断⇒判断が難しい。パーキンソン病の可能性あり
アーデンを処方される。震えは変わらないが右手の筋肉の強張りは少し症状が和らぎ、歩行が楽になる。
メネシットも処方されるが、1週間服用したが震えに関して効き目がないので服用を中断する。

  発症から4年後のこの頃になると震えが強くなり、日常生活に支障をきたすようになる。食事の時右手で持った箸をしばしば飛ばしてしまい、右手で食事が出来なくなり左手で食べるようになる、また字も右手で書くのが困難になり左手で書くようになる。

今まであまり薬に頼らず免疫力を高め、鍼灸など東洋医術を頼り、なんとか治らないか模索してきたが効果がなく、また右手の震えも日常生活をおくる上で、私の我慢の限界にきていた。
薬は長期間のみ続けると副作用が現れるので、なるだけ薬を服用しないように避けてきたが、いままでの考えを変えて薬を頼りに震えを治すしかないと思うようになった。
パーキンソン病専門の名医に診てもらえれば、私の症状にあった薬を調合してもらえると考えて、ネットで検索し、“パーキンソン病患者と家族のためのホームページ”で紹介されている松戸市の神経内科を受診する。

診断7
 神経内科(個人医院)平成19年12月
問診、動作診断、MRI
診断⇒薬物では治りにくい震え、外科手術で止めるしかないと、都立F病院のY先生に紹介状を書いてくれる
パーキンソン病の薬物治療を本格的にすれば一時的にせよ震えが収まると思っていたので、薬で震えを止める事が出来ないと診断されガックリとして途方くれる。

 紹介された府中市の病院を受診
診断8 神経内科(都立の総合病院)平成20年1月
問診、動作診断
診断⇒パーキンソン病。薬物では治りにくい、外科手術でしか震えは止まらない。
検査入院して病状を確認することを勧められ入院予約をする。


W、検査入院(T病院) 平成20年6月 (22日間)
  病気の確認と、手術をして本当に治るのか?脳に関するあらゆる検査をして、病気の診断の確定と手術の効果があるか検査をする。
  今回は検査入院と言うことで、割と気楽な気持ちと今まで受けたことのない検査なので半分好奇心にかられて、病院生活を過ごす。
検査の結果、パーキンソン病の診断で、手術をすれば震えは治せると言われる。

私の都合で、このまま続けて入院手術するのではなく、一旦退院して、平成21年1月に入院して手術をすることにする。

DBSについてあまり知識がなかったので、早速ネット検索でAPPLEのサイトのDBSについての投稿に目を通し一応の知識を得るが、手術に関しては内容を知れば知るほど気が重くなり、なるべくなら回避したい気持ちを抱く。症状は少しずつ進む。そして反対側の左手もわずかな震顫がでるようになる。

 
X、手術入院(T病院) H21年1月中旬
 前回の入院から半年以上時間が経過しており、同じ内容の検査を再度うける。
前回は2人部屋で、同室の人とはあまり会話がなかった。
今回は4人部屋で4人ともDBSの経験者か、DBS手術を受ける人で、話題もパーキンソン病やDBS手術が中心となり、参考になることが多々あった。
検査の結果は前回と同じで、手術が可能。ただ刺激をする部位を視床にするか、視床下核するか迷った。担当医は顕著に表れている震えを止めるのを優先して視床にするべきだと主張。私は進行性の病気であることを考慮にいれると視床下核にしたいと希望するが、現在症状がでていないので治しようがないといわれ、それと震えを治す目的で入院したので左脳の視床に電気刺激をすることに決定する。
事前の検査が終了、手術まで時間があるので一時的に一週間帰宅する。

 

 Y、DBS手術 2月中旬
1週間後6階の脳神経外科病棟に再入院、手術に備える。手術の2日前担当医から手術に対する説明を受け承諾書に署名捺印する。いよいよ手術モードだが気が重く、できるなら避けたい気分だった。
   当日午前9時に家族と同室の人に見送られ手術室に入る。直ちに頭を鉄製のアングルで固定され、CT撮影後、感染症防止のため消毒液をたっぷり頭に塗られた後、頭部を部分麻酔する。
意識ははっきりしており、いよいよ手術開始。病院の方は、針を進めるのが神経外科担当医、私の右手、右足の状態を診ながら針の調整を指示する神経外科部長、オシロスコープを見ながら脳の状態を監視する神経内科部長と万全な体制で手術に臨んでくれた。      
私は手術に対する怖さと好奇心で複雑な心境。針が脳深部に進むにつれて段々恐怖心が強くなるが、外科部長と内科部長のコンビが息の合った感じで進み恐怖心を和らげてくれる。針が脳深部に進むにつれて右手の震えも小さくなり、最後に震えが止まってほっとする。
電極の挿入場所が特定され、本番用の電極が挿入される。電極を挿入した際、瞬間的に電気が走った感じがして唇と指先に痺れを感じる。
電極の位置を微調整して痺れ感を取り去り、頭部を手術用ホチキスで縫い合わせる。   
右手の震えが止まっていることと、神経内科部長の言葉から手術の成功を確信し、恐怖心から解放され、そして嬉しさがこみ上げてくる。
鉄のアングルを外して、再度CT撮影をして脳の状態と電極の位置を確認し、手術は終了する。
手術室を出る時、付き添ってくれた妻、娘と妹に震えが止まった右手でピースサインを送る、娘と妹は安心して帰る。
午後4時頃病室に戻る。
震えは電極を入れただけで神経を刺激するのでしばらくは電池を入れなくても、手の震えは止まった状態を保った(10日間)

 Z、電源埋め込み手術 平成21年2月下旬
手術から9日後、左胸部上に電源をいれる手術をする。今回は全身麻酔なので眠っている間で終わってしまい、主治医に声をかけられ目をあける。
何も感じずに終わり、患者としては精神的に楽な手術であった。
1週間後抜糸、これで外科治療は終了するが、内科病棟の病床が満員状態でしばらく外科病棟にとめおかれる。手術から1ヶ月後の3月下旬内科病棟にうつる。


[、10階の神経内科病棟
手術後の検査をする。事前の検査とほぼ同じ検査をし、脳に対する手術の影響を確認。異常なしということで、2週間後無事退院する。

  左手にわずかであるが震えが出ており、また入院手術しなければならないと思いながらも、右手のひどい震えが止まり、右手が使える嬉しさを、心配をかけた妻と喜び合って自宅に帰って着た。

 

                                           
2011.07.21 ファイル作製sophia

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