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Andrei GRIAZEVについての過去ログ集(by coco)

2004年3月1日 (月)  ヨーロッパ選手権のアンドレイ

アンドレイをテレビで見られる日をどれほど心待ちにしていたことか。
2002年に彼の存在を知った頃、ちょうど世界ジュニアに出ていたというのに、当時はまだ家でCSが見られず、貴重な機会を逃した。
でも、その悲惨な試合を見なかったというのは、今にして思えば幸せだったかも知れない。

ヨーロッパ選手権、実際に開催されていた時は、リアルタイムで更新されるリザルトページに張り付くために、宵っ張りしたり早起きしたり。そのときの疲れでインフルエンザにかかったのか、とも思う(^_^;)
で、SPのときは文字に表れた結果だけを見て「うわ〜〜〜、何やっちゃったのおお!!」と叫んでしまったが、そこで落としてしまった順位をフリーでだいぶ挽回していたので、「これはかなりの出来だったに違いない!」と放送日をすっごく楽しみにしていた。

DVDに録画してもう何回見ただろう。写真でしか見ていなかったSPの不思議な衣装(ネクタイが前に3本・背中に2本計5本のヤツ)、でも滑っているところを見たら何にも違和感なかった。(単に見慣れただけ?)
前にもcocoは、BBSやDiaryで何度もキャーキャー騒いでいることだけど、ほんとにかっこよく成長したものだ!
アンドレイは以前は(写真でしか見たことなかったが)、線が細そうで、儚げで、誰か何とかしてあげて!と叫びたくなるほどだったんだけど(cocoだけ?)、去年くらいから、写真で見ても明らかに背が伸びて、がっしりしてきた。
そして、今回はボロボロになっちゃったとはいえ、この「Tango」はすごくステキなプログラムで大好きになった。ステップのところの踊りがイイ!両手で髪をかきあげる(?)ような振りが何度かあるけどそれもイイ!

解説の杉田さんは、ずいぶん褒めてくれていた。タラソワコーチがとてもかわいがって、ウソワさんと一緒に一生懸命面倒を見ていることとか、将来のチャンピオン候補だとか紹介していた。柔らかい感じが、出てきた頃のクーリックに少し似ているとも言っていた。

フリーのほうは、テーマはピエロ。でも、かつての誰かさんのとは違って、黒と白で落ち着いたデザイン。このプログラムでアンドレイのトリプルアクセルがよくわかった。cocoの大好きな高いジャンプ。最初の3Aコンボが綺麗に成功して波に乗れたみたい。SPの時とは別人のような滑りだった。3サルコウで腰が落ちかけたけれど、ぐっとこらえて、きれいにセカンドのトリプルを跳んだ。そこで「ヤッタ〜!」となって、次の振り付けとんじゃったみたいだけど…。
それにしてもガッツポーズの多いヤツだ!確かに思わず出てしまうような出来だったけど、これなら誰かさんと同じじゃないか!

ジャンプは本当に高くてきれい。やはり、ミーシンコーチの時にきっちり鍛えられたんだろうな。前にインタビューで、「3Aのおかげで試合に勝てた」というようなことを言っていた記憶がある。
スピンも、ビールマンこそ封印してしまったようだけど、ドーナツスピンや、前に「サンデューのようなスピン」とレポされていたのはこれかな?と思うようなスピンもあって、思ってた以上にいろいろできるんだな、とうれしかった。
まあ、まだシニアの試合に慣れていないから、フリーでは最後の方だいぶへろへろになってきていたけど、それも徐々に慣れるでしょう。
このときも、杉田さん褒めまくり。ほぼノーミスだったしね。こうなると、今度の世界ジュニアすっごく楽しみ☆☆
いよいよ、今日からです。

2004年5月10日 (月)

アレクセイ・ヤグディンのロングインタビューから

EUROPE ON ICEというサイトに掲載されたこの記事は、ヤグディンファンの間では、もう旧聞に属する話かもしれませんが、ものすごーく長くて内容が盛りだくさんなことと、アンドレイ(GRIAZEV)とブライアン(JOUBERT)のコーチとしてのアレクセイの話がいろいろあることから、cocoにとってはたいへんおいしいものでした。
とはいえ、この分量でしかも英語なので、独力では、なーんとなくこんな感じ?といったレベルでしか内容が分かりません。
たいへんありがたいことに、この記事を紹介してくださったYukiさんが、さらに訳を載せてくださっているBBSがあったので、内容が理解できました。ありがとうございます!と、はるか彼方から感謝の言葉を述べさせていただきますm(__)m
(YukiさんにはcocoのHP別館のアンドレイの写真もお借りしています。かさねがさね感謝です!)

さて、アンドレイは世界ジュニアのときは、タラソワコーチもアレクセイ(コーチ?だね、やっぱり)も、ウソワさんさえもいない状態で試合に臨むこととなった。ボドレゾーワさんがキスクラにいたのは、タラソワコーチに頼まれてのことだったらしい。
実のところ、優勝をねらう世界ジュニア選手権という大舞台に、コーチが誰もついて来ないというのは、まだジュニア選手であるだけに、アンドレイかわいそうだな、大丈夫かな?とcocoは心配しておりました。
それについて、アレクセイは、「それはアンドレイにはとても悪かったけれど、そういうことは起こる。自分も世界ジュニアで勝った時、コーチはそこに一日くらいしかいなかった。」と言っています。
たしかに、アレクセイは山あり谷ありの中でいつも最大限の力を出してきたわけだから、ほんとに説得力がある。
でも、アンドレイのことは、とてもよくやった、とちゃんと褒めている。
そういえば、アレクセイコーチがついて行って、選手以上に注目されていたジュニアグランプリファイナルは、アンドレイは惜しくも銀メダルでした。

アンドレイがなぜチーム・タラソワに加わったか、については今までもいろいろ言われていたし、前にアンドレイ自身がインタビューで語っていたこともあったけれど、やはり、ミーシンコーチに関心を払ってもらえなくなったアンドレイが、まったくスケートをやめてしまおうとまで思いつめていた時に、彼のお母さんがアレクセイに助けてほしいと電話し、それを受けてアレクセイがタラソワコーチに相談して、実現したことだった。
記憶では、前回世界ジュニアに出場した時の直後が、この時期だったと思う。2002年のはず。思えば、このことがなければ、今のアンドレイは存在しないわけで、アンドレイがアレクセイ同様にミーシンコーチ→タラソワコーチという道筋をたどることについても、いろいろ言う人がいたけれど、その当時から応援していた身としては、気がもめる一方、きっとうまくいくはず、という祈りにも似た思いがありました。
本当に、たった一年前ですら、今のアンドレイの姿は思い浮かばなかったしね。
「ジュニアチャンピオンになって、ヨーロッパ選手権にも世界選手権にも出るよ」なんて、一年はおろか、半年前でも本気で聞いてもらえなかっただろうね、きっと。