設 立 2003年09月26日
移 動 2004年03月13日
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世界各国の死刑存廃状況

北アメリカ 02 カナダ
死刑廃止の理想 アムネスティ・インターナショナルが絶賛する「カナダの事例」
死刑制度について「死刑制度が存在することで凶悪犯罪の発生が抑制される」という一般予防論に基づいた論拠によって死刑を存置すべきだとする意見がある。これは死刑制度に対する一般的な市民のコモンセンスに近いものであろうが、これについて死刑廃止を主張する人権団体「アムネスティ・インターナショナル」は次のように反論する。
死刑に関する事実と数字
1988年に実施され2002年に改訂された、国連に提出された報告書は、死刑の適用の変化と殺人発生率との関係についての証拠を評して、「統計の数字が以前と同じ方向を指し続けているという事実は、死刑に依存することを減らしたとしても、各国は犯罪曲線が急激かつ深刻に変化することをおそれる必要はないという説得力のある証拠である」と述べた。

死刑廃止国における最近の犯罪件数は、死刑廃止が悪影響を持つということを示していない。たとえばカナダでは、人口10万人当たりの殺人率は、殺人に対する死刑を廃止した年の前年である1975年の3.09件のピーク時から1980年には2.41件に低下、そしてそこからさらに減少している。死刑廃止から27年後の2003年には殺人率は人口10万人当たり1.73件、1975年よりも44パーセント低く、ここ30年間で最も低い割合だった。

(引用文献:ロジャー・フッド『世界の死刑』 オックスフォード・ユニバーシティ・プレス、第3版、2002年 214ページ)
死刑に関する事実と数字〜8. 死刑廃止の犯罪率への影響
これはアムネスティ・インターナショナルが毎年9月に改定する「死刑に関する事実と数字」というものからの転載であるが、この事例については様々な公式書簡、公式声明で取り上げており、死刑存廃論の中では所謂「カナダの事例」として知られるものである。次の文章はアムネスティ事務総長が大韓民国の千正培法務大臣に宛てた2006年6月20日付公開書簡であり、ここでもこの事例が取り上げられている。
韓国:死刑反対の論点〜アムネスティ事務総長の公開書簡〜
死刑が特別な抑止効果をもたないという証拠は世界中にあります。米国、カナダあるいはその他の国ぐにで、死刑がなければ暴力犯罪が増えるという証拠は出ていません。たとえば2004年の米国では死刑存置州の殺人発生率は人口10万人に対して5.71件でしたが、死刑廃止州ではわずか4.02件でした。さらにカナダでは、死刑が廃止されて27年たった2003年には、死刑を廃止する前の1975年に比べて殺人発生率が44パーセントも低下しています。

最近の例では、1995年に死刑が復活したニューヨーク州があります。1990年代の終わりに、それまで上昇していた殺人発生率が下がり始めました。2004年6月、州最高裁は、死刑制度を違憲としました。現在、議員は死刑の再導入に反対しています。死刑が抑止力になるのであれば、死刑が廃止されれば(広く喧伝されるように)潜在的犯罪者は自由に犯罪を実行し、殺人発生率は上昇するでしょう。しかし、その逆の事態が起きています。2005年の上半期(最高裁が違憲と判断してから1年後)、殺人事件は5.3パーセント減少しました。
韓国:死刑反対の論点〜アムネスティ事務総長の公開書簡〜
筆者はアムネスティ・インターナショナルのデータについて信頼しており、この数字についても特に疑問を覚えず検証も行ってこなかった。ただこの数値については様々な複合的要因が働いている疑問もあり、調査する必要があると考えていた。この所謂「カナダの事例」というのはどのように達成されたのか。死刑廃止国の一例に過ぎないという意見もあるであろうが、カナダの死刑廃止への歴史を踏まえて検証してみる。
理想を目指して カナダ死刑廃止の歴史

Lester B. Pearson
(C)Wikipedia
無論カナダも建国当時から死刑を廃止していたわけではなかった。16世紀カナダはフランス領として発展したがほぼ同時に英国も植民地としてカナダを開拓し始めた。当時の英仏間には紛争が絶えず、植民地カナダでも紛争が波及した。1754年からはじまったフレンチ・インディアン戦争(七年戦争)によって英国植民地軍がモントリオールをはじめとするフランス植民地を占拠し、1763年のパリ条約によってカナダ全土(サンピエール島ミケロン島を除く)が英国植民地となった。当時の英国は窃盗等にも死刑を積極的に適用していた為、カナダもこの影響を受けていた。

カナダは1848年に外交権以外の自治権を得て1867年に自治領カナダとして近代国家の体裁が整ったが、、法制度等は依然英国の強い影響を受けていた。1865年にはカナダ刑法が制定されたが、無論死刑が明記され、殺人罪、反逆罪、強姦罪について死刑を法定刑とされた。対外的には1926年にカナダに外交権が認められ、1931年英国議会の承認の下、英国からの実質的な独立を果たすことになった。1961年にはカナダ権利章典が制定された。またカナダはその成立過程からフランス系、英国系の移民の歴史があり、各州に大幅な自治権が与えられている。

カナダの死刑の歴史で特徴的なのは警察官刑務官殺害罪の規定である。1961年にこの規定が殺人罪から分離され罰則強化が図られたが、翌1962年12月10日、警察官刑務官殺害罪にてトロント・ドン刑務所においてArthur Lucas死刑囚およびRobert Turpin死刑囚の死刑執行された。そしてこの時点からカナダは死刑モラトリアム(執行停止)に入る。1966年レスター・B・ピアソン首相の下、刑法の殺人罪の法定刑から死刑が排除され、警察官刑務官殺害罪と国防妨害罪についてのみ死刑が存置される。1976年7月14日には警察官刑務官殺害罪から死刑が排除され一般刑法から死刑規定が完全に排除された。1987年死刑復活法案が提出されたが127対148で死刑復活は見送られた。唯一残っていた国防妨害罪の死刑規定も1998年排除され、カナダでは死刑が完全に姿を消すこととなった。死刑廃止までの間に1481人が死刑確定、そのうち710人(男性697人女性13人)に執行された。現在のカナダ政府は死刑制度の批判を強めており、死刑廃止推進の主な国のひとつである。

1976年カナダ最高裁判所は「カナダ権利章典の下においても死刑は残酷で異常な刑罰ではない」と判示しているが、最終的にはカナダ連邦議会において「死刑は犯罪抑止等の面で有効ではない」「個人の生命を政府が侵奪すべきではない」として廃止に至った。
カナダ死刑史
1865年 刑法にて死刑を規定。(殺人罪・反逆罪・強姦罪)
1954年 強姦罪の死刑規定廃止。
1961年 勤務中の警官・刑務官の殺害について適用分類され罰則を強化。
1962年 最後の死刑執行。この後カナダはモラトリアム状態に入る。
1966年 一般殺人罪について死刑規定廃止。警官及び刑務官殺害罪についてのみ存置。
1976年 警官及び刑務官殺害罪から死刑規定廃止。一般刑法上死刑廃止。
1976年 保釈無し終身刑が死刑の代替刑として採用される。
1987年 死刑復活法案提出されるが否決。
1998年 軍法、反逆罪等の国家保安上の刑罰から死刑規定廃止。
2001年 アメリカへ犯罪者引渡しする場合死刑適用除外することを条件と規定。
なお死刑廃止時点で死刑の代替刑が定められた。殺人罪を「第一級謀殺罪」「第二級謀殺罪」に分類し、第一級謀殺罪の法定刑を25年間仮釈放無しの終身刑、第二級謀殺罪には10年間仮釈放無しの終身刑としている。なおこの謀殺罪とは殺害する意思を持って殺人を犯した罪であり日本の殺人罪に類似している。日本でいう傷害致死罪は殺人罪とされ7年間仮釈放無しの終身刑となっている。
死刑復活の動き 1987年の死刑復活法案とカナダ国民の死刑に対する意識
世論調査では1987年2月に死刑復活法案が提出された時、71%のカナダ国民が死刑復活を支持した。この際国民的な死刑存廃論議が行われたが、特に英国国教会等を中心とするキリスト教勢力は積極的に死刑復活に反対した。結果同年6月の世論調査では死刑復活賛成派は61%に低下した。その後第一級殺人罪が確定した少なくとも6名の受刑者の冤罪が判明し、死刑復活を指示する割合は徐々に低下していった。1995年6月の世論調査では69%のカナダ国民が死刑復活について反対しており、死刑廃止はカナダ国民から強く指示を受けているといえるであろう。2000年のアムネスティ・インターナショナルの報告ではカナダ連邦政府警察本部は「犯罪抑止のために死刑復活を議論すべきである」と主張しているが、死刑における特別な一般予防論における犯罪に対する威嚇効果は認められない、としてカナダ連邦政府は国民投票の要請を拒絶したということである。

御存知のようにカナダとアメリカは長大な国境を挟んでおり、犯罪の越境化は常々問題となってきた。しかしながらアメリカが死刑存置国であるため、カナダとの間で犯罪人引渡協定の履行が滞る事態となったため、アメリカ政府は2001年「アメリカ国内で犯行に及びカナダに逃れた犯罪者については例外的な事例を除き死刑を求刑及び科刑しない」と保障するに至っている。
殺人発生件数推移 「死刑廃止後殺人発生率が減った」という主張の検証
筆者はアムネスティ・インターナショナルの主張する「カナダの事例」についてあまり疑問を持たなかった。アムネスティ・インターナショナルのデータは正確であると確信しており、これを疑問視することはしなかったのである。ただ「死刑廃止以来殺人発生率が減少した」という点については検証しなければならないと思っていた。そこでカナダ大使館に連絡して殺人認知件数・殺人発生率等の資料を提供していただけないかと連絡したところ、Statistics Canadaというサイトでこれを確認することができた。なおこれは1961年〜2005年の資料であるが、これ以前の資料については整理されていない模様である。またあわせてカナダの一人当たりの購買力平価(GDP Per Capita)、人口推移をまとめてみた。
カナダにおける殺人発生率(10万人率)及び殺人発生件数
西暦 殺人発生率 殺人件数 GDP推移 人口推移 備考
/10万人 USドル 万人
1960 12,264 1,787
1961 1.28 233 12,397 1,824 警官刑務官罪分離。
1962 1.43 265 13,000 1,858 最後の死刑執行。
1963 1.32 249 13,412 1,893
1964 1.31 253 14,023 1,929
1965 1.41 277 14,661 1,964
1966 1.25 250 15,334 2,002 謀殺罪について死刑廃止。
1967 1.66 338 15,511 2,038
1968 1.81 375 16,091 2,070
1969 1.86 391 16,707 2,100
1970 2.19 467 16,906 2,130
1971 2.15 473 17,271 2,196
1972 2.34 521 17,986 2,222
1973 2.43 546 19,045 2,249
1974 2.63 600 19,559 2,281
1975 3.03 701 19,703 2,314 アムネスティの数値 3.09件/10万人
1976 2.85 668 20,513 2,345 警官刑務官殺害罪から死刑廃止。
1977 3.00 711 20,976 2,373
1978 2.76 661 21,615 2,396
1979 2.61 631 22,302 2,420
1980 2.41 592 22,321 2,452 アムネスティの数値 2.41件/10万人
1981 2.61 648 22,724 2,482
1982 2.66 667 21,813 2,512
1983 2.69 682 22,185 2,537
1984 2.60 667 23,254 2,561
1985 2.72 704 24,144 2,584
1986 2.18 569 24,484 2,610
1987 2.43 644 25,190 2,645 死刑復活法案提出されるが否決。
1988 2.15 576 26,101 2,680
1989 2.41 657 26,307 2,729
1990 2.38 660 25,962 2,770
1991 2.69 754 25,116 2,803
1992 2.58 732 25,037 2,838
1993 2.19 627 25,340 2,868
1994 2.06 596 26,268 2,900
1995 2.01 588 26,725 2,930
1996 2.14 635 26,875 2,961
1997 1.96 586 27,734 2,991
1998 1.85 558 28,630 3,016 国家保安上の刑罰から死刑廃止。
1999 1.77 538 29,969 3,040
2000 1.78 546 31,245 3,069
2001 1.78 553 31,466 3,102
2002 1.86 582 32,196 3,137
2003 1.73 549 32,569 3,168 アムネスティの数値 1.73件
2004 1.95 624 3,230
2005 2.04 658 3,262
参考資料
Statistics Canada
List of population of Canada by years
DEMOGRAPHIA
カナダにおける殺人発生件数(人)
カナダにおける殺人発生率(/10万人)
データリーク アムネスティ・インターナショナルの資料に対する疑念
いかがであろうか。アムネスティ・インターナショナルの発表しているデータはほぼ正確である。ただその文章と、実際の数値を比較すると非常に恣意的なデータリークが疑われる。例えば上記表を基準にして死刑存置派的な数値解釈を行い、アムネスティ・インターナショナルのような文章を製作してみる。上段はアムネスティ・インターナショナルの文章であり、下記は筆者が死刑存置派的な視点で作文したものである。
死刑に関する事実と数字〜アムネスティ・インターナショナル的解釈
死刑廃止国における最近の犯罪件数は、死刑廃止が悪影響を持つということを示していない。たとえばカナダでは、人口10万人当たりの殺人率は、殺人に対する死刑を廃止した年の前年である1975年の3.09件のピーク時から1980年には2.41件に低下、そしてそこからさらに減少している。死刑廃止から27年後の2003年には殺人率は人口10万人当たり1.73件、1975年よりも44パーセント低く、ここ30年間で最も低い割合だった。
死刑に関する事実と数字〜死刑存置派的解釈
死刑廃止国における最近の犯罪件数は、死刑廃止が悪影響を持つということを明らかに示している。たとえばカナダでは、人口10万人当たりの殺人率は、日本の殺人罪にあたる謀殺罪が廃止された年1966年の1.25件からその9年後の1975年には3.03件に急激に上昇(2.42倍)している。謀殺罪の死刑廃止から27年後の1991年においても殺人率は人口10万人当たり2.69件、1966年よりも2.15倍にも上昇した。死刑廃止後45年間で殺人発生率は確実に上昇している。
どちらも数値的には正しいが、その立論している立場によってデータを恣意的に操作しているものである、とはいえないだろうか。上記表を元にアムネスティ・インターナショナルの主張する死刑についての記述と比較検討してみる。
「死刑に関する事実と数字」の検証
アムネスティ・インターナショナルの数値解釈 疑問点 死刑存置派的な数値解釈
カナダでは、人口10万人当たりの殺人率は、殺人に対する死刑を廃止した年の前年である1975年の3.09件のピーク時から
何故死刑廃止を警察官刑務官殺害罪の廃止としたのか?

殺人発生率の比較であれば該当する刑罰の死刑廃止を基準に考えるべきではないか?
カナダでは人口10万人当たりの殺人率は、日本の殺人罪にあたる謀殺罪が廃止された年1966年の1.25件から
数値を警察官刑務官殺害罪廃止の前年としたのはなぜか?

警察官刑務官殺害罪の死刑廃止を基準にすべきではないか?
1980年には2.41件に低下、そしてそこからさらに減少している。 1980年を第2基準に持ってきたのは何故か?

5年後ということであれば1985年、1990年、1995年、2000年、2005年も基準とすべきではないか?
その9年後の1975年には3.03件に急激に上昇(2.42倍)している。
死刑廃止から27年後の2003年には殺人率は人口10万人当たり1.73件、1975年よりも44パーセント低く、 2003年を第3基準に持ってきたのは何故か?

30年後の2005年か、25年後の2000年を基準とすべきではないか?
謀殺罪の死刑廃止から27年後の1991年においても殺人率は人口10万人当たり2.69件、1966年よりも2.15倍にも上昇した。
ここ30年間で最も低い割合だった。 何故30年間としたのか?

謀殺罪廃止等を含めた50年間または40年間を基準とすべきではないか?
死刑廃止後45年間で殺人発生率は確実に上昇している。
アムネスティ・インターナショナルのデータリークで最も不信感を覚えるのが「警察官刑務官殺害罪(1975年死刑廃止)」を死刑廃止の基準点としているところである。「死刑に関する事実と数字〜8.死刑廃止の犯罪率への影響」におけるアムネスティ・インターナショナルの主張は死刑制度が一般予防効果を持たないというものである。もしこのように主張するのであれば「Aという犯罪発生率」と「Aに対応する刑罰」を比較すべきであるのは当然であり、即ち「殺人発生率」を比較検討するのであれば「謀殺罪(1966年死刑廃止)」を基準とするのが妥当である。もしアムネスティ・インターナショナルの資料をそのまま使用するのであれば「殺人発生率」ではなく、「警察官刑務官殺害発生率」の経年的データを比較するべきである。極めてアムネスティ・インターナショナルのデータが恣意的であるというのは間違いのないところだろう。無論カナダ一カ国のデータをもって死刑制度に一般予防効果の有無を断じるものではないが、アムネスティ・インターナショナルの主張には首肯できないのは確かではないだろうか。
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