『東京ガガガ』写真。
渋谷が、拠点だった。 はじまりは、とある夜だった。 まさか本当にはじめるとは、自分でも思ってなかった。 『部屋』という、閉塞的な映画、 20世紀の絶望を描いた映画を撮りあげた直後だった。 20世紀の絶望とは、あらゆる段階における断絶、 あらゆる世代における断絶、 あらゆる性における断絶を描いてみた。 つまり、密室主義ということだ。 単純に、マンションの一室が個室であるのではなく、 都市空間のあらゆる状況と場所が密室化しているという 絶望的な時代背景が私をこの映画の制作にかりたてた。 朝、個室で起き、目的地の決まり切った場所へと 高校の卒業写真の四角い縁取りにも似た 満員電車の箱に揺られて、 他者と交差しているという自覚もなく、 交差点で青信号を待って立ちつくす仮面たち。 おおよそすべてのジャンルにおいて、細分化が極端に進み、 他の目的へと目覚めるきっかけもなく、 すべての人がオタク化せざるを得ない状況が 世界中で蔓延している兆しがあった。 本屋に行くという行為は、すでに、純文学を読む人間は 純文学コーナーを目指し、 つり入門書は、3階で、 パソコン専門書は、2階で、 レオナルドダヴィンチに関する専門書は、地下で。 マンガとスリラーは1階で。 本屋に行くという行為でさえ、他者と交差することなく、 その各々の人生の狭さと同様に、 各階にわかれるのであった。 日曜日には、新車品評会。 日曜日には、コミケ。 日曜日には、ガーデニング。 日曜日には、何してんの? 街が街ではなく、かつて街が機能した頃の 人と人との出会いは、コンピュータの世界に埋没した。 街は単なる交通手段となり、 より駅から近い本屋とスーパーマーケットでまかなえる 地球の丸さを享受していたし、 今もしている。 いわば、インターネットの到来する前夜に、 我々は、最後の人間としての反旗を翻した。 または、街を復権させる、何かを探していた? 思い出す、最初に戻ろう。 『部屋』を撮影して、疲れ切った私のとある夜、 目の前に渋谷のハチ公前交差点が広がっていた。 信号は赤だった。 私はふと、思った。 車も群衆も立ち止まらせるような、 この交差点を、言葉の意味通り、「交差」させる 何かを、表出させてみたいと。 そのとき、『部屋』のプロデューサーの安岡さんがいた。 「俺はこの交差点をしばきたい!」と言ったら、 安岡さんは「よし、やろう」と言った。 それが、ガガガのはじまりだ。 渋谷が拠点となった。 一番大嫌いな渋谷が拠点となった。 渋谷のハチ公前交差点は、まるで風水における ツボのように、僕らを誘った。 ある意味、悪女を愛してしまった男のように、 嫌悪しつつ、嵌ったのだ。 最初の日の前夜、とある大学のキャンパスを借りて、 数十メートルの真っ白い横断幕に、 野太い筆で書ききった。 その言葉は、 ここから先は右左なし上下なし東京ガガガ 渋谷!!!
その後、右翼と左翼が90年代に入り、 右も左も関係ねえ、と言い出すずっと前。 右も左もどころか上と下をも破壊するという信念のもとに、 (それを敢えて無思想、無宗教、と言い放ち) 交差点に歩行者天国ならぬ歩行者地獄を現出させた。 1993年8月1日
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