

国政選挙に出ると宣言されてから3年、高倉さんが自民党比例区の候補として参議院選挙に立候補しました。パラグアイでは日本人が集まる場所には投票を呼び掛けるポスターが貼られています。「日本の未来にパラグアイから希望の一票」「たかが1票というけれど甘くみてはいけません、世界中どこを探しても2票もっている人はいないのだから」と書かれています。

(写真:投票を呼び掛けるポスター)
01・自民党候補として立候補まで
7月11日開票の第20回参議院選挙、高倉さんの公示までの動きです。
参院比例に南米邦字紙社長=在外投票の支持拡大に狙い−自民(時事通信)
自民党は20日午前の選挙対策小委員会で、参院選比例代表でパラグアイの邦字紙「日系ジャーナル」社長の高倉道男氏(63)の公認を決めた。これにより同党の比例候補者は32人。高倉氏は1976年からパラグアイに在住、参院選に備え既に東京都内に住民登録している。自民党が海外を拠点に活動する邦人を国政選挙で擁立するのは初めてで、比例代表のみ投票が認められている在外邦人の支持拡大に狙いがある。
邦字紙経営の高倉氏を擁立 参院選比例代表で自民(共同通信)
自民党は19日、夏の参院選の比例代表候補として、南米パラグアイで邦字紙「日系ジャーナル」を経営する高倉道男氏(63)を擁立する方針を固めた。同氏は大分市出身で1976年にパラグアイに渡り永住権を取得したが、日本国籍を持っている。自民党は在外邦人の代表として高倉氏を擁立し「開かれた党」をアピールする考えだ。海外に居住する日本人は一定住所に3カ月以上居住していれば、国政選挙の比例代表に限り投票が可能。昨年の衆院選では推定約65万人の在外有権者のうち7万3000人余りが選挙人登録、投票率は15・93%だった。高倉氏は「今の在外投票制度は手続きのハードルが高い上、比例代表しか投票できないなど問題も多い。選挙でこうした点を訴え、日本と在外邦人の懸け橋になりたい」と語っている。
<自民党>参院選比例にパラグアイ在住・高倉氏の公認内定(毎日新聞)
自民党は20日の選挙対策小委員会で、県連から公認を求める動きが出ていた参院の愛知、福岡両選挙区について、「原則として2人目は擁立しない」との方針を確認した。小委員会ではまた、参院選の比例代表候補として、パラグアイ在住で邦人向け新聞「日系ジャーナル」経営の高倉道男氏(63)の公認を内定した。
投票日迄1カ月を切った。(日系ジャーナル)
未知体験ゾーンまっしぐら。浅草雷門前での街宣車上の訴え、今日は仙台、明日、名古屋、玉は転々東へ西へ。更に更に玉は、海外迄転々コロコロコロリンヨっと、24日の公示日、成田空港で「只今から海外遊説に出発致します」記者会見。25日、ロスで行われる「海外日本人代表を国会に送る運動北米部」の総決起大会に出席。何でも当地の日系メディアを総動員して歌や踊りありの派手なパフォーマンス大会となるらしい。先般、来日した大友会長代行と安富事務局長は、「君が代」の音楽テープと日の丸の国旗を購入して帰国した。26日はアスンシオンに直行。そして27日、サンパウロのガルボンブエノで選挙カーが走ります。「ナニッ、ブラジルでは街宣車をくり出すって?じゃーこっちも選挙カーをくりだせっ!」とまあ、歴史上初の海外日本人代表の海外選挙戦とあって南北アメリカの応援団もヒートアップしています。某夜、「TBSテレビですが、ミチオ高倉候補は、弊社の調べでは有力当選候補になっていますので開票日夜、カメラを事務所内に設置したいので中継車やカメラの位置等確認のため近い内に訪問させて下さい」との電話に「ワァー!」沸き立つ職員一同...。選挙区候補と違い、こちら世界区、選挙事務所に取材に来た共同通信社国際局海外部記者のジャニスさん「英語版でアメリカや各国に配信されます」。15日は東京選挙事務所で神主さんを呼んでの事務所開き。18日は大分選対事務所の事務所開きをそれぞれ行います。大分は3年前の高倉事務所と同じ場所です。大分事務所は、2002年8月に一旦、閉鎖した事務所です。かってあのマッカーサーが「アイ シャル リターン!」と心に誓ってフィリピンから撤退した心境と重なる部分がありひと際、感慨深いものがあります...。
日本および海外各国で進軍ラッパが高らかに鳴り始めた (日系ジャーナル: 5月31日)
5月20日、正式に自民党公認が決定して、何がなんだか分からない程、めちゃ忙しい。連日、午前様だ。東京選挙区から出る中川候補の総決起大会(2000人超)に2度、比例代表候補として出席した。左右のひな壇には自民党の安部幹事長や町村総務局長、石原大臣、小池百合子環境大臣ら政府与党の幹部がずらり。その後ろに自民党公認比例代表候補32人が壇上に上がって総決起大会を盛り上げる。比例候補たちも名前を書いたたすきをかけて挨拶する。本人は1分、代理出席は30秒の挨拶だ。「先週、公認となったミチオ高倉でございます。日本の歴史始まって以来始めての海外日本人代表の候補でございます。日本と海外の掛け橋となるべく一生懸命がんばりますのでよろしくお願い申し上げます。南米パラグアイのミチオ高倉をどうかよろしくお願い申し上げます。最後にスペイン語でお礼を言わせて頂きます? ムーチャス グラーシャス アミーゴス デル ハポン!」と、挨拶したら会場が、ワァーと湧いた。28、29日は、地元大分市に行き広瀬知事や平松前知事にお会いして正式に出馬挨拶をした。お二人ともいろいろと便宜を図って頂いた。東京も大分も6月1日には選挙事務所がオープンする。30日(日)、熱海の近くにあるオイスカの天文台に全国各地のオイスカ支部責任者31人が集まって「ミチオ高倉」の総決起大会を開いて頂いた。小泉総理の北朝鮮訪問などで遅れていた公認証授与がいよいよ明31日、小泉総理から正式に行われる。海外日本人代表を国会に送る運動北米部から、「6月19日にロスで総決起大会を開くので是非出席してほしい」とのメールが入った。いよいよ日本および海外各国で進軍ラッパが高らかに鳴り始めた。サンパウロの町を選挙カーが走るという日本の歴史始まって以来の珍事が見られるのももうすぐだ。ゴッドハンドと呼ばれる選挙参謀もついてくれた。皆様よろしく御指導御鞭撻の程お願い申し上げます。
海外在住の高倉道男氏、大分市で事務所開き (毎日新聞)
参院選(24日公示)比例代表に立候補予定の自民新人、高倉道男氏(63)が18日、出身地の大分市に事務所を開いた。高倉氏は南米・パラグアイ在住の邦字紙代表で、海外から立候補を決めた。自民は比例代表に33人を公認しているが、著名人や友好団体関係者らが多く、異色の存在だ。中高校時代の同級生らが集まり、高倉氏は「海外300万人の日系人の声を日本に届け、海外と日本の懸け橋になりたい。大分から国政に押し上げて下さい」と決意表明した。高倉氏は大分舞鶴高在学中、ラグビー部に所属し、全国高校ラグビーフットボール選手権大会に出場。35歳で脱サラし、パラグアイへ移住。80年に邦字紙「日系ジャーナル」を創刊、経営している。
参院選比例代表 南米在住の経営者擁立 自民、在外票を期待(産経新聞)
自民党は二十日、党本部で選対小委員会を開き、七月の参院選の比例代表候補に南米パラグアイで邦字紙「日系ジャーナル」を経営する高倉道男氏(六三)の擁立を決めた。近く公認する。高倉氏は大分市出身で明治学院大中退。昭和五十一年にパラグアイに移住し、永住権を取得したが、国籍は日本。在外二十二社で構成する「海外日系新聞放送協会」会長も務める。当選した場合は帰国予定で、立候補自体は問題ないという。外務省などによると、海外の有権者は約六十八万人。このうち実際に投票できるのは在外選挙人名簿に登録されている七万二千四百七十六人(平成十五年九月現在)。自民党では比例代表の当選ラインを二十万票と想定しており、「高倉氏の集票力は未知数で当選は困難では」(森派幹部)との見方もあり、擁立を慎重に検討してきた。だが、「自民党への在外選挙人の票が期待できる。日本の親類、友人の票もある」(関係者)と判断した。また、選対小委では、公明党との選挙協力の見返りを期待し、候補者が「比例は公明党」と支持者に要請することの禁止を確認したほか、複数区の愛知、福岡両選挙区で共倒れを防ぐため候補者を一人に絞ることを決めた。自民党は比例代表候補の選定をひとまず終えたが、今後も参院選公示直前まで著名人候補の擁立の可能性を探る考えだ。
日系紙社長、パラグアイから参院比例区に出馬
(朝日)
南米パラグアイで邦字紙を経営する高倉道男さん(63)が、参院選比例区に自民党から立候補することが決まった。大分市出身で76年にパラグアイに渡り、永住権を取ったが、国籍は日本だ。海外に居住する日本人は、国政選挙の比例区のみ、郵送や大使館などで投票が可能だ。海外の推定有権者数は約68万人。高倉さんは、中南米や北米を訪問し、現地の日系人社会などを通じて支持を訴えるという。高倉さんは「日本と日系人社会の懸け橋になりたい」と話している。
自民、パラグアイ移住者を参院比例候補に(読売新聞)
自民党は20日の選挙対策小委員会で、パラグアイの日本語紙「日系ジャーナル」社長の高倉道男氏(63)を、参院比例選公認候補に内定した。高倉氏は1976年にパラグアイに移住した。同党としては、海外在留邦人からの得票増加を期待している。
■海外の声 代表して=パラグアイの高倉道男氏=自民党公認候補に決定(ブラジル・ニッケイ新聞)
海外在住邦人として初の国政選挙立候補を目指すパラグアイ在住の高倉道男氏(六三)について自民党は、二十日に開いた選挙対策小委海外員会で高倉氏を公認候補とすることを決定した。同日午後、自民党本部で公認申請手続きをした高倉氏に対し、近く公認証書が授与される。在外選挙制度改革やデカセギ子弟の教育問題など九つの公約を柱に、国内外で選挙戦を展開していく方針だ。オイスカ・パラグアイ総局会長でもある高倉氏の公認に向けた活動を支援してきたオイスカ国会議員連盟は同日午前、東京都内の自民党本部での会合を開き、柳澤伯夫議員ら衆議四名、保坂三蔵参議院議員(オイスカ副会長)ら参議七名、議員代理十八名、中野利弘副理事長らオイスカ関係者四名、「海外日本人代表を国会に送る運動」北米部の大友八郎氏、高木ラウルニッケイ新聞社長ら関係者が参加しての会合だった。冒頭の挨拶で柳澤衆議は、「高倉道男さんを是非、自民党公認として参議院選挙に推薦致したいと思い、今日の会合を開催してもらいました」と語り、この会合が高倉氏を励ます会を兼ねているとも述べた。高倉氏の出馬に対して、出席者から好意的な励ましの言葉が寄せられた。「二十一世紀は海外の中のスタンスをとることはとても大事なことです」(山際大士郎衆議院議員)「パンフレットを読みました。ぜひ海外の声を代表して、政界に新風を巻き起こす活躍をしていただきたい」(城内実衆議院議員)司会をつとめる保坂参議は、同日十時半から選挙対策小委員会が開かれるが、ここで正式な公認決定がなされるだろうと語った。柳澤衆議は、保坂参議が高倉氏の公認を後押ししてきた経緯などについて語った。その背後には、他の議員たちの努力があったことを明らかにされた。そして「本日十時三十分から開かれる選挙対策小委員会が、自由民主党の来るべき参議院議員選挙の候補者のラインアップを決める最終場面であろう」と柳澤衆議は述べた。会合は十時過ぎ終了。高倉氏は、参議院議員会館の保坂参議の部屋でその結果を待った。十一時半過ぎ、高倉氏のもとに公認決定が知らされた。三十二人目の公認候補となり、自民党本部玄関口で、マスコミ各社の取材を受けた。午後三時過ぎ自民党選挙対策本部で、公認申請手続き、広報などについての説明を受けた高倉氏。公認証書の授与は総理官邸で後日行われるとのことである。
高倉氏は大分県大分市出身。明治学院大学経済学部中退。一九七六年パラグァイに移住後、八〇年に日本語新聞「日系ジャーナル」を創立。海外日系新聞協会前会長、オイスカ・インターナショナル・パラグァイ総局会長、「日系人代表を国会に送る運動」代表である。今後、ブラジルを中心とする在外邦人の在住国や地元大分県、デカセギ労働者を大勢抱える愛知県や群馬県などで選挙戦を展開する高倉氏。公約として
(1)在外選挙制度の改革
(2)日系二世三世の日本就労ビザの取得義務を廃止
(3)出稼ぎ就労子弟の教育問題改善
(4)在外高齢者の老年福祉年金の支給
(5)二重国籍を認める
(6)海外に対する総合的な日本文化戦略の確立
(7)苦境に喘ぐ中小企業の海外進出を促進する
(8)日本不登校児(十四万人)を南米で教育
(9)海外日本人の安全対策の強化――などを訴えていくという。
海外在住邦人として初めて国政選挙の舞台に打って出る高倉道男氏。戦後移民の一人でもある同氏の立候補を社会的な意義でどうとらえるのか――。ブラジル日系社会で移民史と政治事情に通じた識者の見解をまとめてみた。「日本と日系社会との間に存在する溝を埋める絶好の機会」。戦後移民は社会参画しない傾向があると、指摘し続けてきたサンパウロ人文科学研究所の鈴木正威理事は、高倉氏の出馬にこう期待を込める。県費留学生制度や海外日系人大会に対する国への補助金がカットされるなど、日系社会と日本とのパイプは年々弱まる傾向にある。母国に対する諦めの気持ちが、在外選挙での低い投票率にも現れる、と鈴木理事はみる。「確かにドンキホーテ的な存在で、当選するかきついかも知れない。ただ、高倉氏の立候補を通じて我々の意志を日本に伝えるいい機会だ」とコロニア側の意識改革を求める鈴木理事。また、一九七六年にパラグアイに移住した高倉氏は、戦後移民。長年、「ブラジルの戦後移民は小市民的で、社会参加しない」との持論を展開してきた鈴木理事は、絶対数では少ないパラグアイから初の国政選挙候補者が出たことをこう分析する。「戦前移民が築いたコロニアに移住したのがブラジルの戦後移民。パラグアイでは戦後移民自らが切り開いただけに、高倉氏には『開拓魂』が残っている」社会的、経済的に成功しながらも自己犠牲の精神を見せたがらない、ブラジルの戦後移民との気質を比較する鈴木理事は「人材的には豊富なはずのブラジルからこうした候補が出ないことは、忸怩たる思い」と歯がゆさを見せる。ただ、近年は県連や援協などコロニア主要団体でも、戦後移民が中心となるだけに鈴木理事は「彼らの体質も変わりつつある。高倉氏を通じて、我々も声を上げる機会になるはず」。パラグアイからの立候補を、世界各国の日系社会の共通問題につなげるのが理想図だという。フェルナンド・エンリッケ・カルドーゾ前大統領時代に、一時期広報を担当し、日伯両国の政治家と強いつながりを持つ遠山景孝氏は、「ようやく日本も海外在住者の視点が必要だと気付いた証拠。非常に喜ばしい傾向だ」とグローバル化の流れが政治にも反映された、と指摘する。先日、YKKの本社副社長に日系人として初めて就任したYKK・ド・ブラジルの石川清治社長と親交が深い遠山氏は「現地在住者が本社役員になるのは初めて。こうした人材活用が日本独特の閉鎖的な社会を変えるはず。同様のことが政治にも言える」と自民党が公認したことを高く評価する。また、日系社会の事情を知る人間が、国政の場でアピールすることで、より具体的で親身に立った問題提起が可能だ、と遠山氏は指摘。「日本を長く離れて、初めて気が付くことも多い。国際常識から外れた日本の慣習を変えることはグローバル化した現代には不可欠だ」とも語る。
自民党、高倉道男氏を公認
(日系ジャーナル)
5月31日(月)16、50分、自民党総裁室で小泉純一郎総裁から第20回参議院議員通常選挙比例代表選出議員候補者高倉道男に対する公認証書の授与式が行われた。同授与式には、安部晋三幹事長、青木幹雄幹事長、町村信孝総務局長ら自民党幹部が勢揃いした。自民党選挙対策本部では、5月20日の会議で高倉道男の公認を決定したが、小泉総理の北朝鮮訪問などがあったため授与式が31日に挙行された。これで高倉道男候補は、参議院比例(全国)区第49支部支部長となって選挙活動を行うことになった。自民党参議院比例区公認候補は、高倉候補を入れて32名。
公約として
(1)在外選挙制度の改革
(2)日系二世三世の日本就労ビザの取得義務を廃止
(3)出稼ぎ就労子弟の教育問題改善
(4)在外高齢者の老年福祉年金の支給
(5)二重国籍を認める
(6)海外に対する総合的な日本文化戦略の確立
(7)苦境に喘ぐ中小企業の海外進出を促進する
(8)日本不登校児(十四万人)を南米で教育
(9)海外日本人の安全対策の強化
――などを訴えていくという。
パラグアイ在住の高倉さん立候補(日豪プレス)
南米パラグアイの首都アスンシオンで、月2回の日本語新聞「日系ジャーナル」を発行している高倉道男さん(63)が5月20日、自民党の公認候補として7月に予定されている参院選比例区に立候補することになった。高倉さんは、シドニー在住の保坂佳秀さんやカリフォルニア、ブラジルなどの在外居住者、日系人とともに在外選挙権の獲得運動を続けてきた。大分県の出身で76年に家族とともにパラグアイに移住。永住権を取ったが日本国籍。日系人社会のための日本語新聞を作り、海外日系人大会で、在外居住者や日系人の立場から、経済、文化、国際交流を深めてほしいと日本政府に要望してきた。海外から見た日本政府、日本社会への批判や忠告を同紙コラムで繰り返してきた。在外選挙権は得たが、投票方法や比例区に制約がある、と選挙方法の改善も求めてきた。しかし、在外居住者の投票意識は薄く、これまでの選挙では投票率は低かった。高倉さんは、ブラジルなど南米、米国などに住む海外有権者の支持を求めて選挙運動を展開する、という。
国政に海外からの視点を:シドニーから・海外選挙権運動を推進した保坂佳秀さんの話
「高倉さんは2年前に会った時、既に立候補すると言っていた。『ドン・キホーテ(空想的な理想主義者)だよ』と話していたが、そういう人が出てこないと何も始まらない。選挙に出るからには当選してほしい。海外からの立候補者は高倉さんただ1人。自民党公認だが、海外在住日本人の1人として、超党派で応援したい。高倉さんが当選すれば、海外在住日本人の利益を代表するというのではなく、あくまでも日本全体のことを考えて、海外からの視点を国政に反映させてほしいと思う。
南米から参院狙う 大分出身の自民・高倉氏会見 「邦人の声を国政に」
西日本新聞
七月に予定される参院選比例代表に自民党公認で立候補する南米パラグアイの邦字新聞経営者、高倉道男氏(63)=大分市出身=が二十八日、大分県庁で会見し「海外で活躍する邦人の声を国政に反映したい」と述べた。海外に居住する日本人は、国政選挙の比例代表のみ郵送や大使館などで投票ができる。高倉氏によると、海外の有権者は約九十二万人いるが、手続きの煩雑さなどから、昨年の衆院選では約一万一千人の投票にとどまった。高倉氏は選挙期間中に中南米や北米を訪問し、日系人社会などを通じて支持を訴えるという。高倉氏は大学中退後、一九七六年にパラグアイに移住。公称三千部の邦字紙を発行している。
海外から国政選挙に初挑戦 パラグアイの高倉さん(毎日新聞)
南米パラグアイ在住の日本語新聞「日系ジャーナル」の高倉道男社長(63)が自民党の比例代表候補として参院選に出馬する。海外移住者が国政選挙に挑戦するのは極めて珍しく、高倉さんは公示日の24日、東京都内で第一声を上げた後は米国などで街頭に立つ。外務省によると、在外邦人の有権者は推定約70万人。
南米在住候補が海外遊説へ 在外選挙制度の改革訴え(共同通信)
24日公示された参院選比例代表に、南米パラグアイ在住のミチオ高倉氏(63)が自民党から立候補、同日夕、海外遊説に向かった。同氏は1976年パラグアイに移住。農業に従事した後、80年から邦字紙「日系ジャーナル」代表を務める。東京・渋谷で第一声を上げた後、成田空港へ移動。「在外(投票)の手続き簡素化と、選挙区選挙権を獲得したい」と在外選挙制度の改革への意欲を表明し、米国、ブラジル、パラグアイで在住邦人に支持を訴えるため、ロサンゼルス行き航空機に乗り込んだ。海外在住者が国政選挙に立候補するのに法律上の制約はこれまでもなかったが、立候補例は少ない。3年前の参院選には大橋巨泉氏(民主、比例代表)が立候補した。
02・公示(2004年 6月24日)
6月24日に17日間の選挙戦に入りました。高倉さんは渋谷で第一声を行った後、ロスアンジェルス、アスンシオン、サンパウロへ旅立ちました。自民党など主要政党の候補が選挙期間中に外国で選挙活動するのはこれが始めてです。
参院選:海外から国政選挙に初挑戦 パラグアイの高倉さん(毎日新聞:6月24日)
遊説は海外で−−。南米パラグアイ在住の日本語新聞「日系ジャーナル」の高倉道男社長(63)が自民党の比例代表候補として参院選に出馬する。海外移住者が国政選挙に挑戦するのは極めて珍しく、高倉さんは公示日の24日、東京都内で第一声を上げた後は米国・ロサンゼルスなどで街頭に立つ。外務省によると、在外邦人の有権者は推定約70万人。交通や郵便事情が悪い地域もあり、投票率は国内と比べ、さらに低迷している。届け出名は「ミチオ高倉」。「あえて(普段使っている)ミチオ高倉で出る。海外は燃えている。地元から押し上げてほしい」。18日、高倉氏は出身地の大分市の事務所開きで、支援者約50人を前にあいさつした。お茶が入った紙コップを掲げて「ガンバロー」と三唱、中学、高校の同級生らから激励を受けた。高倉氏は76年、パラグアイに移住し、永住権を得た。日本語新聞の経営者として、99年から03年まで海外日系新聞協会会長も務めた。選挙では在外有権者には
(1)海外選挙区の新設
(2)国外から日本の選挙区への投票も可能に
−−と、国内有権者には「中小企業の海外進出支援」などを訴える。公示日は東京・渋谷で第一声を上げた後、日本を離れる。米ロサンゼルスとパラグアイで遊説し、ブラジル・サンパウロで東洋祭が開かれる27日は、地元のサンバ隊と合流して「南米流」の支持を呼び掛ける予定だ。総務省と外務省によると、どこに住んでいようと日本国籍があれば国政選挙に立候補できる。一方、在外投票は98年の公職選挙法の改正によって00年の衆院選から可能になったが、投票できるのは衆院選、参院選とも比例代表だけだ。事前に在外選挙人名簿に登録する必要もある。03年10月現在の在外有権者は推定約70万人だが、同年11月の衆院選の登録者は7万3740人と約10分の1だ。投票は大使館や総領事館などの在外公館でするか、郵送になるが、居住地から在外公館まで遠かったり、郵送しても開票日に間に合う保証がない地域もある。昨年の衆院選の投票率は15・93%(1万1749人)で、国内の59・81%(比例代表)に遠く及ばなかった。
南米在住候補が海外遊説へ 在外選挙制度の改革訴え(共同通信:6月24日)
24日公示された参院選比例代表に、南米パラグアイ在住のミチオ高倉氏(63)が自民党から立候補、同日夕、海外遊説に向かった。同氏は1976年パラグアイに移住。農業に従事した後、80年から邦字紙「日系ジャーナル」代表を務める。 東京・渋谷で第一声を上げた後、成田空港へ移動。「在外(投票)の手続き簡素化と、選挙区選挙権を獲得したい」と在外選挙制度の改革への意欲を表明し、米国、ブラジル、パラグアイで在住邦人に支持を訴えるため、ロサンゼルス行き航空機に乗り込んだ。海外在住者が国政選挙に立候補するのに法律上の制約はこれまでもなかったが、立候補例は少ない。3年前の参院選には大橋巨泉氏(民主、比例代表)が立候補した。
綱渡り 海外での選挙戦=高倉さん、聖市で遊説=合法・違法の線引き、不透明(ブラジル・ニッケイ新聞:6月24日)
五里夢中の選挙戦――。第二十回参院選が二十四日公示される。在外投票が認められた過去三回の国政選挙では、身近な候補者や政党が少ないこともあり投票率は低迷、盛り上がりを欠いた。そんな現状を打破し、在外邦人の声を国政に、とパラグアイ在住の高倉道男さんが自民党の比例代表候補として出馬する。大票田のサンパウロでも二十七日に遊説する高倉さんを盛り立てようと支持者らはあの手この手の対策を検討中だ。ただ、日本の公職選挙法が複雑な上、外国人の政治活動などを定めた「外国人法」など配慮するべき点が多いだけに、「していいことと悪いことの線引きが本当に難しい」と関係者も頭を悩ませる。事実上初めてとなる海外での選挙活動は、綱渡りにも似た危うさを孕む。
■複雑な公選法「そもそも前例がないからねえ」。サンパウロ総領事館の大熊博文領事は思わず返答に詰まる。仮に買収など違反行為があった場合はどこが取り締まるのか――様々な選挙違反を取り締まる日本の警察だが、ブラジルなど海外では捜査権がない。買収、選挙妨害などを「国外犯」として裁くという規定は公選法にもあるが、具体的にはどこが取り締まるのかなどは不明。愛知県警から出向中の大熊領事も、「前代未聞」の海外での選挙活動は、未知の世界だ。同総領事館は選挙を管轄する総務省に照会中だが、まだ回答はない。また、日本で印刷した選挙ポスターやパンフレットを、ブラジルで配布すると国外犯に該当するが、ブラジルで印刷したものなら問題はない、と総領事館は説明する。
■外国人法の壁 「この法律の存在が一番厄介だ」。多くの関係者が口を揃えるのが、ブラジル国内での外国人の活動を規定した外国人法だ。一九八〇年の軍政時代に成立したこの法の百七条は三項からなり、外国人は政治的な組織や会を作って行動してはならない――などとしている。昨年から参院選出馬に向け、何度か来伯し理解を呼びかけていた高倉さんの行動について一部メディアは「外国人法に抵触する」などと批判。また、公認後に「日系人代表を国会に送る運動サンパウロ支部(網野弥太郎支部長)」がブラジルの政治に詳しい、野村ジオゴ元連議に尋ねた際にも「外国人法には気をつけたほうがいい」と慎重な活動を勧められた経緯があった。網野支部長ら関係者は五月にサンパウロ総領事館を訪問、高倉さんがブラジルで選挙活動することについてブラジリアの高等選挙裁判所(TSE)に照会するよう要望していた。
■法的には問題なし:日本の選挙運動をするぶんには何の問題もない――二十一日に日本大使館を通じて同領事館に入った回答は、高倉さんに「お墨付き」を与えるものだった。<ブラジルに在住する日本国籍者およびブラジル国籍者(日系人)がブラジル国内で日本の選挙活動をしてもブラジルの国法に抵触しない>――というのがTSEの結論だ。関係者は「ようやくスッキリした。これで弾みがつく」と胸を撫で下ろした。 「ブラジルの政治経済に干渉しない限り問題はない」と複数の弁護士が見解を示した通り、高倉さんが遊説する点は問題がないわけだ。一方で懸念材料も残る。百七条の第一項にある「外国人は政治的な組織や会を作って行動しない」という項目に、「日系人代表を国会に送る運動」そのものの存在が抵触する可能性もあるという。「密告される可能性がある、とある弁護士から指摘されました」と網野支部長。このため、二十七日に高倉さんがサンパウロ入りしても、念のため支部としては目立った活動は控えるという。 「全世界の日系社会を代表する以上、どこからも文句がつかないクリーンな選挙戦をしなければ」。網野支部長は力を込める。七月十一日の投開票日まで、関係者の奔走は続きそうだ。
ロスで選挙カー、8万人の同胞へ訴え(読売新聞:6月24日)
南米・パラグアイで日系人向け邦字紙を発行するミチオ高倉候補(63)は自民党から比例選に立ち、午前10時過ぎに東京・渋谷駅前でマイクを握った後、成田空港へ。在外選挙人名簿に登録した8万人以上の同胞に向け、「海外にいる日本人の声を国政に」と訴える。邦人の多い米・ロサンゼルスやブラジル・サンパウロなどで選挙カーを走らせ、サンパウロでは街頭演説も行う。外務省によると、投票可能な在外公館は昨秋の衆院選では世界165か所だったが、今回の参院選から194か所に増えた。
海外移住の邦字紙社長が比例出馬・在外邦人に演説(中日新聞:6月25日)
国政選挙の比例代表に限って投票できる「在外投票制度」。海外移住者や長期滞在者が奔走し、二〇〇〇年の総選挙でようやく実現した。ところが、投票数は伸び悩んでいるのが現状。今回の参院選の比例代表には自民から海外移住者の邦字紙社長ミチオ高倉候補(63)が立ち、その影響が注目されている。昨年十月時点の海外在留邦人は約九十一万人。うち約六十八万人が有権者とみられる。これは参院選の選挙区では福井、島根、鳥取など五県より多く、在外投票制度の導入時は各政党が「新しい票田の誕生」と色めき立った。ところが、ふたを開けてみると、二〇〇〇年総選挙で選挙人名簿に登録したのは約五万九千人で、実際に投票したのは約一万七千人だけ。昨年十一月の総選挙では約七万四千人が登録、うち約一万千七百人が投票したにすぎなかった。同候補は大分市出身で、一九七六年に南米パラグアイに渡り、永住権を取得した。現地で邦字紙「日系ジャーナル」を発行し、在外投票の実現に先頭に立って旗振り役を務めてきた。ブラジルの日系人団体などから後押しされ、自民に公認を申請。当初は難色を示したものの、最終的には「開かれた党」をアピールする思惑もあり、公認した。参院選公示日の二十四日、同候補は東京・渋谷で第一声を上げた後、成田空港へ移動。「在外(投票)の手続き簡素化と、選挙区選挙権を獲得したい」と改革意欲を表明し、夕方にはロサンゼルス行き航空機に乗り込んだ。ロサンゼルスのリトル・トーキョーで車を走らせ、在住邦人にアピールし、ブラジル・サンパウロでは街頭演説会も行う予定。過去に例のない選挙戦が展開される。海外在住者が国政選挙に立候補するのに法律上の制約はないが、立候補例は少ない。三年前の参院選には大橋巨泉氏(民主、比例代表)が立候補した。
03・選挙戦(2004年 6月28日)
外国での選挙活動という異色の選挙を開始し、7月11日の投票に向かい選挙を戦う高倉候補を追います。
サンバに乗って参院選の選挙運動=サンパウロ(時事通信:6月28日)
参院選の海外最大の票田、ブラジル・サンパウロの日本人街リベルダージで27日午後(日本時間28日未明)、南米パラグアイ在住の比例区候補者が海外移住者の福祉充実を訴えて支持を呼び掛けた。陽気な南米らしく、サンバを交えた運動に集まった買い物客も興味津々。もっとも、初めて見る日本式の選挙運動とあって、選挙カーの上から手を振る候補に市民の反応はさまざま。日系人からは「ルラ(ブラジル大統領)でも来たの?」といぶかる声も上がった。
■選挙一色の日曜日=高倉候補、東洋人街で選挙活動=ハッピ姿の支持者と支持訴え=サンバ踊り、短冊に願い=前代未聞「最高の手応え」(ブラジルニッケイ新聞 6月29日)
リベルダーデ広場で高倉候補が支持呼びかけ――。参院選比例区で自民党の公認として出馬したパラグアイ在住のミチオ高倉候補(63)が二十七日、リベルダーデ区内を中心に遊説、「老齢年金の一律支給の実現します」などと有権者に訴えた。海外で国政選挙候補者が選挙活動を行うのは事実上初めて。早朝、リベルダーデ体操会の一団に始まり、コロニア芸能祭や東洋祭に足を運んだ高倉候補。候補者自身の肉声で「清き一票」を呼びかけられる初めての「選挙サンデー」に有権者の関心も高まった。二十四日の公示日には日本で第一声を上げた後、アメリカのロサンゼルスや地元パラグアイで足を運び、二十六日にサンパウロ入りした高倉候補。サンパウロでの遊説は午前六時のリベルダーデ広場が最初の舞台となった。午前六時半ごろ、「高倉ミチオ・自由民主党公認」と書かれた赤いハッピをまとった支持者らとともに広場に現れた同候補は、「あと四年に迫った百周年祭を歴史に残るものにしたい」などと体操服姿の有権者ら約八十人に呼びかけた。握手や記念撮影のあとガルボン・ブエノ街を歩いた高倉候補は「南米は日本にとって忘れられた存在。大きな潜在能力を秘めていることをアピールしたい」とパラグアイ在住歴二十八年ならではの熱い想いを語った。演説に聞き入っていた小沢洋子さん(62)の悩みは、ブラジルでの医療問題。「保険がないと高い治療費がかかる。安い治療費でいい治療を受ける病院が欲しい」などと期待した。午後二時にはコロニア芸能祭に飛び入りし、約千五百人の来場者に自らの公約などを訴えた。「日系人代表を国会に送る運動」などと書かれたノボリ十本を背に、たすき姿の高倉候補は「何十年も南米にいる男が、国会に出て何をするのかと思われるでしょうが、歴史的に日本は移住者を冷たく扱ってきた。今こそ、海外在住者の視点を国政に盛り込む時だ」と立候補の動機を説明。また、自らの公約として「老齢福祉金の支給実現」「デカセギ労働者の社会保障や教育制度の充実」「県費留学生制度の拡充」「四年後に迫る百年祭の成功」――の四項目を掲げた。「一人のミチオ高倉が国会に出ることは、皆さんの利益にもつながる。ぜひ、支持してください」と熱く呼びかけた。午後二時二十分ごろに芸能祭を後にした高倉候補は、その後選挙カーに乗り、ガルボン・ブエノ街で遊説。東洋祭が開かれる日曜日ならではのにぎわいを見せる同街で「サンパウロの日系人の皆さん、ミチオ高倉でございます」などと支持を訴えながら、広場に向かった。事実上、海外では初めての選挙活動だけに、日本の新聞、テレビなど報道各社も高倉候補の足取りを追い、高い注目を集めていることをうかがわせた。広場では選挙カーの上から、公約などを改めて訴えた高倉候補。「日本のことは日本の議員に、海外のことは私に任せていただきたい」と力強く語った同候補。途中、サンバチームの軽やかな演奏に合わせ、ステップを踏んだ高倉候補は支持者からダルマを受け取った後、特設された七夕飾りに一足早い「お願い」を書き込んだ短冊をくくりつけた。報道各社に手ごたえを問われ、「期待以上の盛り上がり。最高の手ごたえです」と興奮気味に答えた。また、自らの持論である日本の食料自給率の低さにも触れ「食は日本で一番深刻な問題。狂牛病や鳥インフルエンザなど海外で起きた問題が、すぐに大きな影響を与える」と語り、日系人の多い南米は有事の際に日本の支えとなれる、と熱く訴えた。遊説を見守った有権者の一人、加納照代さん(75)は、子供と孫が日本に出稼ぎ中だけに、公約のデカセギ問題に強い関心を持つ。「今まで投票してこなかったが、今回は別。ぜひ、高倉さんに頑張ってもらいたい」と話していた。高倉候補は二十八日に文協などコロニア各団体を訪問した後、同日日本に帰国し、七月十日まで日本国内で選挙戦を展開する。
平凡な移民の奇跡物語=参院選に立候補高倉道男氏=眉唾物と言われたが(ブラジルニッケイ新聞 6月30日)
感無量です――。二十八年前にパラグアイへ移住した時には、小泉首相と握手しながら写真を撮るようになるとは、想像も出来なかった。「平凡な一移民です。日本の選挙に出ると言った時、百二十人に聞いたら百二十人ともに不可能だと言われました。みんなに眉唾モノだと思われていたのが、自民党の公認を取れたなんて、まさに奇跡物語のようです」七月に行われる参議院選挙に立候補した高倉道男さん(63、大分県出身、立候補名=ミチオ高倉)。ここまで来るのに三年越しの粘り腰が必要だった。二〇〇一年七月に衆議院選挙に立候補すると宣言し、アスンシオン市の土地を売り払い、それを資金に同年十一月、地元大分県に選挙事務所を開設した。以来、四回も来伯し、協力者と協議を重ねた。東洋人街で夜、友人らと杯を交わしながら「お前はドンキホーテだ」と言われたことも一度や二度ではなかった。土地を売った金も飛ぶように無くなり、〇二年八月に選挙事務所を閉鎖せざるをえなかった。何度も挫けそうになった。色々な人から受けたアドバイスを参考に、参院選に乗りかえた。「このまま出なかったら嘘をついたことになる。ケジメをつけなくては」と決心し、所有するペンソンの土地建物を担保に入れて銀行から金をかり、今年二月二十五日に東京へ行った。「公認されるかどうか分らないような人間には、銀行以外、ビタ一文貸す人はいないですよ」。「あの時は、自民党の公認が取れなかったら、オートバイに白旗立てて日本中を行脚しようと思っていました。例え無所属の泡沫候補と言われても」。二月から公認申請の交渉を始め、認められたのは五月二十日だった。その間、国会議員会館に毎日通い、お願いに回ったという。二十七日のリベルダーデでの遊説は、日本の主要マスコミが総出で取材合戦を繰り広げた。「まさか、ここまで来れるとは思ってもいませんでした」。邦字紙社長、海外日系新聞放送協会元会長などの肩書きはあるが、要は一介の戦後移民だ。泣いても笑っても来月十日に選挙活動は終了し、翌十一日の開票を待つのみとなる。この一戦後移民の試みは「ドンキホーテ」で終わるのか、それとも「瓢箪からコマ」となるだろうか。
リ広場で街頭演説・高倉候補が聖市で選挙運動 (サンパウロ新聞 6月29日)
自民党公認として参議院比例区から出馬した高倉道男候補(六三)が二十七日文協(上原幸啓会長)主催の『第三十九回コロニア芸能祭』にて演説した後、午後二時半から選挙カーに乗り込みリベルダーデ広場に向かって街頭演説を行った。史上初海外日系人候補として注目されているパラグアイ在住の高倉候補は、多くの有権者および報道陣が見守る中、ガルボンブエノ街を行進、日曜日ということもあり多くの買物客で賑わっていた。「サンパウロのみなさん、ミチオ高倉でございます。海外日系人の代表として参院選挙に立候補しました」と白いメガフォンを片手に街頭を埋め尽くした人々に笑顔で手を振る高倉候補。選挙カーには、中沢宏一県連会長、網野弥太郎アミノ商会社長など日系社会を代表する人々の姿も見られた。高倉候補者はリベルダーデ広場で、「出稼ぎ、県費留学生、高齢福祉問題などほか四年後に控えた日本人ブラジル移民百周年のことに触れ、日本とブラジルの架け橋になりたい」と多くの有権者の前で演説を行った。また、同広場では高倉候補者歓迎のため、リオ・デ・ジャネイロからサンバ隊がかけつけ華を添えた。(高倉候補ラジオ体操会に出席)海外邦人として自民党から参議院選に立候補しているミチオ高倉候補は二十七日午前六時二十分に始まったリベルダーデ・ラジオ体操会(細川晃央会長)と共にリベルダーデ広場でラジオ体操を行った。同体操会には網野弥太郎海外日系人代表を国会へ送る会ブラジル支部長、阿部忠司アベ・ツリズモ社長が出席、またリベルダーデ歩こう会(高木ラウル会長)、アベ・ツリズモの旅行者ら約八十人が高倉候補と握手を交わした。網野同送る会ブラジル支部長は、この日のために用意した高倉候補の応援ハッピを参加者全員に配り、その後は高倉候補が滞在しているニッケイパレセ・ホテルまでガルボン・ブエノ街を行進した。(高倉候補本紙を表敬訪問)七月に行う参議院選挙に向けて聖市を訪れ選挙活動を行っているミチオ高倉候補(パラグアイ在住)は二十八日午前十時半、忙しいスケジュールの中、挨拶のため来社した。高倉候補は「昨日の街頭演説は予想以上に盛り上がった。さすがサンパウロ。さすがブラジル、大先輩のお陰です。恐れ入りました!」と感謝の意を述べた。 今後のスケジュールは、同日にブラジルを発ち三十日に日本着、そのまま出身地である大分県で街頭選挙活動を行った後、愛知県、静岡県、群馬県などを周る予定。「最低でも十五万票は確保したい。非常に厳しい数字ですが、私は石に噛り付いてでも当選したい」と熱意を語った。
戦闘開始(日系ジャーナル 6月30日)
いよいよ明日24日公示!戦闘開始。成田空港で記者会見後、一路ロスへ。日本の選挙史上初めての海外での選挙戦。マスコミの注目度も高いようです。ロスでの総決起大会後、26日(土)アスンシオン。そして翌27日(日)サンパウロの文化協会会館での集会でカラオケを1曲披露後、リベルダーデを選挙カーが走ります。オ〜ッと、戦争開始前に痛い失点...。自民党比例区公認候補33人のNHKテレビによる政見放送本番でせりふを飛ばしちゃった。その前日、新幹線で東京駅に戻った時点で既に疲労困ぱいしてまさに一歩も歩くのもイヤだとへたり込み状態...。連日の地方出張、早朝から零時過ぎの帰宅。その日、NHKに行く途中も生あくび止まらずフア〜。それまで赤坂プリンスホテル、日比谷公会堂など数千人規模の大集会でも自民党本部での録画予備リハーサルも八代英太広報本部長による5分間インタビュウでも堂々と完璧に演じてこれたのに、日本全国はおろか
世界中に放送される一番重要な本番で失敗するとは夢にも思わなかった。照る日曇る日人生いろいろ、気を取り直して「コモエスタ にっぽん!ミチオ高倉です。南米28年、海外から史上初めて国政に参加します。日本から海外へのミチオ、海外から日本へのミチオ、ミチオ高倉です」素晴らしいキャッチコピーだったのだが、ムムムムッ!比例区自民党公認候補33人中、私の正式公認が5月30日。自民党は私の前の31人目のオリンピック複合スキーの金メダル保持者萩原健治氏で事実上幕引きにしていた。私が5月末、公認された時点では、全国の比例候補者31人全員に各都道府県の都議、県議、市町村議員に至迄割り振りが決まっており、さらにありとあらゆる業界団体、宗教団体までガチガチに固まっていた。地盤、看板、かばんとないないづくしの選挙戦だよオッカサン!秘境グランチャコの秘薬を飲んで勇気りんりん奇跡を起こすべさ。
アスンシオン、多数の支持者集め決起集会開く (日系ジャーナル 6月30日)
参院選比例区で自民党の公認として出馬したミチオ高倉候補(63)が二十四日の公示日には日本で第一声を上げた後、二五日はアメリカのロサンゼルスで街頭演説を行い、二六日(土)午前一一時にパラグアイ入りし午後二時にレストラン・広島のサロンで開催された決起集会に出席した。決起集会では日本人会連合会会長
小田俊春、オイスカ・ウルグアイ国際理事 三上隆仁、高倉道男後援会会長笠松エミがそれぞれ挨拶と激励の言葉を述べ、続いてミチオ高倉候補の決意表明がなされ「海外日系人・日本人と母国日本の架け橋になります」などと出席者に訴えた。同日午後五時の便で高倉候補は参院選の海外最大の票田であるブラジル・サンパウロ入りした。

(写真:渋谷で第一声:ABCコロール紙)
04・開票(2004年 7月13日)
7月11日に投票が行われ、即日開票されました。
12416票=落選、高倉さん「嘘だろっ」=自民党比例区候補で最下位=「道開く」評価の声も(ニッケイ新聞:7月13日)
国政の厚い壁の前に高倉さん涙――。第二十回参議院選挙の投開票が十一日行われ、自民党比例区から初出馬したミチオ高倉さん(六三)は同党比例区候補で最も少ない一万二千四百十六票に終わり、落選した。「在外選挙権の充実」や「日本の食糧問題」などを訴えた高倉さんだが、知名度の低さに加え、選挙活動の期間の短さなどがネックとなり、有権者の支持を集めきれなかった。また、「海外邦人の代表」を語ったにも関わらず、頼みの在外投票率も過去二番目に低い数字に低迷、苦戦を強いられる一因となった。選挙戦では手ごたえを感じていたという高倉さんは「嘘だろっ、というのが正直な感想です」と選挙結果を振り返った。六月の公示直後に行ったサンパウロやロサンジェルスなどの海外遊説の後、高倉さんは出身地の大分市やデカセギ労働者が多い愛知県など各地で選挙戦を展開してきた。最終日となる十日夜、小泉純一郎総理ら自民党有力議員が駆けつける中、高倉さんは他の自民党候補者らとともに東京・浅草で最後のお願い。日本の食糧問題における、南米の重要性などを訴えた。投開票当日の十一日夜、高倉さんは東京都内の事務所近くにあるホテルの一室で、TVを通じて開票状況を見守った。十二日未明、「自民敗北、民主躍進」の流れの中、自らの票も同党が擁立した三十三人の候補者中最下位の結果を目の当たりにした高倉さんは「本当に意外。こんなもの(投票数)かとガッカリした」と厳しい現実に失望した様子。選挙戦終盤では、遊説中に手ごたえを感じていただけに、一万二千四百十六票しか集まらなかったのは予想外だったようだ。また、サンパウロでの遊説などが大手マスコミ各社にも取り上げられていただけに、高倉さんは集票につながるとみていた。 同日午前二時過ぎ、事務所に姿を見せた高倉さんは「せめて昨年から選挙活動が出来ていれば……。余りにも時間がなさ過ぎた」などと報道各社に敗戦の弁を語り、悔しさを滲ませた。また、国会内に青木幹雄参院幹事長を訪れ、これまでの礼を述べた高倉さんに対し青木幹事長は「新しい道を切り開いてくれて、ありがとうございます」などと語ったという。各方面へのあいさつ回りなどを終え、七月中には地元パラグアイに帰国する高倉さん。八月には再び、サンパウロ入りし、関係者を訪問する予定だ。「サンパウロであれほど盛り上げてもらわなければ、日本での注目もなかった。サンパウロの皆様には心から感謝したい」。初の国政挑戦は敗北に終わったが、支持者からは次の機会にも出馬するべき、との声が高まっていると高倉さんは言う。「悔しさは残るが、在外選挙権の重要性などを日本にアピールできた。何としても、この動きを続けたい」と再出馬の意欲を見せている。
移民の声を国会へ―のミチオ高倉さんが涙の落選なのは惜しい。得票総数は一万二千四百十六票。自民党の比例候補三十三人中の最下位というのはいかにも口惜しいが、移民らの清き一票を集め切らなかったのは残念としか申しようがない。それにしても、参院の在外投票率は二五・四一%と真に低い。選挙人登録は約九万人近いのだから、もっと投票率が上がれば少しは花の蕾みも咲きかけたのに―▼だが―である。政治に賭け生きようとしたパラグアイ移民のミチオ高倉さんの「志」は大切にしたい。移民や海外在住者は八十一万人。こうした邦人の力と意気込みを国政へ参加させるの心を高めたい。