■「大衆のためのエロティシズム: 日本のマンガとそのアメリカへの同化」

Perper, Timothy and Cornog, Martha
“Eroticism for the Masses: Japanese Manga Comics and Their Assimilation into the U.S.”
Sexuality & Culture 6 (1): 3-126. Winter2002.

<掲載誌及び対象読者>
性的関係と性的行動に関連する倫理的、文化的、心理学的、社会的、政治的問題の議論・分析のための学術誌、Sexuality & Cultureに掲載。

<要約>
1999年から2001年の間に主にアメリカで出版された性的表現を含む日本マンガ(110タイトル、53000ページ)を対象に、セクシュアリティがどのように表現されているかを分析。

日本のマンガの性表現の多くが性差別とする批判に対し、著者たちは女性のセクシュアリティが肯定的に描かれているとして反論。マンガを優れた官能的芸術として、マンガの中のセクシュアリティの表象の多様性を検証する。

方法論として、Setsu Shigematsu が論文"Dimension of desire: Sex, Fantasy, and fetish in Japanese comics."「欲望の次元: 日本のコミックスのセックス、ファンタジー、フェティッシュ」で発展させた理論を応用する。それは、マンガによって実際紙の上で表現されている事柄(ディメンション1)と、その表現によって喚起される読者の主観的な解釈(ディメンション2)を明確に区別しその相互の関連に注目することである。

(日本人のセックス観)

セックスは人間の生の欠くことのできない一部であり、かつ悦びをもたらすものとして積極的に受け入れるという古い日本の伝統の上に日本のマンガの性表現は成り立っており、セクシュアリティは男性のみならず、女性にとっても肯定的にとらえるべきものとして描かれている。

歴史を振り返ってみても、日本では平安時代の貴族に伝わった道教の教え、神道、農村における風習、浮世絵など(一部の仏教を除いて)様々な点で性の開放性が見られ、性そのものを否定的に捉える西洋のキリスト教的なセックス観を見出すことはできない。

日本人の持つこの肯定的セックス観は実際の女性への抑圧、強制売春、レイプなどの事実と矛盾しない。マンガでもそうであるように、セックスが場合によっては望まれないものであったとしても決してセックスそのものが本質的に悪や罪として否定されることは無いからだ。

平等主義、軍国主義、男尊女卑、超国家主義、そして性的表現規制・緩和などの間を揺れ動きながら日本は驚くほど女性肯定、セックス肯定社会を維持し続けていて、これがマンガにも大きく反映している。

(マンガの中のセクシュアリティ)

セックスシーン等で使われる日本マンガ独特の表現方法に加えて、性的表現の出てくる状況(服装倒錯、性転換、両性具有、レズ、獣姦、SM、サイボーグ体、女性戦士、レイプなど)、女性の美しさを表現するのに日本マンガに現れる固有のスタイル(可愛い、美少女、綺麗、美しい、艶/妖艶など)をそれぞれ括弧内に列挙したカテゴリーに分類しマンガの個々のシーンを例に挙げ分析する。

マンガの全てのセックスシーンで性器や結合そのものがハッキリと示されるというわけでは無い。羽、光、花などの効果の演出から、クローズ・アップの表情、手の動き、体液の描写、コマのレイアウトまで様々な手法で性的快楽が描かれる。性的快楽はセックスシーンにおいて性器だけのものとしてではなく全身的なものとして描かれ、官能的な力強さが与えられている。マンガでは時にはセクシュアリティを表現するのに裸の身体を全く必要としないことさえあるのだ。

性転換(『らんま1/2』『ふたばくんチェンジ』など)テーマは西洋的考え方では政治的意味合い無くして語る事はできないが、日本のマンガではその性的逸脱を汚らわしいとも危険とも提示しない。日本マンガの性的宇宙の中では性欲は生体構造では規定されるものでは無く、それを超えた普遍的なものだからである。

フェミニスト批評家の中にはマンガの中の多くの女性がSMのMの立場を強いられている事に注目し、その描き方を批判しているが、実際にSM実践者に話しを聞くとMの立場の方がSの立場より強い立場を確保していたりする。日本のマンガは、この表面的からは測ることの出来ない性の自律性や力関係の問題にも深く切り込んでいる。そこではSMは共通の要求や相互交換の力関係のメタファーとして現れるのだ。

更にマンガではモノ化されたはずの女性型サイボーグや女性戦士がその役割を超え独立していく様子も描かれる。このようにマンガは女性を常に男性に従属する性として描いているわけでは無い。ここで重要なのは、女性のセクシュアリティはもはや礼儀正しい社会で受け入れられる情緒的なものに留まらないということだ。マンガは女性のセクシュアリティの幅広さを明らかにしているのである。

しばしば批判される日本マンガにおけるレイプの美化は筆者達の分析からは認められない。逆にマンガの中でもレイプは大きな罪でありレイプをした者は殆どの場合厳しい代価を払わされている。その上強姦犯は醜く描かれることが多い。(分析したマンガでレイプの描写があったもの87作品のうちレイプした者が報復を受けたものは92%。レイプを否定的に描いたものを入れると97.7%。2件のみ(2.3%)レイプが肯定的に描かれていた。)

性的内容を含むマンガは必ずしも読者の想像力をマスターベーションや、個人的で画一的な性的ユートピアへ導くとは限らず、性をバラ色な美しいものとして提示するとも限らない。マンガの中ではセクシュアリティは常に肉体的で、感情的で、社会的リスクを伴うものなのだ。そしてマンガの中では女性のセクシュアリティはもはや結婚の義務や出産や支配的男性へ性的奉仕として存在しない。多様なスタイルで描かれた女性たちはその可愛さや性的魅力に加え、自由で独立し自律した存在なのだ。フロイドなら言うであろう去勢された「第二の性」としての女性はマンガにはいないのである。



日本ではセクシュアリティは生の一部としてのみならず、芸術のテーマとして肯定的に受容されている。セックスが表現されていても多くの作品はただのポルノではない。現実的だろうとパロディだろうと読者の参加を要求する。そこで観客は感情移入しキャラクターがしたり感じたりすることを理解して、物語作りに同時に参加するのだ。

マンガは、複雑な物語の枠組みの中のキャラクターたちへの読者の感情移入を喚起する事によって機能するひとつの芸術形式である。そしてそのパワー、優雅さ、ドラマ性において、現在世界で最も良質な官能的芸術の一部はマンガによって生み出されていると言える。

価値観の全く違う世界から来たこの芸術は西洋のセクシュアリティの研究者たちの世界を広げるだけでなく、彼/彼女らにとって西洋の読者がこの芸術をどう受け止めるかが新たな研究対象になるだろう。
<著者>
チモシー・パーパー&マーサ・コーノグはにセクシュアリティの研究者で、前者は生物学で博士号を、後者は図書館学と言語学で修士号を持つ。
この二人は夫婦で、共著多数。

<文中に登場するアニメ・マンガ他のタイトル(登場順)>
『ああ!女神さまっ(藤島康介)』『子連れ狼(小池一夫/小池剛夕)』『OL進化論(秋月りす)』『SHADOW LADY(桂正和)』『PEACH!(遊人)』『Misty Girl(唯登詩樹)』『Punky Knight(傭兵小僧)』『ウィンディングパ−ティ−(唯登詩樹)』『お元気クリニック (乾 はるか)』『SUPER ファミリーコンプレックス(拝狼)』『★ Sexcapades (千葉次郎)』『めぞん一刻(高橋留美子)』『あさってDance(山本直樹)』『★ The Sex-Philes(玉置勉強)』『のぞき屋(山本英夫)』『モモンゴの一生(水野純子)』『座敷童娘(千之ナイフ)』『★ Ryu-Ho(うたたねひろゆき)』『リボンの騎士(手塚治虫)』『ベルサイユのばら(池田理代子)』『カードキャプターさくら(CLAMP)』『逮捕しちゃうぞ(藤島康介)』『らんま1/2(高橋留美子』『ふたば君チェンジ(あろひろし)』『★ Hot Tails(唯登詩樹)』『誘惑カウントダウン(うたたねひろゆき)』『ピーターパン・シンドローム(大暮維人)』『キラリティー(うるし原智志)』『ボンデージ・フェアリーズ(昆童虫)』『ドラクーン−竜姫兵(真鍋譲治)』『青輝丸(大暮維人)』『Wild: Zoo Wolf(祭野薙刀)』『★ The Voice of Submission (十羽織マシュマロ)』『★ The Travails of Ms. Nagi Mahori (Makoto Fujisaki)』『Love Drive/Love Touch(月生朱玲)』『Red Hot(昆童虫)』『September Kiss(大暮維人)』『誘惑―エロティックエキセントリック(うたたねひろゆき)』『MAICO 2010(清水としみつ)』『銃夢(木城ゆきと)』『キャラバンキッド(真鍋譲治)』『アウトランダーズ(真鍋譲治)』『スラッと女 (ISUTOSHI)』『天使の繭(米沢りか)』『★ Teacher's Pet(拝狼)』『★ Sex Party (唯登詩樹)』『WOLF(島本晴海)』『姫カブキ恋道中(環望)』『CLOVER(CLAMP)』『★ Signal Moon (唯登詩樹)』『★ Dead Angela (Kaz Yamane)』『プリンセス・オブ・ダークネス(田沼雄一郎)』『★ Cyber Food (山本賢治)』『ふしぎ遊戯(渡瀬悠宇)』『うろつき童子(前田俊夫)』『★ The Voice of Submission II: Gehennna(十羽織マシュマロ)』『弔い(雪見野ユキオ)』『うる星やつら(高橋留美子)』『タイムトラベラー愛(飯島愛/武林武士)』『機動警察パトレーバー(ゆうきまさみ)』『新世紀エヴァンゲリオン(貞元義行)』『ゴクウ(寺沢武一)』『ガンスミスキャッツ(園田健一)』『魔法騎士レイアース(CLAMP)』『アウトランダーズ(真鍋譲治)』『AKIRA(大友克洋)』『電影少女(桂正和)』『カムイ伝(白土三平)』『澱(天竺浪人)』『★ Eyes Filled with Bliss(玉置勉強)』『マリオネット・ジェネレーション(美樹本晴彦)』『姫って呼んでね(たにぐち智子)』『アクエリウム(たにぐち智子)』『なるたる(鬼頭莫宏)』『セラフィック・フェザー(うたたねひろゆき/森本洋)』『美少女戦士セーラームーン(竹内直子)』『犬夜叉(高橋留美子)』『舞(工藤かずや/池上遼一)』『怪盗セイント・テール(立川恵)』『1ポンドの福音(高橋留美子)』『レイプマン(愛崎けい子/みやわき心太郎)』『★ Idle Rain(作者名記載無し)』『★ Ammo (作者名記載無し)』『★ Love After 5 PM - Watch Out! (作者名記載無し)』『フリーズ・ミー(石井隆監督の映画)』『風の谷のナウシカ(宮崎駿)』『銀河鉄道999(松本零士)』『灰者(木城ゆきと)』

★マークがついているマンガについては日本語原題名、または作者名がわかりませんでした。下にそれらのマンガについてのこの論文上の説明を載せましたので、題名か作者名が分かる方がいたら教えていただけると嬉しいです。
★『Sexcapades (千葉次郎)』
英語直訳題名「不倫」
不倫関係にあるOLホタルとその上司ミツナリ。ホタルの子供の頃の飼い犬ユキジローの幽霊がホタルを守っている。

★『The Sex-Philes(玉置勉強)』
アメリカのEros Comicsから玉置氏のマンガをまとめて発売したThe Sex-Philes シリーズ(全17巻)の中の一つ。
英語直訳題名「セックス・ファイル」
男子トイレで女の子を輪姦する話。ラスト・シーンで1人の男が「強姦してもしなくても、どっちにしろ彼女は俺のこと好きじゃない。」みたいなセリフを独白する。

★『Ryu-Ho(うたたねひろゆき)』
漢の初代皇帝・劉邦の伝説に基づいたストーリー。少女が龍とセックスをする。

★『Hot Tails(唯登詩樹)』
ペニスと睾丸を持つ女性のお話、としかわからない。『ボクのふたつの翼』のことか?

★『The Voice of Submission (十羽織マシュマロ)』
英語直訳題名「服従の声」
SMを扱ったマンガの中で、Mの女性だけでなくSの女性も登場する例として挙げられている。

★『The Travails of Ms. Nagi Mahori (Makoto Fujisaki)』原題/マンガ家名ともにわかりませんでした<m(__)m>
英語直訳題名「ミス・ナギマホリの苦労」
恋人のアキラに無理やりSMを仕込まれるマホリだが、自分の性のあり方に目覚めていく。

★ 『Teacher's Pet(拝狼)』
英語直訳題名「先生のお気に入り」
英語教師のミス・ハミルトンが隣人の息子ユウを誘惑するお話。

★『Sex Party (唯登詩樹)』
英語直訳題名「セックス・パーティー」
二つのペニスを持った若い悪魔が4人の女性(その内の1人は両性具有)とセックス・パーティーをする。悪魔の妻メルが怒って父親の魔王を呼ぶが、結局魔王も参戦。最後は魔王の妻であるメルの母が現れ、一同退散。

★ 『Signal Moon (唯登詩樹)』
定期的に発情する種の女性がマスクを被った男達とセックスする。

★『 Dead Angela (Kaz Yamane)』作者のお名前も分かりませんでした<m(__)m>
未知の種の人骨を発掘した考古学者・デヴォア教授の助手アンジェラは突然テロリストに襲われ、レイプされる。アンジェラが撃たれたその時、発掘された人骨が目覚めアンジェラの一部となってテロリストに報復する。

★『 Cyber Food (山本賢治)』
四肢の無い半サイボーグのディアナは優しいギィと暮らしていたが、ある日悪のコンピューターがギィの人格を変えてしまいギィはディアナを食べようと襲い掛かってくる。

★『 The Voice of Submission II: Gehenna(十羽織マシュマロ)』
リョウコはレイプされた夢を見た後、実際にハンサムな男にレイプされ、自ら奴隷に志願する。

★『 Eyes Filled with Bliss(玉置勉強)』
英語直訳題名「悦びに満ちた目」
連続殺人魔のお話。

★『 Idle Rain(作者名記載無し)』
英語直訳題名「意味の無い雨」
レディース・コミック雑誌「Cute」1999年10月掲載。
カップルが数人のグループによって襲われ、女性がレイプされる。その女性の恋人がグループのリーダーを撃つが、自分も撃たれてしまう。ラストシーンは雨の夜道で恋人を抱きかかえる女性の姿。

★ 『Ammo (作者名記載無し)』
英語直訳題名「弾薬」
青年誌「ペンギン・クラブ・コミックス」2001年11月号に掲載。
数人の女性がマスクをした男たちに誘拐される。1人の女性が背後から誘拐犯を締めあげ、その鼻の穴に指を突っ込んで鼻を引き裂こうとする。
↑掲示板でモナさんから山本貴嗣氏の『弾 AMMO』ではないかという情報をいただきました。

★『 Love After 5 PM - Watch Out! (作者名記載無し)』
英語直訳題名「午後5時過ぎの愛−気をつけて!」
レディース・コミック雑誌「Cute」2000年4月掲載。
職場の男性にだまされてSMクラブに連れ込まれた主人公は写真を撮られ脅迫される。主人公は職場で掃除婦として働く女性と共謀して今度はその男性をクラブに連れて行き復讐のために写真を撮り脅迫を無効にする。

<ちょっと一言>
↓論文からの抜粋。
『めぞん一刻』の響子は全てのマンガの中で最も美しい女性の1人であり、…(この作品は)ワールド・クラスの傑作である。(p.24)
うたたねひろゆきは現代日本の官能的芸術のマスターの1人である。(p.27)
『Sex Party』で読者は唯登詩樹の絵、構成、ページレイアウトの技術の高さを堪能するだろう。(p.42)
(CLAMPの『CLOVER』のラブシーンで)読者は想像力で意味を補完し(登場人物たちの)感情の流れを共有する事で、悟りに近いもの(satori-like quality)を得る事がある。明白なことはこのような作品は芸術だというだ。しかも時には偉大な芸術なのである。(p.45)
もう一度言おう。マンガは現在世界で最も良質な官能的芸術と呼べる作品を生み出しているのだ。(p.88)
うわー、論文にしてはテンション高いよ。
いや、決して嫌いではありません。むしろテンション高いの大好きなので短い要約を載せるつもりが、ついかなり長い要約になってしまいました。(論文本体もかなり長文です。)
ここに載せた抜粋はほんの一部で、上記の膨大なマンガリストの殆どについて著者たちはそのエロ描写を褒めちぎってます。

<もうちょっと一言>
ちょっと前に、アメリカでの出版(Viz)に際して桂正和先生の『アイズ』の少女の乳首が消されてニュースになったことがありました。その前は赤松健先生の『魔法先生ネギま!』でお尻やお乳の一部が消される事になり、結局ファンの強い反発におされてオリジナル通りで出版(Del Rey)ということがありましたっけ。

アメリカの性表現に対する厳しい姿勢は日本でも知られているところですが、特にマンガ(コミックス)に関しては想像をちょっと絶するものがあります。↑の例などカワイイもんです。

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